魔神が 歩みだす 日   作:歩暗之一人

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光 和

世界は激変の渦中にあった。

歴史は動き、人々の生活は明日から一変するだろう。敵も味方も関係なく、世間は上へ下への大騒ぎだ。だがしかし、夜の帳が落ち、主を喪った魔神の住処は対照的に闇の中にあった。静謐な空気に包まれた廊下に自分の足音だけが嫌に響くのを聞きながら、目的の部屋へと歩みを進める。まるで自分の体ではないかのような重苦しさが全身に呪いのように重くのしかかる。一歩一歩が重く、指先は震えを抑えられずにいた。

これから僕は、一人で背負わなければならない。

ルルーシュと二人で実行した計画の結果と、これからの世界に対する責任を。

その為に、彼女に奮起してもらう必要がある。

僕らが望んだ奇蹟の明日を迎えるために、ナナリーに表舞台に立ってもらい、優しい世界を実現しなくてはいけない。

最愛の兄を喪ったばかりの、絶望の最中にあったとしても。

 

皇帝直轄領とされたこの日本の皇居の窓からは、未だフレイヤの爪痕から復興が完了していない都市部の凄惨な姿がありありと窺える。

スクラップアンドビルド。

破壊と再生。

世界さえも変えてしまう覚悟は、その前段階としてそれまでの基盤をゼロに帰すことを求める。僕の役目は、世界の終わりに生まれた光を紡いで、拡げていくことだ。

その立役者は、悪逆皇帝を討ったゼロと、その悪逆皇帝に虐げられた悲劇の皇女。

これがルルーシュのシナリオだった。

 

目的の部屋――今朝ルルーシュが最期の朝を迎えた一室の前に辿り着く。

深呼吸をして、ノックを二回。

予想はしていたが返事はなく、セキュリティコードを入力して勝手に扉を開ける。

部屋は照明もついておらず、真っ暗だった。

廊下から差し込む光で、かろうじてナナリーがそこにいることを把握する。

「失礼します。ナナリー皇女殿下」

ゼロの仮面越しに、ナナリーに声をかける。

あくまで自分はゼロ。ルルーシュとの約束を守り、枢木スザクとしての生は世界に捧げた身だ。それが、たとえナナリーに嘘をつくことになっ―

「そんなよそよそしい態度は止めてください、スザクさん」

 

息をのむ。正体がバレたからじゃない。その声があまりにも掠れていたから。

仮面を取って、素顔を晒す。

これから僕が口にすることは、あまりに空虚で、無意味で、ともすればナナリーをひどく傷つけ、怒らせるかもしれない。それでも、口にせずにはいられなかった。

「ごめんね、ナナリー」

俯く彼女の横顔は、髪に隠れてよく見えない。

でも、その掠れ切った声と、涙で滲んでいるスカートが、この数時間彼女がどうしていたかを物語っていた。

「謝らないでください、スザクさん。私、全てわかっていますから。お二人が、何を成そうとしていたのか」

そうか。ナナリー君は―――

「それでも、僕は―――僕がルルーシュを死なせたことに、変わりはないから」

その言葉を聞いて、ナナリーの肩が震えた。

ナナリーの様子を見るに、これからの話をするのはやはりまだ無理みたいだ。

「今日は出直すよ。でもねナナリー、涙が枯れたら約束してほしい。笑顔で過ごす日々を迎える勇気を持つって。明日が来るのを恐れないでほしいんだ」

それは、ルルーシュの願い。

悲しい出来事も、辛い経験も、なかったことにはしてはいけない。

日が昇れば、今日より悪い明日が待っているかもしれない。

それでも、より良い明日を、幸せを求め続けて生きていく。

ルル―シュが居ない明日を生きていく勇気を、笑顔を浮かべられる優しさを、ナナリーに持ち続けてほしい。あまりにも傲慢な僕の願いを、ルルーシュの願いにのせて伝える。

 

髪の隙間から、ナナリーの頬を伝う涙が煌めいた。

すすり泣く声を背に、部屋を後にすべく、踵を返す。

「スザクさん」

弱々しく、しかし確かに耳朶を震わせたその声が、一呼吸おいて言葉を紡ぐ。

「お兄様は、私が知らない所にいたお兄様は、幸せでしたか」

息がつまって、涙が溢れそうになった。

この兄妹は、いつだってお互いを愛している。それなのに――

「そうだね、実際のところはわからない。僕がはっきり言えるのは、今のナナリーと同じように、ルルーシュはずっとナナリーのことを想ってた、そのことだけは間違いないよ。きっと、最期まで。」

少し振り向けば、大粒の涙を湛えるナナリーの瞳が見えた。ルルーシュと同じ紫水晶の瞳が。

「ルルーシュが言ってたんだ。ナナリーの笑顔の意味は、せめてもの感謝の気持ちだって。ナナリーが願うのは、他人に優しくなれる世界だって。ルルーシュはずっと、ナナリーのことを考えて決断を下していた。だから、ルルーシュが幸せだったかどうかはわからいけど、後悔だけはなかったはずだよ。強いて言えば、これからの世界をナナリーが幸せに生きていくことが、ルルーシュの願いだ」

 

そう言い残して、僕は部屋を後にした。

 

 

 

数日後、ナナリーと僕は扇首相をはじめとする合衆国首脳陣との会談の席に臨んだ。

会談の内容の一つに、皇歴を廃した後の新しい暦の決議が含まれていたが、その案の中にはナナリーが日本語を調べて提案した名前があった。

 

「光和」

 

世界の終わりで生まれた「光」をもって

平「和」という奇跡が続きますようにという

やさしい願いが込められた名前は、後に正式な暦として採用され、

《奇蹟の明日》の名とともに歴史に刻まれることとなる。

 




平成最後の日に乗っかって書きました。ゼロレク数時間後の時間軸です。
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