戦車を牽く二頭の名馬が、アイガの殺気が伝染しているのか猛るように一声高く嘶いて突き進む。
その速さは突風のようで。蹄が大地を踏みしめ、車輪が魔力を迸らせながらフェルディアに迫った。
当たれば重傷は免れないその一撃を、フェルディアは地を蹴り戦車を飛び越えることでそれを回避した。
そのことにアイガと五人の勇士達は驚きもしなかった。アイガは手綱を巧みに使って馬に車輪を横滑りさせることで戦車をドリフトさせ、ほかの勇士達はそれぞれの得物を構えて降りてくるフェルディアに備えた。
しかし彼等は次の瞬間、驚かざるを得なかった。
フェルディアが重量に従って大地に落ちてくることなく虚空を踏みつけ当たり前のように空に立っているのだから。
―――フェルディア・マク・ダマンは純粋な人間ではない。
彼はアイルランドに最初に住んでいた伝説の民族フィル・ボルクの末裔である。だがフィル・ボルクはダーナ神族に征服された後にヘブリディーズ諸島に追放され、そこで彼等は妖精に成り果てた。
そしてフェルディアは妖精としての特性を一通り受け継いでいる。だからフェルディアは空を自在に舞うことが出来た。
一同が目を見開いている数瞬の空白を突くようにフェルディアは空を滑空。一直線で僅かに固まった五人を強襲した。
動揺はあったものの流石は勇士達。剣、槍、斧といった武器を持った四人がフェルディアを迎撃せんと飛び掛かり、フードを深く被った魔術師然とした男が少し離れた所で魔杖で火球を生み出して、四人を援護せんとしている。
しかし五人の行為は無意味に終わった。四人が振るった得物はフェルディアが滑空しながら空中を蹴って前転をするように躱し、迫る火球を愛槍で搔き消した。
そして魔術師の男の上を取った瞬間、フェルディアは人間離れした腕力で男の首を無理矢理360度以上は回した。
ぐるりと周囲の景色を一望したあとに第二射の火球が消えた魔杖を落とし、呆然としている仲間達の顔を最期にその男は糸が切れた人形のように膝から崩れ落ち、物言わぬ死体になった。
「―――貴様あああァァァッ!」
一人、真っ先に我に返った剣使いが激昂しながら飛び出した。振りかざした名剣には魔力が迸り、並の剣とは一線を画しているのは明白だった。
激昂した剣使いに遅れて、続くように双剣使いに槍使い、斧使いがフェルディアに突撃する中、アイガだけが戦車を停止させて腰に吊るしている剣と手綱のどちらを取るかに迷い、視線を右往左往させていた。
このまま戦車を吶喊させても明らかに激昂している仲間達がそれに気付くかどうかが分からなかった。もしかしたら仲間だけを轢いてしまうかも知れない。だが、戦車の御者としての腕は一流だったが彼女には戦士としての才能が欠如していた。だから、もし自分があの中に剣を持って混じったとしても足手纏いになるのは必然だ。
そのことが原因でアイガは決断を下せずにいた。
振るわれた名剣に対してフェルディアは躊躇うことなく刀に拳を叩き付けた。
剣使いはフェルディアの愚行とも取れる行動を嗤ったが、直後―――ガキンという音を立てて剣が砕け、砕けた剣の切っ先が拳の勢いで飛来して、剣使いの脳を貫いた。
剣使いが仰向けに倒れ行く中、双剣使いがフェルディアの懐に飛び込み、槍使いが双剣使いの背後から、槍の距離を活かして心臓めがけて突きを放ち、斧使いがフェルディアの背後から袈裟斬りを繰り出そうとしていた。
流れるように行われた見事な連携にフェルディアは感嘆することなく、どう足掻いても重傷は免れない攻撃に脅威を覚える訳でもなく、淡々と対処を決行した。
双剣使いの首をハイキックでへし折って殺し、斧使いには迅雷の如き突きを放ち、心臓を寸分違えることなく貫いた。 そして槍使いの一撃を―――受け止めた。
それを見て仲間の仇を取れたと思った槍使いは―――次の瞬間、絶望に落とされた。
仲間の誰かの一撃で全てを決するために己の命さえも天秤に掛けて放った文字通り、乾坤一擲の一撃がフェルディアに通じなかったのだ。
それがまるで仲間たちの行った行為が無駄死にだったとでも言わんばかりの現状に、槍使いは血涙を流さんとばかりにフェルディアを睨み、怒号した。
「フェルディアァァァッッッ!!!」
そんな槍使いにフェルディアは無機質な瞳を向けてただ一声、残念だったな、とだけ告げると彼の首を愛槍で斬り落とした。
仲間達が決死の覚悟で挑んだにも関わらず、あっさりと敗れ去った事実にアイガはただ、御者台にへたり込むことしか出来なかった。
*
フェルディアは圧倒的な強さで五人を撃破したが、逆にクー・フーリンとオイフェの対決は終始オイフェが優位に立っていた。
両者の条件だけならば半神半人に加えて地の利があるクー・フーリンの方が有利である。
だがオイフェは隔絶した技量と―――スカサハを絶対に殺す、という執念を以ってクー・フーリンが持つアドバンテージの悉くを凌駕した。
そしてオイフェの長槍と短槍という奇怪な組み合わせがクー・フーリンを攻めに転じさせずにいた。
「どうしたクー・フーリン。 攻めが微温いぞ」
「くそが……ッ!」
既に百を超える応酬を経たが、オイフェが右腕一本でまるで槍衾のような刺突を繰り出し、クー・フーリンの反撃を振り払う長槍は、クー・フーリンが両手で操っている魔槍以上の速度と重さを誇っていた。
それに加えて片腕だけで振るわれるクー・フーリンにとって未知である槍術は、変幻自在で奇抜な軌跡を描いてクー・フーリンに襲いかかる。
それでも攻撃の合間には隙を見せるのだが、その隙を突こうとするクー・フーリンを牽制するかのように黄の短槍がその切っ先をクー・フーリンに向けられる。
しかし多少の危険を伴うが、その短槍を恐れずに飛びかかればオイフェに痛手を与えれるかも知れない。
だが―――クー・フーリンの本能が訴えかけてくるのだ。
あの短槍には近寄るな、と。 近寄れば―――取り返しのつかない事態に陥ると。
クー・フーリンは知らぬことだが、その警告を信じているからこそ怪我こそ負ってはいるものの、そのお陰で未だにオイフェと打ち合えていた。
だがついにオイフェがクー・フーリンの挙動に慣れたのか、胴体めがけて放たれた渾身の蹴りが腹部を捉えた。
クー・フーリンは大きく後方に蹴飛ばされた。 地面を転がりながら、ある程度オイフェから距離が離れた所で鮭のように飛び跳ね、山岳を消し飛ばし得る膂力を込めて魔槍をオイフェへと振るった。
しかしオイフェはその一撃を回るように避け、そのまま勢いを乗せた長槍でクー・フーリンの頬を打ち抜いた。
今度は転がることすら出来ずにクー・フーリンは地面に叩き付けられた。
それでもクー・フーリンが立ち上がろうとした明確な隙を見せた瞬間―――オイフェは容赦無くクー・フーリンの背骨を踏み砕いた。
「ぐあああああッ!?」
堪らずクー・フーリンが上げた悲鳴を気にも留めず、オイフェは黄の短槍をクー・フーリンに突き付け、短槍に魔力を巡らせ、その真価を発揮させるために短槍の銘を口にした。
「この槍の名は―――
すると黄色い短槍は、オイフェの持っていた魔槍の模造品以上の禍々しい魔力を渦巻かせて、その切っ先でクー・フーリンを睨めつけた。
そしてオイフェがクー・フーリンの頭蓋を刺し貫こうとした瞬間―――
「―――
―――丘を三つ切り裂いた剣光がオイフェめがけて振り抜かれた。
しかしそれも決定打とは成らず。 オイフェは必滅の黄薔薇に張り巡らせた魔力を解き、右腕で握っていた魔槍の模造品に魔力を注ぎ込み―――真っ向から虹霓を受け止めた。
それでも、クー・フーリンの背中からオイフェを引き剥がすことには成功した。
それを視認したフェルグスは、クー・フーリンに駆け寄って彼の腕を自分の肩に回させ、オイフェから距離を取った。
「セタンタ!大丈夫か!?」
「ん……? ああ、叔父貴か…」
「ま、待て! 死ぬぞ、セタンタ!」
フェルグスに掛けられた声で朦朧とした意識が目覚め、自分が身を預けていることに気付いたのか、クー・フーリンは悪いな、とだけ告げてするりと抜け出し、オイフェに向かって歩き始めた。
かなりの重傷で動けるとは思っていなかったのだろう。 フェルグスはクー・フーリンの肩を掴むための手を伸ばせずに声を掛けることしか出来なかった。
「それなら、問題ねえよ。 あと少しで……何かが掴めそうなんだ―――」
――――――いいぞ、我が愛子よ。 嗚呼、お前を寵愛させてくれ。
人知れぬ天にて太陽は独り笑う。 愛する息子の成長を我が事のように喜んでいた。
「さあ―――第二ラウンドだ、オイフェ…ッ!」
―――その身体が僅かに肥大しつつあることに誰も気付けなかった。
*
フェルディアに放たれた二振りの宝具が路面を吹き飛ばし、木っ端微塵に砕け散ったアスファルトが粉塵となって舞い上がり、倉庫街にいる全員の視野を覆い尽くした。
「……ッ!」
まるで石礫を無造作に放り投げたかのように杜撰な投擲からは考えられない破壊力に、全員が息を呑んだ。
未だ砂埃が舞っている中でも煌々と存在を証明する赤い影は立っていた。
フェルディアは健在だった。粉塵の中にいたにも関わらずその身には一切の汚れは無く、一歩たりとも逸れていない足許にはクレーターが出来ていた。
アーチャーが放った剣は射線を寸分違えず放たれたのか、クレーターに突き刺さっていたが、槍だけはクレーターを生み出すことなくフェルディアの足許に転がっていた。
まさに神速で行われた一連の流れを、少なくともこの場に居たマスターたちには何が起こったかさえ理解できなかった。
「槍兵のクラスで現界しているにしてはえらく頑丈な奴よのぅ」
「あいつ、何をしたんだよ!?」
「なんだ、分からんかったのか?」
思わずライダーが唸り声を交えて感想を口にした。
それに反応したウェイバーにライダーが問われ、先の攻防を簡潔に告げた。
「
それを聞いたウェイバーが信じられるか、と叫んだが、セイバーやライダー、他のマスターたちだって同じ思いだった。アーチャーの不可解な攻撃手段にも驚かされたが、超兵器とさえ言える宝具をまともに喰らって傷一つないなど―――出鱈目にもほどがあるだろう。
しかしアーチャーだけは先ほどの怒りが解消したのか、その美貌を歪めて愉快だと言わんばかりに喜悦を含んだ声で―――眼下に立つ
「先ずは貴様の頑健さを認めてやろう。 深淵の勇者―――フェルディアよ」
―――フェルディア
その名を知らぬ者などこの場には居なかった。現に、その場に居合わせた全員が、ランサーが宝具を浴びて無傷で健在していたことに納得がいったのだから。
曰く―――最強の英雄。豪傑が集うアルスター・サイクルにおいて、魔槍ゲイ・ボルク以外ではまともに傷を付けることすら能わなかったという頑健さを誇っていたという。
曰く―――影の国に伝わる妙技の数々を修めていながら、それら全てを他者とは隔絶した領域まで仕上げた達人。
そして何より―――ケルト神話の主神ルーと三日三晩の激闘を繰り広げたという逸話が、彼の名の知名度を押し上げていた。
難敵だとは思っていたが、その名を聞いてその危険度は無尽蔵な宝具を誇るアーチャーに匹敵すると考えていいだろう、と今この時、マスター達の思考が合致した。
「俺のこと知ってるのか、アーチャー」
「只人の身で神話の頂点に立った男を知らぬほど、我が無知蒙昧に見えると申すか?」
そんな渦中に立っているフェルディアは、自らの真名が露見したことに対して愛槍を弄ぶのをやめて、心底嬉しそうな声でそのことを喜んでいた。
それに対してアーチャーは鼻を鳴らしてから答え、その背後に先ほどの比ではない数の宝具を展開させた。
その数は先の十倍では効かない五十を超え―――百の大台へと到達しているだろう。
それに対してフェルディアも、愛槍に魔力を滾らせながら、妖精の特性である空中飛行を駆使して空へと浮き上がった。
「逃げますよ、アイリスフィール!」
「―――いかんッ! しっかり捕まっとれよ、坊主!」
セイバーは直感で、フェルディアが浮かぶよりも先に代行のマスターであるアイリスフィールを有無を言わせずに抱え上げ、魔力放出でのブーストまでもを駆使して迅速に倉庫街からの撤退を選択した。
それを見たライダーも、史上屈指の戦略家であるが故にこれから始まる戦闘の規模を悟り、大人しく撤退を決断。 片腕で手綱を取り、もう片方の腕でウェイバーを小脇に抱えて戦車を虚空へと駆け上がらせた。
「―――他の奴らを逃してもいいのか?」
「戯け。我と見えるのは真の英雄のみで良い」
フェルディアの問いにアーチャーは他の連中より自分を優先して狙うと返答し、そう告げられたフェルディアはより獰猛に笑い―――自分をこの聖杯戦争に手繰り寄せてくれた桜に感謝の念を捧げた。
あのスカサハでさえもこの男の前では手間取るに違いない。そんな確信を胸に、フェルディアはアーチャー目掛けて飛翔し、アーチャーは宝物庫の鍵を開いた。
―――たった今、聖杯戦争二日目にして史上最大の闘争が幕を切った。
正直後書きで一回はやってみたかったこと
Q:感謝してる?じゃあ桜への感謝を示す方法は?
A:フェルディア「明日の夕飯はチーズハンバーグだぞ!」