なんて理不尽なのだろう、この世界は。
吹きすさぶ風にふわりと舞う羽のように、
数万の言葉が連なる小説のページがめくられるように、
熟れた果実が重力にひかれて地に落ちるように、
あまりにも容易く命が、尊厳が、価値あるなにかが喪われていく。
諸人の手に余る異能の力で、社会的に抹殺され失墜した私が言うのだから間違いない。
ある日突然、ギアスという名の呪いによって私の地位と名誉は崩落した。
おまけにオレンジという忌名を背負うこととなり、私の人生は何一つ未来が見えない暗闇の中に飲み込まれた。
何の予兆も、予感もなかった。
今日も明日も、変わらぬ日常がそこにあると信じて疑わず、あのような醜態をさらす己の姿をこそ信じられなかった。
だが、それが私の、既に刻まれた人生だ。
どんな悲劇も、悲惨な事件も、すでに起きた事実を書き換えることなど不可能だ。
どんなに高潔な意思を持っていようが、堕落した人生を送っていようが関係ない。
ギアスという超常の力が介入しなくとも、日常というのは脆く崩れ去る可能性を孕んでいる。
しかしながら一方で、崩落した世界の地の底まで落ちた人間が這い上がってくるのは至難の業である。ギアスに翻弄されながらも、今こうして主君に忠を尽くし、安寧の日々を送る私が言うのだから、これもやはり間違いない。
折れた心身を奮い立たせ、己を鼓舞し、自ら立ち上がることの出来る人間などそうはいない。私とてそうだ。だからこそ、必要なものがある。
それは人によって異なるが、敢えて言うならば光だ。
暗闇を進む道標。火に寄せられる虫のように、自然とその歩みを促す光明。
私の場合は、それが私を奈落の底に突き落とした張本人だったわけだが。
何が光になるかなどわからない。
その光に出会えるかどうかさえ定かではない。
それどころか、更なる転落さえありうるのが人の世の理不尽たる所以だ。
それでも、我が主はおっしゃるだろう。
より良い明日を求めて、と。
その歩みに応えることこそ、我が忠誠の証。
日常が崩落の可能性と隣り合わせであるように、
どんな惨状に晒されようと立ち上がる可能性もまた、確かにそこにあるのだ。
そしてその時、人は確かに得難い何かを得る。
この先、ジェレミア・ゴットバルトが膝を折るのは仕える主の御前をおいて他にない。
これもやはり間違いなどではなかったと誇れるように、胸に秘めた得難い何かをもってして、今日も私は忠を尽くす。
喪ったものを嘆くことは罪ではない。
生まれたであろう価値を想うことも無為ではない。
後悔も憤怒も、正しく人の感情だ。
理不尽に怒り狂うことが、哀れに落涙することが、他人からどう見られても構わない。
抗うことの出来ない圧倒的な力に醜い姿を晒しても、人間は立って歩き、前へ進むことが出来る。そんな綺麗事の体現者がこの私、ジェレミア・ゴットバルトなのだから。