―――名前を呼んだ。
全てが終わるその瞬間に、僅かで虚しい希望をのせて。
それでも、やはりこの世界は私を突き放した。
私の果てしなく永い人生で、本当に欲しかったものがたった今、指の間から零れ落ちた。
ずっと死んでいた私の生きる理由。
経験という積み重ねを人生という道程にしてくれる存在。
モノクロの世界で漂う魔女に色彩をくれた魔王。
奴隷として家畜以下の扱いをされ、ギアスで偽りの情愛に抱かれ、唐突に終わりのない牢獄に囚われた、私という足跡。
決して人間らしいとは言えない私の孤独に終止符を打ったその道行にもう一度寄り添いたくて、私は歩んできた。
でも、もう無理だ。
ルルーシュという暗闇を歩むための道標だった灯は消えてしまった。
もうこの足は、前に進むことはできない。
ルルーシュは自分に憎しみを集めてその生を終えることで、自分がいなくなった後の世界が明日に踏み出せるように計画し演出した。自分が居なくても進めるように。
だがこの世界で私だけが、ルルーシュがいないことで明日へ進めなくなってしまった。
これはあいつの望むところではない。
あいつが居なくても、私は経験という積み重ねを終えて生きていくべきだった。
でも実際のところは、私は心残りに囚われた。
ルルーシュにもう一度会えるかもしれないという可能性が、私が自由に明日を生きる可能性を殺した。
いや、違うな。結局のところ私はルルーシュを求めている。これは素直になれない私の言い訳に過ぎない。
両手で掬った水を零さないようにずっと歩き続けるような旅だった。
常に気を張って、ルルーシュの器だけが残った虚を引き連れて世界を周った。
それも全て、ルルーシュとの再会というたった一つの望みがあったからこそ。
それが潰えた今、操り人形を手繰る糸が千切れたように手足はただ重力のなすがままに沈む。銃で撃たれた痛みさえ遠のくほどの絶望が重くのしかかる。
ただ指の隙間から零れ落ちた、もう戻ることのない希望を想い、一筋の涙が頬をつたう。
「ここまでか」
死ぬことのないこの体では縁のないと思っていた走馬灯を見た。
あの尊大で自信に満ち溢れた不敵な笑みを―
あの傲慢で不遜な心地よい悪態の応酬を―
あの眼差しを、声を、温もりと優しさを―
やはり、私には人間らしい人生など来ないということか。
それともルルーシュを求めたこの僅かな旅路こそが私の人生だったとでもいうのか。
どちらにせよ、それもここで終わりを迎えるということなのだろう。
諦観に沈み、全てを投げ出したその時、耳朶を震わせる懐かしい声が私の胸に響いた。
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緩慢に、しかし着実に、肉の感覚が脳に伝わる。
想い出だけをなぞっていた意識だけの世界に浮遊しているのとは比べ物にならない。
鼻孔を擽る土と砂と水の匂い。
衣服とこすれあう肌の感触。
己が地面に立っているという重力の枷。
眼球に刺さる光の刺激によって脳に映し出される世界。
ヒトの体とは、ただそこにいるだけでこんなにも多くの情報を受容し、処理しているのだというある種の感動さえ覚えた。
そしてCの世界から帰還した俺を包んでいた、高貴な濃紫に染まった粒子が飛散する。
まるで粉雪のように。
眼前には複数の銃創からその拘束服を血で染め上げたまま仰向けに伏せたC.C.。
その奥にC.C.を撃ったと思しき細身の兵士とその部下らしき男が二人。装備から見るに軍人だろう。兵装から見てブリタニアの軍人ではないし、人相も中東地域の人種と見受けられる特徴が複数ある。さらにその奥には捕縛された咲世子とロイド。咲世子はすでにこちらに気づいたように目を見開いている。周囲の環境からして人口の多い都市部ではない。俺を呼び戻すのに遺されたシステムを使用していることからも僻地の遺跡内部といったところか。俺を呼び戻すために無茶をしたようだな。
――全く、何たる体たらくか。
せめてお前だけは笑っていてくれと願っていたのに、俺のために血を流しているとは。
こんな事態を引き起こしてしまった自分の不甲斐なさに腹が立つ。
俺の心残りは、まんまと的中していた。
どこぞの誰かとでも笑顔で居てくれたならそれで良かったのに。
しかし、どこかでやはり、安心もしていた。
この一瞬だけでも言いたい事と聞きたいことが無数に湧き上がるのを、言葉にしないまま推しとどめる。
俺をこの世界に押し上げてくれた、背中を押してくれた人々に誓って、俺はこの再臨を悔いなく歩まなければならない。今度こそ、心残りを残さないために。
「ここまでか」
C.C.が力なく呟く。
ああ、思い出した。
いや、思い出を認識した、というべきか。
この体が俺という精神を失ったまま虚ろに生存していた間の記憶を自分のものとして理解した。これもまた、目を背けたくなるほどに醜いものだった。だがそんな俺でさえ、C.C.は守ってくれた。導き、守護し、手を引いてくれていた。
ああ、俺は護られていた。こんなにも優しく、温かく。
だがその旅路がC.C.にとってどれほど苛烈で孤独だったかを、同時に悟った。
俺はこの想いに報いることが出来るだろうか。
いや、果たしてみせる。あの約束を。
全ては行動の結果で示される。ならば、俺たちの明日は“これから”だ。
ここはまだ出発点に過ぎない。
だからこそ、俺の復活の言葉は、やはりこれがふさわしいだろう。
「違うな、間違っているぞ」