勇者の記録   作:永谷河

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2015年8月8日 舞鶴にて 2

2015年8月7日 午後20時00分

 

二人が部屋に入ってから数時間が経過していた。

 

(そろそろ泣くのを止めなくては)

 

負けず嫌いな悠岐は基本的に人前で涙を見せることはなかった。しかし今回は母親を失った悲しみや父親に会うことができた安心感からか千尋の前で泣いてしまった。

千尋が声を上げて泣いてたことに影響されてしまったのかもしれない。

 

「千尋……」

 

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

千尋は泣きはらした顔で悠岐の言葉を遮る。

彼女の両親は千尋を愛していた。友人の私からみても親バカの一面があった。

その二人を失ったのだ。その悲しみは悠岐よりも大きかった。悠岐の母親は安否不明だが、父親は生きていたのだから。

 

舞鶴へ向かう最中も、悠岐には両親を失った悲しみを見せることはなかった。自分が両親のことで悲しめば、舞鶴へ向かおうとする悠岐の足を引っ張ってしまうと考えたからだ。

しかし、目の前で友人とその父親が笑顔で抱き合っているのを見ることはつらかったのだ。

 

緊迫した状況が一旦終わり、安全な場所で二人きりになったことで隠してきた思いがあふれてしまった。そのため、友人の前で声を震わせながら大粒の涙を流したのだった。

 

二人が友達になってから3年になる。しかし悠岐は千尋の泣き顔は見たことが無かった。

 

「私は千尋の友達だ」

 

「だから家族の代わりにはなれない」

 

一言一言に思いを込めながら涙を流し続ける友達に話しかける。

 

「でも私には千尋が必要なんだ」

「千尋がいたから頑張れた」

「千尋とバカな話をする時間が楽しかった」

 

あの日から悠岐は千尋を助けてきたと思ってきた。でも本当に助けられたのは悠岐の方でもあった。

つらい道中で、鋭い勘で敵を回避し、悠岐の戦闘への負担を減らしてくれた。

身体能力に変化はないのに、悠岐と歩みを共にしてくれた。

悠岐がつらそうな顔をしているときに野球やゲーム、家族の話をして、場を明るくしてくれた。

 

「だからこれからも私に力を貸してくれると嬉しい……」

「千尋は私が守るから」

 

(千尋が大好きな両親はもういない。だからその代りに私が彼女を守れる存在になる)

 

「……ありがとう悠岐」

「正直心のどこかでは悠岐のことがうらやましかった」

「お母さんやお父さんを、友達を殺した化物と戦える力を与えられたうえ、父親に会えたことがうらやましかったの……」

「悠岐だっていろいろなモノを失ったのに」

「私の方こそ無遠慮だった。ごめんなさい」

 

「いいよ。これからも一緒に頑張ろう」

 

「ああ。頑張ろう」

 

二人は涙で充血した目をみながら微笑みあった。

 

 

しばらくするとノックと共に部屋に父親が入ってきた。二人の顔を見れば先ほどまで泣いていたことは明白だったが、父親は何も言わなかった。

 

「今後の話がしたい。一緒に来てほしい」

 

「わかった。千尋は……つらかったらここで待ってていいよ?」

 

泣き止んだとはいえ、まだ目を真っ赤にしている友人を連れていくことに少しためらいを覚えた。

 

「大丈夫。一緒に行こう悠岐」

 

「ありがとう……」

 

父親についていき、違う部屋に入るとそこには父親と同じような制服をきた自衛官が数人椅子に座っていた。

 

「山田一佐、それに二人ともそこに椅子があるので座ってください」

 

机の真ん中に住まっている50~60代の男が三人を座るように指示する。学校の校長室に呼ばれたような雰囲気があったため、少し緊張していた。

三人が座ると、黒縁メガネをかけた七三分けの自衛官が話し始めた。

 

「いろいろがお話を聞きたいですが、先ずは自己紹介から始めましょう」

 

黒縁メガネの自衛官は西本久志一佐と名乗り、基地の経理部長の役職にあるらしい。その隣に座っている優しそうな顔をした自衛官が舞鶴基地の幕僚長の山崎海将補で、机の真ん中に座っている丸い顔をした自衛官が総監の日高海将と名乗っていた。

山崎海将補、日高海将は父親よりも階級が高いらしく、基地の総司令官のような役割をしている人達だったらしい。

他にも基地の幹部の役職についている数人の自己紹介が行わ太。

 

(自衛隊の幹部の人たちってもっとヤクザみたいな顔つきをした怖そうなイメージだったけどお父さんと同じで普通の人なのかも……)

 

「私は山田悠岐です。そこに座っている山田裕紀の娘です。あと十二歳です」

 

「わ、私は秋山千尋です。悠岐と同じ中学校のクラスメイトで、友達です」

 

千尋は知らない大人と話すことにそこまで慣れていないのが、少し緊張気味に自己紹介をした。

 

「ありがとう。早速だけど、悠岐さんの力のことを聞いていってもいいかな?」

 

「大丈夫です」

 

悠岐の力を監視カメラ越しではあるが見ていた自衛官の人たちは、詳細を知りたいのだろう。特に隠す必要もないし、隠したところで得することはないので、素直に刀を手に入れた詳細を話す。

 

「あの神社にそんな刀が存在するとはなあ」

 

「お父さんも知らなかったの?」

 

「それに声が聞こえてきたか……」

 

「普段なら一蹴するような話だが、その力であの化物を倒せているのだからなあ」

 

他の人たちも悠岐の話の内容について真剣に討論をしている。

 

「悠岐さんの家の近くの神社ですか……」

 

「久志さん、何かご存じで?」

 

「悠岐さん。刀を少し見せていただいても?」

 

悠岐の持っている刀は装飾どころか、鍔すらなかった。柄も白い木で覆われているだけで、納刀した状態だと杖のようにも見えなくない。

刀を受け取った西本は興味深そうに刀身を見つめる。

 

「一見すると長さ70センチメートル程度の日本刀に見えるが……」

 

時代劇や歴史ドラマなどでよく見かける刀であり、何か大きな違いがあるとは思えなかった。しかし西本は何か気づいたようで、「むむむ」とうなり声をあげる。

 

「あの神社に所縁があって、この刀身だとすると……だがあの刀は博物館に寄託しているはず」

 

「西本くん。何か知っているのかね?」

 

「なかごを確認すればはっきりわかりますが、これはあの神社のご祭神が使っていたとされる刀だと思います」

 

西本さんの話によると悠岐が刀を、力を手に入れたあの神社は500年以上前に活躍した英傑を祭った神社だったらしい。この刀がその英傑が愛用していた刀だったらしい。

刀に限れば、日本史で登場する多くの英傑たちがその刀を所有し、今の世の中まで守り続けた貴重なモノだと興奮気味に語っていた。

 

「もしかしたら、化物から日本を守ってほしいという過去の英雄たちの思いが込められているのかもしれないですね」

 

他の人達はそんなオカルトな話を信じれるかという顔をしていたが、実際に不思議なパワーを秘めた刀であることに違いないため、悠岐と千尋は西本の解釈で納得していた。

 

「ここからが本題だ……悠岐さんはあの化物を最大何体相手どることができる」

 

「同時に相手どるなら十数体が限界です。逃げながらであれば体力の持つ限り戦えますが、まだそこまで戦ったことが無いのでわからないです」

 

数十体か…といった声が部屋に響き渡る。

 

「それなら一体どうやって舞鶴まで……」

 

「護衛艦や舞鶴の町を襲った化物は数百体以上いたぞ。人口が多かった京都市はもっといたんじゃないか?」

 

「空を埋め尽くすぐらい化物はいましたが、見つからないように隠れながら市街地を脱出して山道を隠れながら歩いてきました」

 

運が良かったとしか言いようがない話であるが、悠岐には二人の中学生が無傷で100キロの距離を化物に襲われないで移動できた理由は悠岐の能力以外の要因があると考えていた。

 

「千尋の勘が全部当たったのが大きな理由だと思います」

 

「悠岐!?」

 

蚊帳の外だと思って天井を眺めてぼーっとしていた千尋は突然名前を出されて驚いた声を上げた。

 

「確かに『こっちにいったら危ないな~』とか感じたけど……」

 

「それに千尋はもともとこんなに勘が鋭いってことはなかったはずだ。たぶん私と同じように後天的に手に入れた力だと思う」

 

一見すると頭の可笑しい主張であったが、二人の少女が化物だらけの中を100キロ以上移動したという事実があったため一蹴することはできなかった。

皆苦い顔をしながらお互いの顔を見ていた。

少し話し合いたいと父親達が言うこともあり、二人は元にいた部屋に一旦戻された。

 

 

二人がいなくなった後の部屋では沈黙が続いていた。

 

「やはりここは計画を実行すべきかと」

 

沈黙を破った西本一佐が他の自衛官たちに「計画」という言葉を投げかける。

舞鶴基地の生き残りの自衛官たちは舞鶴から脱出して四国へと逃げる計画を策定していた。このままでは確実に燃料、食糧不足になってしまう。そのため、人類の生存の可能性が高い四国へ脱出計画が作られたのであった。

しかし敵を倒せる装備もない状況で150キロ以上の距離を移動できる可能性が間違いなくゼロであった。そのため地下に避難していた者の多くがこのまま地下で死ぬものであると覚悟していた。

 

「悠岐さんは化物を倒せる力があります。信じにくいですが、秋山さんも化物に見つからない何らかの力を有しています。この二人の力に懸けてみるべきです」

 

「西本一佐、あなたの言葉は十二歳の少女に戦えと言っていることだと理解しているのか。それに悠岐さんは山田一佐の娘だぞ」

 

「それにその力だって無敵ではない」

 

「わかっています。しかしこのままでは我々は死ぬだけです」

 

計画を実行すべきであるとする西本と倫理的に許されないとする数名の自衛官が対立する。

本来守るべき国民の、しかもまだ中学校に入ったばかりの少女の力を借りるしかない。しかもその少女は同僚の娘でもある。

約30人を助けるために、少女たちを戦わせる。本来許されない考えである。

 

結局その日に結論は出なかったことや、更なる熟議が必要であると全員が判断したため、会議が終了となった。

会議室に一人残った裕紀はどうしていくべきかを考えていた。

 

(最終的に悠岐に任せるという選択肢もあるが、あの娘ならおそらく先頭に立って戦うだろう。そういう娘だ)

 

何時間も目をつぶりながら一人娘のことを考えていた。

 

(娘は真面目だ。それに責任感も強い。だから私たち‘大人’が頭を下げてお願いしをすれば必ず‘Yes’と答えるだろう)

 

「初めから選択肢などないのかもな……」

 

気が付くと時計の針は朝の3時を指していた。裕紀が小さくつぶやくと立ち上がり、仮眠をとるために仮眠室に入っていった。

 

 

2015年8月8日 17時00分

 

「「四国へ、ですか……?」」

 

「そうだ。現状ここに隠れ続けていても待っているのは死だけだ」

 

父親達と話した翌日、二人は部屋の中にゆっくりと過ごしていた。他の避難している人と話そうと思ったが、父親から今日一日部屋で大人しくしてほしいといわれたこともあり、部屋の中で天井のシミを数えたり、細長い棒で素振りをしたり二人でおしゃべりをしていた。

時計の針が午後5時を指した時、父親が部屋に入ってきた。

真剣な顔をして二人を最初に通された比較的大きな部屋に来るようにいわれ、指示通り部屋に行くと、昨日の幹部の自衛官の人だけでなく、若い自衛官の人が大勢部屋の中で待機していた。

部屋に入ると全員の視線が二人に向けられ、かなりの圧迫感を感じた。

二人が父親の隣に座ると、西本一佐が口を開き始めた。

内容は、悠岐の化物を倒す力、千尋の敵を察知する力。この二人の能力でここにいる約30名を四国までエスコートしてほしいという内容だった。

 

「ルートの策定や、食糧の運搬などは我々自衛隊が最大限協力します」

 

悠岐にとって西本一佐、自衛官の人たちの言葉はなんとなく予想していたものだった。

一人は化物を倒す刀を持ち、一人は化物を察知する能力を持つ。

自衛隊ですら全く歯が立たなかった化物が蠢く中、少なくとも京都から舞鶴まで100キロを逃げ延びることができる能力を持った二人を頼らない方がおかしい。

 

「二人にはこの提案を拒否する権利がある」

 

「二人と山田一佐だけで舞鶴を脱出して四国へと向かうことも自由だ」

 

二人は何も言えなかった。

 

(私たちに数十人の命運を握らせるのか……)

 

二人がこの計画に協力しなければ、ここにいる数十人の自衛官、数人の一般人は間違いなく死ぬだろう。この狭いシェルターの中で衰弱死するか、外に出ていき、白い化物に食い殺されるだろう。

健全な道徳教育を受けた二人に数十人の人間を見捨てるという選択肢は生まれなかった。たとえそれが二人の道徳心に付け込んだ計画であったとしても。

 

気が付けば自分たちよりも大人で、立派な制服を着ている自衛官全員が私たちに向かって深くお辞儀をしていた。

その中、基地で一番偉い日高海将が最敬礼で二人に話しかける。

 

「我々に時間は残っていません」

 

「私たちを助けてください。お二人の力が必要です」

 

大勢の人が自分を頼っている。そのような経験がない悠岐は大きく戸惑っていた。

 

(私にはみんなを守れる力があるのだろうか)

 

舞鶴までは千尋と二人だった。それでも精一杯の旅路だった。それなのに、数十人の人間と共に四国へ向かうことができるのかと考えた。

 

「悠岐と私の力を合わせれば大丈夫」

 

隣に立つ千尋を見ると優しい顔で私に計画に参加しようと言ってきていた。

 

「家族の事は今でも悲しいよ」

 

「でも助けられる力を持っていながらみんなを見捨てたら私は絶対に後悔する」

「ここで逃げたら私はお母さんやお父さんに顔向けできない」

 

昨日のことがあっても千尋は前に進もうとしていた。

 

(私には化物を「殺す」力がある)

 

(ここで多くの人を見捨てて四国に逃げ延びたとしても、この命に価値はあるのだろうか)

 

(死んだとき、軍人として国のために散っていったご先祖様に顔向けできるのだろうか)

 

もう悠岐には答えが見つかっていた。

 

「千尋、協力してくれる?」

 

「当然!」

 

二人は顔を見合わせると部屋を見渡し、選んだ選択肢を伝えた。

 

「「協力します」」

 

「私は敵を倒す力を」

 

「私は敵を察知する力を」

 

「ありがとうございます」

 

部屋で安堵の声が聞こえる。

そしてあわただしく自衛官たちが動き始める。

 

(賽は投げられた)

 

その中で裕紀は天井を見ながら娘を思っていた。

 

 

 

 

 

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