ゲイ・ボルクは勘弁してくれ!   作:かすかだよ

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第二話:記憶と分水嶺

 ―――巨大な門に一人の少年が対面していた。

 

 赤い髪が特徴的な少年だった。 疲れているのだろう。 息は荒く、汗が噴き出てていた。

 

 纏っている赤い戦装束が汚れているが、それ以上にその上に着ている軽鎧は所々が破損し、握っている剣は刃毀れを起こしていた。

 

 少年が空いていた左手で身体に何らかの文字を刻んだ。 刻まれた文字は淡い緑色の光を放ち、少年を包み込んだ。 僅かな時間で光は霧散し、少年の姿が露わになった。

 光から現れた少年の状態が改善していた。 荒かった息は整い、汗も引き、付着していた埃までもが落ちていた。

 

 

 ある程度落ち着いた少年が意を決し、門を開けるために一歩踏み出そうとした時――――――

 

 

 

 

 

『―――見事だ。 その若さで此処まで辿り着くとは驚いたぞ』

 

 

 

 

 美しくも力強さを感じさせる女の声が背後から少年の耳に届いた。 幾日か振りに聞いた人の声に少年は安堵ではなく、恐怖に襲われた。

 確かに消耗はしていた。 それでも警戒は解いていなかったはずだ。 それなのにあっさりと背後を取られた。 もし、声の主が敵意を持っていたのなら、自分は死んでいただろう。 そのことが少年に言い知れぬ恐怖を与えたのだ。

 

 

 

 少年はその場から咄嗟に前へ跳んだ。 そして声の主と対峙するように空中で身体を捻り――――――そこに居たのは紫の戦装束を纏った女だった。

 

 容姿を気にしている余裕なんてなかった。見た限りは無手だと判断し、着地すると同時に軽鎧の内側に仕込んでいた礫を取り出して躊躇うことなく女の顔面向けて投擲した。

 

 当たれば上々、回避されたら更に距離を取る算段だった。 だが、少年は驚愕した。 いつの間にか女の手に血のような真紅の槍が握られていたのだ。 そして女は槍で礫を容易く砕いた。

 

『良い反応だ。 先の礫も牽制ではなく殺すつもりで投げたな。 そこも好印象だぞ、小僧』

 

 くるくると朱槍を弄びながら女は少年に話しかけた。 その表情はどこか嬉しげで、僅かに口角が上がっていた。

 それでも少年は警戒を緩めるどころか、逆に警戒を強めていた。 女の見せた幾つかの技術。 そして、ただ立っているだけでもにじみ出る彼女の圧倒的強者の風格がそうさせていた。

 

 何時まで経っても警戒を解かない少年を見て、女は思案顔を浮かべ、合点がいった表情で「ああ」と呟いた。

 そして朱槍を二度三度と回すと初めから無かったかのように彼女の手から朱槍が消えていた。

 

 それを見て少年もようやく警戒を解いて彼女に話しかけた。

 

『………アンタ、何者だ?』

 

『フフッ。 人に名を尋ねる時は先ずは自分から名乗れ、と親に教わらなかったのか?』

 

 ぶっきらぼうな口調だったがそれでも少年が警戒を解いたことが嬉しかったのか、女は小さく笑ったが、無視されたことの意趣返しなのか、からかうような口調で少年に名乗れと促した。

 

 少年は自分から名乗らなきゃ女は梃子でも名前をを明かしてくれないなと悟り、自分の名前を口にした。

 

 

『………フェルディアだ。 フェルディア・マク・ダマン。 ほら、名乗ったぞ。 アンタの名前を教えてくれ』

 

 少年が折れたことに満足したのか、女も名を告げた。

 

 

『私はスカサハ。 影の国の門番にして女王だ。 喜べ、フェルディア。 必ずお前を英雄に仕立て上げてやろう』

 

 

 

 

 

 場面が切り替わる。

 

 

 

 少年―――フェルディアは幼さを微かに残しながら青年と呼べるほどに成長していた。 纏っていた戦装束は新品に、着ていた軽鎧は無くなっていた。 手には剣ではなく、鉄紺の長槍を握っていた。

 

 対峙する女―――スカサハ。 フェルディアが少年から青年へと成長しているのに彼女には変化がなかった。 手には朱槍を。 その姿はフェルディアが初めてスカサハと会った時と同じように見えた。

 まるで、彼女だけが過去に取り残されているかのように。

 

 

 フェルディアが槍を構えた。 その切っ先はスカサハへ。 次いで殺気がスカサハを襲った。 それは常人なら失神するほどの殺気だった。 けれどスカサハは戦意を失うどころか獰猛な笑みを浮かべた。 そして朱槍を一度回してからフェルディアに向けた。

 

 スカサハが槍を回した瞬間――――――フェルディアは跳んだ。 立っていた大地を蹴り砕き、スカサハへと肉薄した。

 跳んだ勢い、ルーンでの補助、自身の膂力。 それらを乗せた一刺は稲妻の如き速度で振るわれ、空を裂いた。

 

 ならば首を刎ねんと槍を振るおうとした瞬間、スカサハのミドルキックがフェルディアの脇腹に突き刺さる。

 あまりの威力に口から血を吐いたが、それに構わずフェルディアはスカサハの足を掴み、力の限り握り締めた。 そして掴んだ足を引っ張り、身体を宙へと躍らさせた。

 

 明確な隙だった。 両足は地から離れ、無茶な体勢から放たれる槍など恐れるに足らず。 それ以前にスカサハは槍を構えておらず、フェルディアは既に槍を構え切っていた。 この状況なら自分の方が速い。

 

 そう判断し、槍を突き出しそうとして――――――スカサハの背後の虚空から六本の朱槍が刃を覗かせていた。 それを捉えたフェルディアはスカサハの足を離し、地を蹴って後退した。

 

 距離を取ったフェルディアを追うように朱槍が発射される。 フェルディアは己を貫かんと迫る朱槍を見切った。 顔首心臓、肝臓右膝左脛―――ッ!

 風のように流麗に、嵐のように激烈に。 そして、何より速く。

 人智を凌駕した魔人の挙動で朱槍を弾き飛ばし、そのまま流れるように背後を見ずに稲妻のような刺突を繰り出した。

 

 されど手応えはなかった。

 フェルディアは目を見開いた。 気配は背後にあったはずだ。 なのに手応えがない。 闘っていた相手を見失う、という想定外の事態にフェルディアが槍を下ろした瞬間

 

『こっちだ、戯け』

 

 そんな言葉と共に鉄拳がフェルディアの鳩尾を打ち抜いた。 予期せぬ不意打ちに悶え、思わず膝を曲げた。 そこから更に追い打ちをかけるかのようなハイキックに顎を蹴り抜かれてフェルディアの身体が浮いた。

 

 容赦のない急所への攻撃を喰らったフェルディアはまともに受け身を取れず、倒れると同時に意識を失った。

 

 

 

 再度、場面が切り替わる

 

 

 

 そこは月がよく見える場所だった。 フェルディアとスカサハは月と鍛錬の課題点を肴に酒盛りをしていた。 フェルディアは木樽ジョッキにエールを。 スカサハはグラスにウィスキーを嗜んでいた。 二人ともかなり呑んでいるのか頬が赤く染まっていた。

 

『なあ、スカサハ』

『なんだ、フェルディア』

 

 フェルディアはチーズをつまみながら話しかけ、スカサハはグラスを回しながら応えた。 スカサハはいつも通りの他愛のない話題だろうな、と思っていた。

 

 だが、酒は口を軽くする潤滑油。 そしてフェルディアは久し振りにアルコールを口にしていた。 だから気分が良くなり、いつも疑問に思っていたが口にしなかったことを口に出してしまった。

 

『なんでそんなに死にたがるんだ?』

『――――――』

 

 フェルディアからすれば単なる興味本意で聞いただけだった。 けれどスカサハにとっては思いがけない話題だったのか、グラスを揺らしていた手を止めて、ぽかんとした表情でフェルディアを見つめていた。

 

『そんなもの、忘れてしまったよ……』

 

 が、スカサハも酔って口が軽くなっていたのかぽつり、ぽつりと語り出した。 その表情はどこか哀しげで、瞳には影が差していた。

 

『私が死ねなくなって長い年月が経った。 それまでに多くの益荒男がこの国の門を叩き、勇士となって去っていった』

『そうだな。 俺もアンタの弟子に聞いて此処に来たからな』

 

 スカサハは再びグラスを揺らし始めた。 フェルディアもエールを飲んでから話の内容に同調した。

 

『その中には気に入った奴もいたし、気に食わん奴もいた』

 

 昔のことを思い出したのだろう。 浮かない表情だったが、口角は僅かに上がっていた。

 

『今は神秘が溢れ、多くの戦士が押し掛けてくるが―――もし神秘が薄れてしまったら、世界から隔絶しているこの国を訪ねる者はいないかも知れん』

 

 スカサハはグラスに残っていたウィスキーを飲み干して、グラスをテーブルに置いた。

 

『そうなれば、死ねぬ私はこの世界でたった一人で取り残される』

 

 そして湿った唇を布で拭いてからフェルディアに顔を向けた。

 

『多分、それがどうしようもなく、悲しいのだろうなぁ』

 

 スカサハは笑顔で、そう締めた。 その笑顔は儚げで、とても綺麗な笑顔だった。 けれど、フェルディアには悲しさを押し殺して無理に浮かべているようにしか見えなかった。

 

 

 

 

 その笑顔が――――――どうしようもなく気に食わなかった。

 

 

 

 

 この世に生を受けて早十数年。 周りが戦争ばかりで、ただ生き残るために力を求めていたが、スカサハの話を聞いて、ようやくこの人生でやりたかったことが見つかった気がする。

 

 

 

 

 だから――――――これは宣言だ。

 

 

 

 

『だったら―――俺が殺してやるよ』

『今、なんと?』

 

 フェルディアは木樽ジョッキをテーブルに叩きつけて、そう言った。 酔っているとはいえ、フェルディアが荒い行動を取ったことが意外だったのか、スカサハは目をパチクリさせながら聞き返した。

 

『俺が、必ずアンタをマグ・メルに逝かせてやる! だから、それまで他の奴に殺されるんじゃねえぞ、スカサハ!』

 

 フェルディアは立ち上がり、スカサハを指差してそう宣言した。 そして、酒盛りの場を立ち去ろうと一歩踏み出した時―――スカサハがクスリと笑った。

 

『……なんだよ』

 

 立ち止まって振り向いたフェルディアの頬は赤くなっていた。 その赤みが酔いから来るものではなく、羞恥心によるものなのは端から見ても一目瞭然だろう。

 

『くくッ。 いや、なに。 今日、私に弄ばれていた奴がよく吠えると、思ってなっ』

 

 先の暗い表情は何処へやら。 スカサハは笑みを浮かべ、全身を震わせながら必死に口元を押さえていた。

 

 それを見たフェルディアは頬だけでなく、顔全体を真っ赤にして、『うっせえ! 今の誓い、覚えとけよスカサハ!』とだけ怒鳴ってから足早に去っていった。

 

 

 

 

 スカサハは見えなくなるまでフェルディアの背中を見つめていた。 その頬は酔いではなく、喜色で染まっていた。

 

『お前が私の心の臓に槍を突き立てる日を楽しみにしているぞ、フェルディア………』

 

 スカサハは弟子を鍛えることで誤魔化してきた寂しさが満たされたような気がした。

 

 

 

 

 けれど、その心情とは裏腹に、なぜかその瞳は哀愁を帯びていた――――――。

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

「……夢?」

 

 その光景を最後に間桐桜は起床した。

 不思議な夢だった。 見ているのは自分なのに、会ったこともない人しか登場しないなんて変なの、と思いながらベッドから出ようとして―――なんで自分はベッドで寝ていたのだろう、と疑問を抱いた。

 

 桜が覚えている限りでは、晩ご飯も食べずにおじいさまにムシグラという所に連れられて。 誰も助けに来ないと言われて。 それでもお姉ちゃんに会いたい一心で助けてと叫んでからは―――思い出せなかった。

 

 ならば誰かが運んでくれたのだろう。 そう考えたが、ビャクヤおじさんは自分をまるで腫れ物のように見ていたし、自分に酷いことをしたおじいさまはそんな優しさなんて持ってないに決まっている。

 

 おじいさま、という言葉が頭に浮かんで桜はベッドから出たらおじいさまと顔を合わせてしまうと考えた。 けれど、学校に行ったらお姉ちゃんに会える。 でも、もしかしたら今日もムシグラに連れられるかも知れない。

 

 そんな思考が頭の中で反響し、桜がベッドから出るに出られずにいるとドアが開き、「おっ、起きたか」と陽気な声と共に赤髪の男が部屋に入ってきた。

 

 初めて会った男だったが、男の赤い髪を見て桜は思わず言ちる。

 

「夢のお兄さん?」

「夢…? ああ、俺の記憶を見たのか」

 

 桜の言葉に首を傾げた男だったが思い当たる節があったのか、顔を顰めながら独り言ちた。

 

「それよりお腹空いてるだろ。 ご飯、食べるか?」

 

 ―――ご飯。 それを聞いた桜のお腹がくぅ、と小さく鳴いた。

 

「た、食べ…ます……」

 

 小学生とはいえ乙女なのだ。 会って数分も経っていない異性にお腹の音を聞かれたかもしれない恥ずかしさで顔を真っ赤に染めながら蚊の鳴くような声でそう返した。

 

「そうかっ。 じゃあ、行こうか」

「きゃっ……!?」

 

 人を落ち着かせるような笑顔を浮かべながら、男は毛布を捲り上げ、そのまま桜の太ももの下側と腰に手を添えてから抱き抱えて、居間に向かって歩き始めた。

 いきなり抱え上げられた桜は驚いて咄嗟に手を伸ばして男の襟元を掴んだ。 それが昔読んだ絵本に描いてあったお姫様だっこにとても似通っていて。 そのことを自覚した桜はさらに顔を赤くした。

 

 居間のテーブルには既に朝食が用意されていた。 小さな茶碗には白米が盛られ、スクランブルエッグと焼けたベーコンにプチトマトを載せたプレートが置いてあった。

 男は桜を椅子に座らせると桜とは反対側の椅子に腰を下ろした。 男側には朝食はなく、この家に住む二人の朝食も置いてなかった。

 

「……お兄さんは食べないの?」

「ん? 俺は食べなくても大丈夫だから、気にせず食べな」

 

 そのことを聞けば自分は食べないと言われて、桜は少し顔を俯かせた。 桜が顔を俯かせていると、男ははぁ、とため息を吐き、茶碗を取り、炊飯器から白米をよそって席に着いた。

 

「これでいいか?」

 

 男がそう言えば、桜は顔を上げて笑った。

 

「まだ聞きたいこと、あるだろ?」

「……うん。 おじいさまとビャクヤおじさんは…?」

「あのジジイはもう帰ってこない。 ビャクヤっておっさんはそのことを知ったら喜び勇んでこの家を出てったよ」

 

 桜が躊躇いながらそう聞けば男はあっけらかんとした態度で二人ともこの家に帰ってこないと告げた。 それを聞いた桜は顔を俯けてプルプルと身体を震わせた。

 

「か、悲しいのか?」

 

 それを見た男は狼狽えながらも桜へと駆け寄った。 それもそのはず。 昨夜、間桐臓硯を殺した後、彼が臓硯の死体と山のような蟲の塊に火を放ち、意識のない桜を抱えて蟲蔵から出ると入り口の傍らに膝を抱えて震えている男がいた。

 話しかけてみたら男は「お前は誰だ」だの「妖怪爺はどうした」などと喚いていたが臓硯を殺したと答えたら足早に蔵に足を踏み入れた。

 そして中で燃えている死体でも見たのだろう。 男は階段を駆け上がると肩を激しく上下させ、「ありがとう…っ!」と告げると後日カリヤなる男を寄越すと伝えて走り去って行った。

 

 身内に対しても残虐に振舞ってきたのだろう。 殺されて感謝されるような奴だ。 だから、桜には言葉を濁して帰ってこないと言えば誤魔化せるだろうと男は考えていた。

 なのに桜が泣き出したから男は狼狽えたのだ。

 

「ううん」

 

 桜は首を横に振ることで男の言葉を否定した。 それを見た男は内心ホッと胸をなで下ろした。

 

「もう、あそこに連れてかれない…?」

「ああ」

 

 桜の言葉を男は短く、けれど力強く答えた。

 

「おにいさんが私を助けてくれたんだよね…?」

「ああ」

 

 続く問いも強く肯定。

 

「助けてくれて………ありがとう…っ!」

 

 その言葉と同時に桜の細い腕が男の首に回された。 そのまま桜は顔を男の首の横に顔を埋め――――――そこで我慢の糸が切れたのか、泣き始めた。

 男は何も言わずに右腕で桜の頭に、左腕を桜の背中に添えて桜が泣き止むまでその手を外さなかった。

 

 

 

 

 

 泣き始めて何分経った頃だろうか。 桜は泣き止み、ゆっくりと男から離れていった。

 

「おにいさん、ありがとう」

「ご飯にしよう。 そろそろ冷めそうだ」

 

 目元が若干赤くなった桜がそう言うと男は桜の頭を笑顔でひと撫でして席に着いた。

 

「いただきます」

 

 桜が手を合わせ、箸を手に取ると男が話しかけた。

 

「食べながらでいいから、俺の話を聞いてくれないか?」

「なあに?」

 

 男の表情は真剣さを感じさせるソレだった。 真面目な桜は箸をテーブルに戻して男の話に耳を傾けた。

 

 

 

 

「先ず、俺の名前はフェルディア・マク・ダマン。 聖杯の寄る辺に従って、召喚された君のサーヴァントだ」

 

 

 

 

 

 

 今日、間桐桜は日常と非日常の分水嶺に立たされた――――――。

 

 

 

 

 




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