魔法少女リリカルなのは ~ So close, yet so far ~ 作:SAIHAL
「検査の結果だと、本当に記憶喪失みたいね」
二人の女性に引きずられ、部隊長室をあとにしてから少し経った。
アクセルは医務室で、白衣を着た金髪の女性から結果を聞かされていた。
やはり記憶喪失。
聞く限りは、しばらくこのままとのことだ。
「そうっスか……記憶喪失に効く薬とか、ありませんかね?」
「残念ですけど、聞いたことありませんね」
にっこりと返す―――シャマルという名前らしい―――医務官。
そいつは残念、とばかりにアクセルは肩をすくめる。
もちろん本気じゃなかったが、少しは期待してもバチは当たらないだろう。
「……なぁ。お前、ずいぶんとお気楽だな。自分が何者かも分からなくて、不安じゃないのか?」
その姿に赤毛の少女、ヴィータが訝しげに口を開く。
その様子だと、どうも心配してくれているらしい。
あまりにも軽い調子なのは、空元気だと思っているのだろう。
……案外、面倒見がいいのかもしれないな、この子は。
「不安になったからって、記憶が戻るわけじゃないし。名前が分かっただけで、儲けものさ……心配してくれんのかい?嬉しいねぇ」
「なっ!?ちげーよ!何バカなこと言ってんだ!」
ふいっと顔をそむける。
耳は赤くないが、間違いなく顔は赤く染まっている。
それを眺めていた二人が、その証拠とばかりに微笑んでいた。
フェイトとその隣に立つ、白い制服の女性だ。
「ふふっ、前向きだね」
「そういうこと。もちろん、戻るにこしたことはないけど……えっと、確か……」
言いよどむアクセル。
女性は自分の名前を覚えていないことを気にしていないどころか、それを面白がるようにころころと笑いながら、手を差し伸べる。
それを握り返して立ち上がりながら、アクセルは恥かしそうに苦笑する。
「改めまして、高町なのはです。よろしくね、アクセルさん」
「よろしく……ん?」
引っかかる。
また、キーワードにぶつかったか?
高町、なのは……
何かが、違う。
「?……どうかしました?」
突然、難しげな顔をしたアクセルを心配してか、なのはが覗き込んできた。
疑問を感じた彼女の顔に違和感を感じつつも、頭を掻きながら口を開く。
「あ、いや……なのは一尉の名前、ファミリーネームが先なんスね」
「なのはでいいよ。うん、私が生まれた
……なぜだろう。
何か、違和感がある。
彼女が、こんなに友好的なのが。
彼女は、そう、確か……
―――――『 』隊長のナノハ・タカマチ。階級は特務空尉。
「っ!?」
何だ、今のビジョンは。
一瞬、人形のような表情の『高町なのは』が脳裏をよぎり、消えた。
(俺は、彼女を知っていた、のか?……駄目だ、思い出せない)
「大丈夫?アクセル君」
「突然どうしたの?眉間にしわが寄ってるよ?」
シャマルとフェイトも寄ってくる。
そんなに難しい顔をしていたのだろうか。
これ以上心配させるわけにはいかない。
ただでさえ、迷惑をかけているのだし。
両手を体の前で振って、問題ないことをアピール。
「いや、大丈夫。検査も終わったし、次は何の時間かなと考えてただけさ」
「そう?……じゃあ、次は新人のみんなに紹介するから、移動しよっか」
そのなのはの言葉で診察はお開きとなった。
アクセルはシャマルに礼を告げて、医務室をあとにした。
今回は自分の足で歩いて。
~第5話 「訓練と疑念」~
「それじゃあ、アクセルさんとフォワードメンバーで、模擬戦いってみようか!」
(どうしてこうなった)
落ち着くんだ、アクセル・アルマー。
記憶喪失の俺でも理解できるように、分かりやすく整理しよう。
えっと……
新人の四人と挨拶しよう。
↓
訓練施設へ到着。立体画像によるビル群の中に四人の人影を発見。
↓
なのは「みんな、集合~!」
↓
なのは「新任教官のアクセル・アルマーさんです」
アクセル「ども、記憶喪失のアクセルです」
↓
オレンジツインテ「ティアナ・ランスター二等陸士です!」
青髪ハチマキ「スバル・ナカジマ二等陸士です!」
赤髪少年「エリオ・モンディアル三等陸士であります!」
ピンク髪少女「えっと、キャロ・ル・ルシエ三等陸士で、あります!」
↓
なのは「挨拶も終わったし、それじゃあ……」
そして冒頭へ。
(……ダメだ。わけが分からんぜ)
アクセルの目の前にはバリアジャケットを展開した少年少女が四人。
それぞれデバイスであろう拳銃、籠手、槍で武装し、一人は小さな竜を従えている。
もう一度言う。
どうしてこうなった。
「あの、なのは一尉?ちょっと急すぎやしませんかね?」
「大丈夫だよ。みんなの方は準備万端だよね?今日の訓練はこれが締めだから、しっかりやろう!」
「「「「はい!」」」」
「……フォローなし、なのね」
四人が声をそろえて返事をする。
というか、何故この子たちは疑問を持たないんだろう?
それに、さっき出撃したばかりじゃないのか?
アクセルはがっくりと項垂れた。
どうやら諦めるしかなさそうだ。
ここでは事情聴取と書いて尋問、自己紹介と書いて模擬戦と読むんだろうか。
そんなことはないはずだ。
……うん、そんなはずはない。
そのことはおいおい追求していくことにしよう。
「ハァ……〈ソウルゲイン〉」
呼びかけに応え、ペンダントが光を放つ。
アクセルの身体が爆発的な光に包まれると、次の瞬間には蒼い装甲が彼を纏っていた。
それを見たフォワード陣がそれぞれ感嘆の声を上げる。
特にスバルとエリオは目を輝かせていた。
カッコいい、なんて言葉が口から漏れている。
「こら、スバル!集中しなさい!」
「ごめん、ティア……でも、カッコいいよね!訓練終わったら、どこのデバイスか聞かせてもらおっと!」
「スバルさん、僕も一緒にいいですか?」
「あ、エリオ君。私も……」
何やら、キャイキャイと盛り上がり始めた。
こういう会話だけ聞いていると、年相応で普通の子たちなんだがなぁ。
「えっと、みんな、準備はいいかな?」
「は、はい!いつでも大丈夫です」
様子を見かねたなのはが口を出し、ティアナが反応した。
この子がリーダーなのは間違いない。
というか、委員長だ。
「ルールは簡単。デバイスが戦闘不可の判定を下したら、そこで自動的にデバイスが待機状態になるからね……アクセルさんの場合は、こちらで判定を指示します。フォワード陣の全滅か、アクセルさんの撃墜。どちらかの勝利条件が満たされたら終了ね……それじゃあ、十秒後にスタートだから」
ちらと、なのはがアクセルに視線を向ける。
要は、十秒間はじっとしていてくれ、ということだろう。
それに無言で頷く。
柔和にほほ笑むなのは。
「それじゃあ〈レイジングハート〉、カウントお願い」
《All right, master. Count start. Ten, nine, eight―――》
カウントが始まると同時にフォワード陣が全力で後退していく。
特にスバルは抜きんでて速い。
よくみると足にはローラーシューズが装備されている。
残りは全員駆け足だ。おそらく飛行する術を持たないんだろう。
「となると、飛行もなしか」
《Four, three―――》
カウント終了間際、ある程度の距離を取った四人はとあるビルの角で曲がった。
情報によると、狭い路地になっているらしい。
あそこに誘い込むつもりなのだ。
戦力が分からない相手に対して取る戦法として、奇襲や待ち伏せは有効だ。
(こんな判断が普通にできる俺って……ますます謎めいた存在だな、こいつが)
いまは、そのことは置いておこう。
何せ、今後よく関わることになる新人たちとの初戦だ。
力量を知っておかないと、明日から困るだろう。
《One, zero. Let’s go!》
「了解。んじゃま、行きますか!」
カウント終了と同時にブースト。
一気にビル街を突き抜け、曲がり角まで向かう。
迎撃準備。右の拳にエネルギーを集中させ、左腕は回転させる。
角を曲がる。
見えたのは二つの影。
右拳を顔の横で構え、空間に作られた青い帯を渡って向かってくるスバル。
手首部分にある歯車状のパーツが回転して唸りを上げている。
槍を正面に向け、空気抵抗を受けないよう身を屈めて突撃してくるエリオ。
槍の穂先は電気を纏わせているのか、度々光を放っている。
それにこのスピード。
スバルはローラーシューズによるものだろうが、エリオは何らかの補助を受けた上での速度だろう。
一撃で倒す、もしくは大きなダメージを与えるつもりでの連撃。
「へっ、おいでなすった!」
だが、それは予想済みだ。
アクセルはその可能性を考慮して、迎撃の用意をしていた。
右の拳を突き出す。
その動作と連動して放たれるのは無数の蒼いエネルギー弾。
青龍鱗、その拡散型。
それが一種の弾幕と化して、スバルとエリオの視界を埋める。
「よいしょおっ!!」
「「うそぉ!?」」
思わぬカウンターに慌てて方向転換を行おうとする二人。
スバルは新たな道―――ウイングロード―――を作ることで回避できたが、エリオはそうはいかない。
元々直線しか動けない上に、補助魔法による加速。
静止しようとしても、その速度で急には止まれない。
結果、その身体全体で青龍鱗を受け、大きく仰け反り倒れる。
出力自体は低いが、戦闘不能判定は免れないはず。
アクセルはエリオの無事を遠目に確認してから、方向転換して突っ込んでくるスバルに向き直る。
「リボルバー……シュートッ!!」
先ほどから唸りを挙げていた歯車。
その周囲に発生していた衝撃波を撃ち出す。
右手で青龍鱗を放ったばかりで、チャージは間に合わない。
だが、左腕は既に最大まで回転している。
「こっちも……ロケット・ソウルパンチ!ってなぁ!」
左腕を前腕装甲ごと撃ち出す。
螺旋状に放たれた剛弾は易々とスバルの放った衝撃波を貫き、そのまま彼女へ向かう。
スバルは狼狽しながらも右手を突き出してシールドを展開。
玄武剛弾を受け止める。
それを視界に入れつつ、〈ソウルゲイン〉が跳躍。
延長されたウイングロードに着地した。
「くぅっ、お、も、いぃ……ッッ!!」
左腕が弾かれる。
シールドにはひびが入っているものの破られてはいない。
そのことに息をつくスバル。
そして、気が付いた。
自身が剛弾を受け止めるため、その自慢とも言える足を止めていたことに。
安堵し、絶句した瞬間。
その隙が命取りだった。
「悪いな、いただくぜ!」
シールドを張ったままのスバルに肉薄。
弾かれた左腕はあるべき場所に戻っている。
だが、関係ない。
右の一撃が、ひび割れていたシールドを無残にも叩き割る。
左の一撃が、防御行動として咄嗟に交差した両腕にヒットする。
その衝撃に耐え切れず吹き飛ばされ、ビルに叩き付けられるスバル。
さすがに強すぎたかと、スバルの様子を見るべく近づくアクセルの耳に、〈ソウルゲイン〉が魔力反応を捉えたことを知らせる警告音が響く。
「クロスファイア、シュート!」
「フリード、ブラストフレア!」
見れば、視界の端に四つの誘導弾と三つの火球。
身体をひねり、ウイングロードから降りることで回避。
射撃の方向にはティアナとキャロ、それにチビ竜がいた。
当初の作戦が失敗したことで、姿を隠す意味がないと感じたのか。
「なら、今度はこっちの番だな、これが!」
短期決戦に持ち込むつもりで、一気に距離を詰める。
その加速具合に顔色を変え、再び魔力弾と火球を放つ。
直撃コース。避けられるはずがない。
そうティアナは思っていた。
だが、世の中そう上手くいくものではない。
「き、消えた!?」
「えぇ?!」
「キュクルー!」
呆然とする二人と一匹。
しかし、それも長くは続かない。
一陣の風が二人の間を通り抜けた。同時に響く撃墜判定のアラート。
見るとバリアジャケットに一閃の裂傷。二人は遅れて振り向く。
そこには悠然と背中を見せて佇む、〈ソウルゲイン〉。
肘の
それから模擬戦が始まる時と同様、爆発的な光がその蒼い装甲を包んだ。
「おっし、これにて今日の授業は終了!のびてる二人を連れて、反省会といきますか!」
振り返り、そう笑顔で告げるアクセル。
その戦闘の凄さとは逆の快活さに、二人は言葉を失った。
アクセルがフォワード四人を集めて、いまの模擬戦の反省会を行っている。
それを隊舎の屋上から見ているシグナム。
その眼は獲物を見定める鷹のように鋭い。
「どうしたんだよ、シグナム?」
うしろから聞こえた声に視線だけをずらす。
そこには訝しげに歩きよってくる仲間の姿。
「ヴィータか……」
「そんなにあいつが気になるのか?シャマルが言うには本当に記憶喪失らしいし、若い連中には好かれそうだし、問題はねぇと思うぞ?」
そう言いながら、隣に立つヴィータ。
彼女もアクセルを見るため、身を乗り出した。
視線の向こうではアクセルが身振り手振りで何かを示し、スバルが目を輝かせている。
ティアナは眉間を押さえ、残った二人は呆れながらも楽しそうだ。
反省会はもう終わったらしい。
今は雑談中だろうか。
あの軽さが若いフォワード陣にはちょうどいいのだろう。
「人格は問題ないだろう。新人連中にも確かに好かれている。だがな、奴の技術には目をつぶれんものがある」
「ま、そこは同感だ。前の戦闘。今の模擬戦。記憶喪失は別にしても、どこかで高度な戦闘訓練を受けてるはずだな」
「……覚えているか、四年前の観測指定世界でのことを」
突然、話が変わった。
驚きつつもヴィータは頷く。
もちろん覚えていた。
新暦71年、第162観測指定世界。
初めてレリックが確認された事件。
二つの地点でレリックが確認され、跡形もなく消滅した。
一方には、なのはやフェイト、そして、
もう一方には、ヴィータとシグナムが駆け付けた。
なのは達にはガジェットの襲撃があったが、ヴィータ達の方にはなかった。
正確に言えば、駆け付けた時、全てのガジェットが破壊されていたのだ。
「あの時、現れた奴……あの〈ソウルゲイン〉とやらに似ていると思わないか?」
「そう言われると……だけど、四年前の話だぞ?それにあれ以来、姿を見せてないし」
「可能性の問題だ。我らが主を脅かす危険がある……これだけでも、アルマーに目を付けている理由にはなる」
鋭い視線の先。
そこには何かからかわれたのか、ティアナに詰め寄られているアクセルがいた。
この短時間で随分と仲が良くなったものだ、とシグナムは呆れ半分、で思った。
「……杞憂だといいが」
そうだ。あんな軽い奴が何かをするとは思えない。
それに四年前に出現した奴は様子からして、ガジェットとは比較にならないほどに高度な無人の魔導兵器だったようだが、〈ソウルゲイン〉はデバイス。
何も関係がないだろう、奴とは。
―――――コードネーム『ソードマン』とは。