偽典ドラゴンボール・或る戦闘民族の衰滅   作:ミナミミツル

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前編

 これは地球育ちのサイヤ人、孫悟空がこの世に生を受ける以前の物語である。

 

 

 惑星ベジータ。宇宙でも指折りの戦闘種族として恐れられるサイヤ人の星。

 あえてそこに近づこうとするものは少ない。降り立つはおろか、近くを通り過ぎるだけでも危険とされている星だ。

 たった一人だけの乗員を乗せた小さな宇宙船が目指していたのは、そんなサイヤ人の星であった。

 

「なんだ?」

 初めにその宇宙船に気が付いたのは管制を担当する非戦闘員のサイヤ人だった。

 見慣れぬ宇宙船が近づいてくるのを見て顔を顰める。

 モニターに映し出された宇宙船を顎でしゃくって、隣の同僚に尋ねた。

「おい、こんなのが来るって聞いてたか?」

「いや……そんな予定はない。たぶん道に迷った旅行者かなにかだろ。ここがどこか知らないアホだ」

「だよな。下に伝える」

 管制官のサイヤ人は、通信器のスイッチを押して、不審な宇宙船が近づいてくることを発着場の誘導員たちに伝えた。

「『誘導員、そっちに変な宇宙船が降りてくる。乗ってる奴は一応殺すな。あとで調べる』」

『了解』

 

 管制官がそんなやり取りをしている丁度そのとき、その背後を通りかかったのは浅黒い肌のサイヤ人だった。

 隆々と発達した筋肉と体中についた傷は、彼が歴戦の戦闘員であることを示している。

「どうした。何かあったのか?」

「あっパラガス大佐」

 若い管制官は少々緊張して答えた。

 同じサイヤ人でも戦闘員と非戦闘員ではその強さは全く違う。ましてや佐官級ともなれば、数々の文明を滅ぼしてきたサイヤ人のイメージをそのまま具現化したような存在だ。

「何でもありません。どうやら旅行者か何かが迷い込んだらしくて」

「旅行者?」

 モニターに映った宇宙船を一瞥したパラガスの目が大きく見開かれた。

「……バカな! あの宇宙船は旅行者などではない!」

「えっ」

「ボケてないで今すぐ戦闘力を計測しろ! 早く!」

 パラガスに叱りつけられた管制官はビクビクと怯えながらコンソールを操作し、宇宙船の中にいる人間の戦闘力を精査する。

 画面に表示された異常な戦闘力を見て、管制官は思わず声を上げた。

「な、なんだこれ……パラガス大佐、ど、どうしましょう?」

 管制官が振り向いた時、もはやそこにパラガスの姿はなかった。

 

 

 その宇宙船が乱暴に発着場に着陸すると、誘導員のサイヤ人は不機嫌そうに唸った。

 宇宙船のハッチが開かれて中の人間が出てくると、光線銃を構えて告げる。

「手を挙げてこっちへ来い。妙な真似はするな」

 宇宙船から現れた男は、その言葉を完璧に無視してこう言った。

「よお。ベジータ王に会いに来たんだが、いるか?」

「はあ? イカれてるのかお前? 死にたくなきゃ口を閉じろ」

「よせっ!」

 誘導員の声を遮るように荒々しい怒声が響いた。

 その声の主はパラガスである。

「銃を下ろせ! お前らが敵う相手ではないわ!」

 

 パラガスはその場にいたサイヤ人たちを押しのけて男の前に立つと、厳しい目つきで宇宙船から現れた男の姿を観察した。

 斑に黒の混じった灰色の髪、服の上からでもわかる鍛えこまれた体躯。

 そしてサイヤ人とはまた違う、毛量の多い太い尾……。

 全身から発される只ならぬ気配に、パラガスのうなじの辺りが僅かに震える。

 恐れからではなく、戦いの予感を感じた戦士の本能が武者震いを起こしたのだ。

 くくっとパラガスは短く笑う。相手が名乗らずともパラガスには男の正体がはっきりと分かっていた。

「まさか一人で敵地に来られるとは、噂に違わぬ豪胆ぶり。感服しましたぞ。人狼族のオズマ王子」

「話が分かる奴が来てくれて助かる。ベジータ王に用があるんだ。会わせてくれよ」

 オズマと呼ばれた男が微笑むと、その口元から発達した犬歯が覗く。

 戦闘民族サイヤ人の星で無法を通そうとする男もまた、戦闘民族と呼ばれた種族であった。

 

 

 およそ生物は環境に適応しようとする。

 その結果、似通った環境、似通った生活サイクルで暮らす生き物が、全く別の種であるにも関わらず、体の姿形や機能が似る――収斂進化と呼ばれる現象である。

 戦闘種族として知られるサイヤ人は、強靭な体、細菌やウイルスに対する優れた抵抗力、死に瀕した際の超回復など数々の特徴を持つ。

 中でも最も特異な能力は、月が真円を描くとき爆発的な戦闘力の上昇と共に巨大な大猿へと変化する変身能力だろう。これらの能力がサイヤ人を比類なき戦士足らしめている。

 だが、宇宙は広い。

 戦闘種族と呼ばれた一族はサイヤ人だけではない。

 まるで鏡合わせのようにサイヤ人と似た特性を持つ種族がいた。それが惑星ミットの人狼族である。

 そして似た能力と、ピタリと重なり合った生態的地位(ニッチ)を共有するがゆえに、両者の関係は最悪だった。

 仮にサイヤ人が隆盛したのなら、それはすなわち人狼族の衰退を意味する。その逆もまたしかり。

 

 バンッという音とともに王座の間の大扉が開かれた。

 広間の奥は階段状の高台となっていて、その王座には文字通りサイヤ人の頂点に立つベジータ王が頬杖をついて来訪者を見下ろしている。

 その階下にずらりと居並ぶのはサイヤ人の将軍や重臣たち。誰も彼もが油断なくオズマを睨みつけていた。

 しかし、そんな視線など意に介さず、オズマは悠々と歩を進める。その足取りは自信さえ伺えた。

 実際、若き人狼族には怖いものなどこの世になかった。

 

「よう。こうして会うのは初めてだな。サイヤ人のベジータ王」

 オズマは王座のベジータ王を見上げると、会釈すらなく話かけた。

 カっと頭に血が上ったサイヤ人の将軍の一人が思わず口を挟む。

「貴様っ、王の御前だぞ! 平伏しろ!」

「なんでだよ。俺はベジータ王の家来じゃないぜ」

 あまりにも抜き身な言葉。

 無礼な若造にサイヤ人たちは一斉に色めき立ち、今にも飛び掛からんばかりに殺気立つ。

「やめろ」

 ベジータ王の厳かな声がサイヤ人たちを制止した。

 その声は静かだが重々しく広間に響く。

「……人狼族の王子がたった一人でこの星に来るとはいい度胸だな」

 ベジータ王はまるでオズマの器量を測るかのように言った。

 対するオズマは、よく通る朗々とした声で答える。

「へっ。俺が手下を率いてここに来れば、話し合いより先に戦争が始まるだろうが。それに、一度は直接アンタに会ってみたかったからな」

 若輩ながらサイヤ人の王に大して物怖じしない態度に、ベジータ王は僅かに眉を釣り上げる。

 それを知ってか知らずか、王座のベジータ王を見上げ、さらにズケズケとオズマは言った。

「それにもう王子じゃない。この間親父が死んでな、今は俺が正式な人狼族の王、オズマ・ゾム十二世だ」

 ベジータ王は喉を鳴らして一度唸ると、オズマに向かって訊ねた。

「……それで何の用だ、人狼族の王?」

 

「これまでの俺たちの関係は、まあ、良くはなかったな」

 オズマはそう言ったが、だいぶ控えめな表現である。両者が矛を交えたのは一度や二度ではない。

「けど、昔のことは一旦水に流して、新しい関係を作るときが来たんじゃねえか? 少なくとも、しばらくの間は」

「しばらくとは?」

「決まってるだろ。コルド軍を潰すまでだ」

 その一言が語られた瞬間、サイヤ人の将軍たちはざわつき、ベジータ王は大きく息を吐いた。

 それだけでオズマがここに来た理由は十分理解できた。

 

 全宇宙の支配者を自称するコルド大王とその配下の軍勢。彼らは桁違いに強かった。サイヤ人よりも。人狼族よりも。

 サイヤ人はその力の前に膝を屈し、人狼族もまた同様の運命を辿ろうとしていた。

 オズマが惑星ベジータに現れたのは、まさにそのようなときであった。

 

「悪くない提案だと思わねえか? 一緒にあいつらを片付けようぜ」

「一緒にだと?」

 ベジータ王は卓越した戦士であると同時に戦略家の一面も併せ持っていた。

 コルド軍の打倒はサイヤ人の悲願であるが、自分より一回りも二回りも若輩の提案に即座に乗るほど浅はかではない。

 ふん、とその提案を鼻で笑った。

「既に我々はコルド大王と同盟を結んでいる。コルド軍は貴様らの(・・・・)敵だ。我々を利用するつもりだろうが、どんな理由があって我々が貴様らに手を貸してやらねばならん?」

「同盟? 物は言いようだな。俺には隷属に見えるんだが。逆に聞きたいんだが、お前らは今のままでいいのか?」

「サイヤ人とコルド大王は友好的な同盟関係だ。それ以上言うことはない」

「友好的だと? コルドの使いっ走りがか!?」

 オズマは噛みつくように言った。しかしベジータ王は冷ややかに返した。

「その威勢だけは誉めてやろう。だが、それだけでは戦には勝てんぞ。そんなことでは無謀なだけの戦いで自滅するだけだ」

 まるで教師が出来の悪い生徒を窘めるような言葉だった。

 ベジータ王もオズマの提案には興味があるはずだが、伸るとも反るとも言わず、のらりくらりと躱している。

 無謀だ、戦争には勝てないとは言いつつも、『誰と』戦争するかは言っていない。ベジータ王の言葉はあくまで一般論の範疇であり、自分たちがコルド軍に勝てないとは言わない。

 その煮え切らないような態度に逆にオズマの方が苛立ち始めていた。

 

「威勢だけじゃねえ。人狼族には奴らを倒すための秘密兵器がある」

「ほう、それは初耳だ。だが、そんなことを我々に言っていいのか? 味方になった覚えはないぞ。本当はそれをサイヤ人に向けるつもりだったのではないか?」

「……俺たちの秘密兵器はサイヤ人には使わねえさ。というより使っても意味がないしな」

「一応聞いておこう。それはどんな玩具だ?」

「今はこれ以上言えねえ! 俺たちと組むっていうなら詳しいことを教えてやる」

 ベジータ王は大口を開けて笑った。

「ふははは! 口だけの秘密兵器を信じて貴様らと組むだと? 絵空事だ、馬鹿も休み休み言え!」

「馬鹿はどっちだ! ああ!? ベジータ!」

 オズマが感情を剥き出しにして吠えた瞬間、オズマの体から迸るようにオーラが溢れ出て周囲を威圧する。

「このままいけばコルド軍はお前らの力を利用してさらに強くなるぞ! そうなったら誰も倒せねえ! そして宇宙に敵がいなくなった時……お前らはゴミの様に捨てられる!」

「……」

 ベジータ王は押し黙っていた。オズマはさらに続ける。

「いいか、よく考えろ。戦いがなけりゃ戦闘種族なんかなんの価値もねえぞ。俺がコルドなら絶対そうする。そして勝ち目があるのは今だけだ。俺たちと組め。それ以外生き残る方法はない!」

「……オズマ王」

「なんだ」

「言いたいことはそれだけか? 用が済んだらさっさと帰れ」

「お前本気か、ベジータ!? 自分が何を言ってるのか分かっているのか?」

「その言葉、そっくりそのまま返してやろう。この星から生きて帰れるだけ、ありがたいと思え」

 いつの間にかオズマのオーラは萎えしぼんだように消えていた。

 ほんの一瞬だけ苦悶の表情を浮かべたオズマは吐き捨てるように言う。

「分かったよ、サイヤ人は敵ながら骨のある連中だと思っていたが、俺の買いかぶりだったらしい。お前らは好きなだけコルドの召使いをやってろ」

 さっと踵を返し、オズマは王座の間を後にした。

 

 ばたん、と大扉が閉じられると、重臣の一人がベジータ王に進言した。

「陛下、よろしいのですか? このまま奴を帰しても」

「放っておけ」

「で、では、このことを早くコルド大王さまに知らせなくては……」

「奴らの為にそこまでする義理はない」

 ベジータ王はうんざりした調子で言った。

 

 王でなく個人の立場で言えば、ベジータ王はコルド軍に震え上がっている部下たちよりも、むしろオズマの方が好ましいとさえ感じていた。

 今は敵わずとも、自分は虎視眈々とコルドの命を狙う気概までなくしたつもりはない。

 それでもオズマの提案に乗らなかったのは、敵地に一人で乗り込むオズマの猛々しさが仇となると感じたからだ。

 きっとあの若者は死ぬことなど怖くないのだろう。だから易々と自分の命を賭けられる……たぶん自分の種族の命運も。

 血気に逸りすぎていて、仲間とするには危険な男。それがベジータ王の見立てだった。

 もし仮に、この提案を持ち出したのがあの若者ではなく、先代のオズマ王だったら……幾たびも自分と覇を競ったあの男であったら、どうしていたか……そこまで考えてベジータ王は考えを打ち切った。

 死人のことを考えるなど、詮のないことだ。

「人狼族がコルド軍とぶつかってくれるというなら、結構なことではないか。奴らがコルド軍の幹部の一人でも殺してくれたら、その分だけ我々の価値も上がるというものだ。オズマのこせがれのお手並み拝見といこうか」

 

 

 オズマはコックピットに腰を下ろして目的地を惑星ミットに設定すると、あとは全ての操作をコンピュータに丸投げして、怒りを忘れるよう目を瞑る。

 加速した宇宙船が一瞬で大気圏を突破し、来たときと同じくオズマの宇宙船は乱暴に惑星ベジータを後にした。

 

『それだけでは戦には勝てんぞ。そんなことでは無謀なだけの戦いで自滅するだけだ』

 ベジータ王の言葉がオズマの心に重くのしかかる。

 つい先日、オズマは同じ意味の言葉を言われていたのだ。

 彼にそう警告したのは、先代の人狼族の王……つまりオズマの父親である。

 

 

 僅かに欠けた月が浮かぶ晩。

 簡素な東屋で一人瞑想していた王に、オズマは詰め寄っていた。

「コルド軍とは戦わないだと? 本気で言ってるのか親父?」

「そうだ」

 老王はこともなげにそういった。

 髪はすっかり白くなり、その顔は多くの戦いで付けられた傷よりも、年月によって付けられた皴の方が目立つようになっている。

 ただその瞳だけが燻る熾火のような底知れぬ深い輝きを持っていた。

 だが、その目に睨まれても怯むことなくオズマは食い下がる。

「ふざけてるのか? ここにきて臆病風に吹かれるとは、狂狼と呼ばれたアンタらしくもないな」

「ふざけてこんなことを言うか。コルド軍とは戦わん」

「『デパーン』はどうする気だ。もう殆ど完成してるんだぞ。このまま使わずにしまっておく気かよ?」

「その通りだ。どこかに隠しておけ。いつか役に立つかもしれん」

「いつかだと? 俺は納得できねえな」

「納得しろ。これは王の決定だ」

「ふ、王か……」

 オズマが深く溜息をついた。

「なぁ親父、そろそろ引退する時が来たんじゃないか? 今のアンタは老いぼれて戦いにビビってるように見えるぜ」

「……戦いを求めるお前の気持ちは分からぬでもない。だが意気込みだけでは勝てぬ相手がいる。一族を率いる者は滅亡の道を避ける義務があるが、お前のやろうとしていることは無謀な蛮勇だ」

「へえ、王の義務と来たか。だがそれをいうならコルド軍に服従するのが滅亡の道でなくて何だ? あいつらは宇宙から邪魔者を一掃したらすぐに俺たちを滅ぼすぞ」

 くっくっくとオズマは自嘲気味に笑う。

「だって俺たち、戦うしか能がねえもん」

「何と言おうと決定は変わらん。(わし)の決定は絶対だ」

「ちっ。じゃあやっぱり引退して隠居するべきだな、親父」

「教えてなかったか? 人狼族の王に退位はない。王は死ぬまで王だ」

 老王の言葉に、オズマは大げさな身振りで肩を竦めた。

 まるで道化のような振る舞いだが、それはオズマが本当に悲しんでいることを隠すジェスチャーであった。

 父が死ぬまで王だというのなら、自分が王になって一族を率いる方法は一つしかないではないか。

「かぁー。そいつはクソみてえな掟だな、特にアンタにとってはな!」

 

 オズマは一気に全身に力を漲らせた。

 その瞬間オズマを中心に爆発に似た衝撃が走り、老王の座る東屋を吹き飛ばす。

 石造りの東屋は瞬時に崩壊したが、その時にはもうそこに王の姿はなかった。

 

 親父め、思ったより反応が良いじゃねえか。

 それが率直な感想だった。

 まるで空中に見えない壁があるように、白髪の王は空中で直角に跳ね曲がりながらオズマに迫る。

 そのスピードも中々のものだった。

 流石、俺の親父だ、とオズマは感心しながら、まるで他人事のようにその動きを目で追っていた。

「ちぇい!」

 ドスンと重い音がして老王の掌底がオズマの腹部にめり込んだ。

 広げた両足が轍を作りながら、オズマの体が十メートルほども後方に吹き飛ばされる。

「どうした! 老いぼれの拳一つ躱せんようでは人狼族の王になどなれんぞ!」

「あー……一発貰ったのは詫びの印だ。これからアンタにすることへのな」

 父親の実力は戦闘民族の長として申し分ないものだった。老いてなおその力は戦闘力にして八千は下るまい。

 だがそれでも、息子であるオズマに通用するレベルではなかった。

 

「はっ!!」

 オズマの姿がジワリとボヤけ揺れ動いた――老王にはただそうとしか見えなかった。

 全く動きを認識できない。当然回避もガードもできない。

 攻撃されたと気づいたのは、息子の拳が自分の胸をぶち抜く音聞いてからだった。それはまるで大きな果実を割ったような音……。

「がぁぁぁ……」

 いままで体験したことのない痛みに老王の顔が歪む。

 それでも口中から血を滴られながら、老王は最後の言葉を綴った。

 死ぬとしても最後に言っておかねばならいことがある。

「ぐぐぐっ。見事だ……我が息子よ。だが、それでも……コルドと戦うのはよせ……」

 それだけ言って力なく大地に倒れそうになった老王をオズマは優しく抱きとめた。

 そして抱擁したまま、オズマは老王の耳元で呟く。

「何と言われようと俺の考えは変わらねえよ。(おれ)の決定は絶対なんだろ?」

 その言葉に返事をする前に、老王は事切れていた。

 

 

 いつの間にか眠っていたらしい。

 間もなく目的地に到着することを報せる宇宙船のコンピュータのアラーム音でオズマは眼を覚ました。

 右手にはまだ父親の胸を抉った感触が残っている気がする。

「ちっ。どいつもこいつも、いつまで経っても人を小僧扱いしやがって」

 その時惑星ミットから通信が入った。

『オズマ様、こちらで誘導いたします』

「おう」

 オズマはぶっきらぼうに答えた。

 そして宇宙港の管制に誘導されるまま、オズマの宇宙船は着陸場に降り立つ。

 

 ドアが開いてオズマが出てくると、サイヤ人に勝るとも劣らない人狼族の精鋭たちがずらりと並びオズマを出迎えた。

 その中の大半はオズマから見れば年長者である。しかし歴戦の重臣の視線に囲まれても、オズマは気負った様子を見せずいつもの調子で言った。

「いやぁ~……いい話だと思ったんだけどよ、断られちゃったよ。サイヤ人はコルドの靴磨きを止めねえとさ」

 オズマがそういうと、人狼族たちは尖った牙を覗かせて笑った。

 中でもオズマに近い若い世代の人狼族は無邪気ささえ感じる顔でサイヤ人を嘲笑する。

「やっぱり! 猿どもにはそれがお似合いですね、オズマ様」

 そう言ったのはレーバという名の戦士である。オズマより三つ年下の名門出身の上級戦士であり、オズマが幼いころから弟分として可愛がっていた間柄だ。

 オズマは微笑みを見せて答えた。

「いやいや、俺は嘆かわしいよ、レーバ。あの名高いサイヤ人が猿回しの猿にまで落ちるとはよ」

 その皮肉にレーバはキャッキャと子犬のように笑う。

 

「では、当初の予定通りの計画ということで宜しいですか。オズマ様」

「おう」

 オズマの言葉に腕を曲げ敬礼の姿勢を取ったのは人狼族でも一際巨漢の男だった。彼の名はカルヴィン。王家の人間を除けば人狼族最強の男であり、時には王に代わって軍を率いる重鎮である。

「まあ戦力的にはちょいと厳しくなったが、その分頼りにしてるぞ」

「はっ! この命に代えても人狼族に勝利を!」

「ふん、死なないで勝ちをくれよ。王の命令だぜ」

 オズマの軽口にもカルヴィンは大真面目に答える。

「御意!」

 

「さて、ラムはいるかー? おーい、ラーム?」

「はい……ここに」

 オズマが呼びかけるとおずおずと進み出たのは女の人狼族であった。もっともその戦闘力は並みの戦士など比較にならない水準であり、女ながら上級戦士の末席に名を連ねている。

 そしてもう一つ、戦士には珍しく彼女は科学技術にも通じていた。人狼族の使ういくつかの宇宙船の設計に携わったこともある。

「『デパーン』の方はどうなっている?」

「はい。艤装は完了し、現在最終調整を行っています……」

 彼女の声は消え去りそうなほど小さかった。文武両道の秀才なのだが、なぜか気が小さいのである。

 オズマも慣れたもので、ほとんど無意識に聴覚を集中して彼女の声を拾う。

「そうか。『デパーン』は作戦の要だ。実戦投入までに少しでもバリアの出力を上げる方法がないか考えといてくれ。絶対に破壊されるわけにはいかねえからよ。頑丈なことに越したことはねえ」

「はい……」とラムはやはり小さな声で答えた。普通なら不安になるとこだが、オズマはラムを信じて頷き返す。

 

 その時、その場にいた重臣たちの中にオズマは意外な人物を見つけ、目を丸くした。

「タン老師(せんせい)!? おいおいマジかよ」

 視線の先にいたのはひょろりと背の高い痩身の老人だった。

 オズマの祖父の代から仕えていた老臣であり、数多の戦場を駆け抜け、さらにオズマや先王に戦い方を教えた指南役でもあった。

 近頃は体調が優れず、寄る年波には勝てないと半ば隠居していたはずだが……。

「一世一代の大戦(おおいくさ)と聞いて、この老いぼれもいてもたってもいられなくてのう。ま、クソイジイでも何匹か敵を道連れにして死んだらめっけもんと考えて、どうか連れてってくれんかのう」

「タン老師が戦場で死にたいっていうなら、俺は止めえねえさ。存分に暴れてくれ」

「ひゃっひゃ、すまんのう、王様!」

 

 オズマはもう一度集った臣下見渡すと、全員に聞こえるよう大きな声で言った。

「聞いての通りだ! サイヤ人はいねえが作戦に変更はない! コルドの居場所が確認でき次第、俺たちはコルド軍に総攻撃を仕掛ける! いつでもいけるよう準備しておけよ。ミットの人狼族の戦いぶりを全宇宙が見ているぞ!」

「おおおおっ!」

 獣の吠えるような掛け声が惑星ミットの空に響いた。

 戦闘民族の誇りをかけた戦いが始まる。

 

 

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