ゲイ・ボルクは勘弁してくれ!   作:かすかだよ

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お待たせしました。

あ、今回ケルト編だけです(先制攻撃)


十三話:英雄再起、決闘は終幕へ

 ──―それは音にするのならボチャン、だろうか。

 

 

 まるで大海に礫を投じたかのような音を始点に、クー・フーリンは一人、投じられた礫のように暗闇の奥の奥へと沈んでいった。

 

 

「(オレは負けた、のか──―?)」

 

 

 沈み行くクー・フーリンの脳裏をよぎったのは、オイフェの一撃を喰らい、意識を閉ざした己の姿だ。

 余りにも無様が過ぎる最期の記憶に顔を(しか)めながらも、クー・フーリンは先の決闘を省みる。

 

 

 ──―自分に何が足りなかった? 

 

 

 クー・フーリンは己の秘めたる潜在能力は、ケルトにおいて過去現在未来に渡って最強の英雄だと自負している。

 母は人間のデヒティネだが、父はかの魔眼のバロールを討ったケルト最強の武神、ルーだ。

 クー・フーリンはルーの顔さえ知らぬが、謳われる伝承が真ならば、その実力はケルト随一であると認めている。そんな武神の系譜を継いでいる自分は、正しく最強となる運命にあるのだろう。

 

 

 そして動機こそ不純だが、その才能に胡座をかくこと無く万年を生き、武を磨き続けている最強の女戦士スカサハの薫陶を受けた。

 期間はまだ一年と経っていないが、彼女の指導は本物であった。まるで遠きギリシャの地おいて、大英雄ヘラクレスを育て上げたケイローンと同等。或いはそれ以上だ。

 その証拠に薫陶を受けた今の自分なら、たった数撃で過去の自分を殺せるという確信を抱けるほどに、クー・フーリンは成長したのだから。

 

 

 そして最後に──―自分の総てをぶつけられる兄弟子。人間という規格において、最強を張り続けているフェルディアの存在だ。

 どれだけ自分が練り上げても、それを容易く凌駕してくれるフェルディアが居たからこそ、クー・フーリンは日に日に過酷になっていくスカサハの修行を熟せて来たと思っている。

 そしていつの日か、他者と隔絶な差を開いて最強(先頭)を独走しているフェルディアに並び、互いに切磋琢磨する好敵手となり──―いつか必ずフェルディアを追い越してやるのだ。

 

 

 そうしてやることが、強さという点においてただ只管に孤高の存在であるフェルディアに、自分がしてやれる恩返しだとクー・フーリンは思っているのだ。

 

 

 それなのに──―なんだ、先の有り様は。

 

 

 如何にオイフェが自分よりも格上であろうとも、最高のポテンシャルで挑み、病み上がりの彼女に一矢も報えることなく容易く敗北するなど──―漢が廃るッ! 

 

 

 一度失いかけた克己の意思を取り戻したクー・フーリンが、オイフェにせめて一矢でも報わんとするために暗闇──―意識の深層から浮上せんと、もがこうとした瞬間。

 

 

 

 まるで空中に投げられた物が、地球の引力に抗えずに地に落ちるように、クー・フーリンの身体が今までとは比較にならないほどの速度で沈みだした。

 その原因は、クー・フーリンの精神力を以てしても抗うことすら儘ならないほどの実力が、彼の身体にのしかかったからだ。

 最初は自らを引きずり込もうとする引力に嫌悪感を抱き、その勢いに逆らおうと足掻いていたが、ふと、これほどまでの影響力を持つ存在が己のなかにいるのだと気付いたクー・フーリンは、逆らうことを止めたどころか、より速く沈むべくその身を翻した。

 

 

 

 自らの奥底に存在する者が誰なのか一切見当が付かないが、このタイミングで何らかの思想を持って接触してきたのだ。 その思想が善だろうが、悪であろうが一度会う価値はあると一考したのだ。

 それに、フェルディアやスカサハ、オイフェのような他者ではなく、自分の内面に存在していた格上だ。この接触が良い方向に働けば、更なる強さを得るためのきっかけ──―果てには自らの理想、その最終形が見えるかもしれない。

 

 

 

 そしてもし、この邂逅の場を設けた首謀者が良からぬことを企んでいたのなら──―その時はオイフェに挑む前の前座としては不足はない。その抱えた陰謀もろとも噛み砕いてやる。

 

 

 そう思い至ったクー・フーリンは、犬歯を剥き出して獰猛に笑いながら、目前に広がる一際黒い暗闇へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 暗闇を抜けたクー・フーリンは、大海に囲まれた孤島、そこから突出した断崖絶壁の崖、その切っ先に立って居た。

 

 

「なんだぁ、此処は?」

 

 

 そんな風景を前に、クー・フーリンは落胆を露わにしてそう呟かずにはいられなかった。

 暗闇を抜けた先にて内なる自分と対面すると思っていたら、海しかない孤島に放り出されたのだ。クー・フーリンが落胆したのは仕方の無いことだろう。

 それに、こんな周りに海しかない殺風景な景観が己の意識、その深層だというのなら、余りにも遊びがなさすぎる。

 

 

 これでも騎士として身を立てた頃から、騎士団の先達から女や酒を教えて貰い、チェスなどの娯楽にも手を出しているというのに、あんまりな心象風景にクー・フーリンが打ち剥がれていた時──―その気配は唐突に現れた。

 

 

 音も姿もなく出現したその気配は、クー・フーリンが今まで出会って来た強者たちに並び得る強大さを持っていた

 いきなり現れた難敵の存在を悟ったクー・フーリンは、咄嗟に切っ先から飛び退いた。それと同時に周囲に目線を向け、相手が何処にいるのかを確認した。

 だが、左右、前後、果てには上空にも気配の持ち主は居なかった。

 

 

「テメェ、何処にいやがるッ! 貴様は凶手か、それとも戦士か!? 凶手なら潜むがいい! だが、戦士ならば姿を見せろ!!」

 

 

 強者でありながら姿を隠すその性格、呼び出しておきながら要件さえ語らない首謀者の態度に、クー・フーリンは怒鳴った。

 だが、姿を見せない難敵の奇襲に備えて拳を構え、全身に魔力を迸らせた。

 

 

 ──―我は魔術師でも戦士でも無い。が、それでこそクー・フーリンだ。弱った貴様では我に相応しくない。

 

 

 クー・フーリンの挑発が功を奏したのか、姿を見せない首謀者が口を開いた。 その声は傲岸不遜を感じさせるものだったが、確と芯の通った声であった。

 

 

「そんな力を持っていながら魔術師でも戦士でもねぇ? じゃあなんだ、テメェはクー・フーリン()の神の側面とでも言うつもりか?」

 

 

 ──―否、我は神では無い。寧ろ相反す化生の類よ。

 

 

 自らを怪物と言い切ったその声を、クー・フーリンは訝しんだ。最初は己の心に住まうもう一人の自分だと思っていたが、クー・フーリンは半身半神だ。そこに怪物の血脈が一滴たりとも介入する余地はないはずだ。

 だが、自らの周りで怪物と連なる代物など、スカサハから賜った魔槍ゲイ・ボルグしか思い至らないが──―ゲイ・ボルグは意思を持つ武器(インテリジェンス・ウェポン)では無い。その線は薄いだろう。

 

 

 ならば何者か、とクー・フーリンが思慮に耽ているほんの少しの間に、事態は急変しだした。孤島全体が地震に襲われたかのように、激しく揺れ始めたのだ。あまりの激しさと不意を突かれたことも相まって、クー・フーリンが僅かによろめくと同時に、静謐に揺らめいていた海面が盛り上がり──―爆ぜた。

 

 

 

 空中に舞い上がった海水の飛沫が飛来し、クー・フーリンのた。全身を濡らした。飛沫が顔にかかる瞬間、右腕で顔を守ったが──―クー・フーリンの瞳はその一瞬でソレを捉えた。

 

 

 

 

 ──────青白磁の全身に、同色の尖った甲殻と身体に青藍の横線を走らせ、爛々と光る蒼い瞳で此方を見つめる一体の異形を。

 

 

 

 その異形を視界に収めた瞬間、クー・フーリンは本能的に理解した。この眼前に佇む蒼き巨獣こそが、己を深層意識に誘った下手人であると。そして、この巨獣がゲイ・ボルクの素材となった海獣──―波濤の獣、クリードなのだと。

 

 

 

「テメェ──―何の用でオレを招いたッ!」

『…………クー・フーリン。お前は覇獣の断片を得た男と殺し合う運命にある。これは避けられない定めだ』

 

 

 自らを招いた予期せぬ存在に、クー・フーリンは堪らず吠えたが、姿を現したクリードは問答を行う気が無いのか、独り言のように念話を飛ばした。

 

 

 そして覇獣──―紅海の覇者、コインヘンの事だろうか。しかし、目の前に座する圧倒的な威容を放つ巨獣でさえ敵わなかった、伝説の怪物を削れる人間が現在にいるのか、とクー・フーリンが思案しても、御構い無しにクリードは念話を進める。

 

 

『そして──―これは餞別だ。幸い、時間はある。先ずは我が力に馴染んでみせろ』

 

 

 そう告げるとクリードの瞳が一際強く輝いた。するとクー・フーリンの左腕を中心に、膨大な朱い魔力が逆巻き始めた。

 魔力自体が高熱を帯びているのか、まるで左腕に鋳造されるような激痛にクー・フーリンは顔を苦悶に歪めた。それと同時に先程の同じように視界の傍らからじわりじわりと黒が侵食し始めた。

 

 

『相手は比類なき最強。だが、案ずるな。お前はオイフェ、スカサハを越える、過去現在未来において最強の魔槍使いなのだから──────』

 

 

 

 その言葉を最後に、クー・フーリンの意識は完全に暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 クー・フーリンが意識を取り戻した時、彼は仰向けに倒れつつあった。そのことから、先程の奇妙な邂逅が現実において一瞬の出来事であると悟ると同時に、不思議と痛みを感じない身体を強引に前転させることで、オイフェと対峙する形で着地した。

 先の蹴撃で勝利を確信していたのか、オイフェの顔には僅かな驚愕が見て取れた。なのに彼女は、クー・フーリンが復活したというのに彼に意識を向けるでもなく、彼の身体──―正確には左腕に向けられていた。

 

 

 

「…………なんだ、その左腕は。それに、私が刻んだ傷も悉くが癒えているな」

「あン? これがクリードの力、なのか……?」

 

 

 淡々としたオイフェの言葉に誘われて、クー・フーリンは己の左腕と身体をちらりと視線をやった。

 そこには血で濡れているが、オイフェに与えられた傷が浅深を問わず完全に塞がってる己の身体と、右腕で握っているゲイ・ボルクを思わせる装飾が施されている籠手が、左の肩から指先にかけて纏われていた。だが、今さっき獲得したばかりの形態なのに、不思議と違和感はなかった。

 

 クー・フーリンが試しに籠手に魔力を注いでみれば、魔槍から放たれる特有の死を感じさせる紅い魔力が、血霧のように籠手全体から溢れ出した。

 その光景を見たオイフェの美貌が僅かに強張った。この数十秒にも満たぬ時間で起こった不可解な現象は二つ。

 

 

 

 一つ、クー・フーリンの傷を一瞬で癒した超速回復。

 

 

 二つ、魔槍の形状変化。

 

 

 

 前者はオイフェの技量を垣間見れば然程問題ないかのように思えるが、如何にオイフェが優れた戦士であろうとも、体力には限界がある。

 それに彼女は、クー・フーリンの顎を蹴り抜くまで一時も目を離さなかった。だから分かったのだ。傷の再生は倒れつつあったあの瞬間から始まり、オイフェと対峙するまでには終わっていたのだと。

 それほどの驚異的な回復力を得たクー・フーリンが、刺し違える覚悟で挑み始めたら──―況してや振るう得物はゲイ・ボルクだ。彼女はクー・フーリンの挙動に全神経を注ぎ、一瞬の弛緩をも許されぬ状況下に陥るだろう。それによる疲弊は計り知れないものだ。

 

 

 だが、それよりも──―オイフェが刻んだ傷が浅深に関わらず完治した。その点が彼女をクー・フーリンと同じステージに追い込ませた。その事をオイフェは理解していた。

 

 

 

 ならば何が問題なのか? 

 

 

 

 浅い傷だけでなく深い傷さえ治癒させたことか? 

 

 

 

 違う。その程度はルーン魔術を高いレベルで修めれば誰でも出来る。勇士ならばさして問題にはならない。

 

 

 

 ならば一瞬とでも言うべき驚異の再生速度か? 

 

 

 

 違う。一瞬には及ばないが、それに準ずる速さでの再生は、この場に集うオイフェを筆頭に、観戦に徹しているスカサハ、フェルディアの原初のルーンを修めた三人は可能としている。

 そも、オイフェは悠久の時を武に捧げてきたスカサハを殺そうとしたのだぞ? 与えた傷が瞬時に治った? だからなんだ。その程度のことで狼狽えるくらいなら、スカサハの前に立つ資格すらない。

 

 

 むしろ傷を再生されたのなら、今度は倍にして刻み返すくらいの気込みで丁度いい。そしてオイフェはそれを実行できる実力を持っている。

 

 

 

 ならばなぜ、オイフェはクー・フーリンが見せた尋常ならざる再生を障害たり得ると断定したのか。

 

 

 その理由は、彼女がクー・フーリンに刻んだ傷の全てが魔槍の模造品によるものだからだ。だが、所詮は模造品。悪く言えばレプリカだ。しかし、レプリカだからと侮ってはいけない。

 

 

 正史から逸れた外典で、獅子劫界離がロッコ・ベルフェバンから貰い受けた、ヒュドラの幼体のレプリカから抽出した猛毒が、サーヴァントに対して有効な攻撃手段になるように、正規品には劣るが、少なからずそれに準ずる性質を継いでいるものだ。

 

 

 神秘の薄れた現代でそれほどの事例があるのだ。ならば、クー・フーリン達が生を駆ける神秘に溢れた時代たる神代なら、製作者がオイフェなら──―継いだ特性は現代とは比較にならないのは当然の帰結だ。

 スカサハやオイフェが愛用する朱槍はゲイ・ボルクの因果逆転には遠く及ばないが、その刃に傷付ければ動きを阻害する程度の呪詛を宿している。だからこそオイフェは、全力のクー・フーリン相手に完全勝利という大壇振舞いを成功させれたのだ。

 

 

 だが、その宝具にさえ匹敵し得る呪詛を瞬時に解呪出来る手段を得たクー・フーリンを相手に、それ程の戦果を挙げれるか、と言われたらオイフェは言葉に詰まるだろう。これがオイフェとクー・フーリンを対等にさせたという証左に他ならない。

 

 

 しかし、それほど強力な力を些事とさせてしまうような変化が後者の魔槍の形状変化だ。

 ゲイ・ボルクはボルク・マックベインから、その支配者マク・ルバー、オイフェ、スカサハ、と人々の手を経てクー・フーリンへと譲渡させた。五代に渡って使用されてきた武器だ。つまり──―その分情報があるのだ。

 

 

 

 だが、長きに渡って魔槍を手にしていたオイフェやスカサハでさえ、知っているのは因果逆転の呪いに、投じれば三十の鏃に、突けば三十の棘となる能力だけだ。籠手状に変化するなど見たことも聞いたこともない。

 完全に未知なのだ。

 

 

 しかし、如何に彼女達が知らなかろうと、現に目の前の英雄はそれをやってのけた。籠手への変化が元から備わってきたのか、英雄が意思を以って成就させたのかは不明だが、魔槍の能力は三つという既知は崩壊したのだ。

 これからはクー・フーリンがこの土壇場で魔槍の能力をいくつ発掘したか、という前提で闘わなければならない。それがいくつなのかは不明だが──―もしかしたら籠手への変化の一つだけなのかも知れない。いや、二つもあり得る、多く見積もって三つという可能性も大いにある。

 

 

 それは例えるなら、高所から底の見えない谷底を眺めてる、とでも言えばいいのだろうか。だが、それに似た感情を今、オイフェが感じているのは確実だ。

 魔槍という未知が、オイフェを籠手の感触を確かめている(隙だらけな)クー・フーリンに飛び込ませずにいるのだから──―

 

 

 

「──―そろそろ、終わりにしようぜ」

「………ああ、そうだな」

 

 

 一頻り籠手を確認し終えたのか、クー・フーリンが気軽そうな声色で決闘の再開を催促した。

 その言葉である程度の覚悟が決まったのか、オイフェも流れていた一筋の冷や汗を拭って硬い声色で応じた。

 

 

 

 クー・フーリンが左の籠手を前に突き出し、右手の魔槍を後ろ手で横にして持つという独特な前傾姿勢を構えた。

 対するオイフェは今までとは比較にならない魔力を朱槍に纏わせ、右の朱槍をクー・フーリンに突き付け、左の朱槍を横に突き付ける構えを取った。

 

 

 二人が構えを取り、飛び出すまでの一瞬の静寂が流れ──―この一撃で決闘の勝敗が決する、と両雄の思考が合致した。

 

 

 

 そして──―

 

 

 

「オオオオオォォォォォッッッ!!!」

 

 

 クー・フーリンが挙げた怒号が静寂を搔き消したのを皮切りに、両雄はその場から飛び出した。

 

 

 クー・フーリンの規格外の脚力が、大地を捲り上げながら跳び込んだ。

 オイフェが稲妻を彷彿とさせる鋭い動きで、大地を削りながら突き進む。

 

 

 

 両者が対面するまでのほんの数瞬、クー・フーリンは霧状の紅い魔力を噴出する左の籠手を突き出し──―オイフェが両の手で握る朱槍を籠手目掛けて叩きつけんと振るった。

 

 

 

 

 その瞬間、英雄と女傑を中心に影の国全体に衝撃が振動し、深い砂埃に覆われた──―

 

 

 

 

 




わっ…………ゆるしてくださーーーいッ
つ、次の話の着想はできてる……そ、それを書くよ

正直なところ忙しかったんや……ゆるして

あ、ツイッター垢作りました(小声
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