義之が訓練していた時刻、IS学園一年生寮のある一室。そこでセシリアは、度重なる電話ラッシュに疲れていた。
その内容は、全て先日のセシリアの発言に関する叱責とお小言だった。
そこからセシリアは、先日の自身の発言がトンでもないことだと知り、冷や汗を流していた。
「……これに関しましては、彼に感謝ですわね……」
セシリアはそう言いながら、少し前に自身のメイドであり、年上の幼馴染みのチェルシー・ブランケットが送ってきた報告書を見た。
その内容は、今話題の二人の男子。義之と一夏に関してである。
一夏に関しては、千冬の弟と両親不明という点以外は、これと言って目立った点はない。
しかし、義之。
義之に関しては、かなり特殊だろう。
両親が不明なのは、一夏と同じだ。しかし、養母となっている芳野さくら。
彼女に関しては、セシリアですら知っている。
見た目は幼い少女の実年齢不詳の人物なのだが、機械工学、人体工学、植物学、量子力学、etc……という、様々な博士号を有する、日本切っての天才科学者にして、現在は風見学園の学園長兼天枷研究所の代表という女傑だ。
「……やってしまいましたわ……」
セシリアはそう言いながら、自身の顔を覆った。
セシリアの実家たるオルコット家だが、今は彼女が若くしてその家督を継いでいる。
その理由は、今から約三年前に起きた列車事故。それにより、セシリアの両親が亡くなったのだ。
そしてそのオルコット家だが、かなりの名家の貴族であり、昔の影響で様々な分野に出資していた。
その内の一つは、勿論IS。他にも、機械工学、ロボット工学とあり、その両方にさくらが考案した技術が使われているのだ。
もし先日の発言が、義之からさくらに伝わったらどうなるか。最悪を予想したセシリアは、その身をブルリと震わせた。
とそこに、先日から合わせて何度目か分からないパソコンの映像通話の着信音。
それを聞いたセシリアは、思わず
「今度は、どなたでしょうか……」
と呟いてから、ヘッドセットを装着し
「はい、セシリア・オルコットですわ」
と通話を繋いだ。
その直後
『私です、セシリア・オルコット』
と予想外の人物の顔と声に、セシリアは驚き
「じ、女王陛下!!」
と椅子から立ち上がった。
相手は、セシリアの祖国たるイギリスの最高権限者たるエリザベス女王だった。
「こ、このような格好で申し訳ありません!」
今のセシリアは、私服姿である。
それを詫びると
『構いません。そちらは、学園が終わった後でしょう……仕方ありません』
「は、ありがとうございます」
女王の言葉に、セシリアは頭を下げた。
そして、頭を上げると
『さて、セシリア・オルコット……私が連絡してきた理由は……分かりますね?』
と女王が問い掛けてきた。
その問い掛けに、セシリアは
「は……先日の日本を侮辱するような発言です……自分の浅慮さ故です……」
と頭を下げながら、告げた。すると女王は、頷き
『その通りです……既に関係各所から叱責されたようですが……』
「今後は、一切無いように致します……此度は、誠に申し訳ありませんでした……」
女王の言葉に、セシリアは深々と頭を下げた。
数秒後
『いいでしょう……今回は不問とします……ただし、次はありませんよ……』
「はっ!」
セシリアが返答すると、女王は頷いた。そして、咳払いして
『さて、セシリア・オルコット……貴女は、風見鶏を知っていますね?』
「……英国王室魔法魔術学園……」
英国王室魔法魔術学園、通称風見鶏。
イギリス王室が秘匿している、魔法使いを育成する学園であり、過去にはホームズ、金田一、江戸川といった有名人の親類も居たことがある。
『今回、貴女を叱責した桜内義之……彼は、過去に在籍していた魔女……リッカ・グリーンウッドの子孫……芳野さくらの養子にして、過去に居たジャック・ザ・リッパーの捕縛、過激派魔法使い団体の壊滅に貢献した葛城家の血筋の朝倉家の親族……朝倉家と繋がりの深い人物です……』
「彼が!?」
女王の話を聞いて、セシリアは驚いた。
19世紀のイギリス、霧の都と呼ばれていた時期のロンドンだが、そのロンドンを恐怖のドン底に突き落としていたのが、ジャック・ザ・リッパーこと切り裂きジャックだった。
しかしある時を境に、その行動がピタリと止まる。
その理由が、当時在籍していた風見鶏の学生達が捕縛したからだ。
そしてジャック・ザ・リッパーの正体だが、人間ではなくある魔法使いが放った使い魔だった。
それを放ったのが、選民思想に取り付かれていた過激派魔法使い団体だった。
この壊滅にも、風見鶏の学生達が貢献。
特に大きく貢献したのが、数少なかった日本からの留学生の一人の葛城家の養子だった。
その葛城家の養子は、日本人にして初の騎士勲章を得ている。
『よいですね? そのことを忘れず、可能な限り良好に縁を結びなさい』
「はい!」
セシリアが返答した数瞬後、通話は終わった。
するとセシリアは、深々と椅子に腰かけた。
そもそも、なぜセシリアが魔法使いのことを知っているのか。
その理由もまた、セシリアの実家が起因している。
オルコット家は名家の貴族だか、同時に旧くからの魔法使いの家系でもあった。
だからセシリアも、一時期は風見鶏に在籍していたことがあるのだ。
しかし、両親の死亡を理由に退学し、実家の財産を守るためにISの道を選んだ。
それがまさか、風見鶏にて話を聞いていた伝説的な人物の血縁とも言っていい人物と知り合えるとは、思ってもみなかったのだ。
「許してもらえるかは、分かりませんが……」
セシリアは義之に謝ろうと、心に決めた。
そして数十分後、二年生寮の前で待っていると
「……何やら、フラフラしてますわね」
フラフラと歩いてくる義之を見つけた。
義之もセシリアに気付いたらしく、首を傾げている。
「んお? なんだ? 疲れてるから、手短にしてくれるとありがたいんだが……」
義之がそう言うと、セシリアは貴族らしくスカートの両端を持ち上げて
「先日は、私の浅慮から侮辱的な発言をしてしまい、申し訳ありませんでした」
と謝罪した。
「……その様子じゃあ、かなり怒られたろ?」
「……はい、関係各所と女王陛下から……」
義之の問い掛けに、セシリアは頭を下げたままそう告げた。それを聞いた義之は
「……それならまあ、今回の事態の重要さも分かったろ? 以後は、発言には気を付けろよ?」
と言った。それを聞いたセシリアは
「……怒らないんですの?」
と不思議そうに、首を傾げた。
すると、義之は
「俺は前に怒ったし、昨日今日とかなり怒られたんだろ? だから、これ以上は過剰だ。本人も反省してるなら、大丈夫だ……」
と言って、セシリアの頭を優しく撫でた。
その温もりに、セシリアは思わず
(これが、お兄さん……というものなんですかね……)
と思った。
そして、ある確信をしながらも
「その……今回の事を、芳野博士に話したりは……」
と呟いた。
それを聞いた義之は
「言わん言わん……さくらさん、かなり忙しい人だし。何よりも、子供のことに親を頼るのは反則技だろ」
と言いながら、手を振った。
(やはり、ですか……)
それは、セシリアの予想通りだった。
だからこそ、セシリアは
「では、改めまして……セシリア・オルコットですわ……桜内義之さん……」
と言いながら、手を差し伸べた。
義之は、握手に応じながら
「こちらこそ、よろしく……セシリア・オルコット……桜内義之だ」
と名乗った。
最後にセシリアは
「もし困ったことがありましたら、こちらに連絡を……風見鶏が、導くままに……」
と告げて、一枚のメモを義之に手渡した。
そして義之は、遠くなる背中を見ながら
「今のって……音姉から聞いた……」
と呟いたのだった。