勇者の記録   作:永谷河

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諏訪と四国と勇者

2018年7月30日 13時30分

 

一人の少女が明石海峡大橋の地上300メートルの主塔の上に立っていた。彼女の眼の先には荒廃した兵庫県の沿岸部が広がっていた。日本でも有数の大都市だった神戸、大阪の町並みは見るも無残に荒廃していた。

3年前のあの惨劇以降、明石海峡大橋の向こう側は人類の領域ではなくなったのだ。

その原因である白い化物とその進化体を人類はバーテックスと名付けた。『頂点』という意味を与えられた化物は数週間で人類の文明を破壊しつくした。今、人類が生存している場所は四国と諏訪などの一部の地域だけである。

 

「あれから3年か……」

 

悠岐の母親も、親友の両親も、父親の同僚も、人類の誇りもすべて化物に奪われた。そのような状況の中で、悠岐を含む数人の少女が超常的な力を手にし、化物と戦うことになった。

悠岐は高校1年生になっていた。中学1年生だったあの時に比べて、身体も大きくなった。武器の使い方も、身体の使い方も学び、戦闘能力は上がっている。

 

「私は忘れない、決して忘れない」

 

「あいつらがいる限り、戦い続けることを」

 

悠岐が呟くと、後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。

 

「悠岐。そろそろ丸亀にかえろ?」

 

声の主は千尋だった。京都から共に戦ってきた親友であり、戦友でもあった。彼女は戦闘員ではないが、立派なお役目を果たしている。

 

「悠岐は多くの人を救ったよ。少なくとも私と、悠岐のお父さんたちは」

 

「そうか、そういってくれるだけでもありがたいよ」

 

地上300メートルの風は強い。二人はふきつける風に髪をなびかせながら結界の先を見続けていた。

しばらくすると、悠岐のスマホに着信音が流れた。

 

「そろそろ丸亀に帰るか」

 

「休日とはいえ、宿題も多いしね!」

 

二人は話しながら主塔を降りていった。

 

2018年、人類の生存は数人の少女にゆだねられていた……

 

 

2018年8月31日

 

香川県丸亀市にある丸亀城の夏の冷房が効いたとある部屋の中に膝枕の上で眉間にしわを寄せた少女がいた。

 

「むむむ……」

 

「また固いことを考えていますね。そんな若葉ちゃんには……えい!」

 

黒髪の美少女が右手に持った耳かきを金髪ポニーテールの美少女の右耳の中に入れる。二人の名前は、黒髪がひなたで、金髪が若葉である。私のかわいい後輩にして戦友である。

 

「ちょっ、ああぁぁ~~」

 

私は香川県丸亀市にある丸亀城のとある部屋の中で、戦友の蕩けた声を聞いていた。

変な声を上げているのは私の戦友である。普段は凛とした顔で、周りを引っ張るリーダー気質の彼女も、彼女の親友であるひなたの耳かきの前には何の抵抗もできなった。

 

「ああ~若葉ちゃん……かわいいです。悠岐さんもしっかり撮ってくださいね」

 

「了解した」

 

私は後輩達の耳かきの写真を撮っていた。耳かきをしているひなたにお願いされたからだ。

 

「ひなた!それに悠岐さんも、って写真を撮らないでくれ」

 

私がスマホをかざして、パシャパシャと写真を撮っていることに気づいたのか、赤面しながら私に辞めるように言ってくる。

 

「若葉もこうやってストレスを発散していたのか……」

 

「若葉ちゃんは考えすぎてしまうことが多いですからねえ。こうやって適度にゆっくりさせてあげるのも親友の役割ですね」

 

私とひなたが耳かきの効果について話をしていると若葉が咳ばらいをしながら立ち上がる。

 

「ひ、ひなたの耳かきは特別なんだ。なんというか、抗えないというか、すべてをさらけ出してしまうような……」

 

「私もやってもらおうかな?」

 

「残念ですが、私の耳かきは若葉ちゃん専用です」

 

「ですよね~」

 

後で千尋にやってもらおう。

 

「そろそろ諏訪との交信時間では?」

 

時計を見ると時計の針は、遠くで戦う戦友との大事な交信時間に近づいていた。

 

「そろそろ行かないとな」

 

「私も久しぶりに歌野と話したいし、ついていくよ」

 

「私は先に出口で待っていますね」

 

耳かきをしていた部屋から出たあとひなたと別れ、通信機のある部屋へと二人で向かった。

私たちがいる丸亀城の中の一室に、大きな通信機が置かれている部屋がある。ここはとある場所と交信を行う通信室(放送室)となっている。

若葉が慣れた手つきで機械をいじると、通信機が起動し始める。

 

「さて、そろそろ時間だ」

 

私と若葉が壁にかかった時計をみると、交信時間になっていた。

 

『あ~あ~、こちら諏訪、勇者白鳥歌野です』

 

通信機の向こうから聞こえてきたのは少女の声だった。

 

「こちら四国香川県、丸亀城。勇者乃木若葉だ」

 

「ついでに勇者山田悠岐です」

 

『通信状況はそこそこってとこね……って悠岐!?久しぶりね~』

 

「歌野も久しぶりね」

 

挨拶もそこそこに、現状について報告し合う若葉と歌野。

現在、四国の勇者のリーダーは暫定的に若葉である。歳は私の方が上であったが、カリスマ性とかを考えると正直若葉しか考えられないため、私はリーダーをやっていない。

 

白鳥歌野は諏訪地方を守護する勇者である。もう一人巫女がいるが、たくさん話したことはなかった。ただ、歌野の楽しそうな話を聞いている限り、友達になりたいとは思っている。

 

「うーん、そちらも厳しいか……」

 

『……ね、最近はちょっと……況もあまりよくありませんし』

 

私たち四国の勇者は合計6人いる。さらにそれを支える組織やシステムが3年の間に整備されている。一方で諏訪は勇者が歌野1人しかいない。これを支える組織やシステムも劣悪で、いつ陥落しても可笑しくない状態だったりする。

そのため、本来であれば、暗い雰囲気にならざるを得ないのだけど……

 

「そろそろ決着をつけようじゃないか」

 

『……ええそうね』

 

「『蕎麦とうどん、どっちが優れているかどうかを‼』」

 

「始まった……」

 

ひなた曰く、二人は状況報告が終わるといつも蕎麦うどん戦争を行っているらしい。

 

「うどんの方が優れているのは明白」

 

『蕎麦の方が優れているのは宇宙の法則なのよ』

 

もちろん若葉がうどん派で、歌野が蕎麦派である。

二人はあれこれおいしさや健康について語るが、決着はつかない。

 

「そういえば悠岐さんの好みを聞いていなかったな」

 

『そんなの蕎麦に決まってるじゃない!?』

 

何故か私の方に振られてきた。うどんも蕎麦も好きだけど、二人の愛と比べることはできない。

まあ、しいて言えば……

 

「うどん、かな?」

 

「やった!」

 

『え~そんなあ~』

 

若葉が喜び、歌野は残念がっていた。

 

「やっぱ麺類の王者はうどんだな」

 

『うぅ~』

 

ん?私の後輩は一体何を言っているのだろうか。

 

「麺類の王者といえばラーメンでしょ?何を言ってるの若葉」

 

私が言い張ると、しばらくの無言の後、屈辱的な一言を言われる。

 

「『……ラーメン(笑)』」

 

「いやいやラーメンこそ麺類の王者よ」

 

「いい?一言でラーメンって言ってもね、いろいろな種類があるの。ベースとなるスープだけでも醤油、塩、とんこつ、鶏がら、みそと何十種類もあるの。それを店によってうまく調合してオリジナリティーを出してくことにみんな苦心するわけ。で、麺や具材でもいろいろな種類があるから、ラーメンは決して飽きることが無いのよ。自分好みの店を見つけた時の感動といったら……」

 

私のラーメンが王者であるという主張に二人は反論をぶつけてくる。

 

「それならうどんだってきつねうどんや、肉ぶっかけうどんとたくさんの種類があるし、店によって出汁の味は全く異なる。私も好きな店を見つけた時は飛び跳ねて喜ぶぞ」

『聞き捨てならないわね。蕎麦だっていろいろな種類の蕎麦があるし、蕎麦粉の産地や種類が違うだけでも味はかなり異なるのよ。私はちなみに手作り派ね』

 

うどんも蕎麦も美味しいことに変わりはない。だけどラーメンには敵わないでしょう。

 

「一度ラーメンを食べてみなさい。ああぁ~京都の北白川や一乗寺のラーメンを案内したい……」

 

「京都のラーメンか……薄味で蕎麦っぽい感じがするが」

 

『京都ってラーメンが有名なの?寺社が多いから蕎麦が有名だと思っていたけど……』

 

二人はどうやら京都ラーメンの素晴らしさを知らないらしい。ここは可愛い後輩達にじっくりとレクチャーをしてあげなければ。

 

「京都ラーメンが薄口のお上品なラーメンというイメージは捨てなさい!まあ確かにそれを売りにしている店もあるから一概には間違っているとは言えないけど。でも、京都ラーメンの心髄は脂が浮くほど濃厚なスープが特徴的なラーメンなのよ。私は勝手に背油ちゃっちゃ系と呼んでいるけどね。行列を並んでいると、店の外まで臭ってくる濃厚な豚骨臭……たまらないわ。それにね、脂が浮かんでいるほど濃厚なスープだけどね、最後の一滴までスープを飲めてしまうのよねえ」

 

私はこの後10分ほどラーメンの魅力を語っていたが、長いのでカットする。

 

「しかしだな……」

 

『悠岐の故郷って……』

 

「ああああああ‼思い出させないで、もうあのラーメンは食べられない……」

 

私の故郷である京都市はすでにバーテックスに滅ぼされている。私が行った数多くの名店も今は瓦礫の下に埋もれているだろう。

うどんは香川県のソウルフードだし、諏訪も有名な蕎麦処である。つまり二人は、好きな食べ物をいつでも食べることができるのである。

頭を抱えて項垂れる私を見て気の毒に思ったのか、ラーメンの話題を提供する。

 

「四国にも徳島ラーメンがあるぞ。私は食べたことはないが、おいしいらしいぞ」

 

『それに全国チェーンの店は四国にあると思うしドンマイよ、悠岐!』

 

麺派を超えて、慰めてくれることに感謝しつつ、私は二人に語り掛ける。

 

「ラーメンの味や種類の違いはね、宗教の教派の違いや、共産主義の共産性の違いのようなものなのよ……」

 

「『……なんか、すいません』」

 

今回の勝負はラーメンに軍配が上がった。私の尊厳を引き換えに……

その後も3人で楽しくおしゃべりをしていると、唐突にチャイムが鳴る。

 

「そろそろ時間だな」

 

『今日も楽しかったわ』

 

「明日から新学期が始まるし、勉強も勇者も頑張りましょう」

 

若葉、歌野、私の順に言葉を交わす。

 

「それでは、そちらの無事と健闘を祈る」

 

『四国の安全を願います』

 

「ラーメン食べてね歌野」

 

一番年上なのに、最後まで往生際の悪い私であった。

 

通信が終わると、私と若葉は機械の電源を切り放送室を出ていく。

歌野は元気よく振舞っていたがやはり厳しいことに変わりはない。

 

「どうにかして諏訪を、歌野達を助けに行けないかな……」

 

「助けには行きたいが、我々は四国を守る使命があるからな、残念だ」

 

私たちは歌野達のことや、今日の麺類戦争の振り返りをしながらひなたの待つ場所に向かった。

 

 

若葉たちと別れ、自分が寝泊まりをしている部屋に入る。制服からスポーツウェアに着替えると、宿舎の庭で刀の素振りを始めた。

雲一つない空は、夕日に染まっていた。しかし、四国の人間にとって、空は恐怖の対象でしかなかった。

3年前のあの日、私たちの敵である化物は空から降ってきた。そのため、化物に襲われた人々は空にトラウマを持つようになった。

『天空恐怖症候群』と呼ばれ、PTSDの症状が現れる病気であった。深刻な場合には、屋外に出ることすら出来なくなってしまうほどの症状になる場合がある。おそらく、潜在的な患者は四国中にいるだろう。

夕焼けを背景に無言で刀を振り下ろしていると、後ろから声が聞こえた。

 

「やっぱりここにいた」

 

「いつ戦いが始まるかわからないからな。備えあれば患いなし、だよ」

 

私の親友である秋山千尋は、私のような戦闘能力を持った少女ではない。しかし彼女は私たちと同じように丸亀城で授業を受けていた。

 

「神様は、敵はまだ来ないといっているし、まだ大丈夫かな」

 

「そうか。まあ、一人で過ごしているといろいろと考えてしまうからな。こうやって身体を動かしているほうがストレスの発散になるからいいんだ」

 

「そっか」

 

「今日、歌野と話したよ……」

 

「本当!?水都ちゃんは?」

 

「水都さんは、今日はいなかったみたいだ」

 

「そっか~。あっちもいろいろ大変そうだしね~」

 

「……あまり言いたくはないが、そろそろ諏訪は限界を迎えると思う」

 

元々諏訪地方の結界は、諏訪大社の上社下社の御柱を中心に広がっていた。そのため、諏訪湖全体をカバーできる大きさがあった。

しかし、幾度もバーテックスの襲来を受け、現在は諏訪湖東南の地域しか安全圏が確保できていないらしい。

 

「3年間も孤立無援の状態で耐えきっている。余力のある四国が救援に行かなくてはいけないのに……」

 

諏訪は四国がバーテックスの迎撃を食い止めるため準備期間を確保するための防波堤として機能していることは、高校生の私でもわかることだった。

 

「私ね、歌野ちゃんや水都ちゃんに会ったらうどんと蕎麦の食べ比べをするって約束したの」

「私もラーメンを食べさせたいと思っているよ」

 

「だからね、きっと二人は耐え続けるよ」

 

「そうだな。だからこそ四国から諏訪までの道のりを耐えきれるだけの力を蓄えないとな」

 

私はこの時に、大社の上層部や父親に諏訪救出作戦を実行すべきであると言い続ければよかったのかもしれない。若葉や千尋だけでなく、他の勇者たちも巻き込んで。そうすれば、歌野と水都だけでも助けられたのかもしれない。だけどそれは歴史のIFでしかない。

 

それから数日後、諏訪はバーテックスの総攻撃によって陥落した。

 




悠岐は親しい友人や戦友には名前の呼び捨てで呼んでほしいと考えているので、一部の勇者からは名前で呼ばれています。
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