Fate/梟雄   作:ナスの森

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魔王と梟

 その小屋の茶室は、言うのであれば宝の蔵であった。

 年代物の茶器や陶磁器、鞘に収められた宝刀などが棚に飾られており、それらは皆年月をかけて尚も輝きを失わない、正真正銘の宝がズラリと並んでいた。

 そんな宝物に囲まれた茶室の一角にて、一人の男が腰を下ろし座していた。

 城郭を思わせるコートのような白黒の陣羽織を身にまとい、左の腰に太刀を差した長身の男。とうに70を過ぎている(よわい)とは裏腹に、その見た目は未だに若かりし頃の美貌の面影を残している。

 高級な敷物の上に置かれた輝く名刀を肴に、手にとった茶器に注がれた茶を時折口に流しこむ。

 

 先ほどコレクションに加えたばかりの名刀(たから)の鞘を抜き、蝋燭の火の光を反射して輝くその刀身を、男は愛おしそうに、嬉しそうに、それでいて何処か嘲笑うような表情で愛でていた。

 そして、再び茶器を手に取り、注がれた中身を飲もうとしたその時。

 

 茶器に、一筋の皹が迸った。

 

「ク……ハハハ……」

 

 注がれた茶の水面に映った男の口元が歪む。

 長年愛用してきた年代物の茶器に皹が見えたにも関わらず、男は残念がるどころか、むしろそれすら愛おしそうに笑った。

 皹の入った茶器をちゃぶ台の上に置いた男は、ゆったりとした動作で立ち上がり、茶室の障子を開く。

 

「また、一つ」

 

 三日月の光が部屋に差し込むと同時、ちゃぶ台の上に置かれた茶器がその皹に沿って真っ二つに割れ、その中身が零れ出る。

 それを見るまでもなく感じ取った男は外を出歩いた。

 

「放っておけば世は朽ちる。……殯宮(もがりのみや)に置かれた屍の如く」

 

 ボロボロに欠損した墓石や灯籠の列を通り過ぎながらそう口ずさみ、やがて男は断崖の上にたどり着き、その断崖からある光景を見渡した。

 そこには大きな建物跡が見受けられ、僅かに炭となって倒れた木材の破片が瓦礫のように積み上がり、その中心には首が欠損し、親指以外の全ての指が中節骨から先が無くなっている右手を前に向けて掲げている一座の大仏跡が立っている。

 

「火はいつか消え、燃え尽きた木々は戻らない。……世の構造とは、不可解な物」

 

 かつて()()()()()()大仏殿の跡を見下ろしながら、男は他人事のように、それでいて感慨深そうにそう呟く。

 

「人と物がいつ壊れるか、思う程に愛でように気にもなる物だが……些か飽きたな」

 

 大仏殿跡から目を反らし、男は夜空に向けて手を伸ばし、掴むように手を握った。

 男は飽いていた。

 歴史の陰に身を隠してはや数年。あらやる物や人に宝を見いだし、育て、奪ってきたが、そのどれもが男の欲を満たしてはくれなかった。満たしたとしてもそれは一時的な感傷、腹を空かせた体に甘美な味が染み渡る程度、腹を満たす物は何一つとしてない。

 人が壊れる場面を眺めるだけでは、男は最早満足できなかった。

 

「人とは不便な物だ……どう生きようと自然と渇き、水を欲する……ならば現世とは、広大なる数奇道そのものでしかない」

 

 何を奪い、何を得ようとも、自信の欲望が満たされる事は無い。それは男自身もよく分かっていた。

 故に、男はかつてを思い出していた。

 かつて、自身と幾度となく(さかずき)を交わし、物静かに語り合うに足りたとある人物。かつて自分が仕え、一度目の謀反を許され、そして二度目の謀反を契機に生き別れた女性。

 

 その名を――――

 

「……これは、これは。噂をすれば影、といった所か」

 

 突如、自身の背後に気配を感じた男は、その方へ振り向く。

 そこにいたのは、背丈の低い少女の見た目をした女性だった。

 輝く木爪紋をあしらった軍帽、軍の制服、そして赤い西洋のマント。明らかにこの日ノ本の国の物では無い、南蛮製の衣服。

 外の文化を何の抵抗もなく取り入れるその姿勢を前面に押し出したその女性こそ、先ほど男が思い描いていた人物そのひとだった。

 

「……この金光明四天王(きんきょうみょうしてんの)護国之寺(うごこくのてら)にて、三好の怨霊が出るという噂を耳にし、興味がてらに来てみれば……そのなれの果ては愚かとんだ(ふくろう)に出くわした物じゃ。

 ――――のう、弾正(だんじょう)

 

 弾正、と女性にそう呼ばれた男は幾分か懐かしそうに笑い、その女性に向き合った。

 

「御機嫌よう、信長公。この朽ちた隠者の潜む寺を訪れるとは、(けい)も随分と物好きな事だ」

 

 その名は――織田上総介信長。

 この弾正と呼ばれた男がかつて仕えていた女性だった。

 

「隠者とはよく言うわ。さるや竹千代はお主が死んだと思い込んでいるようじゃが、わしは其方があれしきの事でくたばるとは到底思えん。常々感じておったぞ……この乱世の裏側に潜む、お主の影をな」

 

「私も聞こえていたよ、信長公。遠き地で響く、散っていく者たちの音色(断末魔)が。今日も何処かで、また卿の手によって不如帰が散っていったとね」

 

 梟と、魔王の再会。

 かつて両名が対立していた三好三人衆の縁に引き寄せられ、両者は再びこの炭となった東大寺の地にて再会を果たした。

 

「いや奇妙、奇妙。戯れで拾った三好のなれの果て。その縁がまたこうして私と卿を引き寄せるとは、あの古天明に並ぶ器を見つけるまで卿とは会わないつもりでいたのだがね」

 

「その三好の事だが、あれは何じゃ。私が知る三好の三人衆とは似ても似つかん。其方、アレに何をした?」

 

「いや何も。私が拾った時にはアレはもうとっくに(うつろ)に成り果てていた。奪われ、潰され、嘲笑われ、その虚を私が少し磨いてやっただけだ。アレにはもう何も無い、三好という名も過去も、懺悔も。何も満たされぬただの器だよ」

 

 ある時はこの寺に潜む三好の亡霊として、ある時は己が思うままに殺戮と略奪を遂行する死神部隊として。ようするに、自分の欲望を満たすための道具にしたのだと、男は遠回しにそう告げた。

 

 ――相変わらずじゃの。

 

 何の罪悪感もなく、他人事のように己の悪事を語る男に対して、信長は内心でため息を吐いた。この男には自分とはまた違うカリスマがあるというか、ある主の不思議な包容力のような者があり、その炎に惹かれてついて行く者は少なくなかった。

 

 ――今思えば、わしもその一人だったのじゃろうな。

 

 一度は謀反を許し、二度目も平蜘蛛を献上することを条件とし許そうとした。そして、何度も盃を交わした。

 この上なき理知と賢さを持ち会わせながら、己のどす黒い欲望を隠すことをしなかった。いや、敢えてその欲望に従っていたこの男に、自分も何処か惹かれていたのだろう。

 一時期、うつけを演じて己が賢さを隠していた信長と、己のどす黒い欲望をその賢さで隠そうとしなかった男は、似て非なるもの。

 表向きは国を扱えず去って行った男、しかしそうなった今でもこうして彼の炎に惹かれて配下たちがこの東大寺付近に潜んでいる。

 

「しかし、今は私と卿の逢魔が時には相応しくない。せっかくの公の来訪、誠に心苦しいが、語らいは次の機会でいいかね? ここには卿との茶会に相応しい茶器がないのでね」

 

「それは残念じゃ。あの時其方が平蜘蛛をこのようにしなければ、こんな事にはならんかったというのに……」

 

 言って、信長は懐から茶器の破片らしき物を取り出す。

 既に原型を留めてはおらず、その見事な漆塗りは見る影も無く、ただの炭となっていた。

 

「……驚いたな、炭を愛でる嗜みが卿にあろうとは。ならばこの寺院を訪れたのも頷けようものだが……」

 

 少しを目を見開きながらそう言う男。

 信長が懐から取り出したソレはまさしく、かつて古天明平蜘蛛と呼ばれた器、その残骸そのものだったのだから。

 

「なるほど、卿は最初から私がここに潜んでいると分かっていたのか」

 

「三好の亡霊の噂に惹かれて来たのは確かじゃが、どことなく予感はあったからの」

 

 男と信長の茶会には欠かせなかった物、それが小天明平蜘蛛だった。今となってはただの残骸となった物を、信長はわざわざはここに持ち歩いてきたのだ。

 伊達に男の生存を、その影を、その暗躍を感じ取っていた訳では無い。半ば確信があって彼女はここに来たのだ。

 

「これは困った。公がそこまで確信を持っておいでとなっては、この来訪を無徳とするのは難しい。しかし……」

 

 男にしては、珍しく他人の事で頭を悩ませた。

 基本的に、他人の死や幸せには興味のないこの男が、信長だけにはそのらしくない困惑を見せていた。

 

「好い。この際、其方の言うとおり語らいは次の機会でよい。わしが其方に今この場で言いたい事はただ一つじゃ」

 

「……?」

 

 相変わらず余裕のある薄ら笑いを浮かべた男であるが、信長の言葉に少し首をかしげ、その上に疑問符を上げた。

 謀反、茶会、語らいと、二人が共に過ごした時間は決して長いものではなかったが、その時間の密度は高かったと、少なくとも男はそう思っていた。

 その男を持ってしても、信長が自分に言わんとする言葉が予想できなかったのだ。

 

 

「弾正――いや、松永弾正久秀よ。今宵、二度(にたび)の許しを持って、再び我が(もと)へ馳せ参じよ」

 

 

 だからこそ、その言葉は些か呆気に取られた。

 まさか、二度も己に向けて謀反を起こした男に向かって、そんな言葉が紡がれるとは夢にも思わなかったからだ。

 彼と彼女は相容れずとも互いに認め合っている。

 二度目の謀反も平蜘蛛の献上を条件としていた上ではあったが、彼女は彼を許そうとした。だが、その平蜘蛛も彼自身の手によって炭となり、彼自身もそれに紛れて自信の死を装って彼女の前から姿をくらませた。

 条件となる平蜘蛛がこのような様となって尚、彼女は男を許すというのだ。

 

 少々呆気に取られている男の心情を余所に、少女は先ほどとは冷酷さの抜けた声で話し始めた。

 

「いやー家臣としては正直サルとかタヌキとか色々充実してるんじゃがなー、やっぱり茶飲み相手としては其方が一番なんじゃわこれが!! いや其方わしが見込む程の極悪人だし? それなのにわしに仕えた家臣の中で一番教養ありげだし? それでいて自分の欲望丸出しだし? サルが悪いという訳じゃないんじゃが、やっぱり茶を点てる相手は其方でないとナー!!」

 

「……卿のために器を(まわ)すのは吝かではないが、いいのかね? 二度目を許したからといって、三度目がないという保証は何処にも無い。 私がどういう人間かは卿自身がよく理解している筈なのだがね」

 

「その時は是非もなし! 貴様の首級を献上する事で三度の許しとしようではないか!! いやなに、其方の欲が満たされず飽いている事はその相変わらずの面を見ればすぐに分かる! もしかしたら、この日ノ本にはわし以外に卿の欲を満たすものはないのかもしれぬ」

 

「……」

 

「じゃがだからこそ、だからこそじゃ!! この日ノ本が其方の欲を満たさなければこそ、共に天下布武を目指そうぞ!! この日ノ本が駄目でも、外なる世界ならば其方の欲を満たす宝はあるやもしれぬ!!」

 

 垢抜けたような笑顔で、しかして万人もが取り込まれるような器を感じさせる表情でそう言ってくる女性に対し、男――松永久秀は顎に手を当てて思案する。

 

「成る程、外の嗜みを躊躇なくモノにする卿らしいな。確かに盲点だった。この乱世の幕引き、それが成されれば私の欲を満たしてくれる宝は無くなると思っていたのだが、あの平らな海の向こうについては考えたこともなかった。いや埒外、埒外」

 

 まさしく盲点だった、という表情の松永。

 「そうじゃろ!そうじゃろ!」、とせがむ無邪気な子供のように言う信長。

 確かに、と男は思う。思えば自分が今まで愛でてきた宝も、大本を考えれば外から来た文化が由来のモノが多い。その宝を生み出した外なる文化に自分を満たしてくれるような宝があると一時でも考えた事が自分はあったか。かく言う男もかつて三好の三人衆と戦っていた時期、西洋のしきたりである”クリスマス”とやらを理由に休戦した事はあったが、あくまでそれは茶を点てるための口実でしかなかったりした。

 人が乱世の幕引きを掲げれば、いつもの彼であれば間違いなく「あり得ないな」と嘲笑う所であろうが、ことこの織田信長という女の言であれば話は別。この松永久秀という男に、織田信長という女はこうも今までの輩とは違う、自分を期待させてくれるような甘言を放つ。本人にその自覚はないのだろうが。

 

「済まないが、お断りしよう」

 

 しかし、そのような甘言を出されて男は尚、表情一つ変えずに言い放った。

 

「……ほぅ? その心は?」

 

 さすがにこんなにあっさりと断れるとは思わなかったのか、信長少々呆気に取られつつも目の前の男にその訳を問うた。

 ―――せめてさぁ、もう少し悩んでくれてもよくネ?

 ……そんな事を思いながら。

 

「私は既に齢七十を過ぎた。未知なる見聞もなしに、あの平なる海の向こうを望むなどとてもとても……。私はそんな観測的な物よりも、目の前の物を欲する性分でね」

 

「……と言うと?」

 

「平蜘蛛……あの平らな蜘蛛に代わる器が欲しいのだよ。以前に卿に授けた九十九髪茄子では到底及ばないような……そんな器をね。そしてソレは今、目の前にある」

 

 九十九髪茄子……この男・松永久秀が足利義昭を神輿に上洛してきた際、降伏の印として賜った大名物の茶釜。

 それを凌ぐ器が目の前にあるのだと男は言う。

 

「……して、それは何処じゃ?」

 

 興味深い、と言った表情で信長は問う。

 あの付藻茄子をも上回り、あの平らな蜘蛛に代わってこの男を潤してくれる宝がある。その事実に信長は胸を躍らせた。

 

 

 

 

 しかし、男の次の言葉の瞬間、信長の期待するような笑みは一瞬で引き攣った物に変わる事となった。

 

 

 

 

「――卿の頭蓋(ずがい)を、新たな器とさせてはくれないかね?」

 

 

 

 

 右手を差し出し、静かにそう告げるその男の目には、何処までも底知れぬ欲望の(あぶら)が渦巻いていた。

 

 

     ◇

 

 

「――――と、いう事があってじゃなー。いやーさしもの儂もビビッと来たわ。あいつ絶対わしに仕えてた頃より欲望に磨きがかかっておったわ。よくあの時帰れたなーわし」

 

 ここは人理継続保障機関フィニス・カルデアの施設。そこに所属する人類最後のマスターの個別部屋にてアーチャーのクラスとして召喚されたノッブこと織田信長は、自分の生前の思い出を己のマスターや自分と縁のあるサーヴァントたちに茶を点てながら話していた。

 

「というか、あのキンカンにやられた後のわしの遺体が見つからなかったのって十中八九彼奴の仕業じゃろ!! 逃げおおせる直前に『卿の頭蓋(はい)(たまわ)るのは私の役目ではないな。後回しとしようか』とかぼやいとったし、絶対わしがあの後キンカンに襲われる事を見抜いとったわ彼奴!!」

 

 うがーッ!とうなり声を上げそうな表情でそう愚痴るノッブ。その様子はとてもではないが自分の生前の死に関する話題を挙げるような英霊(ひと)の物ではなかった。どちらかと言えば生前(むかし)の友人に悪戯された愚痴を、死後(いま)の友達に話すような、そんな雰囲気……そんな軽い物だった。

 そんなノッブの生前に関する愚痴を聞いた一同は、共通してこのような感想を抱いた。

 

――――松永って、生きてたんだ……。

 

 驚愕の内容は正にソレに尽きた。信長の話を聞く限り、信長が平蜘蛛の献上を条件に許そうとした、今では戦国屈指の梟雄として名高い松永久秀の二度目の謀反。

 マスター――藤丸立花の時代においては彼は平蜘蛛の献上をよしとせず、平蜘蛛と共に爆死したと伝わっているが、ここでまさかの信長の愚痴により衝撃的な事実が発覚したのだ。

 まあ、信長の言うキンカンこと明智光秀が実は落ち武者狩りに倒れる事無く、南光坊天海として生き延びていたという説が真であったという事を知った後だったので、一同の驚愕は幾ばか軽減されていたが……。

 

(……というか、ノッブって色々と面倒な人に好かれるよねぇ)

 

 呆れたように笑いながら、マスターこと藤丸立花はため息を吐く。

 弟の信勝といい、天海こと明智光秀といい、そして今回話題に出た梟雄・松永久秀といい、しかもその内光秀と久秀は信長に謀反を起こした実績持ちだ。しかもその二人、関ヶ原においてとある武将に「今時の諸侯は明智光秀や松永久秀のような果断に欠けている」と言わしめた人物である。智将は謀反を起こす決まりでもあるのかと言いたいほどの組み合わせである。

 

 やっぱりノッブに周りは退屈しないなぁ、と思っていた矢先、隣にいた沖田オルタが団子を自分の口元に添えてあーんしてきたので、負けじと立花も手元にあった饅頭を串に刺して沖田オルタの開いた口元に入れる。

 赤面しつつもソレを受け入れる沖田オルタに、ソレを羨ましそうに見つめる沖田。もはや慣れた光景であった。

 

 これが、あの帝都が特異点として再びカルデアに観測される、それより少し前の時だった。

 

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