『───ブロック成功。全システム正常に戻りました』
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ ぁ ぁ ……」
システムアナウンスとおよそ女性のものとは思えない濁った声が室内に響く。声の主はぐったりと座る椅子の背もたれに寄りかかった。その手は疲れたように力なく垂れている。
「ほんと、はーくんは手強いなぁ……。今回も引き分けってことでいいよね?」
その場にいもしない相手との会話。それができるのがこのすれ違い系カップルなのだ。束は少し間を置いて「ふふん」と嬉しそうに笑った。はやくくっつけばいいのに。
「でも零落白夜の起動は見れたしノルマはOK!
束は終始、砲台の制御権限だけが奪えなかった。最後の方はアリーナのロックも破られ学園にいる部隊の突入を許してしまったし、投入した無人機のほとんどが鋼の仕掛によって落とされてしまった。最後はハッキングの痕跡を辿って逆探知もしてきた。
しかしそれでも一夏と鈴のタッグと無人機がまともに戦えてしまった。それは鋼にとっては負けたようなものだった。たとえその2人が全く傷ついていなくてもだ。
生徒を危険に晒してしまったという時点で、教師であり完璧主義者でもある鋼にとってそれは勝利と呼べるものではなくなる。
「んんー!! 久しぶりにお風呂入ろーっと! 」
それでも全てを束の思うがままにさせなかった。お互いに完璧主義者だからこそ、この勝負は引き分けなのだ。
「久しぶりに全力出すと気分がいい! ……はーくんはやっぱり素敵だなぁ。 にへ、にへへへへへぇ……♡」
とろけるような笑顔を見せながら湯船でくつろぐ束。彼女の頭の中では意中の人とイチャついている光景でも映っているのだろう。だがしかし、その意中の人が真逆のことを考えていることを彼女は知らない。
(また勝てなかった。どうして勝てないんだ! 引き分けじゃ意味が無いんだ! 引き分けじゃ、束に振り向いてもらえないじゃないか!!)
これだよ(呆れ)
彼の頭の中では今束に延々と侮蔑される光景が映し出されているのだろう。セキュリティルームで一人悶えている。5年以上も会ってないからこんなに拗れるんだ。
(それにしても無人機か。俺も考え無かった訳では無いし、理論だって成立させたがまさか実現してくるとは……。これにもやはりISコアへの理解が必要なのだろうか?)
そう妄想しながらも分析を進めていくあたり流石天才である。並列思考の才能を無駄に使っているような気もするが。
今回の攻防に投下された無人機は約10機。うち7機は砲台によって破壊され、2機は撤退。1機は一夏たち生徒の結束で無力化された。
(アリーナの砲台は操縦者を無力化させることに特化しているせいで無人機には通用しなかった。そのせいで一夏たちには悪いことをしてしまったな)
アリーナの防衛システムは基本的にアリーナ内でISの暴走があった際のことを想定したものとなっている。故に操縦者を最低限の威力で無力化させることを目的とした電撃系の兵装だったり衝撃を与えるような兵装かがほとんどなのだ。
生徒を誤って殺めてしまわないようにするための配慮ではあるが、人の乗らない無人機にそんなものが通用するわけがない。
(アリーナに侵入してしまった1機。動きを制限する程度の攻撃しかできなかった……!)
外部で制空権を確保していた無人機たちはほぼ全て破壊できた。外のもの無許可で侵入してくる者達を殺すために作られているからだ。おかげで撃破した7機のコアは全て使い物にならなくなってしまったが。
『新城先生。ぐったりとしている所悪いが無人機の解析を頼みたい』
「……了解した。今そちらにいこう」
それでも鋼はポジティブに考える。まだ登録されていないコアを1つ手に入れることが出来たのだからいいだろうと。
『……』
「ん、どうした織斑先生」
『いや、お前らは本当に似ているな。今新しいおもちゃが手に入ったと思っているだろう』
「否定はしない」
『……そんなんだからISに乗れないんじゃないのか?』
「そういうものだろうか」
この男にはまだ分からない。自身の心の認識さえもが出来ていないというのに、ISの心を……。コアを理解するのは夢のまた夢。
いつもの整備室に私の『打鉄弐式』以外の機体が置いてあった。
黒いフルスキンのそのISの装備はほとんど外されていてマネキンのように佇んでいた。一体誰がこんなものを置いていったのだろうか。
「む。明かりがついてるからもしやと思ったがやはり簪か」
「あ、新城先生おはようございます。……朝先生が来るのは珍しいですね」
「そういうお前は昨日も徹夜したのか? 俺も普段から徹夜三昧だからあまり強くは言えんが思春期の体には障るぞ」
「いえ、昨日は調子が悪かったので早めに寝ました」
「そうか……。夏休み前までには完成させてやらねばな。年頃の女子生徒の体に無理をさせるのはよろしくない」
この人とは入学した直後からプライベートな交流がある。もちかけてきたのは新城先生の方だった。
様々な分野に精通しているこの人は自分の受け持つ授業以外も代役で務めることが多く、教え方が上手くて顔が良いため生徒間でも人気だった。聞いた噂じゃ「篠ノ之束に次ぐ天才」などとも言われていた。
そんなあの姉よりも才能のありそうな先生が、いきなり自分に声をかけてきた時は驚いた。なんせ「お前の専用機の制作に協力させて欲しい」と頭を下げてきたのだから。
私は代表候補生でありながら専用機がない。正確に言えば完成していない。本来なら倉持技研が制作してくれるはずだったのだが、世界初の男性IS適合者である織斑一夏の『白式』を作るためにリソースを全て持っていかれてしまった。
故に「教師としてこの状況は看過できない」として私に頼み込んできたのだ。しかしこれは建前で、後に彼本人の口から「友人の不始末を拭うため」という有難い言葉を頂いている。
だから私の中の先生の評価は微妙だ。
「篠ノ之束に次ぐ天才」と言われるだけあって技術力は凄まじいものだったし、教師という仕事柄、生徒との人脈が広い先生を通して整備科の先輩や同級生も協力してくれることにもなって色々と楽になった。完成までの予定がより詰まったのはは紛れもなくこの人のおかげだろう。
でも動機が私には気に食わなかった。「友人の尻拭い」というのはどうにも引っかかった。
きっとこの友人というのはブリュンヒルデの織斑先生のことを指しているのだと思う。新城先生が親友だと自ら言葉にしていたから間違いない。ならばあの人の不始末とはなんだろう? 私たちからしたら完璧超人にしか見えないあの織斑先生の不始末。それは弟である織斑一夏関連のことで他人に面倒をかけてしまったことに他ならない。
つまり新城先生は織斑一夏の代わりをやっているのだ。そう思ってしまうと怒りが湧き上がってくる。特にあいつの弁護をしてくる新城先生は嫌いだ。何故あいつを庇うのだろうかと思えてならない。
でも確実にお世話になっているので怒るに怒りきれないところがある。だからこの人の評価は微妙だった。
「それよりもこれはなんなんですか? フルスキンのISみたいですけど」
「ああそれか? それは俺のISだ」
「え……? でも先生ってIS敵性ありませんよね?」
「そうだ。だが俺が乗らなきゃ動かせる」
「……それは新城先生のISと言えるとは思えませんけど」
「案ずるな。これを動かすのAIだ。無人機の知能を作るのだから俺のISで何もおかしくはないだろう?」
「へ?」
今この人はなんて言った……?
「今日はなんと転校生を紹介します!」
山田先生が嬉しそうに言うと前の扉から1人の生徒が。男性用の制服を着た金髪のその生徒は礼儀正しくお辞儀をすると言った。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました」
「お、男……?」
「はい。こちらに僕と同じ境遇の人がいると聞いて本国から転校を……」
「「「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」
全て嘘である。俺は彼もとい彼女の正体を知っているし、その目的も知っている。生徒はみな盛り上がっているが全て嘘なのでやめて欲しい。耳が痛い。ああもう言ってやろうかな?
「お久しぶりです、 鋼さん。……新城先生と呼んだ方がいいですかね?」
「あぁ、そうしてくれ」
釘を刺された。口元に人差し指を当てなくてもいい分かっている。
全くデュノア社も馬鹿なことを考える。俺が手を貸したことで躍進してる真っ最中の某社。勢いがあるのは分かるが、だからって娘を宣伝のためと織斑のデータ取りのために男装させるのはおかしいだろう。
♦♦♦
「本日より実習を開始する!」
「「「はい」」」
クラス代表トーナメントも終わり知識を粗方詰め込んだ生徒達は今日から実習に入る。ある意味これまでがチュートリアルだ。これからがIS操縦者を目指す者にとっても技師を目指す者にとっても人生でとても大事なターニングポイントとなるだろう。
ISの教科書に書いてあることなど所詮無理やり言葉に収めただけのものに過ぎない。束とISの開発をしていた頃は使っていなかった。使う必要が無かったとも言えるのだが。とにかく教科書に載っているのは世間に公表されてから無理やり名付けたものばかりなのだ。
ISは触ってみないと分からないことだらけだ。織斑なんかがいい例だろう。白式を手に入れる前と後とでの自習授業の理解度は段違いだった。
触れられる時間というものは限られているが、頑張りたまえよ青春を生きる乙女達よ。
「それでは実戦を行ってもらおうか。凰、オルコット」
「「はい!」」
「専用機持ちなら直ぐに始められるだろう。前に出ろ」
とんとん拍子に授業は進んでいく。はて、この二人の相手は誰がやるんだったか……?
「どいてくださ~い!!」
上空から悲鳴が。見ると山田先生がふらつきながらこちらに突貫しているではないか。おいおい、元代表候補がそんなんでどうするんだ。世話が焼ける。
「っ」
着地点に密集している生徒たちの前に立って大きくジャンプ。突っ込んでくる山田先生を抱きかかえ、勢いを殺して広い場所に着地する。元々の不時着地点には織斑が。……突然のことだとはいえ、そうぼーっと突っ立っているのもどうかと思うぞ?
「あ、ありがとうございます」
「ISを身にまとっているときは気を付けてほしい。その状態の山田先生を受け止めるの少々骨が折れるのでな」
「うぅ……。すみません……」
そう言ってうつむいてしまう山田先生。耳まで赤いが大丈夫だろうか?
「「「きゃああああああああああああああああああああああ!!」」」
なにゆえに歓声? お願いだからその声をやめてくれ。なぜ入学式でもないのに一日に二度も聞かねばならんのだ!!
「てか、あの先生生身でIS受け止めてるんですけど……っ!?」
「いまもずっと持ち上げているままですし……。いったいどうなっていますの?」
「あうぅぅ……。そ、そろそろおろしてくださいぃぃ……」
「お前もお前で鈍感だな、新城先生?」
気を取り直して戦闘開始。
一見二対一で山田先生が不利に見えるこの状況だが実は逆。連携を強いられている鈴とオルコットが不利だ。なんせあいつらはまともに連携しようとしないからな。織斑の練習を見ていれば自然にわかる。
「デュノア! 山田先生の乗る機体の解説をしろ」
「はい! 山田先生の乗るISはデュノア社製ラファール・リヴァイヴです。第二世代開発最高期の機体ですが、そのスペックは初期第三世代にも劣らない──」
シャルロ……こほん、シャルルが色々言っているがつまるところこの機体は万能型。装備によってどの距離でも戦えるこいつは急速に市場のシャア率を広げていき、今では世界一位の量産機となっている。
俺も開発に関わった機体だ。色々な装備を付けられるように、バススロットを圧迫しないウェポンの開発に注力した。やろうと思えばスラスターの切り替えも瞬時に行える。軌道が変態的になってとても面白かった。
ちなみに俺はデュノア社以外にも色々な企業で様々なものを開発している。簪の打鉄弐式も元々企画したのは俺だ。……束せいでおじゃんになったが、俺自ら触れるので別に気にしてはいない。彼女のわがままに付き合わされるのももう慣れっこだ。
「「きゃあ!?」」
と言っている間に生徒二人が落ちてきた。山田先生もちょっと誇らしげな顔をして降りてくる。
「これが教師の実力だ。以後は敬意をもって接するように。次はグループになって実習を行う。リーダーは専用機持ちにやってもらう。では分かれろ!」
ここからは俺の出る幕はない。元々実習授業にはやることが無くて参加していなかったくらいだしな。
え?そんな奴がなぜ今ここにいるのかだって?それはもちろんデータを取るためだ。
「え、えーと……。きょ、今日も転校生を紹介します!」
困ったように山田先生が言う。いくらなんでも転校生が二日連続で同じクラスに転入など、他の生徒からしたら怪しさ満天だ。
実際教室はざわついている。だがしかしコイツに関して言えばこのクラスへの転入も仕方のないことなのだ。
「皆さんお静かに!まだ自己紹介も終わっていませんから」
「……あいさつをしろ、ラウラ」
「はい、教官。……ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
ドイツの元軍人、ラウラ・ボーデヴィッヒをコントロールできるのは学園内でも千冬だけだ。
それにコイツの憎む相手もここにいる。
「お前の席はあそこだ」
「……私はお前を殺すために来た。いいな?」
「公私ははっきり分けろよ元軍人生徒」
少しは楽しくなるだろうか。
やっとオリ主の武器が手に入ったからもう間もなく戦闘描写書きます。ほんとですよ?
まぁそれよりも束との邂逅の方がはやそうですけどね!
追記
急で申し訳ありませんが未完とさせていただきます。理由は活動報告にて。