ゲイ・ボルクは勘弁してくれ!   作:かすかだよ

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十一話を書いている最中に、他陣営の話を書き忘れていた事に気付きました。
これからはそういったミスをしないように努力します。


第十一夜:狂気征伐

 フェルディアの朝は影の国―――スカイ島のランニングから始まる。

 

 

 四方を海に囲まれ、七つの城壁と九つの柵を備えた堅牢な国である影の国への入国手段は、スカサハが定めた正規の通路だけである。

 その通路は謎の力場が働く一本橋や底無しの沼地、魔獣の巣窟といった、並の勇士では命を落としてしまう難所が設置された道だ。

 その難所を乗り越えられる一握りの戦士でなければ、門を叩くことすら許されない領域―――それが影の国だ。

 

 

 だが、多くの戦士が素直に正規のルートを辿ろうとも、残りの少数の戦士は楽をしたいという人の業に逆らえずに、不正規のルートで影の国に入ろうとする。

 

 

 そういった不法入国を目論む者への警備の任をスカサハに任されたフェルディアは、その職務を全うすると同時に、影の国に張り巡らされた結界を沿うようにランニングを行っている。

 

 

 今日もまた、フェルディアが荒れ果てた海岸や断崖絶壁の双璧の間から流れ出る滝を巡っていると、海岸に巨大な漂流物が打ち上げられていた。

 

 

 いつもなら警邏の者に告げておく程度に済ませていたフェルディアだったが―――なぜかその漂流物にやけに惹かれた。

 

 

 フェルディアは立ち止まり、崖から飛び降りて妖精の特性である空中飛行を使い、その漂流物に近寄った。

 近付く度に、フェルディアはその漂流物から妙な圧を感じながらも、その傍らに着地し、自分の身長は優にあろうそれを見た。

 

 

「こいつは―――海獣の甲殻、か?」

 

 

 それは血のような真紅の甲殻と思わしき物体だった。

 遠目ではハッキリとした大きさが分からなかったが、こうして近寄ってみれば、その巨大さからこの甲殻の持ち主がただの海獣ではないことは一目瞭然だ。

 

 

 その腕を眺めていたフェルディアは、弟弟子であるクー・フーリンがスカサハより授かった魔槍ゲイ・ボルクの原材料が、海獣クリードの頭蓋骨であることを思い出した。

 

 

 紅海の洋上で二頭の海獣コインヘンとクリードが死闘を繰り広げていた。戦いに破れたクリードの頭蓋は海岸へと流れ、それを発見した東方の名高い戦士ボルグ・マックベインが、その骨からゲイ・ボルクをこさえたという。

 

 

 この甲殻の持ち主がかの波濤の獣ほどの海獣とは考えられないが、剥がれて尚、これほどの圧を発しているのだ。さぞ名のある海獣だったのだろう。

 これほどの獣の甲殻から鎧を造ればゲイ・ボルクには及ばないだろうが、強力なものが出来るのではないだろうか。

 

 

 そう考えたフェルディアは警備を一旦打ち切り、その甲殻を肩に担いで、その場から飛ぶことで迅速に影の国に戻った。

 普段なら防具ではなく剣や槍といった得物を造ろうと思い至るのだろうが、スカサハから告げられたとある予言が、フェルディアを保守的な考え方を無意識にさせた。

 

 

 飛んでいる最中、フェルディアは影の国に住まう鍛冶屋に任せようかと考えていたが、ボルグ・マックベインに倣って自らの手で造った方が良い品が出来るのでは、と思い、考えを改めた。

 

 

 そうしている内に影の国の門の前に着いたので、フェルディアは門の前に舞い降りて、自分の住む部屋へと向かった。

 

 

「おっ。アニキじゃねぇか」

「今日もいい朝だな、クー・フーリン」

 

 

 部屋に入ろうとすると、隣の部屋に住んでいるクー・フーリンがフェルディアに話し掛けた。

 彼から朝食を誘われたフェルディアは、甲殻を置いたら向かうから先に行ってくれ、とだけ告げて部屋に入った。

 

 

「俺とクー・フーリンと殺しあって、敗けた俺が死ぬ、ねぇ……」

 

 

 フェルディアは気配でクー・フーリンが去ったことを把握すると、甲殻を床に置いて静かに戸に凭れかかり、スカサハの予言を口にした。

 普段は飄々とした男だが、戦場では誰よりも頼りになる男でもあるし、何よりフェルディアとクー・フーリンは親友である。

 

 

 そんな男とどのような状況に陥れば、殺し合いに発展するというのだ。

 そう思ったフェルディアは、スカサハの予言も外れるだろうと一蹴して、クー・フーリンの待っている食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その隣のクー・フーリンの部屋に鎮座しているゲイ・ボルクが、カタカタと震えていることに誰も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖杯戦争三日目の夜が訪れた。

 

 

「キャスターを討伐せよ、ねぇ……」

 

 フェルディアは電柱の上に立ち、夜風でマントをはためかせながらそう呟いた。

 

 使い魔越しに伝えられた聖杯戦争のルール変更。

 キャスターがどんな英雄かは知らないが、監督役曰く―――何の配慮もなく魔術を使い、その痕跡を秘匿を一切行っていないということ。そのマスターが『冬木市の悪魔』こと謎の連続殺人犯と同一人物だということだ。

 

 

 キャスターの行為が、聖杯戦争そのものを破綻しかねないと考えた監督役は、ひとまず聖杯戦争を保留し、全てのマスターにキャスターの討伐を優先せよ、と伝えてきた。

 そして、見事キャスターを討伐したマスターは、報奨として今後の聖杯戦争の展開で他組へのアドバンテージになるであろう令呪を一画を与えるという。

 

 

 フェルディアは令呪には興味はないが、キャスターのマスターが謎の連続殺人犯ならば、殺人事件から続いている児童失踪事件の首謀者もキャスター達の仕業だろう。

 既に被害者は三十人を超えつつある。如何に夜間は外出していないとはいえ、いつその魔の手が桜に降りかかるか不明である以上、迅速に始末すべき案件だ。

 

 

「キャスターの野郎の居場所は割れた。今日は遊び無しで―――狩るとしようか」

 

 

 フェルディアはそう言うと身体にルーンを刻んだ。

 

 

 そして、一際強い夜風が吹いたあと―――そこにフェルディアの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全マスターが血眼になって探している件のキャスターは夜の中、森を歩いていた。

 だが、彼は一人ではなかった。およそ十人ほどの子供を伴っていた。

 年長の子供でも小学生の高学年であろうその集団は、キャスターの魔術のせいで、みな夢遊病のようなおぼつかない足取りで、キャスターの後を付き従っていた。

 

 

 キャスターは森に張られた結界の外輪を彷徨いていたが、唐突にその歩みを止めると、大きな双眸を上に向けて、にんまりと笑った。

 キャスターはアイリスフィールの千里眼を見破り、そのまま彼女を見据えたまま、慇懃(いんぎん)な仕草で一礼した。

 

 

「昨夜の約定通り、ジル・ド・レェ(まか)り越してございます。我が麗しの聖処女ジャンヌに、今一度、お目通しを願いたい」

 

 

 水晶球越しに自分を見ているアイリスフィールが決断できずにいるのを見透かしているかのように、キャスターは嗤うと一人芝居のような口上を続けた。

 

 

「……まぁ、取り次ぎはごゆるりと。私も気長に待たせていただくつもりで、それなりの準備をして参りましたからね」

 

 

 そう言ったキャスターが指を鳴らすと、それまで虚ろな瞳をしていた子供達は夢から醒めたように目を開き、その場でたじろいだ。

 

 

「さぁさぁ坊やたち、鬼ごっこを始めますよ。ルールは簡単。私から逃げ切ればいいのですが、さもなくば―――」

 

 

 その様子が気にめしたのか、キャスターはニコリ、と笑うとロープの裾から手を差し伸ばすと、手近な所にいた一人の子供の頭を撫でるようにポン、と手を置いた。

 

 

 キャスターは千里眼越しにセイバーが叫んでいるのを眺めながら、その顔がさらに歪む所を想像して愉快そうに哄笑して。その子供の頭蓋を砕こうと魔力を手に張り巡らせ―――横槍から伸ばされた手にその腕を掴まれ、強引に子供の頭から引き剥がされた。

 

 

 予期せぬ事態にキャスターがゆっくりと腕の持ち主に視線を向けると―――そこにはいつの間にかフェルディアが立っていた。

 

 

「よう。遊ぶんなら子供とじゃなくて―――俺と遊ぼうや」

「こ、この悪魔めがあああァァァッ!!」

 

 

 そう声を掛けられたキャスターは、フェルディアを視認すると惚けた顔を激憤に変えて、青筋を浮かべながら先程の慇懃な態度を投げ捨てたかのように絶叫し、殴りかかった。

 

 

 キャスターの二メートルに匹敵する巨躯から放たれた剛腕は容易く空を切り、代わりにお返しだと言わんばかりの鉄拳がキャスターの顔面を捉え、その巨体をアインツベルン城へと吹き飛ばした。

 キャスターを殴り飛ばしたフェルディアは子供達を囲むように四つのルーン石を設置し、結界を張った。

 結界の中で激しく一転していく戦場に右往左往している子供達に対して、フェルディアは指を鳴らし、軽い暗示を掛けた。

 その内容は、軽い催眠状態に陥らせる程度のものだが、上手く嵌ったのか子供達は喚き声一つ上げなかった。

 

 

 子供たちが暗示にかかったのを一瞥したフェルディアはその場から駆けて、キャスターへと追随した。

 森の中を数秒駆けた所にキャスターは立っていた。

 顔面に突き刺さった拳のダメージは治癒したのか治っており、右手には表紙に人間の皮を張った魔導書を開いていた。

 臨戦態勢なのは誰の目から見ても明白だった。

 

 

「いきなり悪魔とは酷い言い草だな。どっちかと言うとお前らの方が悪魔らしいぜ、キャスター」

「黙れ黙れ!聖処女を甚振りし悪魔めがァ!」

 

 

 フェルディアの言葉に耳すら貸さずにキャスターが魔術書に魔力を込めれば、キャスターの傍らに夥しい数のオニヒトデのような怪魔が姿を現した。

 

 

「我が盟友プレラーティには感謝しても仕切れない……。彼がこの魔書を遺してくれたからこそ、私はこの悪魔の軍勢で貴様という悪魔を惨たらしく殺せるのだからッ!」

 

 

 キャスターの怒気、否。殺気に呼応するように、怪魔達が烏賊のような触手を蠢かせて雪崩のようにフェルディアへと殺到した。

 

 

 迫り来る人間の腕ほどの触手がフェルディアを拘束しようと襲い掛かった。

 だが、白兵戦において最速を誇るフェルディアにとって異界の魔物など恐れるに値しない。

 フェルディアは襲い掛かる触手の怪魔たちを前に、一歩も譲らない。フェルディアが愛槍を振るうたびに、怪魔たちの残骸が積み重なる。

 悍ましい触手の群れが津波のように押し寄せようが、フェルディアにその先端で触れることさえ叶わずに散っていった。

 

 

 完全に怪魔を防ぎきっているフェルディアだが、怪魔の首領たるキャスターは離れた位置で殺気を放ちながらも、平静を取り戻したのか、余裕の笑みを浮かべて眺めている。

 

 

 大地に無数に転がる怪魔の死骸から、続々と新手の怪魔が現れるのを横目で捉えたフェルディアは、自らがキャスターの術中に嵌ったのを悟った。

 だが、怪魔の骸から新たな怪魔が生まれるのなら、その骸ごと焼き払えばいい。

 そう判断したフェルディアが、アンザスのルーンを使おうと指を虚空に向けた瞬間に、四方から怪魔が雪崩掛かって強制的に迎撃せざるを得なくさせた。

 

 

 キャスターの戦略が持久戦ならば、余程魔力に自信があるのか、それとも手にしている魔導書そのものが怪魔を使役しているのかは不明だが、その魂胆に乗る気などさらさらない。

 それに、昨夜にセイバーを一方的に叩いたのが仇となったのか、セイバーはキャスターの相手を自分に任せて子供達の救助を優先しているようだ。

 

 

 子供達の安否を把握したフェルディアは飛び掛かかり、伸ばされた触手を踏み台にして強引に宙へと舞った。

 それを見たキャスターは苦々しく顔を歪めると、空中からの強襲を恐れたのか怪魔たちを束ねて障壁とした。

 怪魔の肉壁を見たフェルディアは内心、好都合だと笑うと右手に黄金の剣を召喚して、それを握った。

 

 

 そして、フェルディアは投擲の構えを取った。

 黄金の剣が砲光(タスラム)に倣って、光輝に包まれ、その威圧をさらに肥大化させた。

 キャスターもそれを感じ取ったのか、怪魔の壁をさらに生み出した海魔で補強して、攻撃に備えた。

 

 

 

 

 だが、この黄金の剣の真価は投擲ではない。

 この投擲を、その分厚い海魔の壁はギリギリで防ぐだろう。その切っ先が貴様に届く僅かな距離を残して。

 

 

 それを貴様は嗤い、怪魔の壁でこの俺を圧し潰そうとするだろう。

 

 

 だが―――その時、貴様は後悔するだろう!

 

 

 

 

穿鑿する(クレイヴ・)――――――」

 

 

 黄金の剣が―――キャスターを穿たんと、放たれた。

 

 

「――――――光芒の剣(ソリッシュ)ッッッ!!!」

 

 

 

 迫り来る黄金の閃光は、怪魔の群れを蹴散らしながら突き進みながらも、次第に速力を落としていった。

 それでも黄金の剣は怪魔の壁を突き破り―――その切っ先が、キャスターの眼の前で完全に停止した。

 

 

「は、ははは―――ッ!残念でしたね―――ッッッ!?」

 

 

 キャスターがフェルディアを嗤い、怪魔の群れをフェルディアにけしかけようとした瞬間、黄金の剣が一際強く輝いて――――――

 

 

 

 ―――冬木市の郊外の一画が黄金の魔力の奔流に呑み込まれ、吹き飛んだ。

 

 

 

 


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