今年初めての投稿になります。今年も本作をよろしくお願いします。
(∩゚д゚)アーアーきこえなーい
ンな
黎明:北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム
人類最後のマスター、藤丸立香とデミ・サーヴァント、マシュ・キリエライトが降り立った第五の特異点は独立戦争時のアメリカ大陸。
神秘こそ今までの特異点の中で最も薄いが、人類の転換期として重要な時代。
しかし、広大な大地で繰り広げられていたのは英国と英国領の十三植民地との戦争ではなく、ケルト軍と合衆国軍が戦火を交える東西戦争であった。
だが、この戦争は狂王と女王が率いる古代ケルトの戦士たちと、大統王率いる大量生産の権化たる機械兵士軍が鬩ぎ合う物語ではない。
一人の男に恋い焦がれた女王が、男を己に並ぶに相応しい悪辣な王に、と願った──────有り得たかも知れない物語である。
砂塵が舞う広大な荒野を夕日が照らす中、藤丸立香を中心として、数騎のサーヴァントが束ねるアメリカ大陸軍の南軍は、ケルト軍の首魁であるフェルディアとメイヴを討ち、この特異点を修正する為に、彼等が居城にしているというホワイトハウスへと行軍していた。
「このまま順当に進めば、この先の荒野で全軍激突ということになるな」
「……俺たち、勝てるよな……」
この大陸軍の要である立香を前方の視界から隠すように、彼の先を進みながら赤毛の少年───ラーマが言葉を発し、これから起きる最終決戦に不安を感じたのか、立香は手に刻まれた三画の令呪を撫でながら、そう呟いた。
「なぁにしみったれた顔してんだ! 大将のお前はドーンと構えてりゃいいんだよ」
「───うひゃあ!?」
そんな立香の不安を吹き飛ばすかのように、背後に忍び寄っていた青髪の美丈夫───クー・フーリンが立香の背中を引っ叩いた。いきなりの不意打ちに、立香は堪らず頓狂な声を上げて、けらけらと哄笑するクー・フーリンを恨みがましく睨みつけた。
「ははッ。悪りぃ悪りぃ。けど、不安は吹っ飛んだだろ?」
「そりゃ、そうだけどさぁ……」
自分をじとりと睨む立香を見て、クー・フーリンは笑いながらも宥めるように彼の頭をくしゃりと撫でた。立香もされるがままに頭を揺らす。
それでも他にやり方があるだろう、とぼやかずにいられなかった。
そんな戦場らしからぬのほほんとした雰囲気を破るように、一人の兵士が彼等の元に駆け付けた。顔から汗を流し、手に持つ小銃は震えており、兵士からは明らかに恐怖が見て取れた。
そんな兵士の様子を見て、全員がのっぴきならない事態が起きたのだと悟り、先程までの雰囲気を霧散させ、兵士の言葉に耳を傾けた。
兵士から語られたのは、現在地から二十キロ先にケルト軍が布陣していることと、その軍勢を指揮する二騎のサーヴァント。その特徴だった。
一人は大型の弓を持った褐色の男───アルジュナ。
マハーバーラタの主人公とも言える彼に対しては、同じマハーバーラタを原典とする彼の宿敵、カルナが相手取る手筈になっている。
が、彼等にとって想定外なのは、もう一騎のサーヴァントだった。
鉄紺の槍を携えた赤髪の男───フェルディア。
この特異点発生の一翼を担い、最大の障壁である男。立香とマシュは、未だ彼と見えた事はないが、その実力だけは又聞きで把握していた。
インドの大英雄であるラーマに致命傷を与え、彼の師であるスカサハでさえ勝てないと断言した実力者だ。
故に彼等はケルト側の軍勢とサーヴァントを個々に撃破してから、残る全戦力を以ってフェルディアとメイヴを、というのが立香たちの予定だったが、フェルディア自らが前線に出張って来たのは幸運と言えた。
だが、それ以上にフェルディアがアメリカに齎したという惨劇の数々が、大陸軍の兵士たちを奮起させるどころか、逆に戦意を喪失させてしまうのでは、と先の兵士の様子を見た立香は不安を抱いてしまった。
だが、それでも彼等は進まねばならない。
これからの決戦は、兵士達が経験した中で最も苛烈なものになるだろう。
況してや、対峙するのはケルトの戦士だけではない。スプリガンやゲイザーを筆頭とした文字通りの異形の数々に、その上、ワイバーンと伝承上の生物のオンパレード。
如何に腹を括った兵士たちと言えども、恐怖を抱くのも仕方ないだろう。
しかし、彼の不安は開戦間際、ラーマによって払われた。
幼い見た目ながらも高いカリスマと聞いた者の心を燃やすような篤い鼓舞によって、兵士たちの闘志をこれ以上ないまでに上昇させたのだ。その闘志は、神秘で勝るケルトの戦士たちにも喰らいつけるであろうほどに上々であった。
そして、両軍は───決戦の地に辿り着く。
両軍が対立して睨み合う最中、突如としてケルトの軍勢が、まるでモーセの奇跡の如く人の垣根が奥から割れていき、それに合わせたようにフェルディアが前へと歩んで来た。
それを視認した立香達も、兵士達には任せれる相手ではないので当然前に出る。クー・フーリン、ラーマが先行し、楯を構えたマシュがその後ろを。そして、最後尾を立香が進む。
当然、互いに歩み寄れば距離が縮まる。一歩一歩進む度に自分がフェルディアの間合いに足を踏み入れているという感覚が立香の表情を硬くする。
フェルディアとクー・フーリンの歩みが止まる。
彼我の距離、十メートル。
言葉を交わすには不十分だが、先手を取られても対応出来ると判断した間合い。それが、今の親友に許せる距離だった。
「……よォ。だいぶ、変わっちまったな」
「そういうお前は変わんな」
僅かな沈黙の後、クー・フーリンが絞り出すように口を開き、フェルディアは対極的に平然と言葉を発した。
「そこの小僧が、例のマスターか」
「……ッ!」
虹彩の濁ったフェルディアの瞳が、立香を捉えた。
如何にクー・フーリンとラーマに守られていても背筋が凍るような冷徹で純粋な殺気に当てられ、立香の肩がビクリと跳ねた。
「勇者でもないただの小僧にお前が降るとは、何とも気に食わんな」
立香の挙動を見て失望したか、呆れたか───定かではないが、フェルディアの視線が立香から切られ、クー・フーリンへと向けられた。
「そういうアンタは、無関係な人間を殺して回ったらしいじゃねえか。何で、殺した?」
「この特異点は土台に過ぎん。そんな命に拘るな。それよりも、だ」
兄弟子がこの土地で仕出かした数々の凶行。
嘗てのフェルディアからは考えられないその動機を尋ねるクー・フーリンを切って捨て、フェルディアは笑みを浮かべながらクー・フーリンに絶望の言葉を贈る。
「クー・フーリン。お前が駆けたあの時代を誇りに思っているのなら、この手を取れ。オレ達と共に、オレ達の魂を侮辱した下郎にケルトの力を知らしめてやろうじゃないか」
顔を俯けて無言を貫くクー・フーリンにフェルディアは手を差し出した。それを見て、立香はチラリとクー・フーリンへと視線を見遣っていた。
彼は恐れたのだ。
この特異点で出会い、頼りにしてきたクー・フーリンが旧知の仲であるフェルディアの手を取ってしまうのでは、と。
その懐疑の出処は、クー・フーリンがベースキャンプで語ってくれた、彼にとって不朽の青春。
幼少の頃、自らを高みへと導いてくれた彼に敬意を抱いている、と。
互いに競い合い、共に高め合った修行時代はまるで黄金の日々だった、と
多くの出会いの中で、最も掛け替えのない朋友だった、と
過去と割り切った生前でも、彼との決別だけは今でも悔いている、と。
そして──────彼が胸に秘めているこの特異点に対する思い入れを知った。
藤丸立香は彼等と共にその日々を過ごした訳でもなければ、彼等の駆けた逸話を知っていた訳でもない。
ただ、クー・フーリンの口から僅かな時間で語ってもらい、それをただ、知識として把握しただけに過ぎない。
だが、そんな彼が見ても、その語られた情景が目に浮かぶまでに、フェルディアが笑みを浮かべた姿が語られた人物像と合致しているのだ。
その笑みは広大なアメリカ全土を巻き込んだ戦火を熾した首謀者が浮かべるような笑みではなかった。
敵だという認識がなければ、怯えながら住民が教えてくれた殺戮者には見えなかった。
ほんの前までは行動を共にしていた仲間達を殺した、斃すべき邪悪には見えなかった。
赤の他人である立香にそこまで思わせる程にフェルディアは理性的で、大らかに振舞っているのだ。
ならば、長き年月を共にしたクー・フーリンの目には、眼前に立つ男は生前と何の変わりもない親友として映っているのではないだろうか。
そして、生前の悔いを晴らせる機会を当の本人から差し出された彼はその手を取るかもしれない、と考えてしまったのだ。
長い沈黙が続いた。
立香やマシュの背筋に冷汗が通り、ラーマでさえも緊張のあまり額から一筋の汗を垂らした。
そして、決心がついたのか顔を俯かせたまま、クー・フーリンが口を開いた。
「お前らは、退がってろ」
それは、何人をも底冷えさせる声色だった。
緊迫した状況下に置かれていた全員が心臓を握り掴まれたような錯覚を抱いた───その瞬間。クー・フーリンの言葉に従うように、ラーマが即座に立香とマシュを抱えながら後方に跳躍する。
ラーマの動きに呼応して、クー・フーリンは手を伸ばしたままのフェルディア目掛けて躍り出る。そして、突撃の勢いに身を任せ───フェルディアの顔面に鉄拳を振るった。
「───残念だ。これがお前の答えか、クー・フーリン!」
しかし、不意を突かれ、遅れを取ったもののフェルディアは難なく振るわれた鉄拳を掌で受け止めてみせた。
そして、その表情は憤怒で染まっていた。
だが、怒りの原因は不意打ちではない。フェルディアにとって先の勧誘やケルトを想う気持ちは紛れもなく本心だったのだろう。だからこそ、持ち前の美貌を歪め、その誘いを無碍にしたクー・フーリンを射殺さんばかりに睨み付ける。
「確かに、オレ達の駆けた人生を焼いた野郎は許せねえ! けどな──────」
フェルディアの言い分も一理ある、とクー・フーリンは考えた。これまで人類が紡ぎ、託してきた物語を焼き払ったという誇りに唾を吐くような所業、到底許されるものではないだろう。
だが、それ以上にクー・フーリンにとって許せない所業が今、存在するのだ!
「──────テメェのしてる事はそのクソ野郎の焼き直しだろうがァァァッ!!!」
クー・フーリンの表情が、フェルディア以上の憤怒に染まる。
その瞬間、鉄拳が防御を突き破り、フェルディアの顔面に突き刺さった。フェルディアの恵体が僅かに浮かび、顔を押さえたまま、踏鞴を踏む。
「───今のお前は諦めよう。一度殺して、再度喚び出したお前を穢してから我等が同胞として加えるとしよう!!」
愛槍である長槍を構えたフェルディアが瞳に宿した殺意に呼応するように、長槍の切っ先に呪詛の如く淀んだ赤い魔力が纏わり付く。
「上等だッ! なら、此処でオレが終わらせてやるよ! メイヴも、この特異点も──────アンタもな!!」
魔槍を構えたクー・フーリンは胸に残る未練の残滓を振り払うように魔槍を薙ぎ払い、全霊の脚力を以ってフェルディアへと走り出す。
それが、開戦の号砲となった。
決死の覚悟で吼える大陸軍の兵士達が銃を突き付ける。
獰猛な笑みを浮かべたケルトの戦士達が各々の得物を天に突き上げながら突撃する。
これより紡ぐはアメリカ全土を巻き込んだ神話の具現。
強さを以って我を通す、英雄達の物語。その火蓋が───今、切って落とされた。