「――――そういうことだから、着いたら連絡して。それじゃ」
「ああ、ありがとうスザク」
感謝を述べて、通話を切る。
腰かけたソファの背もたれに体重を預け、右手で額を抑え、鼻から長く息を吸い、体中の感情を排出するようにため息を吐き出す。
それを聞いていたC.C.が、スザクとの話の内容を察して言葉を投げてくる。
「そうか、遂に決まったんだな、ナナリーの結婚」
「ああ。式の日取りと場所もな。人目に触れないように、VIP席に案内してくれるそうだが」
「なんだ、不満か?行くなとは言わないが、そんな場所でお前の顔が見られれば、そっくりさんでは済まないぞ」
そのとおりだ。今の俺はL.L.だが、世界中の人々にとっては悪逆皇帝ルルーシュだ。旧知の仲であっても家族であっても、ルルーシュであることに変わりはない。L.L.という名前は、俺の誓いを込めた、魔神と魔女の間だけで交わされる名前なのだから。
ナナリーの晴れ舞台を一番近くで祝いたいが、俺の顔を見られただけでも結婚式は台無しだ。たとえ離れた席からであっても、その場にいられるだけで良しとするべきなのだが―
「フッ、俺は奇跡を起こす男だぞ。必要なものさえそろえば、条件はクリアされる。ところでお前、さっきから何をしている?」
旅を続けるうちに増えていった荷物の中を、先ほどから何かを探すようにしている連れの背中に声をかける。
「んー?お前と違って私は有名人じゃないからな。せっかくの祝いの席にちょうどいいのが――あ、あった」
そういってC.C.が引っ張り出した黒いドレスを一瞥して、ナナリーの結婚とは別の問題が脳裏をよぎる。
「C.C.、それは何かほかに、羽織るものとかあるのか?」
「いや、これだけだが?」
「なんというかその、オープンすぎないか?」
オフショルダーで首元から胸元にかけて肌が露出するようなデザインが、それを着た時にいささか煽情的に過ぎるのでは、という心配をそのまま言葉にできず、少し濁してそっけなく伝える。
条件をクリアするためには、俺はC.C.と一時的に離れる必要がある。友人の結婚式やパーティで自分の相手を探す輩も少なくないと聞くし―
「なんだ、心配か?」
少し楽しそうに笑みを浮かべた魔女が言う。
「ジェラシーを感じてくれるのは良いが、安心しろ。ここは見えるようにしておくから」
そういって左手を翳し、その薬指にはめられた指輪をちらつかせる。
俺の指にも等しく輝くその証を。
「それで、お前のプランに必要なものとは?」
「ああ、まずは―――――」
*****************
目的の部屋の前に立ち、ノックを二回。
部屋の前には“新郎控室”の文字。
久しぶりに袖を通したゼロの衣装の感覚を懐かしみながら、仮面越しに声をかける。
「私だ。ゼロだ」
スザクからこの衣装とナナリーの隣を歩む役割をもらい受けることで、条件はクリアされた。あとは式が始まるまでの間に、ナナリーが選んだ男を見ておきたかった。
ナナリーが選んだのだから、心配はしていない。
L.L.として歩み始めた俺には、たとえ相手に不満があってもとやかく言う資格はない。
それでも、兄として。
「ゼロ?!ど、どうぞ」
緊張が漏れ出ているような声音で返事が返ってくる。
不安と期待を胸に、開かれたドアから室内に入る。
真っ白な衣装に身を包む青年は、いかにも人が好さそうな雰囲気を纏っていた。
再開したころのスザクに近しい雰囲気だ。見た目もどこか似ている風だ。聞けばブリタニアと日本人のハーフだとか。カレンと同じだ。しかし、決定的に違ったのは彼の両親が身分の差を超えて愛し合い、そしてその愛を惜しみなく彼自身に注いでいたという点だ。
「どうしたんですか?ゼロ。式の段取りの確認なら先日済ませたはずですが」
「いや、少し君と話をしたいと思ってねロジェロ君」
「話、ですか」
「知っての通りナナリーは両親も、兄も失っていてね。皇族にも頼れる親類は確かにいるが、ゼロレクイエム以来連れ添ってきた私としては家族も同然だ。つまり、彼女にとって数少ない親密な間柄の者といえる。ナナリーの今は亡き愛する家族の代わりに、君にいくつか質問しておきたくてね」
「結婚式当日の朝になって新郎の品定め、というわけですか」
「不服かい」
「いえ、とんでもないです。僕にとっても、ナナリーの真の意味での家族の方々がすでに他界してらっしゃるのは悲しいことでしたから。こうしてナナリーのことを真剣に考えてくださる方がちゃんといるのはうれしいです」
俺が何をしに来たかを告げると、肝が据わったように目の色が変わった。
緊張をしているのは確かだが、状況に流されるだけのおどおどした奴というわけではなさそうだ。
「それで質問というのは」
「二つだ。一つ目は、彼の兄の事。悪逆皇帝ルルーシュについて。ナナリーとともに歩むことで、きっとその影が行く手に落ちることがあるだろう。それについて君はどう思う」
俺の気がかりは、俺の悪名がナナリーの幸せに影を落とすのではないかということ。何かのきっかけで、それがナナリーの重荷になってしまわないか。もちろん俺個人としてはそんなものに囚われずに生きていてほしい。しかし、本人がどう思おうと、世間がどう捉えるかは別だ。だから、聞いておく必要があった。
「俺は―――正直、背負いきれない罪を成した人だと、恨めしく思ったこともありました。ナナリーはそれを自分で背負って生きていくことを選んだ。なんて重責なのだろうと。でも、ナナリーがルルーシュさんの話をするときは決まって笑顔なんです。眩しいくらいに。決して笑顔ばかりではないけれど、それでもナナリーがどれだけルルーシュさんを愛していて、そしてルルーシュさんがどれだけナナリーを愛していたのか、なんとなくわかってしまうくらいに、ナナリーは幸せそうにルルーシュさんとの思い出を聞かせてくれました。それで気づいたんです。世界にどのように名を刻んだ人であっても、今ここにいるナナリーを守り抜き、形作ってきた重要な人だったんだって。だからこれから先僕がそのことを疎ましく思うことはないし、そのことで他人から心無い言葉を投げかけられても、ナナリーの傍を決して離れないと、覚悟しています」
「なるほど、よくわかった。では次の質問だ。月並みだが、あえて問おう。君はこの先ナナリーを必ず幸せにすると、誓うか」
間髪入れずに、青年は応えた。
「僕に誓えるのはナナリーを絶対に幸せにすることではなくて、その為の歩みを止めないことです。今日という日を一日ずつ、ナナリーの為に全力で生きていくことです。そうして明日に手を伸ばし続けて、ナナリーの隣に寄り添っていたい。それが僕の答えです」
「明日は今日より悪くなるかもしれない」
かつてシュナイゼルから出た言葉を、あえて彼にぶつける。
「それでも、どれだけ時間がかかっても、僕は幸せを求めつづけます。その幸せを、ナナリーと分け合って生きていきたい。心の底からそう思えるから」
ああ、この青年は真っすぐだ。取り繕わず、正直で、前向きだ。
俺やスザクに似ていても決定的に違う点、親からの愛を受け続けた彼は、愛されることを知っている。俺が無我夢中でナナリーにそうしたのとも、俺が今C.C.とともに手探りで見つけようとしているものとも違う。
愛されて育まれたこの感性は、俺から見ても、好ましいものだとわかる。
「ありがとう、ロジェロ君。もう聞くべきことはない。ナナリーを、よろしく頼む」
「はい!」
元気のいい返事を背に、部屋を後にする。
これで憂いは晴れた。
式の開始までもう少しある。更衣室に置き去りにしてきたスザクはそろそろレンタル用のスーツに着替えたころだろうか。式の段取りの再確認でもして時間を潰そう。
心が浮足立つのがわかる。
不安は薄れ、期待は膨らんでいく。
何人かのスタッフが行き交う廊下で小さく独り言ちる。
「我が最愛の妹の未来に、幸多からんことを」