勇者の記録   作:永谷河

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2015年8月31日 明石海峡大橋を突破せよ

2015年8月31日 16時00分

 

明石海峡大橋の入り口には、一台の大型トラックと一人の少女がいた。橋を渡れば安全な場所に出られると思ったが、化物はそれを見越していたかのように橋の入り口を塞いでいた。

 

「なんなのあいつら!?」

 

「合体しやがったぞ!」

 

橋の近くでは白い化物が蠢きながら融合していく姿をみて、千尋たちは吐き気を催す。雑魚では悠岐に対抗できないと考えた化物達が選んだ先は合体による進化であった。

生物が合体し、さらにその力を高めるという現象は地球上ではまず存在しない。しかも白い化物は合体することによってその形状を大きく変え、大きさも戦闘力も桁違いに上昇していた。

四面楚歌の状態であり、トラックの乗った千尋たちは動くことができなかった。

 

「悠岐!やばいよやばいよ‼」

 

「後ろから来るぞ!気を付けろ!」

 

トンネルの方から20体ほどの合体前の化物がトラックに迫る。刀を右手に持ち替えると左手に鞘を投げつけ、数体を吹き飛ばす。再び左手に持ち替えた刀で次々と化物を葬る。

悠岐が雑魚に対処していると、大橋のやや後方に位置していた矢のようなものを発生させたタイプの進化体が動き始めた。

 

(あれは、矢……?)

 

(まずい!)

 

悠岐が矢の射出タイプの化物の動きを察知し、トラック付近へと駆け出した瞬間に「矢」が発射される。

 

「間に合えええええ‼」

 

矢がトラックに直撃する瞬間、悠岐の左手の刀で矢を打ち払う。空気を断ち切るような金属音と共に悠岐の左手に経験したことのないほどの衝撃が加えられた。

 

(クソ、重い……)

 

矢をはじいた衝撃が強すぎて、左手から刀が弾き飛ばされてしまった。刀は橋の下に落ちていき、悠岐は丸腰になってしまった。

 

「しまった!」

 

刀が無くなれば悠岐はちょっと頑丈な女の子(当社比)である。

悠岐の刀の有無に係わらず、矢は再び発射されようとしている。角のタイプの化物も悠岐の体を貫こうと突進を仕掛けてきた。

 

(刀が…)

 

悠岐が何かないか探すと10メートルほど後ろに化物に投げた鞘が転がっていた。

すぐに駆け付け鞘を拾い上げるとついでに近くにいた雑魚をフルスイングで吹っ飛ばす。

 

「やっぱり私はこっちの方があっているかな」

 

悠岐に向かって発射された「矢」は猛烈なスピードで悠岐の体を穿こうとしていた。

悠岐は自分に向かってくる高速の発射体の弾道を右足をあげながらタイミングを冷静に見極め、重心を左の軸足にして、身体がねじ切れんばかりのフルスイングを放つ。

 

「逆転ホームランだ」

 

鞘に直撃した「矢」は悠岐の力とタイミングの調整によって、鋭い角で悠岐を攻撃しようとしていた角をもつ化物に向かって飛んでいった。

はじき返した矢が角を持つ化物に直撃し、衝撃で化物が横倒しになる。

 

「さすが悠岐!未来の主砲なだけあるわ」

 

「あの矢を撃ち返したぞ」

 

片手で矢をはじき返した悠岐の人間離れした身体能力とバカな行動に唖然とする一行だった。千尋は悠岐の見事な流し打ちに感嘆をあげる。

 

「私から三振を取りたければもっと速い球を投げるべきだな」

 

謎の力を手に入れる前から直球には強い悠岐であったが、時速数百キロの速度の発射体をはじき返すほどの動体視力も運動神経も持ってはいなかった。

調子に乗って化物を挑発した瞬間、矢を持つ化物が悠岐に対して4本の矢を連続して発射する。

 

「さすがにこれは無理」

 

二本の矢を鞘で弾いて体に当たらないようにするが、他の二本の迎撃が間に合わず、一本が右手を掠る。

 

「チッ!掠っただけなのに」

 

掠った部分の腕の肉がえぐれ、筋肉はおろか骨まで見えていた。大量の血が流れており、少しだけ回復しつつあった右手は完全に使用できなくなった。

 

(遠距離タイプで牽制し、角のタイプでとどめを刺す。ムカデタイプは行く手をふさぐ。完璧な陣形だ)

 

このような化物の同士の連携は、西暦時代の勇者を苦しめた。数百年後には、さらに強化されたコンビネーションで後輩の勇者たちも苦しめることになる。

 

「増援が来たぞ……」

 

5キロほど離れた化物の卵が植え付けられている部分から次々と白い化物が空へと吐き出されていた。化物達は合体を繰り返し、悠岐達を葬り去ろうとしていた。

 

「もう余裕はないぞ!」

 

(こうなったら突貫するしかない)

 

「いくぞ!ついてこい」

 

悠岐の叫び声と共にトラックの運転席にいる自衛官が一気にアクセルを踏む。しかし、なかなか加速しないトラックに化物が襲い掛かる。

 

「危ない!」

 

悠岐は発射された「矢」を鞘でいなしながら軌道を変え、トラックに襲いかかった化物に直撃させた。

兇悪な威力がある「矢」は化物にも効果的なようで、一瞬にして十数体が吹き飛んで消滅する。

 

「さて、次はこっちだ」

 

微妙に宙に浮いている角のある化物と橋の入り口を塞いでいるムカデ型の化物に鞘の先を向ける。

トラックの前に跳躍し角の化物の紅白の珠の部分に鞘を叩きつける。しかし使える手が左手だけということもあり、ダメージを与えることができなかった。

 

「ぐあ……」

 

一瞬の隙をつかれ、鋭い角の薙ぎ払いを受け、悠岐の身体が道路上に転がる。

体中から血が流れ、顔は擦過傷まみれになっていた。

 

「悠岐!」

 

ボロボロになった悠岐も見ていられず、千尋がトラックから降り、彼女の下に寄り添う。

トラックはすでに止まっていた。道路を塞ぐ化物をどうにかしない限り、前に進めなかった。

 

「ごめん、ちょっと無理かも……」

 

「動いちゃだめだよ。血が、腕が……」

 

千尋はボロボロになりながら立ち上がり、化物へと向かおうとする。しかし、まともに立つことができず、鞘を杖代わりにしながら化物をにらみつけていた。

自衛官たちが乗るトラックにも白い化物が迫り、自衛官は持っていた拳銃や自動小銃で抵抗するが、全く効果がなかった。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

最後の力を振り絞った叫び声と共に悠岐は鞘を持ちながら角の化物に突っ込んでいった。角の化物は彼女の身体を確実に貫くため、薙ぎ払いで身体を動けなくしようとしていた。

化物の薙ぎ払いをよけつつ、角の化物へ攻撃を行うとしていたが、横から飛んできた高速の「矢」が彼女の鞘を吹き飛ばし、そのすきを狙った薙ぎ払いによって悠岐は道路の防壁に吹き飛ばされる。

橋までの50メートルは、悠岐達にとっては永遠の距離とも思えた。

 

「はあ……はあ……」

 

「化物共め……」

 

(私たちをここまで苦しめて何が楽しい)

 

(なんでこんな目に合わなければならないんだ)

 

「ふざけるな、ふざけるな!なんの権利があって私たちを殺す」

 

(私から母親を、千尋から両親を、お父さんからは同僚を、人間から誇りと文明を奪った)

 

「私は絶対に許さない!」

 

「最後まで戦い続ける、続けてやる‼」

 

たとえ人類最後の生き残りになろうとも戦いを止めないことを決意する咆哮だった。

 

その瞬間、悠岐の手に豪華な装飾が施された太刀が握られていた。何故か重傷だった右手のケガが治癒しており、体中の擦過傷や痣もきれいになくなっていた。

 

(力が湧いてくる……これならいける!)

 

「いくぞ!宗三左文字」

 

かつて幾人もの戦国時代の英雄を渡り歩いた名刀の名を叫び、トラックに向かった雑魚を蹴散らす。

力を増した悠岐を倒そうと矢を持つ化物が高速の「矢」を発射しようとした瞬間、空から‘シュルシュル’という風を切る音が聞こえてきた。

数秒後、少し離れた場所で、遠距離から矢を放ち悠岐達を苦しめていた化物が爆音とともに煙と炎に包まれた。

 

「あれは……」

 

矢の化物だけでなく、後ろや橋の外を囲んでいた化物や、合体を始めていた化物も煙と炎に包まれる。

 

「あれは自衛隊の特科大隊のりゅう弾砲攻撃だぞ……」

 

「自衛隊?四国の陸自か」

 

この攻撃にいち早く気付いたのは同じ自衛官の父親達だった。

 

「しかし我々の兵器は効果がないはずだぞ……」

 

護衛艦の機関砲も、主砲も効果はなかった。自衛隊のりゅう弾砲やミサイルがいかに強くても、化物達には効果はないはずだった。

しかし煙が晴れると化物の身体は少しだけ削れており、雑魚の化物は体が半分以上消滅していた。

 

「効果があるみたいだぞ」

 

「だけど悠岐が斬った後にみたいに消滅はしないな……」

 

「おそらくダメージを与えるのが限界みたいだ……」

 

化物の攻撃に人類の兵器が対抗できることがわかっただけでも行幸だったが、これがどこから飛んでいたのかは橋の入り口で立ち往生している自衛官たちにはわからなかった。

 

 

2015年8月31日 16時30分

 

道の駅あわじから、数門の155mm砲や数量のミサイル車両が兵庫県側に身かって照準を合わせていた。

迷彩柄のテントの中には通信設備などが置かれており、臨時の作戦司令室ができていた。

 

「弾着確認。効果ありです」

 

「お~!」

 

「特製砲弾は効果があるようですね」

 

「3週間で5発しか生産できなかったが……」

 

先ほど発射された5発の155mm砲弾は、四国にいる国津神を祭っていた神社に所属している数百人の神社関係者の祝詞によって特別な効果を与えられた砲弾であった。

すさまじい労力と時間をかけた砲弾だけあって、現代兵器が無効化される化物に対して効果を発揮していた。

 

「敵、再生しつつあります」

 

しかし、効力はあくまでダメージを与え、動きを一時的に止める程度の効果しか発揮できなかった。

 

「時間は稼いだ。あとは勇者にまかせるしかないか」

 

「巫女」と「勇者」の力を信じるしかなかった。彼女達の力は化物を確実に消滅させる力があり、対化物用の切り札のような存在であった。

 

淡路島側の橋の上には自衛隊の車両数両と、栗色に近い金髪のポニーテールをなびかせた少女と、美しく長い黒髪をなびかせた少女がいた。

 

「橋の入り口では私たちと同じ力を持った勇者、巫女が戦っています」

 

「私も含めればこれで6人だな」

 

「若葉ちゃんの力は星屑を倒すことができます。でも進化体に対しては効果がそこまでありません」

 

「わかった。いってくるよ、ひなた」

 

ポニーテールの少女がうなずくと、猛スピードで絶望的な戦いを続けるまだ見ぬ仲間の下へと向かった。

 

「いってらっしゃい、若葉ちゃん……」

 

 

神戸市側にいる悠岐達は相変わらず、道路を塞いでいる、角を持つ化物と、ムカデの化物の対処に苦戦していた。遠距離から攻撃を仕掛けている矢の化物がいないだけでもましではあるが、決定打にかけてしまっていた。

 

「倒す必要はない。せめてひるませることができれば……」

 

ムカデの化物の巨体を恨めしそうに眺めていると、化物の身体の一部が切断される。

 

「助けに来たぞ‼」

 

後ろから現れたのは悠岐と同じような太刀を持った一人の少女だった。

角の化物の攻撃を防でいた悠岐は突然の遭遇に驚くが、すぐに味方であるとわかった。

 

「私がこいつの角をはじく。あなたは本体を攻撃して!」

「了解だ」

 

悠岐が刀を下から上に振り上げ、鋭い角を上にはじくと、跳躍した少女が回転しながら勢いよく太刀を化物の角の根元に食い込ませ、そのまま道路上にたたき落とした。落とした衝撃で道路を舗装しているアスファルトが破壊されるが、高架そのものにはダメージはなかった。

 

「今だ、走れ!」

 

この瞬間を逃すまいと、トラックの後ろや中で避難していた千尋たちが走り出していく。

 

「ケーブルの起点から向こうは安全圏だ。急げ‼」

 

明石海峡大橋の神戸側の入り口のケーブルの起点にはコンクリートで造られた橋脚がある。そこからケーブルが300メートルの主塔につながれている。

 

「ムカデをやるぞ!」

 

「了解した」

 

行く手を阻むムカデのような化物に対して攻撃を行うことを提案する。

悠岐が納刀し、両手で刀の鞘の先を握りしめた。地面と垂直に身体と水平に構え、大きなテイクバックから振り下ろすようにスイングをし、ムカデの下半身部分を叩いた。

 

「え‼」

 

ポニーテールの少女が驚いたように悠岐を見るが、スイングが見えないほどの速度でふり払われた一撃は、ムカデの下半身の支えを崩し、道路上に横倒しにすることに成功した。

 

「今だ!」

 

「うおおおおおおおおお‼」

 

叫び声と共に、少女が太刀を振り下ろし、人間の手のような形をした不気味な部分を切り裂いていった。

ムカデの化物がポニーテールの少女に斬り払われているのを片目に道路を全速力で千尋たちが通り抜け、安全圏へと退避していく。

彼女達を逃がさないとばかりに再生が完了した矢を持つ化物が「矢」を発射する。

 

「させない!」

 

悠岐と少女が飛んできた矢を刀や鞘でいなした。悠岐はついでに「矢」の向きを微妙に調節し、倒れている角の化物に突き刺さるように調整していた。

 

「す、すごいな……」

 

「あなたもきれいな剣技だよ」

 

お互いの技術を褒め合う時間もなく、大量の白い化物が二人を押しつぶそうとしてきた。

 

「さすがにこの数では……」

 

物量に押しつぶされかけた悠岐は一歩引きながら刀を構えるが、少女は余裕の表情をしていた。

 

「ついてこい!」

 

少女が悠岐を手招きし、橋の入り口へと誘導する。

 

「もう大丈夫だ」

 

「大丈夫って……まだ敵は大量にいるし、いくらでも増えるよ」

 

多すぎて白い壁のようになった化物が悠岐達に迫りくるが、二人の数メートル先で何かに阻まれるかのように動きを止められたのであった。

 

「これは……」

 

「これは結界だ」

 

「結界ってマンガとかにあるあの結界?」

 

「マンガかどうかは分からないが、神樹様が化物から四国の人々を守るために造った結界だ」

 

(神樹様?結界?)

 

聞きなれない単語に悠岐の頭は混乱していた。

ふと後ろを見ると、迷彩服を着た人達に救出されている千尋たちがいた。

 

「ここでは長話はできないだろうし、私たちの本拠地に来てほしい」

 

「……わかった。いろいろと聞きたいこともあるし、ゆっくりと話ができる場所がほしい」

 

「ではいこう」

 

二人が後ろの結界に防がれて中に入れない化物達に背を向け、橋を渡っていく。

 

「そういえば自己紹介を忘れていたな」

 

「?」

 

改まって少女が悠岐に話しかける。

 

「私の名前は乃木若葉。ようこそ四国(人類最後の砦)へ」

 

どこか似通った二人の少女の出会いはこのときから始まったのであった。

 




原作だと淡路島は四国でないので人類の生存領域ではありませんが(ゆゆゆいの地図を見る限り)、この作品では安全圏とししています。橋の入り口までが結界の範囲内です。
あと若葉のみ実戦を経験させました。

勇者ですが、原作よりも能力をやや強化しています。そのかわりにバーテックス側も容赦なく進化体をはじめから投入してきます。
こわいね

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