ゲイ・ボルクは勘弁してくれ!   作:かすかだよ

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テレビでHF一章を見直し、二章を観てはじめて書きました。 素人なので温かい目で見ていただけると幸いです。


Fate/Zero編
第一話:召喚


 ―――死にたくない。

 

 ただそれだけの想いが湧き上がってくる。 今にも消えそうな命の灯火。 それに比例して生への執着と死への恐怖が増大していく。

 

 ―――生きたい。

 

 だがその願いが叶うことはない。 急激に冷えていく体温と未だ止まる気配を見せない血液が、自分の死が確定していることを告げている。

 それでも死から逃れようと足掻こうにも指一本もまともに動かせず、身体は酸素を求めて意味のない呼吸を繰り返すだけだった。

 

 ―――つまらない人生だったな。

 

 遠くなっていく意識の中、走馬灯が脳裏を過ぎった時、そう思った。 成功のために努力をしたが何も得られない徒労に終わり、努力することを諦めてからは成功も失敗もないありふれた人生だった。 世の中にありふれていた人生。 だがそれもここで終わりを迎える。 男はもう、助からない。

 

 ―――いやだ! 死にたくない!

 

 何も成せずに死んでしまう。 一度諦めたはずなのに、そのことがどうしようもなく悔しかった。 いやだ! いやだ! いやだ! このまま死にたくない! この人生じゃなくてもいい。 もう一度機会があるのなら諦めない。 忘れられるのが怖い。 この世に何かを刻みたい。 自分が存在していた証明を残したい。

 だから―――生きたい! 生きたい! 生きたい!

 誰でもいいから―――俺を助けてくれ!

 

 

 

『面白い。 その願い、確と聞き届けたぞ―――』

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

「さぁ、桜よ。 入りなさい」

 

 そう言った桜の祖父が杖で指した先にあるのは百や千では済まない量の蟲、蟲、蟲―――。

 床や壁はおろか、天井までもを覆い隠す程の蟲達が蠢いている。

 

「ひっ…!」

「なにを怯えている。 お主は既に間桐の子になったのだぞ」

 

 桜は小さく悲鳴を上げ、その場にへたり込む。

 だが祖父―――間桐臓硯が皺くちゃな腕で桜の腕を掴み、無理やり立たせた。

 

「い、いや…っ! お父さん! お母さん!―――お姉ちゃん! 助けて……っ!」

 

 あんな所に入りたくない。

 お父さんに構ってほしい。

 お母さんに甘えたい。

 いつも自分を守ってくれるお姉ちゃんに―――会いたい。

 そんな願いを胸に秘め必死に抵抗するも、年相応の細腕からは考えられない程の怪力を、桜にどうにか出来るはずもなく。

 

「桜。 あまりワシに手間をかけさせるな」

 

 まるで孫の駄々を宥めるような声色とは裏腹に、臓硯の口が桜を嘲笑うように歪み―――

 

「それに―――誰もお主を助けに来んよ。 お主は捨てられたのだからな」

 

 

 

 そう言い放たれ、桜は蟲蔵へと放り投げられた。

 

 

 

 

 

 臓硯に放られた桜は冷え切った床の感触を感じていた。

 なぜ蟲ではなく床に触れているのか不思議だったが、早く蟲蔵から逃げようと立ち上がり―――見てしまった。

 自分の前にある、蟲の波とでも呼ぶべき代物を。

 そして、ソレは桜の恐怖心を煽るようにじわりじわりとにじり寄ってくる。

 

「いやあああぁぁぁっ!」

 

 這い這いで逃げながら、桜は自問自答を繰り返す。

 

 ―――なんで私なの? 私がなにをしたの?

 

 突然、見知らぬ家に養子として出されたと思ったら、醜悪な蟲達の穴倉である蟲蔵に放られ、襲われてそうになっている現実から、そう思わずにはいられなかった。

 だが、桜は悪くない。

 彼女が類い稀なる才能を持っていたことが原因だった。

 そのせいで桜の人生は狂い、幸せは犯されそうになっている。

 

 ―――私はここで死んじゃうの?

 

 今、ここで死ぬことはないだろう。

 間桐蔵硯が桜を引き取った理由は、桜の胎盤から優秀な魔術師を生まれさせ、自分の宿願を叶える為の駒を揃えるためだ。

 だから、桜が母親として機能する限り、殺されることはないだろう。

 だが、そんなことを幼い桜が知っているはずがない。

 きちきちと音を鳴らしながらにじり寄ってくる蟲の群れを見て、彼女が殺されると思うのは当然のことだった。

 

 ―――もう、お姉ちゃんに会えないの?

 

 それが、きっかけになった。

 抜けていた腰が直り、さっきまで立てなかったことが嘘だったようにすくりと立ち上がれた。

 その際、ズキッ!と一瞬、手の甲に焼けた鉄を押し付けられたような痛みが走ったが、無我夢中だったのだろう。彼女はその痛みに気付かなかった。

 そして、彼女はなけなしの勇気を振り絞って―――間桐桜の心の底から出た願いを叫んだ。

 

 

 

「だれでもいいから―――助けて!」

 

 

 

 精神が限界を迎えたのだろう。 桜は糸が切れた人形のように床へと倒れ込んだ。

 それでも薄れていく意識の中、桜は見た。

 薄暗く淀んだ空気を放ち、桜に絶望を与えた蟲蔵の中とは思えないあたたかい光を。

 

 そして彼女は知る、その光こそが自分を悪夢から救い出してくれた希望だということを。

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 桜が意識を失う前に見た光は蟲蔵を照らし、人の形に縮小して消え失せた。

 倒れた桜の傍らに現れたのは、二十代と思しき美丈夫だった。

 

 赤い軽鎧を纏い、背に赤いマントをたなびかせている。 手には鉄紺の長槍を持ち、纏っている雰囲気は人間のソレではなかった。

 

 そして閉じていた男の目が開かれ、暗闇の中でも爛々と輝く紅玉のような瞳が臓硯を射抜いた。

 それだけで蔵硯の身体は蛇に睨まれた蛙の如く動かなくなった。

 

「―――あ、あり得ぬ」

 

 故に、臓硯は驚愕の声を漏らした。

 それでも臓硯は五百年生きた魔術師だ。 即座に僅かに笑みを浮かべることで驚愕の表情を隠し、男に話しかけた。

 

「まさか、サーヴァントを招ぶとはのぉ。 聖杯戦争はまだまだ先だというのに気の早いサーヴァントもいるものだ」

 

 

 ――――――聖杯戦争。

 

 万能の願望機である『聖杯』を求める七人の魔術師(マスター)と彼等が召喚した七人の英霊(サーヴァント)がその覇権を競う決闘劇。

 他の六組を蹴落とし、最後まで勝ち残った一組が聖杯を手にし、願いを叶える権利を手にすることが出来ると言われている戦争だ。

 

 

 臓硯は男を構築している膨大な魔力と桜の手の甲に刻まれている赤い紋章―――『令呪』を見て、男がサーヴァントだと確信し、交渉を持ちかけた。

 

「お主、ワシと轡を並べんか? お主も聖杯を求めておるのだろう?」

 

 臓硯はマスターではなかったため、男のステータスを視認出来なかったが、召喚されたのなら聖杯で叶えたい望みがあると判断し

 

「そんなモノに仕えるよりも――――――ッ!?」

 

 桜ではなく自分と組んだ方が有意義だ、と提案しかけた瞬間―――男の持っていた槍が臓硯の右胸を貫いた。

 

「バ、バカな!? 何故、ワシの本体が右胸にいると分かった!?」

 

 一瞬の静寂が過ぎた直後、臓硯の断末魔が蟲蔵に響いた。

 その声は現実が理解出来ないといった風の声だった。 恐怖に染まりながらも臓硯が口にした疑問に男は意外にも律儀に答えた。

 

 

 

「経験則だ」

 

 

 そう言ながら男は臓硯から槍を引き抜き、臓硯の最期を見届けずに踵を返し、己を呼んだ少女を抱え上げ、蟲蔵を後にした。

 

 

 

 

 

 これより物語は正史から外れる。 悪夢に囚われるはずだった少女は解放され、苦痛と絶望の末に死んでゆく男もいない。 男というイレギュラーの登場が、物語にどう影響するのかは誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 だが、これは―――間桐桜が救われた物語だ

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
初めての二次創作物で至らない点やご都合主義があると思いますが、ご容赦ください。
感想やアドバイスなんかをいただけると嬉しいです。

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