勇者の記録   作:永谷河

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戦いの始まり

2018年9月中旬

 

若葉との相談会(仮)の後も私たちはいつも通りの日常を送り続けていた。

授業を受け、鍛錬をし、ご飯(私以外はうどん)を食べ、寝る。この繰り返しだ。

相変わらず、若葉は固い顔をして勇者たちを引っ張ろうと頑張っているが、少し空回りしてしまっている。彼女にはひなたがいるからフォローの必要はないだろう。

少し気になることといえば、諏訪との交信頻度が落ちつつあることである。若葉曰く、通信感度も徐々にだが悪くなりつつあるらしい。

歌野は大丈夫だと言っているが、そろそろ覚悟を決めたほうがいいのかもしれない。何度か『大社』に諏訪救援作戦の発動を要請してみたが、結果は見ての通りであった。

 

9月も終わりに近づき、もう少しで10月になるという頃、若葉に渡すプリントを教師から頼まれたため、彼女を探して丸亀城内を歩いていると、放送室から若葉の声が聞こえてきた。普段の凛とした声ではなく、切羽詰まった声だった。

 

「こちら乃木若葉。白鳥さん!応答願います!」

 

急いで教室内に入ると、通信機のスイッチをいじりながら、必死に応答を願う若葉の声が響いていた。

 

「若葉、諏訪に何があったの!」

 

「わからない。だが通信がまったくつながらないんだ。いつもなら頑張れば向こうの声ぐらいは聞こえるのに……」

 

通信機の故障の可能性があるかもと考え、『大社』の技師に通信機を点検してもらったが、通信機や通信に必要な機材に不具合はなく、問題があるとすると諏訪の方であると判断された。

 

しばらく二人でスイッチをいじっていると、突然ノイズと共にスピーカーから少女の声が聞こえてきた。

 

『……ザー……野。こちら白鳥……です。四国、乃木……ザー……聞こえますか?』

 

「こちら乃木若葉、四国の乃木若葉だ!白鳥さん。そっちは無事ですか?」

 

『よかった……ザー……見たい。大規模な襲撃があって、通信……ザー……壊れちゃったみたいです」

 

「山田悠岐です。諏訪は、歌野さん、水都さんは無事なの!?」

 

『……ザー……みーちゃんは大丈夫。私も……ザー……だけど大丈夫です』

 

今まで聞いたことが無いほど通信のノイズが酷い。しかもいつも明るい歌野の声が酷くか細くなっているのに私と若葉は気づいていた。

 

『……通信はできなくなりそうです。二人とも……ザー……だと思いますが、くじけないでください。私たちが守った諏訪の3年間を……ザー……にしてください』

 

「「白鳥さん(歌野)」」

 

私たちが叫びながら彼女の応答を願う。しかしもうこちらの声が届いていないのか、彼女は一歩的に私たちに話していた。

 

『……ザー……約束してください。四国を、人類を守りぬいてくださ……ザー……のことを忘れないでください』

 

ノイズが酷くて最後の方は聞き取れる言葉の方が少なかった。しかし、歌野の最後の最後の一言は二人の耳に届いた。

 

『……ザー……後の事は頼みます。3年間ありがとうございました』

 

最後の一言の後、通信機からノイズしか聞こえてこなかった。

 

呆然とした表情で放送室から出た私と若葉は、丸亀城の天守閣の最上階から夕焼けの瀬戸内の海を眺めていた。

 

「白鳥さん達だけでも救出に行けばよかった。私と若葉とひなたと千尋だけでも諏訪にならたどり着けたはずだ」

 

私が救出に向かわなかったことを後悔する。

 

「白鳥さんは諏訪の土地も、人々も見捨てたくなかったんだと思います。歌野さんの実力なら巫女の藤森さんとともに四国へ来ることも可能でした。しかし、彼女達は故郷を守ることを決意した。その決断を私は尊重したいです」

 

何故か若葉の隣で立っているひなた(いつの間にか若葉の近くにいることがあるが、もう慣れた)が私の発言を諫める。

 

「そうだな。たぶん白鳥さんは私たちが救出に向かっても、諏訪の人々の安全が確保できなければ四国へ来ることを断っていたと思う。それだけ彼女は諏訪を愛していた」

 

彼女には故郷を守るという使命があった。そしてそれを最後まで貫き通した。おそらく、自分たちが時間稼ぎの囮として扱われていることにも気づいていただろう。

もし私たちがバーテックスを打倒した後、人類の歴史が続いていくなら、後世の歴史家はこう語るだろう。

 

‘諏訪の勇者のおかげで四国はバーテックスを倒せた’

 

だけど私たちは忘れてはいけない。白鳥歌野は四国の囮として戦ったのではなく、最初から最後まで諏訪を守り抜き、そこに住む人たちに元の平穏を与えるために戦っていたということを。

歌野の意思を引き継ぐなんてかっこいいことは言えないけど、彼女と諏訪が作った3年間を無駄にしてはいけない。

 

海を眺めていると、悠岐のスマホに着信が入った。着信相手を見て、すぐに通話を開始すると、恐れていた言葉がスピーカーから発せられた。

 

『悠岐……たった今、沿岸警備隊から連絡が入った。化物が四国結界に向けて進行中だ』

「お父さん。諏訪が陥落したよ」

 

『こちらも千尋くんの神託で確認した。残念だったが……』

 

「わかっている。ここからは私たち四国の戦い」

 

『生きて、帰って来い』

 

『悠岐?バーテックスには進化体がいるみたい。無理しないでなんて言えないけど、生きて帰ってきてね。それに、みんなのこともお願いね』

 

父親と千尋からバーテックス襲来の電話を受け取った。私の身を案じてくれている。

 

「わかった。死なない程度に死ぬほど頑張るよ」

 

私は死ぬわけにはいかない。誰一人として勇者は死んではいけない。そのために最善を尽くすしかない。

 

私が通話終了のボタンを押すと同時にスマホから耳障りな警戒音が鳴り響く。スマホの画面には『樹海化警報』という文字が表示されていた。少し離れたところでひなたと話していた若葉もスマホからも警戒音が流れている。

あたりを見渡すと、ひなたは時間が止まったかのように停止していた。おそらく、ひなただけではない。千尋やお父さんを含めた勇者以外の四国全土の全ての人、動物、生物が静止しているのだろう。

 

海の方を見ると、海から徐々に巨大な植物の蔦や根に町が覆われていく。樹海化が完了すると、そこは四国ではなかった。丸亀城や、一部の高層建築物以外はすべて植物の蔦や根に覆われていた。

 

「これが樹海……」

 

樹海化によって樹海と同化した四国の生物は化物からの攻撃を受けることはない。勇者のみが本来通りに動き、戦うことができる。

しかし、神樹様の力も無限ではない。樹海化し続ければ、それだけエネルギーを失う。さらに樹海内で化物が長時間暴れれば、その痕跡は現実世界にフィードバックされる。さらに、化物が神樹様を倒せばその時は人類の滅亡という結果を迎えるだろう。

 

私の隣では若葉がさっそく青を基調とした勇者装束に変身しており、私もスマホにダウンロードしてある勇者専用アプリを起動し、勇者装束へと変身する。

別にサービスシーンなどはないが、私の勇者装束は白を基調とし、赤や黄色などの様々な色の線が走っているデザインだった。正直、若葉の桔梗の青と白を基調とした装束の方がかっこいいと思うが、口にしないでおく。

この戦装束は、神樹様の勇者の力を最大限に利用した、対バーテックス用の装備であり、身体能力が桁違いに上昇する服である。『大社』を中心にした人類の叡智の結晶である。さらに、神樹様の力を利用していることもあり、勇者がそれぞれ持つ武器以外の攻撃もバーテックスに通用するようになっている。

 

二人が敵を探そうと瀬戸内海の方を見ていると、少し離れたところから二人の勇者がこちらに向かってきているのが見えた。

一人は赤髪と笑顔が特徴的な高嶋さんちの友奈さんだった。彼女は手に手甲をはめており、近接格闘が得意な友奈らしい武器だった。

もう一人は黒髪ロングのクールビューテー、郡千景であった。彼女は大鎌を携えており、失礼かもしれないが一見すると死神のようであった。

二人の後には「お~い!」というパワフルな声と共に小柄な少女とゆるふわな少女が4人に合流してきた。小柄な少女は土居球子。彼女の武器は盾である。盾を使って防御しながら、盾を投げて敵を倒すというアメコミヒーローの持っている盾にそっくりな武器を使う。本人や『大社』曰く旋刃盤という名前らしいが、盾にしか見えないので、私は盾と呼んでいる。

もう一人のおびえた顔をしたゆるふわ少女は伊予島杏である。彼女の武器は連射式のクロスボウである。クロスボウというと一発の威力は高くて、連射に不向きであると思うが、彼女のクロスボウは神の力が宿っており、マシンガンの如く連射が可能である。またエネルギーを溜めれば、遠距離狙撃も可能なので、勇者の中では結構重要な戦力ともいえる。

 

以上の6名がこの樹海の中でバーテックスを迎撃するメンバーであった。

 

 

「これで全員揃ったな。これが私たちの初陣となる」

 

「今回の敵は威力偵察程度らしい。進化体は矢型のモノだけで、あとは星屑が100体ほどであると沿岸警備隊から報告が入っている。ただし、星屑が融合すれば進化体になるため気を付けたほうがいい」

 

一応勇者各員のスマホに敵の詳細が送られているらしいが万が一と再確認を兼ねて、若葉の言葉の後に敵勢力の確認を行う。

 

「……伊予島さんをこのまま前線に出すつもりなの?」

 

「二人とも殺気というか闘気を出し過ぎて怖いよ~」

 

私と若葉がそのまま突撃しそうだと思った千景や友奈から反論の声が上がる。やる気スイッチが二人とも入りすぎていたらしい。

タマの後ろにいる杏を見ると、その体を細かく震えていた。

 

「とりあえず、現状変身できるメンバーは変身しよう」

 

取り敢えず、戦装束に変身しなければ、何も始まらないと考えたのか、他の勇者たちに変身することを促す。

 

「……わかったわ」

 

「わかりました!」

 

「わかったぞ」

 

了承の声と共に三人は戦装束へと変身する。千景は彼岸花を思わせる紅を基調とした戦装束に、友奈は山桜の花を思わせる桜色を基調とした戦装束に、タマは姫百合を思わせる橙を基調とした戦装束にそれぞれ変身した。

唯一杏だけが、変身できなかった。勇者の力は勇者本人の精神状態に大きく左右されるため、戦う覚悟と意思が固まり切らない杏では変身は難しいかった。

このままだと杏が罪悪感や恐怖心でさらに精神面に悪影響が出そうである。

ただ、彼女の精神が落ち着く時間はバーテックスは与えてはくれないようだった。

 

「バーテックスが来たぞ」

 

若葉の指さす方には白く醜い化物が蠢いていた。

 

「とりあえず、私と若葉で攻撃を行う。タマは杏の護衛。千景と友奈は私たち、タマたちがピンチになった時に援護してください。二人は遊撃班と考えてください」

 

「ちょっと勝手に、「時間がない、文句があるなら最前線で私と戦う?」はあ~、わかったわよ」

 

最初だからちょっと強引に推し進める。タマは杏を守りながら戦ったことがある経験者である。友奈は正直戦闘経験があるのかわからないけど、たぶん問題ない。千景は杏と同じで初の実戦だと聞いている。たぶん彼女は不安なのだろう。厳しい言葉はその裏返しである。

そんな彼女を私たち二人と共に最前線で戦わせることはできない。

 

「友奈。千景のことを頼んだよ」

 

一番の親友に任せた方がいいだろう。友奈と一緒なら千景は絶対に大丈夫なはずだ。

 

「高嶋友奈、了解しました!ぐんちゃん、一緒に頑張ろう!」

 

「え、ええ高嶋さん頑張りましょう」

 

これで二人は大丈夫だろう。

あとはタマと杏だけど、杏は‘いい娘’だ。だから親友である球子が、3年間共に高め合ってきた勇者のメンバーが戦っている姿を見れば、絶対に戦いに参加するだろう。親友が、友人が戦っていて、それを見捨てることは絶対にできないはずだ。たとえこの戦いで変身ができなくても、何度かバーテックスと戦っているうちに覚悟を決めてくれるはずだ。

 

「まあ、こんな偉そうに言っている私が真っ先に死んだらお笑いね」

 

「縁起でもないことを言わないでください……」

 

遠くに見えていたバーテックスが徐々に近づいているのが見えた。2キロほどに近づいたとき、私と若葉は一気に駆け出した。

樹海化した蔦や根を踏みしめ一気に跳躍し、猛スピードの勢いそのままに、納刀したままの太刀を振り払った。

一瞬で数体の星屑が吹き飛ばされ、消滅する。空に浮かぶ化物を跳躍しながら切り裂き、次々と消滅させていった。

 

「うおおおおお!」

 

すぐ近くでは若葉が星屑を次々と屠っており、戦闘開始数分で35パーセントほどを削り取ることが出来た。人間の軍隊なら撤退しても可笑しくない損害だが、バーテックスに撤退という言葉はないようで、物量で押しつぶそうと、私と若葉へ突進を繰り返してくる。

私たちの戦闘域から少し離れた場所で星屑とはまた別のバーテックスが二人の隙を付いて攻撃を行おうとしていた。矢のようなものを発生させた進化体のバーテックスは若葉が抜刀を終え、化物を斬り裂いた瞬間に「矢」を発射した。高速で迫りくる「矢」は若葉を貫くはずであったが、私は「矢」の発射に気づいていた。3年前にあれだけ苦戦を強いられた敵である。忘れるはずがなかった。あいつはこうやって遠距離から「矢」を撃ち込んでくる厄介な敵である。

そして、その「矢」がこちらにとって攻撃の手段になることも知っている。

 

「お前のその「矢」、利用させてもらうぞ!」

 

私が刀で「矢」をいなす。金属音が響くと同時に、刀身に火花が飛び散り、「矢」の軌道を変えることができた。「矢」は若葉への直撃をコースから外れ、若葉に襲い掛かろうとしていた星屑に命中した。

 

「あれは邪魔ね。それに杏達に「矢」が飛んでいくと困る」

 

「そうだな。では倒そう」

 

「了解!」

 

星屑の包囲網を跳躍で飛び越え、離れて狙撃を行う矢の進化体に肉薄する。

途中数発の「矢」が二人を掠めたが、最小限の動きで回避し、肉薄する。私と若葉が同時に抜刀し、進化体の周りに浮いている矢のような部分を斬り、消滅させる。

私はそのまま左手に刀を、右手に鞘を持ち、進化体の本体を下にたたき落とす。下に落とされた進化体を待ち受けていたのは、居合の構えをしている若葉であった。

 

「一閃緋那汰!」

 

若葉の叫びと共に抜刀された『生太刀』によってバーテックスが真っ二つに斬られる。

何その恥ずかしい技名……

 

「やったぜ!」

 

「よし!」

 

進化体撃破を祝ってハイタッチをしていると、私たちに危機感を覚えたのか残っていた星屑が融合を初め、進化体になり始める。

 

「あれは、初めて見るタイプだね?」

 

私も見たことないタイプだった。一見すると「矢」のタイプや角のタイプに比べたら脅威度は少ないように思えるが。

 

「悠岐さん、どうしますか。とりあえず斬ってみますか?」

 

若葉が口元をにやりとしながら私に提案する。ちょっと怖いぞ。

 

「さすがにあれがどんな性能かわからないから、肉薄戦闘は避けたいな……」

 

「伊予島のクロスボウが遠距離武器ではあるが」

 

視力を強化して、杏のいる場所を見るが、彼女はまだ変身していないようだ。タマは盾(旋刃盤)を投げながら杏を守っていた。千景と友奈は二人で進化体に合体し損ねた星屑の残党を倒していた。

 

「仕方がない、こんな事もあろうと用意してきたこいつを使おう」

 

私は足元から携帯対戦車兵器を取り出す。

 

「え?ゆ、悠岐先輩、それって?」

 

「ん?パンツァーファウスト3。対戦車兵器だよ」

 

「そういうことでは……」

 

「あ、後ろにいると危ないから離れてね」

 

「いったいどこから……」

 

発射器に取り付けてある照準器の照準を定め、引き金を引く。無反動砲なので、大した衝撃なく発射される。弾頭は、発射後に安定翼が展開してロケットモーターに点火、加速しながら飛翔していった。

戦車を撃破できる能力を持つ対戦車弾は、棒状の化物に直撃することなく、化物の前で信管を作動させ、爆発した。棒状のバーテックスから赤く透明な板状の組織が発生し、そこに当たった弾頭が爆発したのだった。効果があるとは思っていなかったが、あのバーテックスの特徴がわかっただけでもよしとしよう。

 

「棒状のバーテックスの特性は『防御』もしくは『反射』だな。おそらく遠距離武器はすべて反射されるか、防がれる可能性が高い。杏の武器とはかなり相性が悪い……」

 

「先に矢のバーテックスを倒しておいて正解だな」

 

防御に特化したバーテックスってことは、耐久力も高いんだろうなあ……

 

「さて、どうすべきか……」

 

ここで切り札は使いたくない。

出来れば勇者全員の飽和攻撃で倒せればいいのだが、今は難しいだろう。

 

棒状のバーテックスをみながら対策を考えていると、一人の勇者が猛スピードでバーテックスに肉薄していた。桜色の戦装束を着ている高嶋友奈である。

 

「友奈?ってまさか!?」

 

あれを使う気か?

 




千景と友奈の絡みは原作3話を呼んでください。
あと杏はここでは変身しません。

二人が優秀なので、初戦はそこまで苦労はしません。ただ、初めから進化体がいるなど、バーテックス側もハードモードで挑んできます。

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