「俺の名前はフェルディア・マク・ダマン。 聖杯の寄る辺に従って召喚された君のサーヴァントだ」
男―――フェルディアは覚悟を決めた面構えで、己の真名を桜に明かした。
「せーはい? サーヴァント?」
対する桜はこてんと首を傾げた。 その表情はフェルディアが何を言っているのかよく分からないのだろう。
だがまあ、それは仕方のないことだ。
齢十歳にも満たない少女に常識から隠匿されている魔術、それも約半世紀に一度しかない魔術儀式についての詳細を求めるほうが酷というものだ。
「聖杯は流れ星のようなものだ。 手に入れたらどんな願いでも叶えてくれる……らしい」
フェルディアは幼い桜でも分かるように似通った点のある流れ星を例えに出した。
幼いとはいえ『どんな願いでも叶えてくれる』というフレーズに惹かれたのか桜は少し前のめりになった。
「そしてサーヴァントは聖杯を手にするために召喚された過去の偉人―――簡単に言えば幽霊だ」
「フェルディアさんはオバケなの?」
幽霊。 言葉通りに意味を受け取るのなら死んだ人が成仏できず姿を現したものを指すのだろう。
しかし桜の目から見てフェルディアは幽霊とは程遠い存在だと思えた。 その証拠にフェルディアは桜を居間まで抱きかかえたのだから。
「……俺が怖く、ないのか?」
桜の反応が意外だったのかフェルディアは静かに問いかけた。 年頃の女の子なのだ。 死人や幽霊といった化物を恐れ、怯えるのが普通なのだから。 なのに逃げもせず怯えもしない桜が意外だとフェルディアは感じた。
「うん。 フェルディアさんは私を助けてくれたもん」
だから、怖くないよ。 桜はフェルディアの目を見据えてそう答えた。 その態度にフェルディアは感心した。
フェルディアが生きていた時代、死者はマグ・メル―――俗に言う天国に到達すると言われていたためオバケや幽霊などの怪異は終ぞ見なかったが、どんな悪ガキも「影の国に連れて行くぞ」と言えば泣いて謝ったものだ。
だから常識とは真逆に位置する自分に対して普通に接することができる桜に感心させられたのだ。
「そうか。 すごいな、君は」
「間桐桜」
フェルディアがしみじみとそう言うと桜は自分の名前をフェルディアに告げた。
なぜ、名乗ったのだろう。 フェルディアは首を傾げた。
「私の名前」
それを見て桜はフェルディアが間桐桜を自分の名前だと認識していないと判断したのかそれが自分の名前だと主張した。
「あ、ああ。 それはわかるが……」
なんで名乗ったんだ、と続けようとしたフェルディアの言葉に割って入り―――
「私だけ名前を知ってるのズルいと思うの。 だから、名前で呼んで?」
にぱっと花のような笑顔を浮かべながら名前呼びを催促した。
「わかったよ、サクラ」
桜の笑顔にフェルディアが折れた。 頬を掻きながら話が逸れたな、と呟いて話の軌道を元に戻す。
「桜。 手の甲を見てくれ」
フェルディアは桜に見せるように右手の人差し指で自分の左手の甲を指差した。
それに従うように桜が左手の甲に目線を落とすと、そこには三本の槍が刃を重ねるような赤い紋章が刻まれていた。
「なに、これ?」
「その赤い紋章は令呪と言ってな。 俺たちサーヴァントへの絶対命令権だ」
赤い紋章―――令呪を見て桜はそう呟いた。 昨日はなかったのにいつの間に。 そう思わずにはいられなかった。
もし、これをお姉ちゃんに見られたら悪い子になったと思われちゃうのかな。 そう考えると桜は少し悲しくなった。
「これ、消せないの?」
「いいや? 俺に三回命令すれば消えるぞ」
不安げに桜が手の甲を見せながらフェルディアに聞けば三回お願いをすれば消えるとフェルディアは答えた。
「じゃあ―――」
「―――待て待て待て!」
消えると聞いて桜は安心した。 消えるのなら早めに消しておこうと決めてお願いをしようとして―――焦った顔をしたフェルディアに遮られた。
「……なに?」
「令呪はサーヴァントに対する命令権だ! もし俺がサクラを虐めようとした時の対抗策なんだぞ!?」
止められた桜はぶうっとほっぺを膨らませていた。 それは言外に私、不満です。 とでも言わんばかりの態度だった。
先ほど桜の笑顔に折れたフェルディアだがこればかりは譲れない。
もちろんフェルディアは桜に、そもそも善人に対して自分の力を振るうつもりなど毛頭ない。 これはただの脅しである。
令呪はサーヴァントに対する呪いに相当する。 令呪を使用した命令は精神、肉体共にその命令に拘束し、命令に反する思考、行動を取れなくさせるほどだ。
なるほど。 そこに着目すれば絶対命令権だと思うだろう。
だが、それは令呪が膨大な魔力で構築された肉体を待つサーヴァントを律することができるほどの魔力を有しているからに他ならない。
なら、その魔力をブーストスキルとして応用すればサーヴァントの強化や瞬間移動といった限りなく『魔法』に近い芸当など圧倒的不利な戦況を覆し得る鬼札になる。
だからフェルディアはたった一画でも桜に無闇に使わせるわけにはいかないのだ。
「フェルディアさんはそんなことしないもん!」
「なぁ…ッ!?」
フェルディアが桜を説得するために捲くし立てんと口を開こうとして――――――桜が吼えた。
これに目を剥いたのはフェルディアだ。 肌に刺青のような令呪が刻まれているのが嫌だ、という少女としての思いもあるはずだ。 だが、桜はそれよりも自分を助けてくれたフェルディアがそんなことをするはずがない、と否定してきたのだから。
あまりにも攻めの姿勢の桜。 それの原因が命の危機から颯爽と助けてくれたことによる吊り橋効果だとフェルディアが知る由は無い。
なにせフェルディアが過ごしたアルスターサイクルでは
ましてや少女が男に意見することなんて皆無だった。
いや、国中で引っ張りだこだった
フェルディアの前世に当たる彼なら………気付けたかも知れないが、動乱の時代を死に物狂いで四半世紀も駆け抜けたのだ。 既に平穏に過ごした嘗ての少年時代など磨耗し、擦り切れていた。
だから彼は気付けない。 間桐桜が自分に恋慕の情を抱いていることを。 恋する乙女は強いということを。
「わかった! 認めるよ、認めればいいんだろう! その代わり、令呪は使うなよ! それが条件だ!」
「……わかった」
自分が何を言っても桜が折れないと悟ったのだろう。 フェルディアは降参だ、とでも言わんばかり叫んだ。 もうやけくそだった。
桜もこれがフェルディアにできる最大限の譲歩だと思ったのか、不服そうにだが、フェルディアの意見に了承した。
ただ、その表情からは令呪を消したいと思っているのがひしひしとフェルディアに伝わってくる。
「さ、サクラ。 令呪は俺が魔術で隠すから今日はそれで勘弁してくれないか…?」
「うん……」
フェルディアが恐る恐るそう聞けば、桜は渋々ながら理解を示してくれた。 フェルディアは内心でホッ、と一息つくと同時に自分で自分が居た堪れなくなった。
いや、マスターとサーヴァントとしての関係的には間違ってはいないのだが、通算で半世紀は生きて、コノート最強の騎士とまで謳われた自分が六歳の少女に口論で負かされた、と考えると悲しくなるのも仕方のないことだろう。
「これからサクラの今後に関わる話をする。 心して聞いてくれ」
フェルディアの雰囲気が変わったのを感じ取ったのだろう。 桜は静かにこくん、と頷いた。
フェルディアはごほん、と咳払いを一つしてから切り出した。
「サクラ。 君は令呪を宿し、俺を召喚した。 その所為で君は聖杯戦争に巻き込まれてしまった」
「せーはいせんそう?」
フェルディアは右手で顔を抑え、悲痛の表情でそう告げた。
桜は聖杯戦争を文字通りの意味で捉えた。 誰かがフェルディアが最初に説明した聖杯を求めて戦うのかな、程度に考えた。
「サクラ。 君には今、二つの選択肢がある」
「二つの選択肢?」
フェルディアは右手の桜に突きつけてそう言った。 桜が聞き返すと、そうだ、と答えた。
俺としては此方を推奨する、と前置きにしてフェルディアは口を開いた。
「あと数日もしたら、カリヤという男が帰ってくるらしい」
「カリヤおじさんが?」
フェルディアがそう言うと、桜が僅かに驚きを含んだ声で反応した。
知っているのか、とフェルディアが問うと桜はうん、と答え、よくお土産を買ってきてくれるの、と続けた。
それを聞いたフェルディアは都合がいいな、とひとりごちると―――第一の選択肢を提示した。
「その男が帰ってきたら、俺に死ね、と命じてくれ」
「――――――え?」
フェルディアの言葉に桜の思考が停止した。
「なんで、そんなこと……言うの…?」
時間にして十秒といった所だろうか。 フェルディアの言葉を理解した桜が涙ながらに歩み寄ってくる。
「私、嫌だよ…。 一緒に居たいよ…」
「待て待て。 サクラ、最後まで俺の話を聞いてくれ」
その手は椅子に座っているフェルディアの膝を掴み、ゆさゆさと揺らして拒否をする。フェルディアは桜の持ち上げて膝の上に置き、桜の両目から流れる涙を拭いながら、第二の選択肢を提示した
「俺と一緒に聖杯戦争に参加するってのが第二の選択肢だ」
「そっちがいい……」
それを聞いた桜はフェルディアに抱き付いて、第二の選択肢が良いと答えた。
「怖い目に遭うかも知れないぞ」
「それでもいいの」
桜はフェルディアの胸元に顔を埋め、頬を擦り付けた。 まるで此処は私のものだ、でもとマーキングするかのように。
「今度は助けられないかも知れないぞ」
「大丈夫だよ」
桜はフェルディアを見上げた。 腰に捕まっていた手首に伸ばして―――膝の上で跳ねた。
「フェルディアさんは――――――私の王子様だもんっ!」
跳ねた勢いで桜はフェルディア首に両腕を回した。 フェルディアは危なげなく桜の腰と背中に添えた。 桜の顔がフェルディアの横顔と重なったその瞬間、桜は頬に唇を落とした。
それに驚いたフェルディアが椅子を倒しながら立ち上がる。 おませさんめ。 そう言いながら桜の脇に手を刺してその場で二度、三度と回ってみせた。
曇った顔と涙は消え失せて、年相応の華々しい笑顔だけがフェルディアの瞳に映っていた。
某所同日。
一人の男が空港の公衆電話の前で受話器を耳に当てたまま呆然と立ち竦んでいた。
「今―――なんて、言った?」
『聞こえなかったのか? なら、もう一回言うぞ』
呆れた、と呟いた男の声―――兄への苛立ちと先ほど受話器が耳に届けた言葉が嘘であってくれと切に願いながら―――間桐雁夜は耳を澄ませた。
『遠坂の末妹が間桐の養子になった』
聞き違いじゃない……ッ! あの妖怪爺ッ!
「と、遠坂の末妹は今、どうなってる……?」
腸が煮え繰り返るほどの怒りに蓋をして、雁夜は努めて冷静に、少女の現状を訪ねた。
『知らん。 それよりも―――』
「その話は帰国してから聞く!」
兄、鶴野の上機嫌な声に遂に堪忍袋の尾が切れたのか、雁夜は受話器を叩きつけて、その場を走り去ったにした。
少女の無事を願いながら間桐雁夜は日本への帰国を急いだ。
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六歳児に負かされるサーヴァントってなんなん?