殴るたび喜びと生きてる実感が増す系スザク
僕の手には、忘れられない感触がいくつか残っている。
一つは、空から降ってきた女の子を抱きとめた時の柔らかい感触。
一つは、世界を掌中に収めた親友を突き穿った時の柔らかい感触。
ふわふわと天にも昇るような柔らかさと、ぐちゃっと臓腑を貫いた柔らかさ。
全く違う感触なのに、どちらも確かに柔らかかった。
そしてどちらも、もうこの世には存在しない。
そう、思っていた。
「おはようゼロ。いや、枢木スザク」
朦朧とする意識の中に、水面に落ちたしずくが拡げる波紋のように響いてくる声があった。
その声に誘われるように体を起こし、窓辺を見やる。
そこには、あの日殺した友達がいた。
掠れた声で、友の名を呼ぶ。拷問で痛めつけられた身体は軋んでうまく動いてはくれなかったけど、そこにあるはずの痛みはどこかへ置き去りにしたかのようだった。確かめてみろと言われ、震える指で彼の頬に触れる。
柔らかい、生きた人間の肉の感触が、確かにそこにはあった。
喪ったはずの尊いものに思いがけず巡り合った歓喜が湧き上がる。
その直後、彼の物言いが僕の中の憤怒を呼び覚ました。それは瞬時に膨れ上がって、気づけば僕は振り上げた拳を先ほどなぞった彼の頬にめり込ませていた。
情動に身を委ね、力の限り殴打し、罵声を浴びせた。
心は確かに激情に震えているのに、それが全てではなかった。
拳を振り抜くたびに、肉を纏った骨の感触が伝わってくる。
彼の口元から散った血液が、生命の温もりを伝えてくる。
爛爛と輝く眼差しが記憶の中のそれと変わらずそこにあることが、彼が帰ってきたのだと思い出がささやいてくるようだった。
彼を殴れば殴るほどに、生きているのだと実感する。
ルルーシュが、そこにいるのだと。
途中でC.C.が止めに入って、僕の意識はそこで途切れた。
再び微睡みの中に落ちた後、僕は幾許かの間懐かしい匂いに寄り添っていた。
すぐ傍で聞こえていたのはキーボードを叩く音と、聞きなれた友の口から零れた一言だった。
「全く。変わらないな、お前は」
それは、以前のルルーシュからは聞いたことがないほどに柔らかい声音で、僕の耳にすっと溶け込んでしまった。
僕の手に残った柔らかさには、正直に言えば拭い去りたいものだってあった。忘れるべきじゃないと分かっていても、できれば忘れてしまいたいと思えるような。
でも耳に残ったこの感触はとても心地よくて、僕の孤独を癒してくれる唯一の音色のようだった。
同時に、目が覚めたら全てが夢で、僕はまだ拷問部屋で磔にされているのかもしれないと思うと寂しさと不安が襲い掛かってくる。
だから僕は、夢と現実の狭間を揺蕩いながら祈った。
この柔らかい声色が、泡沫の偽りではありませんようにと。