2015年8月15日 10時00分
兵庫県と京都府の県境の山道を悠岐達一行は歩いていた。舞鶴市の海上自衛隊基地を脱出して数日が経過していた。
最終的には悠岐と千尋の二人の能力を利用しながら京都、兵庫県内を移動しながら舞鶴から四国までの直線距離150キロ以上を移動することになった。
一つ目のルートは、兵庫県から四国へ行くルートである。つまり明石海峡大橋~淡路島~大鳴門橋を通るルートだった。二つ目のルートは岡山県から瀬戸大橋を通って四国へ入るルートである。
淡路島が安全圏であるなら明石海峡大橋を通り、淡路島も化物の勢力圏だった場合は瀬戸大橋を通る予定である。
瀬戸内海をまたぐ三本の橋がすべて使用できない場合はどこかの港で船を調達して瀬戸内海を渡ることになるが、あまり考えたくない手段であった。
悠岐、千尋、自衛官、一般人を含めた総勢35名の隊列は化物に見つからないように慎重に行動をしていた。
最初に目指す場所は明石海峡大橋がかかっている兵庫県明石市だった。
先頭を歩くのは、地図を持った自衛官とこの隊列の中で唯一化物に対抗できる力を持つ悠岐、鋭い勘で京都から舞鶴への二人の旅で、道中の危険を察知し続けた千尋であった。
「このまま進めば兵庫県に入れると思います」
「こっちの道は大丈夫だよ」
自衛官が地図を参照にしながら現在位置と道路を確認し、千尋がその道の安全を保障する。ここまでの道中で化物に一体も遭遇していないこともあってか、初めは千尋の能力を疑っていた自衛官の人たちもすっかり彼女の勘を頼りにしていた。
悠岐は片耳に通信インカムをつけて、殿の自衛官の情報を確認しつつ、敵に襲来に備えていた。
「それにしても暑い……」
悠岐は中学校の制服を脱ぎ、武装した自衛官の人と同じような恰好をしていた。防弾チョッキや迷彩服を着こみ、見た目は自衛隊のコスプレをしている少女であった。本人はジャージとかが良かったが、最新の人間工学の下で作られた戦闘服は案外着心地が良かった。しかしヘルメットをかぶり、長袖の服であったため非常に暑かった。
(私がしっかり戦わなければ……)
四国までの数百キロの道のりを無事に終えるためには悠岐と千尋の能力が不可欠だった。今、悠岐の行動によって34人の命の運命が左右されるのであった。
「12歳の少女に30人以上の命運を握らせる……」
「本来であれば我々がその役目を担わなければならないのだが……」
隊列の戦闘で警戒しながら進む黒髪の眼鏡をかけた少女を見ながらおっさん自衛官の二人が苦虫を噛み潰したような顔をしながらつぶやく。
二人は舞鶴地方総監部の幹部の自衛官であった。無駄にいい声をしているおっさんが悠岐の父親の山田裕紀一佐。黒縁メガネをかけた七三分けのおっさんが基地の経理部長をしている西本久志一佐であった。
二人の幹部の後ろには舞鶴基地の幕僚長の山崎海将補、総監の日高海将が緊張した顔つきで歩いていた。
二人だけでなく、ここにいる全員の自衛官が本来であれば守るべき市民である二人の少女に頼りっぱなしになっている現状にやるせなさが湧いていた。
「君の娘さんは立派だ」
日高総監が悠岐の父親をたたえる。
「正直なことを言えば、娘には戦わせたくはないです」
「そうだな……だが、状況が状況だ。仕方がないだろう」
‘仕方がない’‘ほかに選択肢などない’
この言葉を免罪符にして、娘を、まだ15歳にもなっていない少女を戦わせる。
残酷この上ない仕打ちであった。さらに彼らは自衛隊である。本来であれば脅威を排除し、国民を守ることが使命であった。
「しかしこの歳で行軍はちと厳しいなあ」
一番年上の日高が呟くと、周りのおっさんたちも苦笑しながら同意する。とくに悠岐の父親は立派なお腹を体に身に着けており、若い連中と一緒に運動をしておくべきだったと後悔していた。
2015年8月15日 22時00分
夜になり、これ以上の移動は無理だと判断した一行は近くにあった小さな事務所の建物の中で一夜を過ごすことになった。野営を行ったりしてきたこともあり、建物内で過ごせるのはありがたかった。
化物に見つかると厄介なので、火やライトの類は一切使うことを許されておらず、やることが無くなった35名は見張りの人間以外は寝るか建物内で大人しくしていた。
悠岐と千尋は建物の陰から空を眺めていた。
「これだけきれいな星空なのにまったく感動できないね」
「あの化物は空から降ってきた。空が嫌いになるさ」
あの始まりの日、小学校の校庭で眺めた星空も今日と同じような美しい星空だった。違うところがあるとすれば、星空を遮る「何か」を見て不愉快になるぐらいだろう。
「あの化物ってどこから来たんだろう……」
「わからないけど、地球の生き物ではないね」
自衛隊の最新鋭の武器ですら傷一つ負わせることも叶わない異常さ。人間を見つけると一目散にその命を奪いに来る。
「まるで宇宙人の兵器みたいだね」
「それだった戦闘機に乗って戦わなきゃ!」
「もしくはハワイの戦艦を動かすかだな」
宇宙人侵略モノ映画の話で盛り上がる。
映画なら最後に何らかの突破口を見出すことできるが現実は非常だった。
「なんで人間を殺すのかな?」
「この星を植民地にしたいとかかな」
「あんな化物を造れるならもっと平和なことに利用すればいいのにね」
「本当だ」
結局宇宙人も地球人と同じで何かを犠牲にしないと何もできないのかもしれない。
「それにしても気持ちの悪いデザインだよね」
「宇宙人にとってはあれが普通なのかも」
「絶対にセンス悪いよ……」
「人を不愉快にする天才が作ったとしか思えない」
台所で見かける黒、茶色のあれよりはましだが。外見だけなら。
「そういえばあの化物の名前って決めていないね」
「化物でいいじゃないの?」
「だめよ。明確な敵として認識するためには名前が必要よ」
「そういうものなのかな……」
二人は白い化物の名前をいろいろと考えてみたがあまりいい案は浮かばなかった。
「人類を抹殺するからターミネーターでいいんじゃない?」
「それだと筋肉モリモリのマッチョマンが思い浮かぶから没だな」
小さく笑いながらもう一度空を見ると、雲一つない夜空に星空が輝いていた。
「天の光はすべて星か……」
むかし見たアニメのタイトルにこんな言葉があった。元ネタは有名なSF小説のタイトルだった。
「今の状況だと‘天の光はすべて敵’だな……」
長い時間外に出ることで化物に見つかるのもバカらしいので、二人は建物の中に戻った。
真夏の夜は静かに過ぎていった。
2015年8月29日 8時00分
しばらくすると、空に太陽が昇ることが無くなった。あれだけ暑かった気温も今では冬並の寒さとなっていた。
空を見ても星空は見えなくなり、見えるのは無数の化物だけだった。
悠岐達一行は途中の山間部の町などで、水や食料などを調達しつつ瀬戸内海へと向かっていた。
京丹後地域は山に囲まれた地形ではあるが、福知山市や綾部市、篠山市など、割と都市化が進んでいる地域が多い。しかし、どの町も破壊され、生きている住人は全くいなかった。化物は平等にすべてを破壊していたようである。
10日以上化物の蠢く中を進み続けたが、千尋の勘が鈍ったことは一度もなく、化物にはほとんど遭遇しなかった。町の中で数体の化物に遭遇したときも悠岐の刀で斬り伏せることが出来た。
二人の能力と全員の精神力、体力によって誰も落後することなく兵庫県の平野部に入ることが出来た。
瀬戸内海に近くなればなるほど、都市が大きくなり、その分敵の数も増えていくことが予想された。そのため、極力市街地を通らずに行きたいところだったが、大橋へ行くにはどうしても神戸、明石市内に入る必要あった。
「大橋は外見上では無事のようです」
自衛隊員が大きな双眼鏡を使って地平線にうっすらと見える大きな橋を見ていた。あたりは暗闇に包まれていたが、神戸や大阪の工業地帯で発生した大火災によって照らされていた。
「問題は淡路島が敵の勢力圏かどうかだが……」
「さすがに個人装備でこの距離を正確に測定するのは難しいですね」
索敵を行っていた自衛官が幹部の人たちとあの大橋を渡るかどうかを検討していた。
通信車両があれば四国まで簡単に通信を行うことも可能だったが、なるべき身軽な装備で移動してきたこともあり、部隊内で行うレベルの通信設備しか悠岐達一行はもっていなかった。
「秋山さん。君の能力で淡路島が安全かどうかわかるかね?」
千尋の能力は敵がいる場所がなんとなくわかる能力である。この力なら橋の向こうが安全であるかどうかがわかるかもしれない。
「たぶんですけど淡路島は安全だと思います。ただ……」
「ただ?」
「だた、あの橋を渡るのは危険だと思う」
30人以上の人間が狭い橋を渡る。
化物からしてみれば恰好の獲物である。
「だがみんな限界を迎えつつあるぞ。とてもじゃないが瀬戸大橋へ向かう余裕は……」
後ろで休んでいる人たちを見るが、みな疲弊した顔をしていた。
悠岐も覚醒した力があるため、肉体的にはほとんど疲れてはいなかった。しかし常に敵を警戒する必要があったため、精神的にかなり疲弊していた。これは舞鶴から歩いてきた全員にいえることだった。
これ以上敵中を歩き続けるのは不可能に近かった。
「大橋の長さは約4キロか。走っても20分以上はかかるだろう」
「車を使う必要があるな……」
悠岐の父親と西本一佐が大橋突破のための具体的な作戦を話している。
瀬戸大橋でも明石海峡大橋でも徒歩での移動はかなり危険だと判断していたため、乗り捨てられている車などを利用できないものかと考えていた。
「神戸淡路鳴門自動車道を利用して大橋を通るのが一番いいと思うが」
明石海峡大橋は神戸淡路鳴門自動車を通している橋である。この自動車道はジャンクション好きなら一度は聞いたことがある垂水JCTから橋の直前まではトンネルが通っており、化物に見つかりにくいのではないかと考えられていた。
「問題は車をどのように調達するかだな」
「全員が乗れる大型バスよりは、数台の乗用車に分けたほうがいいかもな」
一応大人全員が車の免許を持っていることもあり、車の運転に関してはそこまで問題はなかった。
しかし、道路の一部が化物によって破壊されていたり、破壊された車両が道をふさいでいる可能性があり、なかなか自動車での突破案が採用できなかった。
「さすがの私も道路の状態まではわからないよ……」
自衛官たちの話し合いに参加していた千尋が自分の勘の限界を語る。彼女の勘では、この道は危ないとかそういったレベルのモノであった。
「実際にその道路に行ってみたらわかるかもしれない」
悠岐が一人で強硬偵察を行いたいと提案するが危険すぎる点や、残された人間の安全が確保できないとして却下される。
しかし、現状の装備では歩いて突破は不可能であるため、車を使った突破作戦が決行されることになった。
2015年8月30日 13時00分
全てが終わってしまった日から1ヶ月が経過していた。
悠岐達は道路の近くにあったゴルフ場を抜け、トンネル近くの建物に何とか避難することが出来た。
途中かなりの数の化物に追跡されたが、悠岐が囮になって敵を誘導し、千尋が安全な道や建物を見つけて非難するといった方法で何度も危機を切り抜けていた。
「悠岐、大丈夫……」
「ちょっと血が流れ過ぎているかもな」
その代償に悠岐は右手を負傷したのであった。
化物のかみつき攻撃を、直接は食らわなかったものの、破壊した鉄のがれきが悠岐の二の腕の部分を貫通していた。
(普通なら泣き叫ぶほど痛いだろうけど、この刀を持ち始めてから妙に体が頑丈になったな)
すでに貫通した瓦礫は引き抜いてあるが、なかなか血が止まらなかった。このままでは出血性ショックか敗血症になってしまう可能性があり、すぐに病院で手当てをするが必要であった。
応急処置として自衛官の人から止血を受けているがあまり激しく動かさないほうがいいとのことだった。
しかしこれから起こるであろう激しい戦いでは、さらに負傷するだろうと悠岐は考えていた。
「それじゃあ行ってくるよ」
治療もそこそこにトンネル内に入り、中を確認する。一か月前にはたくさんの車が通っていたトンネルは暗闇に包まれていた。トンネルの中は電気が止まり、ライトがすべて消えていた。
真っ暗であったが、悠岐は力を手に入れた時から夜目が効くようになっており、破壊された車両が目に入った。しかし中で人間の死体を確認することはできなかった。
さらに歩みを進めると、奥で蠢く何かに悠岐は気づいた。
(こんなところにもいるのか……)
悠岐は、これ以上の進むことは危険と判断し、トンネル前の建物へと戻った。
「中に化物がいたのか……」
「それに車もほとんど破壊されていたか……」
「これは別の作戦で行く必要がありますね」
トンネル内の状況を自衛官に伝えると渋い顔をしながらあらかじめ考えていた別の作戦を話し始める。
車や道路が使えない場合は橋の入り口にある階段から橋のトラス部分に入り、歩いて大橋を渡るというものだった。
「しかしこの辺りは化物の巣窟だぞ。不用意に市内を移動するよりはトンネル内を移動したほうが安全なのでは?」
「悠岐さんはケガをしている。戦闘を強いるのはよろしくない」
このままトンネル内を徒歩で強行突破するか、市内を移動するかで悩んでいた。
千尋はどちらも化物に出会う可能性が高いと指摘していた。千尋の能力をもってしても、化物を回避する方法はなかった。
「私は大丈夫だ。血ももう止まったよ」
負傷した右手は動かないが、出血はすでに止まっていた。昔から生傷は絶えない少女だったが、ここまで治癒力が高いわけではなかった。
(おそらくこの治癒力も‘力’のおかげか)
その後も地図や化物の状況を確認しながらどのようにして橋を渡るかを検討し、最終的にはトンネル内の化物を掃討しトンネル内を突破し、そのまま橋を渡り切るという強行作戦を行うことになった。
作戦の要は化物を掃討する役目を担う悠岐であった。右手の出血は止まったが、力が入らない状態であった。
しかし、回復を持つ時間は悠岐達一行には与えられていなかった。
双眼鏡であたりを警戒していた自衛官が燃える市街地の向こうに不気味なモノを見つけたためだ。10キロ以上距離が離れていたが、悠岐も力によって視力が強化されていたこともあり、その不気味なモノをはっきりと確認していた。
それは化物の卵であった。神戸三宮駅付近が巨大な卵上の白いモノに覆われていた。よく見ると中には大量の白い化物が蠢いていた。
卵が植え付けられている地域は三宮駅から長田区まで広がっており、時折卵殻から白いモノが空に飛び立っている場面も見ることが出来た。
これ以上神戸と留めっていると化物に発見され、物量で押しつぶされる可能性があると判断し、強行突破を行うことになったである。
2015年8月31日15時00分
悠岐はトンネル内に入り、全速力で暗闇の中を駆け抜けた。
「ううおおおおおおおぉ‼」
唸り声をあげながら左手で刀を使い、一振りで化物を斬り捨てる。後ろから突進を仕掛けてきた化物を突進の勢いを利用して真っ二つに斬りさいた。
数十秒の攻防でトンネル内にいた化物を倒し終えた悠岐は通信インカムで後方にいる千尋達を誘導する。
2キロほどトンネルを進むと、千尋が何かを察知したように悠岐達に話しかける。
「後ろからやつらが来ている!」
「もう嗅ぎ付けてきたか。走れ!」
父親の声と共に悠岐達は一気に出口に走り始めた。
(出口まであと1キロほど……このままでは間に合わない)
「あのトラック、使えるんじゃない?」
少し走ると千尋が一台の車両を発見した。荷台の屋根は壊れていたが、エンジンの部分や、タイヤが無事な大型トラックが路肩に止められていた。
走っていた自衛官が中を確認すると、キーがそのままになっており、中に入ってキーを回すとエンジンが動き始めた。
「このトラック、使えます!」
荷台は屋根が壊れていたが、荷台そのものは無事であった。
すぐに荷台に30人近くが乗ろうとしたその時、後ろから化物が突進してきた。
「邪魔をするな!」
悠岐の刀で戦闘にいた数体を葬ると、全員が乗り終わったトラックが進み始める。
悠岐はトラックに追随しながら、後ろから迫りくる化物を倒していた。
「そろそろ外に出るぞ!」
運転を担当した自衛官はトラックのライトを頼りに進路をふさいでいる道路上の車両をよけながら猛スピードでトンネルを走り抜けた。
トンネルの外に出ると、目の前には巨大な橋脚を持つ明石海峡大橋が暗闇に浮かんでいた。
しかしその道路上には、見たこともない「何か」が行く手をふさいでいた。
「おいおい嘘だろ……」
急ブレーキでトラックを停車すると、球体状の物体の先に非常に長く鋭い角のような器官をもつ化物がトラックに対して、その鋭い角を向けてくる。
直撃すれば簡単にトラックを破壊できる角の攻撃をトラックの前に出た悠岐が刀で防ぐ。
「ぐっ……」
しかし、衝撃は吸収できず、後方に吹き飛ばされてしまった。
すぐに起き上がって周りを見ると後ろからは無数の白い化物が迫り、前には鋭い角で悠岐を吹き飛ばした化物が行く手をふさいでいた。
(嘘でしょ、何なのあいつら)
角の化物のすぐ横では、白い化物が集合して合体を始めていた。
「やつら合体してやがる……」
この光景を目の前で見ていた自衛官たちは同じ感想を抱いていた。
(あいつらには刀が通じないかもしれない……)
自分たちを殺すことができる悠岐を抹殺するために彼らが選んだ選択は『進化』であった。
西暦の勇者たちを苦しめた進化体との戦いはこの時から始まったのである。
明石海峡大橋に通じる神戸淡路鳴門自動車道に入る垂水JCTですが、本当にすごいです。空中写真は芸術的です。