「────!」
悪寒と同時に身体が動き出す。
殺される、そのことだけが頭を占める。そうだ、こんな非日常は常人の領域ではない。
ならばその現場に居合わせてしまった人間に訪れる運命は?答えは簡単。それは死だ。
目の前に強者と弱者がいるとしよう。すると弱者が淘汰されるというのは至極当然の結末。
死んでしまうことはできない。だから何故こんなところへ来てしまったのかなど考える余裕もなく、ただがむしゃらに走って逃げる。
少しでも早く、少しでも遠くへ。
どれほど逃げたのか、ふと足を止める。
周りを見渡すと、既にヤツの気配は無かった。
「はぁ……はぁ……何なんだよ……」
息を切らせながら、笑う膝を押さえて思わずこぼす。気が付いたら一人で誰もいない校舎にいた。
酸素の回らない脳で、逃げるべきなら校舎ではなく人がいる街中であるはずだと今更ながらに気付く。
それでも息を整え、危機が去ったことに安堵しようとして、
「────」
目の前からその声が聞こえた。声、というよりは呻き声に近いそれは、己の思考を凍りつかせるのには充分すぎるほどの殺気があった。
「え────?」
瞬間、身体に鋭い痛みが走る。胸元を見ると、そこには鮮烈な赤。
無造作に放たれた赤い槍が、容赦や情緒など無く、真っ直ぐ的確に衛宮士郎の心臓を貫いていた。
途端に糸が切れたように崩れる身体と閉じていく世界。
己を奇妙な冷たさが包む。
────あぁ、これは死の感触だ。
薄れゆく意識のなか、今更ながら自分の死を思う。
何処か懐しさすら感じるその感触と、最期に大切な人々の顔が浮かんで────
#
冬の寒空に白い息が糸を引く。吹きつける北風に冬の厳しい寒さを感じ、思わず身震いする。
一月も末頃となり気がつけば鍋の季節だ。今日は商店街のスーパーで白菜が安い。早速今夜の夕飯にでもしようか、などと考えながらいつもの道を歩いていると見知った友人の姿を見つけ、その背中に声を掛ける
「おはよう、一成。今日も早いな」
「おはよう衛宮。衛宮は朝練か?」
「あぁ。昼にはそっちの備品修理も済ませとくから」
「わかった。いつも悪いな」
俺がそう言うと一成は此方を気遣うように言った。
「いいって。俺がやりたくてやってるんだから」
備品の修理に関しては最初こそ頼まれてやったが
、今では自らやるようになった。機械いじりみたいなことは昔から好きなのだ。
「……全く、衛宮はお人好しが過ぎる。……ところで」
「?」
「───今日から編入生が二人、来るようなのだが」
「この時期にか?珍しいな」
来るならば普通は学期の始まる一月上旬だろうに。何か事情でもあって編入が遅れたのかもしれない。
「あぁ、しかも二人ともロンドンの高校からの編入らしいのだ。……何故だか嫌な予感がするのだが」
ロンドン……赤……うっ頭が、などと呟く一成に、俺は苦笑いを浮かべて
「やめてくれよ。寺の子の嫌な予感は本当に当たりそうで恐ろしいんだから……」
#
「それでは編入生の二人を紹介────」
「なんでアンタと同じクラスなのよ!?このホルスタイン縦ロール女!!」
「私だって願い下げですわ!!この貧乳ツインテ暴力女!!」
……ドアが吹き飛んだ気がするのは気のせいだろうか?ははは、気のせいに決まっている。こんな女の子二人が罵詈雑言を互いに浴びせながらプロレスさながらの回し蹴りを見せるだなんて。
きっと疲れていて幻覚でも見たんだ、うん。
「……こほん。この学校に編入して来た遠坂凛です。以前、冬木に住んでいて今回ロンドンから戻って来ました。これからよろしくお願いします」
「……隣の女と同じくロンドンから参りました、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと申します。以後お見知りおきを」
先程まで唖然とし、固まっていたクラスの空気が二人のいかにも品の良さげな挨拶によって弛んだ。
先生を含むほとんどの人々は、先程の光景をたちの悪い集団幻覚として記憶の奥底にしまい込んだようだった。それもそうだ、こんなにも眩い輝きを放つ彼女達があんなことをする筈がない。
やはりあの女狐め……帰ってきたと思えば……!などと睨み付ける一成を横目に、俺も先程の幻覚を記憶の奥底にしま────
「じゃあ席は……衛宮の両隣だな」
「え」
……俺の運とやらは、どうにも上手く働いてくれないらしい。
俺の両隣に座った二人が、絵に描いたような笑顔で話しかけてくる。
「よろしくね、衛宮君」
「よろしくお願いしますわ、ミスタ・エミヤ」
────どうやら、波乱の日常が幕を開けるようだった。
#
「あ……先輩!」
ふと、聞き慣れた声が聞こえて後ろを振り返る。
するとそこには青みがかった艶やかな髪を持ち、やさしく微笑む後輩がいた。
「ん?…………あぁ、桜か」
見慣れた……最近はかなり大人びて女性らしさが出てきた友人の妹の姿に思わず安堵してしまう。
「……どうしたんですか?お疲れのようですけど」
「いや、今日からうちのクラスに編入生が来たんだけどさ……」
「それって……」
「エーデルフェルトさんと、遠坂さん」
二人の名前を聞くと桜は少し俯いて、左手で髪に結われた赤いリボンを弄りながら言う
「……その方々が何か?」
「いや、何も無かったんだよ……無かったと信じたい」
要領の得ない俺の言葉に桜は困惑した様子で、
「は、はぁ…………とにかく!先輩、今日はお疲れなんですよね?じゃあ今日の部活は休んで下さい!私が美綴先輩に言っておきますから!」
「え!?いや、流石にそれは出来ないよ。みんなに迷惑かけちまうし。それに……」
「先輩はいつも無理をしすぎなんですよ!今日くらいは休んで下さい!無茶は私が許しませんからね」
……参ったな。こうなった桜は俺が行くと言っても断固として認めてくれない。
一つ溜息をついて肩をすくめて言う、
「わかったよ。今日はお言葉に甘えて休ませて貰う。けど、その代わり後日何かしらの形で埋め合わせはするからな」
「はい!……えっと、それで……その……」
「?」
「……また、先輩の家に料理を学びに行ってもいいですか?」
躊躇いがちに紡がれた言葉に俺は大きく頷いて
「あぁ、勿論だ。桜ならいつでも歓迎するよ」
俺がそう言うと、桜は綺麗な微笑みを浮かべ
「……はい。さようなら先輩、また明日」
#
「ねぇ、衛宮君」
桜の言葉に折れ、早速帰ろうとしていた矢先、そんな声が掛かってきた
「えっと、遠坂……さん?」
「別にさん付けしなくてもいいですよ。衛宮君もそっちの方が言いやすいでしょう?」
「……じゃあ、遠坂。俺に何か用か?」
「ええ。……といっても大したことではないですけど。
…貴方、間桐桜さんとはどういう関係なの?」
突然の、予想だにしていなかった質問に驚くが、隠すようなことでもないのでそれに答える。
「桜は同じ弓道部の後輩で、友人の慎二の妹。ちょくちょく俺の家に料理をしに来てくれてるんだ」
彼女はいわば俺のもう一人の妹的存在である。しかし、何故遠坂がそんなことを知りたがるのだろうか?
そんな疑問を抱く俺を余所目に、遠坂は何処か納得した様子で
「……そう。ありがとう衛宮君」
「いや、感謝されるようなことは何も……って遠坂。お前一緒に校門から出てるけどさ、このまま帰るのか?」
「ええ、それが何か?」
言っていることが分からない、とでも言いたげな遠坂の視線を受けて俺は遠坂の……そのがら空きの手を指して言う
「……荷物、忘れて無いか?」
「……………………」
おそらく、俺に先程の質問をしようと急いで追いかけた結果、うっかり忘れたのだろう。そんなうっかりを彼女がやらかすとは思ってもいなかったが。それが真実であると示すかのように、当の本人もしまった、という顔をしている。
そんな姿を見て、俺は思わず笑いをこぼしてしまう。
「な、何よ!?」
「……いや、ごめん。遠坂って意外と可愛いところあるんだな」
「~~~~!」
途端に顔を真っ赤にする遠坂。……そんなに恥ずかしかったのだろうか?
「お、お、覚えてなさいよ────!」
そんな捨て台詞とともに、遠坂はダッシュで校舎へと戻って行った。
……あれが遠坂の素かぁ。
元々登場の仕方のせいで薄れかかっていた優等生像に合掌をし、俺は家への帰路を歩み始めた。
#
「えっと……確か此方の筈なのですが……」
帰り道の途中、地図とにらめっこをしている見覚えしかない金髪の女性を見つける。
「あれ、エーデルフェルトさん?どうしたんだ?」
「貴方は────」
「衛宮士郎。同じクラスの」
エミヤシェ……あぁ、ミスタ・エミヤですか、と納得した様子のエーデルフェルト。
「あぁ、丁度良かった。……私、恥ずかしながら道に迷っておりまして」
なるほど、以前は冬木にいたという遠坂と違い、エーデルフェルトさんにとってここは初めての地だ。道に迷っても仕方がないというものだろう。
「行きたいのは……あぁ、新都のホテルか?」
「ええ、新しい家を冬木に手配させたのですが完成は明日のようでして。今夜はホテルに泊まりますの」
「ほー……ところでなんだが。荷物を学校に忘れたりはしてないよな?」
そう、エーデルフェルトさんもまた何一つ荷物を持っていない状態だった。まさか遠坂と同じうっかりなのでは、と疑ってしまうのは仕方のないことだろう。
「はい?……あぁ、荷物でしたら部下の者に先に運ばせましたわ。いつもでしたら執事による車の送迎があるのですが、彼には新居の監督を任せているのです。……それにもう一つ理由は有りますし」
「?」
「なんでもありません。此方の話ですわ」
……とりあえず遠坂とエーデルフェルトさんの間の経済的な格差が見えた気がする。
「まぁ、とにかく道に迷ってるんだろ?俺が案内しようか?新都に用が無いわけでもないし」
「宜しいのですか?……ではお言葉に甘えて」
#
ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトはとにかく目立つ。遠坂と並ぶほどのその美貌は当然のこと。彼女は遠坂とは違い北欧の血を引く異国の人だ。当然、衆目の的に晒される。
彼女はそんなことを気にするそぶりも見せないが。
「……ミスタ・エミヤは気遣い上手なのですね」
「?」
突然の言葉に、俺が不思議そうな顔をしていると、エーデルフェルトさんは微笑んで
「貴方はいつも車道側を歩いて下さる。確かに男として当然のことですが、それを意識せずにできる方は余りいないものですわ」
「そうなのか?」
「ええ。それにあえて人目の少ない道を選んでいますわね?」
エーデルフェルトさんの鋭い指摘に思わず関心する。
「む、わかったか。最近、冬木の治安が余り良くないみたいでな。昼間から女性を襲う連中もいるらしい。エーデルフェルトさんみたいな綺麗な女性は、格好の的だろ?」
「────」
き、綺麗な……などと顔を赤くして俺の言葉を反芻するエーデルフェルトさん。
「私はその程度の輩には遅れなど取りませんが……ええ、素晴らしい心遣いですわ、ミスタ・エミヤ……いえ、シェロ!」
「え、エーデルフェルトさ───「私のことはルヴィアとお呼びください!」……ルヴィア」
突然のことに俺が戸惑う最中、エーデルフェルトさん……もといルヴィアは笑う。
「ふふっ、殿方にそう呼ばれるのはいつぶりでしょうか」
突然俺の呼び名が変わったことや、彼女の押しが強くなったことなどどうでも良くなるほど、彼女の笑顔は眩しかった。
「……と、着きましたわ。シェロ、将来は立派な執事になれるのではなくて?私のところで雇いたいくらいですわ」
本気なのかそうではないのか分からないことを口にするルヴィアに
「それは光栄です、お嬢様」
などと恭しくお辞儀をして、俺達は別れた。
────さて、帰ろう。家には彼女達が待っている
#
「あ、お帰りなさい!お兄ちゃん!」
「────ただいま、イリヤ」
prologue~日常~