魔法少女リリカルなのは ~ So close, yet so far ~   作:SAIHAL

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第壱章 『こちら側』の世界 ―
第3話 「墜ちてきた男」


_____第1管理世界ミッドチルダ エイリ山岳丘陵地帯

 

 

 

 近くにはモノレールが通っているのだろうか、線路が断崖絶壁に沿って敷かれている。崖は丘にもなっており、垂直に登るとやや手狭な平原が広がっている。

 そこから少し進んだ所に、真新しいクレーターが一つ出来上がっていた。

 クレーターの中央には男が一人、仰向けに倒れていた。纏っている衣服は乱れていないものの、真新しいクレーターの断面から絶え間なく崩れてくる土砂でやや汚れている。ミッドチルダの住人が見れば、「この男は飛行魔法を制御し損ねて空から墜落し、この様な現状に至っているのでは?」と断言するだろう。

 

「うぅ……アリ、シア……」

 

 何者かの名前をつぶやきながら、男が目覚める。

 赤い癖のついた髪。耳にはピアス。整った顔つき。

 

「ん……ここは……?」

 

 ゆっくりと上半身を起こし、辺りを見渡す。

 だが、彼の視界に映るのは、広がる大地か大空。男が立ち上がった。それでも景色は変わることはない。

 

「俺は……うっ……俺は、誰だ……」

 

 どうしてこんなところに、と呟く。軽いパニックに陥った様子ながらも、記憶を辿り始めた。だが、どうも頭に靄がかかっているようで、はっきりしてこないらしく、額に手をやる。

 

「ちっ……落ち着け。まずは、情報を整理するんだ」

 

 まるで体に染み付いたかのような舌打ちをし、自身の体を見る。体についた土埃を払いながら、身に着けているものを確認した。大きく襟を立てた白いジャケット。四肢を始めとして、鋭利な意匠が施された装い。首から下げられた鏃形のペンダントも統一感が合っている。

 衣服や所持品からはまともな情報が得られないことに落胆したのだろう、首から下げられたペンダントに触れ、空間にモニターを投影する。

 

「パワーチェック……けっこう消費してんな……デバイス本体にも若干の損傷。まだ動けるレベルにはあるか……ん?」

 

 そこで彼は疑問を感じたように首を傾げる。自身がたった今、取った行動に対してである。

 なぜ、操作の仕方を知っているのか。なぜ、このペンダントが『デバイス』というものであるということを知っているのか。

 

「くそ。思い出せない……記憶喪失というやつか?」

 

 先ほどと同様に頭の中が霧に包まれているようで、忌々しげに再び舌を打つ。自分のことなのに、その自分が分からないということが、どれだけ辛いのかをその行動が物語っていた。

 

「シャレにならんぜ。一時的に記憶が混乱してるだけだと思いたいが―――なんだ!?」

 

 男が一人悩んでいると、彼の耳がどこからか爆音を捉えたようで、見上げると空のはるか先に、水色の飛行機が編隊を組み、白と黒の影と対峙している様が視界に入った。

 クレーターを抜け出して、見定めようと目を細める。編隊を組んでいるのは海洋生物を模したかのような戦闘機で、白黒の方は間違いなく人影、それも女性であることが予想できた。双方は敵対しているようで、それが先ほどの爆音の原因らしいことが分かる。

 

「戦闘……?くそ、状況が把握できねぇ!」

 

 ただでさえ、自身が置かれた状況すら曖昧であるというのに、どうやら周囲は今まさに戦闘中のようで、事態をこれ以上ややこしくしないでほしいと、彼は心の底からそう思った。

 それが悪かったのだろうか。突如、編隊の一部が進行方向を男へと変えた。全部で五機。間違いなく、狙いは彼だった。

 

「こっちに来る!」

 

 やられる訳にはいかない。自分にはやるべきことがある(・・・・・・・・・・・・・)。記憶も、自分自身の出自すらも定かではない彼は、しかし、そう感じた。

 

「記憶喪失のままで死ぬのはごめんなんだな、これが!」

 

 状況も把握できず、役目も果たせないまま、御陀仏というのは避けたいところだった。加えて、実戦の中で記憶が戻るかもしれない。そう考えた男はペンダントに意識を集中させる。

 次の瞬間には、男の身体が蒼い装甲に包まれた。

 筋骨隆々とし、カイゼル髭の如く鋭利な形状の頭部突起。

 

 ―――――〈ソウルゲイン〉。

 

 ふいにその脳裏に名前がよぎった。間違いなくこのデバイスの、この蒼い巨人の名だ。

 操作方法(うごかしかた)は、分かる。何から何まで忘れたわけじゃないらしい。

 

「いくぜ、〈ソウルゲイン〉!」

 

 迫る脅威を迎え撃つために構えてから、やってみるかと奮起するように叫ぶ。

 それに応じるかの如く〈ソウルゲイン〉のセンサーアイが輝いた。

 

 

 

 

 

~第3話 「墜ちてきた男」~

 

 

 

 

 

 海洋生物(エイ)に似た戦闘機の下部砲門から、連続して閃光が放たれる。

 まっすぐ構える〈ソウルゲイン〉へと向かう幾筋もの光弾。

 しかし、すでに着弾地点にその姿はなかった。彼の取った行動は単純明快。

 跳躍にブーストを重ねる。ただそれだけで、編隊の先頭機との距離がゼロになった。

 先頭の機体はその事態に硬直した。機械に困惑という感情はない。そもそも感情すらない。だが、それが最もぴったりの表現だった。事実、目の前に標的がいるのに、何をするわけでもなく固まっていたのだから。

 攻撃のお返しとばかりに〈ソウルゲイン〉が攻撃態勢へ入る。両手に蒼い光が集まったと同時に―――

 

白虎咬(びゃっここう)!おりゃあ!」

 

 ―――連撃。

 先頭の機体が、原型を留めないほどにまで装甲を穴だらけにし、一瞬遅れて爆散。

 破片が飛んできても気に留めず、目標を他に変え始める。たかだか破片程度で〈ソウルゲイン〉は傷付かない。彼はそう確信していたからだ。

 だが、その確信の根底に対する疑問と、さらに敵機撃破という達成感を意識から追い出し、彼はすぐさま編隊の中央に狙いを定めた。

 両手の光が再び強まり、体の前でそれを撃ち出すように構える。

 

「くらえ!青龍鱗(せいりゅうりん)!」

 

 放たれた蒼い奔流は、二機を纏めて貫いた。今度は瞬時に二つの爆炎を生み出した。

 残った二機は自分たちが不利だと判断したのか、左右へと別れた。彼は追い打ちをかけることもせず、ただ重力に従って落下を続ける。

 その様子を確認した二機は、今までの情報を全て判断材料として行動を起こす。

 すなわち〈ソウルゲイン〉を挟み撃ちにするべく反転し、ブースターの出力を上昇させたのだ。その速度から搭載された人工知能の最適解が見て取れた。

 

「スマートに行こうぜ……!」

 

 彼はポツリとつぶやく。

 それは、特攻という手段を用いた人工知能への言葉でもあった。その言葉と同時に、〈ソウルゲイン〉の両腕が回転を始める。

 二機はそれを見て、この行動が見積もりの甘すぎたものだという結論に至った。

 だが、もう遅い。回避行動をとるには速度が出過ぎているうえ距離も近く、付け加えるならば回転はトップギアへと達していた。

 

「ブッ飛べ!玄武剛弾(げんぶごうだん)!!」

 

 螺旋を描いて撃ちだされた拳は、二機の胴体を正確に貫き、人工知能の思考を暗闇に落とす。

 爆発による閃光を背景にして〈ソウルゲイン〉は着地。両腕も回収済みだ。

 戦闘時間はたったの一分だった。

 

 

 

 ふぅ、と〈ソウルゲイン〉の中で息を吐く。そして空を見上げ、先ほどの戦闘を思い返す。

 記憶喪失の男性という名刺を掲げるにしては、咄嗟に戦闘行為へ移行できる思考と、それに反射的に追随できる身体など異常すぎる。

 戦闘目的に製造されたであろう〈ソウルゲイン〉を手足のように操る戦闘技術。

 ……戦闘集団、軍隊か何かにいた経験がある?

 

「くそ。あまりにも断片的すぎる……俺は、何者だ?」

 

 嘆き、思考の海に落ちかけた視界に、黒い影が映る。

 現実に意識を戻した目の前には、輝く金髪を持つ美女が浮いていた。

 

「ああ?」

 

 あまりにも唐突な出来事に思考が停止する。

 つい今しがた、現実に戻ってきたばかりだというのに、目の前に浮かぶ女性は、まるで神話から現界した女神のようだった。

 

「こちらは時空管理局執務官、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです……聞こえてますか?」

 

「―――あ、あぁ。聞こえてるよ。で、なんだっけ。管理局?」

 

 金髪の美女―――フェイトという名らしい―――の言葉で再び現実に戻ってくる。

 どうもこちらを訝しんでいるらしく、輝く真紅の瞳は疑念の色に染まっていた。

 それも当然だろう。理由もなく戦闘に介入した正体不明の人物(アンノウン)に警戒しない者など、まずいない。ましてや、それが驚異的な戦闘力を持つ巨人なら尚更だ。

 

「貴方はいったい……あの、それが貴方の本当の姿ですか?」

 

「いや、違う。少し待ってくれ……〈ソウルゲイン〉」

 

 そっと呼びかける。同時に身体が光に包まれ、〈ソウルゲイン〉が待機状態へと変化する。

 それから再び、女性(フェイト)を見上げる。

やはり、美しい。陽光に照らされた金糸がなびいているその様は、この一瞬を切り取って絵画にしたいくらいだ。きっと歴史に残る名作になる。

 彼は女性が百面相を晒す様すら、愛嬌があると思って憚らなかった。

 

 

 

 

 

「……え~っと……」

 

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは驚愕と混乱の最中にいた。

 それも無理もないことだと、客観的に思う。たった数分の間に彼女の常識は壊されていた。

 初めは、蒼いロボットのような外見をした、これまでに未確認の人型。

 戦闘区域に突如として確認された、極小かつ高密度の次元断層にも似た、こちらも前例のない反応。

 その近くに現れた蒼いロボットは、それ程濃度が高くないとはいえAMF―――アンチ・マギリンク・フィールド。AAAランク魔法防御に分類されるジャマー・フィールドであり、ほぼすべての魔法が妨害・無効化される―――を完全に無視し、〈ガジェット・ドローン〉を易々と撃破する戦闘力を見せつけた。

 つまりこのロボットは、この魔法偏重時代にあって、一切魔法の類を使用していないか、AMFを完全に無視できる時空管理局垂涎の技術を持っていることの証左となっている。

 加えて今度は蒼いロボットが光ったかと思うと、赤髪の男性が現れた。つまり、有人型の戦闘兵器だったのである。

 彼女の記憶にはない、全く未知の現象と技術の数々。フェイトが知る限りでは、どこの世界を探しても見つからないだろう。

 そのことに驚きつつも、本日何度目かになった表情筋の運動を粛々と終えて、現実に向き合う。そして、自分の仕事をこなすべく口を開いた。

 

「その、とりあえず……お名前は?」

 

 しかし、開けてみれば、管理局員というよりかは、まるでお見合い相手に「ご趣味は?」と聞くかのような口調だった。未だ混乱から抜け切れていない故の結果だと言い訳したい。

 そう、決して自分が天然だとか、そういう理由ではないのだ。

 

「―――――君みたいな美人がキスしてくれたら、教えてもいいかな」

 

 だから、その言葉に一瞬呆けて、少し遅れて顔を真っ赤に染めたのも、絶対に自分のせいではないのだ。

 

 

 

 

 

(何を言われたのか理解して、赤くなってるってとこか……初心(ウブ)なんだな―――アイツと違って(・・・・・・・)

 

 くすりと笑ってから、再び疑問を覚える。

 アイツ、とはいったい誰だ?

 フェイトを見て思い浮かべたということは、女性なのか。俺が知っている相手であるのか。やはり断片的すぎる。まるで性質(タチ)の悪いパズルだ。

 

「ふ、ふざけないでください!」

 

 混乱から覚めたらしく、固まっていたフェイトが激高する。

 切りかかってきそうな雰囲気に、疑問を一度頭の隅へと追いやった。

 

「冗談だよ。といっても、名前は教えられない……いや、思い出せないってのが本当かな、これが」

 

 苦笑しながら、曖昧に返す。それしかできないことが、少しばかり心苦しかった。

 彼女は今度も冗談だろうと構えていたが、彼の顔を見て表情を変えた。

 どうやら記憶喪失だと察して、信じてくれたらしい。自身の目の前にまで近付き、降り立った。

 

「本当に、思い出せないんですか?名前も?」

 

「……ちょっと待ってくれ……そうだ。アクセル。アクセル・アルマー」

 

 誰かがその名を呼んだのを思い出す。誰かまでは分からなかったが、その声はフェイトによく似ていた。やはり、良く知る相手に女性がいることは間違いなかった。

 その記憶も、もう靄がかってしまった。それが誰だったのかは思い至らない。自分の記憶に苛立ちを感じる。自分自身が分からないのが、ここまで辛いとは、思いもしなかった。

 現在分かっていることで役立つ鍵は、アクセル・アルマ―という名前。〈ソウルゲイン〉を扱える戦闘経験。ピースは少ない。

 性質が悪いどころではない。現状は、永遠に解けない牢屋に入れられた気分だった。

 

「それが、貴方の名前ですか?」

 

「そうらしい……よく分からん。あとはさっぱりだ」

 

「そうですか……じゃあ、詳しい話は移動してからにしましょう。私たちの隊舎に案内します」

 

 暗い思考に陥った影響を受けて、少し突き放した言い方をしてしまったが、フェイトは気にしていないようだった。

 アクセルは知らないことだったが、かつて自分を見失ったことのある彼女(フェイト・テスタロッサ)からすれば、自分が分からないという痛みは、想像できることであった。

 フェイトは憂いを浮かべた表情で、アクセルを促す。だが、彼はその前に疑問を口にした。

 

「なぁ、隊舎って?さっき言ってた、管理局って組織のか?」

 

「はい。正確には、私たちの部隊の、ですね」

 

 

 

―――――古代遺物管理部、機動六課の。

 

 

 

 それを聞いたアクセルは、無意識のうちに拳を握り締める。

 なぜかは分からない。分かるほどの記憶は持ち合わせていない。

 

(とはいえ、なんとなく、分かる……俺は、この時を待っていた……?)

 

 疑問を感じたままアクセルはフェイトと共に、こちらへ着陸を試みている輸送ヘリを見上げていた。

 結局ヘリに乗り込むまで、その拳が解けることはなかった。

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