ゲイ・ボルクは勘弁してくれ!   作:かすかだよ

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花粉で気力を失っていました


第十夜:束の間の平穏

 オイフェとの戦争は幕を引いた。オイフェの敗北を知った敵兵達は、勝ち目を失ったと悟ると我先にと影の国から逃げ出した。

 

 

 影の国の戦士達は彼等を追うのではなく、その光景を指を差しながら一頻り笑い、スカサハの指示で戦争の後始末を手分けして行った。

 重症を負った戦士は肩を借りながら城に向かい、そこで女給達の看護を受け、各々の居住での安静を言い付けられた。対して軽症の者は(ベオーク)のルーンで自らの治療を行った後に、戦場の後始末を開始した。

 

 

 血で濡れた領土に水や浄化を暗示するルーン文字(ラグ)を刻むことで血を落とし、清めていった。

 そして清めていく最中に敵味方問わず、亡くなった戦士達を見つける度に、遺体をその傍らに落ちていた得物と一緒に、それぞれを一箇所に集めた。

 

 

 全ての遺体を集め終わったところで、スカサハが遺体の山の下に再出発を暗示する(ケン)のルーン文字、終わりと始まり、死と再生を暗示する(ユル)のルーン文字を組み合わせた巨大な陣を布した。

 そしてスカサハは火を意味するルーン文字である(シゲル)に原初のルーンを刻むことで、その規模を数百倍にも引き上げ、炎に遺体の山を包み込ませた。

 

 

 彼等は友との別れを偲ぶのでなく、勇敢に戦った友を、戦士達を讃え、彼等が一人残らず無事に喜びの島、マグ・メルに辿り着けるように、島の統治者であるフォモール族のテスラ王に祈りながら、弔いの炎を黙って見つめた。

 

 

 そのあとはスムーズにことが進んだ。亡くなった戦士と親しかった者が、死溢るる魔境の門(ゲート・オブ・スカイ)を用いてそれぞれの遺族の元を訪ねて遺品を渡しに行った。

 

 

 粗方の後始末が片付いたあとにクー・フーリンが目覚め、城の広間で戦勝記念として戦の後に必ずと言って良いほど開催される宴会が行われた。

 

 

 フェルグスがエールをなみなみと注がれたジョッキを手にして大声を張り上げた。戦場で鍛えられたよく通る声が盛り上がりつつある広間に響いた。祝いの言葉を口にした。

 

 

「我等にモリガン、ヴァハ、バズヴの加護があるように!特に我が甥、セタンタはモリガンの加護を色濃く受けているだろう。此度の敵将のオイフェを相手に退かず、引き分けたのだからな!」

「……叔父貴、その話は止してくれ。オイフェとの闘いはまた今度改めて、だ」

 

 

 その音頭に戦士達が雄叫びを上げながらジョッキを掲げ、同じ卓を囲んでいる者同士で荒々しく乾杯をした。

 そんな盛り上がった宴会の中で、クー・フーリンだけがその音頭が不服だったのか、フェルグスに異を唱えて粛々とエールを飲み干した。

 

 

「そう謙遜するな。あのオイフェと張り合えるのはお前を含めて三人だけだ。むしろ誇れ!」

 

 

 それに対してフェルグスは、クー・フーリンの背中を激しく叩いて鼓舞しながら甥の成長を喜びつつも、言葉尻に俺では無理だろうなぁ、と付け加えて追い抜かされた事に一抹の哀愁を感じていた。

 

 

 フェルグスとは甥と養父という関係以外にも剣の師匠と弟子、そして―――親友でもあるクー・フーリンは、彼の心情を読み取り鼻で笑ってから口を開いた。

 

 

「なに勝手に抜かされた、と思ってんだ」

「なに?」

「アンタにはまだ教わることが山のようにあるんだ。それに―――何時まで経ってもアンタは俺の師匠だろ?」

「―――言うようになったじゃないか、セタンタ」

 

 

 そう言い切ったクー・フーリンは、その言葉に恥じらいを感じたのか再度ジョッキにエールを注いで、その感情を誤魔化すようにそれを勢いよく飲み干した。

 だがフェルグスはその言葉に感極まったのか、先ほどよりも強く背中を叩いた後に強引に肩を組んで、空いた左手でジョッキに口を付けた。

 

 

 酒を飲みながら女給達の運んでくる食事に舌鼓を打っていれば、屈強な男共でも酔いが回り、宴会が佳境を迎えて幾分か経った頃に、スカサハの酌をしていたフェルディアが会場に顔を出しに来た。その後ろに朱色の戦装束で身を包んだアイガを伴って。

 

 

「宴会はまだやっているか?」

「ああ、やっている!それにしてもなんだフェルディア!お前、メイヴに言い寄られているのに他の女に手を出したのか?」

「いや、彼女は俺の新しい側仕えだ。お前たち、手を出すなよ」

 

 

 フェルディアの問いにフェルグスが立ち上がり、その問いに答えた後にフェルディアを揶揄い、肩を組んで自分たちの卓に座らせた。

 フェルディアは周囲の戦士たちを牽制しつつも誘いには逆らうことなく同席し、アイガも二人に続いてフェルディアの隣に同席した。卓の側に控えていた女給に自分とアイガの二人分のジョッキを頼んだ。

 

 

 二人がそれぞれのジョッキに酒を注ぎ、乾杯をして酒を飲んでいると、違う卓の戦士が同じ卓に窘められながらも、アイガに下卑た視線を寄越していた。

 

 

 それに気付いたフェルディアはその戦士を睨みつけた。手を出すな、と忠告したのにだらしないのない男だ。

 慌てて男の隣に座っていた年老いた戦士が口をはさんだ。

 

 

「フェルディアよ、安心せい。儂が目を光らせている間はその女には手出しはさせんよ」

「……老公がそう仰るのなら、大丈夫そうですね」

 

 

 その言葉を聞いて、フェルディアは戦士の視線を見ずに流すことにした。

 血の気の多い戦士達はことあるごとに喧嘩をするが、それ以上に男尊女卑の思考が厄介だ。

 いつ死ぬか分からないため、他の男より性欲が強く、女の取り合いが血をよぶことはよくあることだった。

 

 

 いつもなら喧嘩を煽って騒動を大きくして楽しむ彼等だったが、今日は成り行きを横目で伺い、鳴りを潜めると戦士達は再び酒と料理に夢中になった。

 今日と明日は後始末と宴会で修行が休みなのだ。思う存分に酒を飲み、今度は何時ありつけるか分からない豪勢な食事の方が、彼等にとっては重要なのだ。

 

 

 戦士達は並んで忙しそうに手と口を動かした。我等が師匠も数時間に渡ってお気に入りのフェルディアに酌をさせて深酒をしたはずだ。それに、オイフェとも積もる話くらいあるだろう。

 ならば自分たちは今日と明日でめいいっぱい休んで、二日も休んだことを理由に激しさを増すであろう修行に備えるべきだろう。

 

 

 宴会は楽しいが、それだけは勘弁願いたいものだ。戦士達の心が一つになり、それからは波乱を起こすことなく彼等は束の間の平穏を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倉庫街を後にしたフェルディアは、退避した他のサーヴァントを追い掛けることなく、桜の下に帰還した。

 帰宅後直ぐにフェルディアは桜の部屋に赴き、自分が宝具を何度か使った影響で彼女に悪影響を与えていないかを確認した。

 

 

 桜は急激な魔力の消費で(うな)されることなく、すー、すー、と規則正しい寝息を立てていた。

 それを見たフェルディアは、間桐邸の霊脈に仕込んだ収穫の季節を暗示する(ヤラ)のルーン文字がキチンと作動していることに安堵した。

 

 

 そして本気を出す分には問題ないだろうが―――桜に影響なく『奥の手』を使える戦闘は一度のみで、二度目からは桜からも魔力を供給して貰わねばならないだろう。使うのならばギルガメッシュとの最終決戦しかあり得ない。

 そう決めたフェルディアは、物音を立てないように霊体化して桜の部屋から抜け出し、客間のソファに深く座り込んで―――今日出会った面々を思い返し、笑みを深くした。

 

 

 最初に闘ったセイバー。彼女だけ真名が割れなかったが、彼女の剣は妖精の鉄甲花(フィル・キャルス)を風の鞘を施した上で僅かに裂いた。さぞ高名な英雄であることに違いないだろう。

 

 

 次に現れたライダー、征服王イスカンダル。彼自身には脅威を感じなかったが―――彼が搭乗していた二頭の神牛が牽く戦車と、神性を宿す雷は脅威足り得るだろう。

 

 

 そして―――アーチャー、英雄王ギルガメッシュ。無尽蔵の宝具の中には妖精の鉄甲花(フィル・キャルス)を破る宝具も山のようにあるはずだ。

 それだけでも先述した二騎よりも脅威だというのに―――あの宝物庫の最奥にある剣。あの剣を抜かれた時が自らの死期になるかも知れない。

 

 

 普通ならそんな事実を知ってしまえば諦めてしまうだろうが―――フェルディアは尚更闘志を滾らせた。

 召喚された時点でフェルディアの願いは叶っている。マスターである桜も、桜の保護者である雁夜も聖杯を望んでいない。

 ならば自分を斃し得る格上と(まみ)えたこの僥倖に感謝して後腐れなく挑み、砕け散るのも一興だろう。

 ましてやそんな格上からもぎ取った勝利は格別なものとなるだろう。

 聖杯に叶えてもらう願いなど持ち合わせていないが、受肉して桜の成長を見守るのも悪くない。

 

 

 そう結論付けたフェルディアは、一年間で街中の至る所に仕込んだ探索を暗示するベルカナのルーンを刻んだ小石に引っかかった組がいれば、明日にでも拠点を奇襲するかと考えて、アラームが鳴るまで探索に意識を集中させた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「おはよう。フェルディアさん、雁夜おじさん」

「ああ、おはよう。サクラ」

「おはよう。桜ちゃん」

 

 

 私服に着替えてから居間に来た桜がそう口にした。

 桜が起きたことに気配で知っていたフェルディアが挨拶を返し、それに遅れて雁夜も挨拶をした。

 

 

「それじゃあ、行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい。危険に陥ったらなりふり構わずに渡してある紅玉を砕けよ。それで俺に伝わる」

 

 

 間桐邸を安住の地にすると決めた雁夜はルポライターを辞め、その経験を活かすために記者の道を選び、桜を養う為に夜まで必死に働いていた。

 そのため間桐家の中で一番早く出掛けるのが雁夜だった。

 桜は朝食を食べているので居間に残り、代わりにフェルディアが玄関まで雁夜を見送り、毎朝行っている念押しをしてから雁夜を職場に向かわせた。

 

 

 それに十数分遅れて支度を終えた桜と共に、エコバッグを肩に掛けてフェルディアは間桐邸を出た。

 いつもならば姉との待ち合わせ場所まで送るだけだが、今日からは雨竜龍之介という殺人鬼や少年少女の誘拐事件が多発しているため、小学校が保護者同伴の登下校を頼んで来たのでフェルディアが小学校まで送迎を担当していた。

 

 

 道中では西洋圏出生であるフェルディアの顔が物珍しい事と、かなりの美丈夫である事が相俟って、他所の子の保護者の視線や子供の興味本位の視線が向けられたが、軽く微笑んで悪印象を与えないことに努めた。

 

 

「いってきます、フェルディアさん」

「いってらっしゃいサクラ。帰りの時間になったら迎えに来るよ」

 

 

 フェルディアは軽く桜の頭を撫でてやった。手を離した際に少し悲しげな表情を浮かべたが、迎えに来ると言ったら手を振りながら校舎へと歩き始めた。フェルディアも手を振り返し、桜の姿が見えなくなった所で小学校を後にした。

 その一部始終を眺めていた桜のクラスメイトたちが、教室で桜の下に集まって質問攻めを行うのだが、今のフェルディアが知る由もない。

 

 

 

「覗き見とは良い趣味とは言えないな、英雄王」

「子守に精を出すとはな、フェルディアよ。我が授けた諫言をもう忘れたか?」

 

 

 ある程度小学校から離れた所でフェルディアは路地裏へと呼び掛けた。

 それに遅れて黄金の粒子が人型を形成して、昨夜フェルディアと激闘を繰り広げたアーチャー、ギルガメッシュが姿を現した。昨夜とは違って逆立っていた髪は下ろしてあり、黄金の甲冑ではなく白いシャツに蛇柄のスキニーパンツ。首には装飾品と現代に溶け込む服装だった。

 

 

「忘れちゃいないさ。あんな子供だが―――俺のマスターの養子でね。守れ、とマスターからのお達しだ」

「見え透いた戯言を吐かすな。他の雑種共ならいざ知らず、この我の眼は欺けんぞ?」

 

 フェルディアが軽く嘘を交えた言葉を口にして誤魔化そうとしても、流石はギルガメッシュ。叙事詩にて『全てを見た人』と述べられた男は普段の傲慢さの下に隠れている賢さで、フェルディアの嘘を看破した。

 

 

「ま、俺のルーンでもお前は誤魔化せないか」

「あの童女が貴様のマスターか」

「ああ。あの子に手ェ出そうとか考えるなよ」

 

 

 フェルディアも騙せると思っていなかったのか、嘘が看破されたら肩を竦めて苦笑した。

 ギルガメッシュはその動作を無視してフェルディアに問いを投げかけた。だが、それは問いというよりも確認に近いものだったが。

 フェルディアもそれを察して隠し通すことなく答えたあとに、手を出されないように牽制した。

 

 

「我を謀ろうとしたその不敬―――あの童女に免じて見逃してやろう」

「サクラに免じて、か。どういうわけだ?」

 

 

 ギルガメッシュは先のフェルディアの謀を桜に免じて赦すと口にした。その真意を汲み取れなかったフェルディアは、素直に問いを投げかけた。

 

 

「あの童女のお陰で、この茶番劇において貴様という敵を見出せた。だから貴様を赦すのだ」

「あの二人はお前のお眼鏡に叶わなかったって訳か」

 

 

 ギルガメッシュの言葉を聞いて、フェルディアは赦されたその理由に納得した。自分も妖精の鉄甲花(フィル・キャルス)を破れないサーヴァントしかいない聖杯戦争に参加しても、やる気は削がれる一方だろう。

 それにフェルディアと違い、あらゆる宝具の原点を持つギルガメッシュを相手取れる英霊など、世界に十指程度しかいないだろう。

 ギルガメッシュにとってその十指にフェルディアが当てはまり、そのフェルディアを召喚した桜に感謝しているからこそ嘘を赦したと理解した。

 

 

「鼠はまだいる。あの娘から目を離さぬことだ」

「鼠―――ああ、アサシンのことか」

 

 

 ギルガメッシュは口を止めることなくそう言った。遅れてフェルディアもその蔑称がアサシンを指していると理解した。

 それだけ告げるとギルガメッシュはもう用がないのか、背を向けて立ち去ろうとしていた。

 

 

「ここで別れるのもアレだ。さっきの情報の代価に奢ってやるよ」

「ほう?」

 

 

 が、一方的に提供されるのを良しとしなかったフェルディアは、呼び掛けることでその足を止めさせた。

 ギルガメッシュもフェルディアからの贈り物に興味を示したのか、足を止めて笑いながら振り向いた。

 

 

 

 二人のサーヴァントは商店街に足を運んでいた。

 フェルディアは空のエコバッグを左手で持ち、空いた左手でコロッケを持ち、舌鼓を打っていた。

 対してギルガメッシュはプラコップに入った焼き鳥棒を口にしていた。

 

 

「ふむ。最初は抵抗があったが―――庶民どもも中々工夫しているのだな」

「昔は肉なんて貴族や戦士しか食えなかったが、安く買えるとは良い時代になったもんだ」

「味は値段相応ではあるが、悪くないものだ」

 

 

 王であるギルガメッシュは最初は嫌そうな顔をしていたが、意を決して一度口にした後は目に付いた物があれば献上せよ、と言うようになっていた。

 焼き鳥が気に入ったのかは不明だが、既に三個目に突入していた。

 フェルディアも昔とは飛躍し、精錬された食文化に感心しつつもその手と口は止めずに動いていた。

 

 

 食べ歩きをしている二人を見た婦人達が目を奪われ、立ち止まっているが、そんなことを歯牙にも掛けずに二人は気になった店を見つける度に立ち止まり、舌鼓を打った。

 そうしているうちに二時間近く経っており、二人は商店街の出口に立っていた。

 

 

「良い退屈凌ぎになったぞ、フェルディアよ。また足を運ぶかを一考する程度にはな」

「そうか。なら良かった」

 

 

 そうして二人は別れた。

 フェルディアは商店街に戻り、本来の目的である買い物を。ギルガメッシュは興味を持った一人の男のいる教会へと足を運んだ。

 

 

 

 余談ではあるが、商店街に定期的に金髪の美男子が現れるらしい。

 

 

 


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