――Cの世界のルールなんてわからない
ルルーシュがそう口にしていたことを思い出す。
強敵を破り、ナナリーを救いだした今、あとは君が目覚めるだけなのに。
「まるで眠り姫だ」
友達の綺麗な寝顔を見つめ、つい口から零れたその言葉が、本当にならないようにと願う。
ナナリーが救われたから、もうこの世界から旅立ってしまったのか。
それとも、ナナリーを救う代償を払ってきたが故なのか。
Cの世界のことなんて本当に分からない。
不安がないと言ったら嘘になる。でも、心配はしていない。
僕たち二人ならできないことはないはずだ。
しばらくすると、外にいる人たちの喧騒が少し静まって、一斉に感嘆の声をあげるようなどよめきが伝わってきた。
何があったのかとふと窓の外に目をやると、夜明けから少し経ったうっすらと星々が見える青空に無数の流星が尾を引いていた。戸口をまたいで外に出る。広がる視界を埋め尽くすそれは明らかに自然現象としては歪で、しかし幻想的だった。その光景に、手を合わせて彼の目覚めを祈る。
星々に、願いを込めて。
「お兄様!」
部屋の中からナナリーの声が聞こえた。
自然と口角が上がるのを抑えられず、屋内に駆け込んだ。
この世界で出会った最高の友達に、この素晴らしい景色のことを伝えるために。
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奇跡の明日を享受する人々が、一斉に空を見上げる。
明日への期待と不安を内包する世界中の人々が、その感情の多くを一時忘却の彼方に押しやって、自然現象としては稀有で、あまりにも美しい星の瞬きの数々に見惚れている。
私の周囲にいるものは殊更に騒ぎ立てている。
勝利の美酒を味わいながら、その余韻を彩る最高の名画を目にしたように。
だが、この流星が何を意味しているのか、真の意味を悟るものはこの世界中できっと私だけだろう。人々を魅了するその流星群は、決してそれを見た者の願いなど受け付けない。
それそのものが誰かの願い――命を賭して叶えたかった想いの、それでも叶わなかった心残りなのだから。
私は確かに伝えた。心を残すなよと。シャムナもそれを覚悟したうえで、あの場に残ることを選んだ。最愛の弟が命を落とし、それを見届けることをだ。
しかし、現実には、別れの哀しみに耐え切れずにあの場に澱のように溜まっていた心残りたちが世界に降り注いでいる。
幾度も弟を看取り、その度に己の命を費やすことで甦らせてきた彼女が、遂に迎えてしまった真実の離別に耐え切れなかったのだ。いずれ死ぬと、もう救えないと理解したにも関わらず。
どれだけ固い決意でも、どれほど理性を働かせても、その時が来れば、それは風前の灯火にさえ劣る僅かな抵抗力しか持たない。それを、この鮮やかな夜明けの星々が物語っている。
胸に手を当て、己に問いかける。
お前はどうだ――
ギアスによって、人々から愛され続けた時もあった。永い時間の中で人々は自分を置いていくばかりだった。何度も何度も殺され、必要とあらば殺してきた。
私にとって命は、流れの中でいずれ消える泡のようなものだ。
だが、あいつを同じように定義していられるだろうか。
朝も夜も焦がれて、暗闇をかき分けて、やっと手にしたその命を。
この際だ。自分にくらい正直になろう。
愛してほしい。愛していたい。
でも、愛されれば愛してしまう。愛してしまえば、執着してしまう。
いずれ来る別れの哀しみに、私は耐えられるだろうか。
あいつに愛されない自分に、私は耐えられるだろうか。
詰みだ。私はあいつといると、チェックメイトをかけられてしまう。
私にはあいつしかいないが、あいつにはみんながいる。
この時間にはまだ、あいつを必要とする人々がたくさんいる。
流れ落ちる願いのカケラも、もう少なくなってきた。
荷物をまとめて、このまま立ち去ろう。
また以前と同じになるだけだ。この先の長い時間が、この感情さえ過去のものにしてくれる。そんな時もあったさと。
周囲が落ち着いてきたころを見計らって、荷物を外に持ち出す。
誰にも見られないように、避難民の中に混ざりでもしよう。
ギアスのカケラについても、調査しなくては―――
足を踏み出したところで、荷物を引っ張られて思わずよろける。
心臓の鼓動が跳ね上がった。
考えないようにしていた薄く淡い期待が心の表層に浮上し、そして振り返ったその光景に、一気に落胆した。
「忘れ物」
そういってカレンは私のお気に入りのチーズくん人形を差し出してきた。
少し言葉を交わして、そそくさと逃げるように立ち去る。
あれだけ悩んで、結局期待している自分に少し恥ずかしくなった。
そして同時に、これでいいのだと確信する。
私のこの感情は、私が思うよりも強いらしい。
シャーリーも言っていた。
「想いの力、か」
シャムナがそうだったように、きっと私もその絶望には耐えられない。
一筋の光さえあれば、どんな暗闇でも歩いてこられた。
でも、本当に先がない真の暗黒を前にして、歩いていけるだろうか。
遠ざけてしまう。一人になりたくないのに。
また先延ばしにしてしまう。
それでも、この不安は拭えない。
自分のわがままを、これ以上続ける勇気がない。
「おーい!C.C.!」
遠くから、情けなく息切れしながら近づいてくる声が聞こえた。
思わず足が止まる。
今度こそ、突き放さなくては。
人形を抱きかかえる腕に力を籠める。
なるべく険しい表情で。威圧的な声で。
心の鎧を、仮面を纏って。
この想いが、溢れてしまわぬように。
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最愛の妹からの言葉は、甘い猛毒のようだった。
その言葉を素直に受け取って、これからを歩んでいけたなら、それはどれほど――
ああ、いけない。これは欲だ。
ギアスのように抗いがたいこの願いを、俺は無下にせねばならない。
この優しさを受け入れる資格を、俺は持ち合わせていない。
ナナリーの為だけではない。俺は明日を望む多くの人々の為に、鎮魂歌を捧げた。
この現の世界において、俺は虚像でしかない。
一時的に世界と交わっただけの、泡沫の夢幻。
俺が壊し、創造したこの世界が皆にとってのまほろばであったとしても、
造り手である俺はその中に居場所を求めてはいけない。
それにナナリーは、俺がいなくても立派に生きていける。
俺の存在は、むしろ邪魔になるだけだ。
「ナナリー、よく聞いてくれ。確かに俺たちは同罪だ。しかも俺たちが背負っているのはとてもじゃないが、償いきれるような罪じゃない。」
今にも泣きだしそうな潤んだ瞳で、真っすぐに俺の瞳をのぞき込むナナリーの瞳を見て、感じてしまった。
ナナリーはもう、俺が何を伝えようとしているのかわかっているのだと。
それでも、伝えなければならない。
「だが、俺が背負えるのは俺の罪だけだ。他人の罪を背負ったり、分かち合うことは、難しいんだ。痛みは奪われてはいけない。抱えたまま、より良い明日を求めて積み重ねていかなきゃいけない。お前はならもう、わかるだろ?」
「それでも私は、お兄様と一緒の明日が」
「それともう一つ。俺の真意に気づけなかったと言ってたが、あれはナナリーの罪なんかじゃない。知ってるだろ、お前の兄は嘘つきなんだ」
ずっと、ナナリーだけには嘘をつかずに生きてきた。
でも結局、俺はゼロレクイエムの為にナナリーを欺き、ギアスをかけた。
「だからナナリー、自分を責めすぎるな。俺の願いはただ一つ。これからもお前がこの平和な世界で幸せに生きていくことだ。俺はその為に、世界を壊すと決めたのだから」
少しうつむいて、ひざの上のこぶしを固く握りしめたナナリーは、ゆっくりと顔をあげて訪ねてきた。
「お兄様は、これからどうするのですか?」
これから。自分のこれからに思いを馳せて、少し笑ってしまった。
「約束が残っているんだ、俺には。」
彼女の願いと、俺の想いと、あの時の約束。
そうだ。今日という日は終着点であり出発点。これから始まるのだ。
悪態をつきながら、笑顔を交わす日々が。
「ルルーシュいいの?C.C.もう行っちゃったみたいだけど」
入り口から顔を覗かせながら、カレンが間延びした声で告げた。
「何!?あのわがまま女め、自分勝手にもほどがあるぞ」
ナナリーに向き直って、言葉を選ぶ。
「ナナリーすまない。すぐ行かなければならなくなった。でもこれで最期じゃない。俺はずっとお前のことを想ってるし、何かあればすぐ駆けつける。どんなことでも、困ったことがあれば助けを求めるんだ。必ず帰ってくるから。それから――」
ナナリーが可愛らしい笑い声をあげるのを聞いて、言葉を紡ぐのを止める。
「はい。いってらっしゃいませ、お兄様」
何度もみた、優しい笑顔がそこにはあった。
「ああ、いってくる」
握っていた手を放し、ついていた膝を床から離し、急いで部屋をでる。
すれ違いざまにスザクに声をかける。
「スザク、ナナリーのこと」
「ああ、任せて。もう二度と、危険な目には遭わせないよ」
「頼んだぞ」
少ない会話で、互いにすれ違う。
言葉がなくても、伝わるもの、相手が伝えたいものがわかる。
そのまま現世を後にするように、駆け出す。
この世でただ一人、同じく虚の世界に生きる、愛する人のもとへ。
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私はきっと、わがままな女の子なんでしょうね。
同罪だなんて言葉を並べて、結局はお兄様と一緒にいたかっただけ。
それだけで良かったのに、今となってはそれだけが許されない。
それに、お兄様のあんな笑顔を見てしまったらもう何も言えなかった。
私の目が見えていたころも、見えなかった間も、あんな笑顔をしたのは、ユフィ姉さまといた頃だけだったもの。
「ナナリー」
「大丈夫です、スザクさん。私ずっと、どこか孤独だったんだと思います。
でも、今はもう大丈夫です。この世界は、お兄様のいない世界じゃなくなった。
この空の下のどこかで、お兄様もC.C.さんも歩んでいらっしゃるんです。こんなに素敵な気持ちになれて私、今とっても――」
涙が頬を伝うのを感じながら、心の底からの笑顔を浮かべる。
今日からはもう、お兄様のいない明日は来ない。
私もやっと、明日を生きていたいと、本当に思えるようになりそうです。お兄様。
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―何が正しいかは歴史が決める
どこかで聞いたような言葉を口にしておきながら、己の人生を、歴史を振り返る。
日本人として立ち上がり、黒の騎士団として蹶起し、ブリタニアの手先として恩人に牙をむき、敗れ、訪れた平和をただ享受した。
ゼロやカレンとは違って、俺には特別な才能も、人を導く器量もない。
隣で酒瓶を煽る玉城のような、溢れる気概やエネルギーもない。
この壮大な物語の中で、俺の立ち位置はきっと、俺じゃない誰かでもよかっただろう。
でも、俺はこの時代に、その場に居合わせた。
自ら選び、抗いながら生き抜いてきた。
おかげで、素敵な仲間と、愛する女性に出会えた。
この巡りあわせに感謝するとともに、今ある平和のために散っていった仲間たちの想いを背負って生きていかなければならない。いや、そうしたい。
だからこそ俺はこれからも、俺じゃなくったって構わないと言われても、平和のために力を尽くそうと心から思える。
俺の最大の後悔は、「もう終わったことだ」という彼の一言が終止符となって、その面持ちを変えた。なくなったわけじゃない。ただ、痛みを背負ったままより良い明日を目指していいのだと、改めて認識した。
俺は死なない。愛する家族とともに、明日も生きていく。
遠目に見える難民にも、願わくば、より良い明日が訪れますように。
「おい、あれC.C.じゃないか?」
空になった瓶を乱暴に地面に置いた玉城が指をさしながら言う。
その先に、難民の列に向かって一人でとぼとぼと歩く緑髪の少女が見えた。
「たしかにC.C.だ。一人でいってしまうのか」
結局、あまり会話もしないまま別れてしまうことになったが、彼女がゼロにとって大切な人なのは察しがついた。黒の騎士団のころから噂は絶えなかったし、本人も強いて否定するようではなかった。背中に背負った荷物を見て、いくら不老不死とはいえ女性の一人旅は大変だろうと心配になったところで、弱々しく走る青年が視界の端に映った。
青年の声が届いたらしい彼女はゆっくりと振り返る。
さすがに声まで届いてこないが、身振りからして口論しているようだ。
「あーあー、ゼロの奴、さては女と喧嘩したなぁ?こりゃ珍しいもん見たぜ」
笑いながら膝を叩く玉城を横目に、二人のやり取りを静かに見守る。
二人はひとしきり言い合いを続けた後、急に静かになった。
雲が流れ、晴れ間が広がると、青年は彼女の荷物を背負い、手を差し伸べた。
彼女はその手を取って、二人は人の流れの中に消えていった。
隣では玉城がまたもや一人で騒ぎ立てているが、俺は内心ほっとしていた。
人の理を外れた彼らにも、自分と同じ、人を愛する感情が確かにあると感じられたから。
「帰るぞ玉城」
酔っぱらいの肩を叩いて、一緒にみんなのところへ向かう。
帰ろう。信頼できる仲間たちとともに、愛する人が待つ、奇跡のような日常へ。
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肩にかかる荷物の重みを少し煩わしく思いながら、むき出しの荒れた大地を歩く。
元来体力には自信はないが、この体は一年の眠りから目覚めて間もないため、輪をかけて疲労感を強く感じる。
傍らを歩む身軽な連れは、数歩先を行き、振り返りながら言う。
「もう音を上げるのか?私はお前を連れて回る間中ずっとこの細腕で旅を続けてきたというのに」
「そういうな。これから先、俺が荷物を持つ時間のほうが遥かに長いだろう。それにお前は結局荷物に振り回されてよくこけていたじゃないか」
「な、お前、覚えているのか」
「体は動いていたんだ。見聞きしたものは記憶に残っている。ずいぶんと優しくしてくれてたじゃないか。声色だってだいぶ」
「よせルルーシュ、それ以上は聞きたくない」
少し顔を赤らめながら顔をそむけるC.C.を見て、やはり変わったのだと感じた。
俺も、彼女も。全てをやり切って、ギアスという名の呪いを、願いに変えて、同じ視点に立ってお互いを見ることが出来る今、互いの在り方も、関係性も、以前とは少し変わったのだろう。今俺たちの間にあるのはしがらみではなく、共犯者としての契約でもない。あの時交わした、たった一つの約束。俺はそのために甦り、こうして歩き出した。
「まぁそうむくれるな。それに今の俺はL.L.だ。」
生まれなおした俺の、新しい名前。C.C.の隣を歩むための、ゼロとは違う記号。
「そうだったな。精々筋肉をつけて、そのもやしみたいな体をマシにしてくれ、L.L.」
「はいはい、お姫様」
そこまで話して、この不老不死の体は肉体改造というか、成長をするのだろうか、という疑問が頭をよぎった。まあいい。これから先、時間はいくらでもある。
彼女の隣を歩む永い道のりの中で、徐々に息切れしなくなっていけば、体力は自然とついているということだ。
たとえ体は変わっても、変わらないものがある限り、俺たちはどこまでもいける。
行き詰まりに絶望したあのコクピットの中でのC.C.の叱咤と涙を思い出す。
俺はいつもの俺のままで、あり続けていいのだと。
「なにを一人で笑っているんだ?」
「ん?今俺は笑っていたか?」
「ああ。こぼれるようにな」
「そうか」
「で、何を考えていたんだ?」
「ふむ、そうだな。今までお前を泣かせた分は、笑わせてやらないと、とな」
「ふっ、そんなことをまじめに考えていたのか。それに、それじゃノルマにもならないな」
「ああ。わかっている。最期まで、お前に笑顔をくれてやるとも」
「ずいぶんな自信だな。私にギアスは効かないぞ」
「違うな。間違っているぞ。このギアスだけはお前にかかる。それに」
「それに?」
「約束だからな」
過去をやり直すのでも、ただ今日を積み重ねるのでもなく、より良い明日を求めて。
―――たとえどれだけ時間がかかろうとも、人は幸せを求め続けるから。
かつてシュナイゼルに向けた言葉を反芻する。
未来永劫続く果てしない悪路も、C.C.と二人なら、一歩ずつ、歩みを進めていける。
計算するまでもなく、そう信じられる。
ギアス用ついったーアカウントもありますのでご興味あれば。
ID:ucAmOYD2uiAiHxx