冬の凍えるような寒さで目が覚める。
30分後に鳴る筈のアラームを止めて、士郎は軽い身支度を始める。
今日はセラが朝食の担当だ。セラには口うるさくゆっくり寝ていろと言われたのだが、どうにも一度身体が慣れてしまうとのんびりと寝ていることは出来ない。手伝いくらいはしないとな、なんて思いながら部屋を出てリビングへ向かう。
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「駄目です」
「いや、そこをなんとか……」
「今日の担当は私です。そこを履き違えることの無いように。大体貴方は昨日、部活から追い出されたのでしょう?それほど疲れているのならしっかりと休養を取るべきです。だというのに貴方は昨夜の家事を一人でやってしまって……!あぁ、洗濯や掃除は既にやっておきましたのでくれぐれも手伝おうとか思わないように。私は奥様と旦那様から貴方達の世話を任されているのです。貴方にいつも手伝われていてはお二方に会わせる顔がありません。だから貴方は大人しくそこで朝食が出来上がるのを待つように。いいですね?」
何度聞いたかわからないセラの説教。しかし、もはや俺もそこで怯むほどやわではない。
「いや、それこそ駄目だ。セラに全部任せる訳にはいかない。俺だって切嗣やアイリさんにこの家のことを任されてる立場だからな」
「そういって貴方はいつも……」
……とまあ、こんなやり取りをすること数分。盛り付けや食器運びのような簡易的なことしか手伝わないという妥協案でセラは折れた。
自分がやるといって譲らない両者のために日替わりで担当を変えたというのに、手伝いをするか否かでまた争う始末である。
そろそろこの争いにも決着をつけないとな、等と考えていると
「おっはー」
と、リズが寝癖をつけたまま入ってきた。
そんなリズを目の当たりにし、セラは呆れた顔をして言う
「リーゼリット、もう少し早く起きろといつも言っているでしょう。 仕える者より遅く起きるなど、此処でなければ即刻解雇だということを理解しているのですか?」
「うむ。だからここではだらだらしてる。あとシロウが早すぎる」
そう言ってソファーの上でだらけるリズ。
「はぁ……全く。貴女という人は……」
と、溜息をつきながらも料理をする手は止めないセラ。
一応リズも、セラと同じ家政婦なのだが、困ったことにセラに任せっきりで、リズは率先して家事をやろうとしない。本人曰く家を半壊しかねないかららしいのだが、ただの言い訳のように聞こえなくもない。
「リズ、そろそろイリヤさんを起こしてください」
「うーん。シロウ、行ってきて」
リズから指名を受けた俺は、突然のことに困惑する
「な、なな、なんでさ!?それはリズの(唯一の)仕事だろ?俺はセラの手伝いがあるし。それに……イリヤだって女の子なんだから、俺が行くってのは……」
「シロウが行った方がイリヤも喜ぶし、私もごろごろできる。一石二鳥」
などと言ってグッと親指をあげるリズ。
それ、ただリズがめんどくさいだけじゃないか……
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イリヤの部屋を前にして、俺に謎の緊張感が走る。
いや、確かにイリヤは女の子だがまだ小学生。
俺の妹なんだから部屋に入るなど当たり前だ。何を緊張することがあるんだ。
「イリヤ、起きてるか?」
ノックをする……が、返事はない。まだ寝ているのだろう。意を決して、俺は部屋に入る。
ピンクを基調とした、年頃の女の子の可愛らしい部屋だ。そのベッドの上ですやすやと寝息を立てて寝ている少女が一人。その姿が微笑ましく、このままずっと見ていたいなどと思うが、時間も時間なのでそうはいってられない。
「おーい、イリヤ。朝だぞ。起きろって」
身体を揺すると、イリヤはまだ寝ぼけているようで、
「ん……ふゎ……おにいちゃ……?」
「あぁ。おはよう、イリヤ。セラが朝食を作ってくれたからな」
すると、ようやくイリヤは目が覚めた様子で顔を真っ赤にして勢いよく後ずさる。
「……!?お、おおおおお兄ちゃん!!?な、何故にっ!?」
そんな様子に苦笑しながら、俺は言う
「いや、リズが呼んでこいって言ってたから……悪いな。俺も反対はしたんだけど」
「いや、別に!お兄ちゃんは悪くないというか!むしろ嬉しいというか!いや、そうじゃなくて!えっと」
「イリヤ?」
「と、とにかく支度したら下りるから!」
などと部屋から追い出されてしまった。
とりあえずイリヤを起こすというミッションはクリアしたので大人しくリビングに戻ることにした。
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いつも通り騒がしい朝食を終え、今日は朝練も無いのでイリヤと家を出ようとした時であった。
「………………え?」
なんだこれ、幻覚か?また幻覚なのか!?
俺が家の扉を開けたまま固まっているのを不思議に思ったのかイリヤが口を開く
「どうしたのお兄ちゃ……ってデカっ!?」
驚愕を隠せない様子のイリヤ。それもそうだろう、何故ならば目の前には『昨日まで影も形も無かった筈の豪邸』が突如として現れていたのだから。
「何コレ!?こんないかにもお金持ちが住んでそうなお屋敷あったっけ!?」
「い、いや……無かった……よな?」
その一夜城ならぬ一夜邸(しかもハリボテではなくしっかりとしたお屋敷である)がどのようにして出来上がったのかは知らないが、その主についてならば心当たりがあるような……ないような……
「ほぇぇ……なんか魔法みたいだね」
どこか楽しそうに呟くイリヤ。確かイリヤは魔法少女モノが好きだったからそういう非現実的なものに憧れがあるのかもしれない。
魔法か……本当にそんなものがあるのなら、俺は────
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「埋め合わせ?なんの?」
「いや、だから昨日部活休んだだろ?その埋め合わせ」
昼休みになって、俺は弓道部部長の美綴の元へ向かった。理由は昨日桜に言った埋め合わせのことだ。俺が事情を話すと、美綴は呆れたように言う
「いーよそんなの。うちの部だって衛宮と違ってズル休みするようなやつはいくらでもいるし。逆に衛宮みたいな律儀なやつの方がおかしいって」
「けど一度言ったからには何かしないと気がすまない」
と拗ねるように言う士郎に対し、美綴は諦めたように言う
「男に二言は無いって?……わかったわかった。要は何か雑用を押し付ければいいんでしょ?結局衛宮からしたらいつも通りじゃないか」
「それで何をすればいいんだ?」
美綴は少し思案した後に言う、
「んー。じゃあ部活の後に弓道場の掃除を頼む。後輩がやってもあいつら雑な掃除しかしなくて困ってるんだ」
「あぁ、任された」
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射手は本座にて一礼をし、射位へと左足から歩みを進める。執弓の姿勢を保ったまま、目線は的に。上半身は右正面へ向け、ゆっくりと両脚を踏み開く。 目線は的から切られ、体の正面を向く。
二本の矢を手に、上体を落ち着ける。重心を身の中心に置き、矢を弦につがえ、弓を打ち起こす。
あくまでも自然と。川を水が流れるように。
あとはただ射るのみ。
何故ならばこの矢は、中ると思えば中るのだから。
弾かれた弦。次いで、矢はまるで『そうあるべきだ』とでもいうかのように的の中心へ。
そして、残心。
「はー……相変わらず凄いな、衛宮は」
関心したように言う美綴。俺は首を横に振って言う
「俺なんかの射よりも美綴や慎二の射の方がよっぽど凄いぞ」
────俺の射は正確には弓道ではないのだと、たまに感じることがある。
過程をすっ飛ばして結果のみを得る。
故に在るものは無心。
弓道としては三流の出来だろう。
それに比べれば、努力して磨かれた美綴達の洗練された射のほうが俺には美しく見える。
「そんなことないけどな…………よし、今日はここまで!!片づけしたら解散!」
美綴の一言で途端に空気が弛む。わいわいと片づけは進み、いつの間にか残っているのは俺と美綴だけになった。
「やっぱり手伝おうか?最終下校時刻までは余裕あるし」
「いや、大丈夫だ。それに美綴を手伝わせたら埋め合わせの意味がない」
そこは譲らん、と主張する俺に対して美綴は苦笑して、
「ははは、頑固だねぇ。んじゃ、これ鍵ね。頼んだよ」
「あぁ、じゃあな美綴。また明日」
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「ふぅ────」
これで完璧だ。明日には美綴もその綺麗さに驚くだろう。我ながら随分と頑張ったと思う。
「あ、まずいな。もうこんな時間か」
気がつけばすっかりと日も暮れて最終下校時刻も過ぎ、校舎に一人取り残されていた。今日はセラが夕飯の担当だから大丈夫だろうが、怒られない内に帰らないと。イリヤにも心配をかけてしまう。急いで支度をし、弓道場を出ようとしたそのとき、どこか見覚えのある人影を見つける
「……あれ?遠坂……とルヴィア?」
こんな時間に何をしているのだろうか?二人揃って忘れ物でもしたのだろうか。
何故か一抹の不安を覚え、二人の後を追う。
「おかしいな……二人とも確かにこっちに……」
彼女達は校庭の方向に向かっていた筈なのだが、俺が校庭に着いた時には人一人もいない寂れたグラウンドがあるのみだった。
それでも俺は諦めることなく二人を探して校庭に踏み入る。一体何故こんなことをしているのか、自分でもよくわからなかった。
でもこの不安が本物で、彼女達が危ない目に晒されるというのならば俺は────
そんなことを考えていた矢先、妙な感覚に囚われる。
「なんだこれ…………歪み?」
もやもやとしていてハッキリとしないが空気の歪みを感じ、それに手を伸ばそうとして────
────ミツケタ
「え────?」
突如として溢れだした大きな力の奔流に巻き込まれ、俺の意識は途切れた。
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瞼を開けると、そこには先程と変わらぬ校庭────で、二人の女性と一人の男が激しい争いを繰り広げていた。
「」
思わずあげそうになった声を無理矢理押さえつける。此処で声をあげれば死ぬ、と本能的に理解したからだ。
いつの間にか俺は校庭の入り口に立っていた。が、そんなことを気にしている暇などなかった。何故ならば赤い槍をつがえる奇妙な出で立ちの男と対峙している此方も奇妙な出で立ちの女性二人は────
(と、遠坂!?それにルヴィアも!?)
間違いなく同じクラスの二人であった。一体何故あの二人が?あの男は何だ?どうして戦っている?なんで魔法少女?コスプレ?
などと疑問だらけで頭が混乱する。
そんななかで、唯一理解したことといえば
────今、彼女達が危険な目に晒されているってことだ
考える余裕など無かった。ただ、彼女達が危ない目に晒されているのが許せなくて、思わず一歩を踏み出す。
瞬間、衛宮士郎は己の失策を悔やむこととなった。
#
────意識が浮上する。
おかしいな、確か自分は……
「か、は────!?」
喉元に突っかかったような血液を吐き出すために噎せながら士郎はゆっくりと立ち上がる。
「夢、じゃないよな……」
士郎の記憶が確かなら、自分は見知らぬ男に殺されたはずだった。
「────っ、」
嫌でも思い出せる。脳裏に焼き付いている。身体に刻み込まれている。
真っ赤な槍が自身の胸に突き刺さり、無常にも、自分の命が消えゆく瞬間を士郎は見、同時に感じたのだ。
夢ではない。今だ妙に疼く胸の傷が何よりの証拠だ。
足元がおぼつかない。頭が重い。寒い。
冬はとんと冷え込むと言われている冬木だが、冬の寒さからくる震えとはまた違うものだった。
血を流しすぎた。そんなのは馬鹿でもわかる。
何故か血を拭こうと思ってふらつく足に鞭を打ち、重い頭を抑えつつ、ハッキリしない思考でいると、ふと気づく。
血溜りが……ない?
それはおかしい。自分は確かに心臓を刺されて死んだのだ。であればそれ相応の血は流れた筈。
まさか本当に夢だったのでは、などと思いながら辺りを見回すと、士郎はあるものを見つける
「……なんだ、これ」
床に転がる、月明かりを反射する赤いペンダント。
そして、弓を持った人が描かれているタロットカードのようなもの。
その二つを拾い上げ、士郎はあることを思い出す
「!そうだ!遠坂とルヴィアは!?」
窓から校庭を見るが、そこには何もいない。
────ロ
そうだ、きっと彼女達は今もあれと戦っている。
ならば、俺がやらなくてはいけないことは一つしかないではないか。
────メロ
酷い頭痛がする頭を抑えながら、手に握られた一枚のカードに視線を落とす。
そうだ、
あとは、その言葉を紡ぐだけで良いのだから。
────ヤメロ!
己の頭が散々鳴らしてくる警鐘を無視して、俺はその運命を選び取る。
「────