最愛の妹からの言葉は、甘い猛毒のようだった。
その言葉を素直に受け取って、これからを歩んでいけたなら、それはどれほど――
ああ、いけない。これは欲だ。
ギアスのように抗いがたいこの願いを、俺は無下にせねばならない。
この優しさを受け入れる資格を、俺は持ち合わせていない。
ナナリーの為だけではない。俺は明日を望む多くの人々の為に、鎮魂歌を捧げた。
この現の世界において、俺は虚像でしかない。
一時的に世界と交わっただけの、泡沫の夢幻。
俺が壊し、創造したこの世界が皆にとってのまほろばであったとしても、
造り手である俺はその中に居場所を求めてはいけない。
それにナナリーは、俺がいなくても立派に生きていける。
俺の存在は、むしろ邪魔になるだけだ。
「ナナリー、よく聞いてくれ。確かに俺たちは同罪だ。しかも俺たちが背負っているのはとてもじゃないが、償いきれるような罪じゃない。」
今にも泣きだしそうな潤んだ瞳で、真っすぐに俺の瞳をのぞき込むナナリーの瞳を見て、感じてしまった。
ナナリーはもう、俺が何を伝えようとしているのかわかっているのだと。
それでも、伝えなければならない。
「だが、俺が背負えるのは俺の罪だけだ。他人の罪を背負ったり、分かち合うことは、難しいんだ。痛みは奪われてはいけない。抱えたまま、より良い明日を求めて積み重ねていかなきゃいけない。お前はならもう、わかるだろ?」
「それでも私は、お兄様と一緒の明日が」
「それともう一つ。俺の真意に気づけなかったと言ってたが、あれはナナリーの罪なんかじゃない。知ってるだろ、お前の兄は嘘つきなんだ」
ずっと、ナナリーだけには嘘をつかずに生きてきた。
でも結局、俺はゼロレクイエムの為にナナリーを欺き、ギアスをかけた。
「だからナナリー、自分を責めすぎるな。俺の願いはただ一つ。これからもお前がこの平和な世界で幸せに生きていくことだ。俺はその為に、世界を壊すと決めたのだから」
少しうつむいて、ひざの上のこぶしを固く握りしめたナナリーは、ゆっくりと顔をあげて訪ねてきた。
「お兄様は、これからどうするのですか?」
これから。自分のこれからに思いを馳せて、少し笑ってしまった。
「約束が残っているんだ、俺には。」
彼女の願いと、俺の想いと、あの時の約束。
そうだ。今日という日は終着点であり出発点。これから始まるのだ。
悪態をつきながら、笑顔を交わす日々が。
「ルルーシュいいの?C.C.もう行っちゃったみたいだけど」
入り口から顔を覗かせながら、カレンが間延びした声で告げた。
「何!?あのわがまま女め、自分勝手にもほどがあるぞ」
ナナリーに向き直って、言葉を選ぶ。
「ナナリーすまない。すぐ行かなければならなくなった。でもこれで最期じゃない。俺はずっとお前のことを想ってるし、何かあればすぐ駆けつける。どんなことでも、困ったことがあれば助けを求めるんだ。必ず帰ってくるから。それから――」
ナナリーが可愛らしい笑い声をあげるのを聞いて、言葉を紡ぐのを止める。
「はい。いってらっしゃいませ、お兄様」
何度もみた、優しい笑顔がそこにはあった。
「ああ、いってくる」
握っていた手を放し、ついていた膝を床から離し、急いで部屋をでる。
すれ違いざまにスザクに声をかける。
「スザク、ナナリーのこと」
「ああ、任せて。もう二度と、危険な目には遭わせないよ」
「頼んだぞ」
少ない会話で、互いにすれ違う。
言葉がなくても、伝わるもの、相手が伝えたいものがわかる。
そのまま現世を後にするように、駆け出す。
同じく虚の世界に生きる、この世でただ一人の愛する人の元へ。
私はきっと、わがままな女の子なんでしょうね。
同罪だとか言葉を並べて、結局はお兄様と一緒にいたかっただけ。
それだけで良かったのに、今となってはそれだけが許されない。
それに、お兄様のあんな笑顔を見てしまったらもう何も言えなかった。
私の目が見えていたころも、見えなかった間も、あんな笑顔をしたのは、ユフィ姉さまといたころだけだったもの。
「ナナリー」
「大丈夫です、スザクさん。私ずっと、どこか孤独だったんだと思います。
でも、今はもう大丈夫です。この世界は、お兄様のいない世界じゃなくなった。
この空の下のどこかで、お兄様もC.C.さんも歩んでいらっしゃるんです。こんなに素敵な気持ちになれて私、今とっても――」
涙が頬を伝うのを感じながら、心の底からの笑顔を浮かべる。
今日からはもう、お兄様のいない明日は来ない。
私もやっと、明日を生きていたいと、本当に思えるようになりそうです。お兄様。