ようこそ特才研究所 1
―――本当にこれでいいの? と、■■■が言った。
―――ああ、これでいいんだ。と、俺は言った。
これは俺が選んだことだ。例え、大切なものが全部壊れてしまうとしても構わない。これだけが、きっと、俺の……■■■の生きてきた証になると思うから。
―――それじゃあ、あとは任せた。
そう言うと、■■■は悲しそうな顔をした。そんな顔をするなよ。俺は、大丈夫だからさ。
―――じゃあな。もう二度と会わないことを、願ってる。
俺は■■■と別れる。でも、これが終わりじゃない。ここからが始まりだ。
薄れゆく意識の中で。俺は、そんなことを考えた。
ダンガンロンパ FAKE
「……え、き…………てるぅ?」
柔らかい声が聞こえる。
「おー………きてぇ……………ぇ?」
脳を溶かすくらい甘い声。
「……きてってばぁ、ね……………おーい?」
なんだか懐かしくて、それでいて心地よくて……。
「起きてってばぁっ!」
「うわぁぁぁっ!?」
……だからこそ。急に大きな声を出されると、ものすごくビックリする。うとうととした微睡みもどこかへ飛んでいき、なんだなんだと顔をあげると……そこにいたのは、女の子だった。
「もぉー、やっと起きたぁ。さっきからずーっと起きてぇって言ってるのに、なかなか起きないんだもぉん」
蜂蜜みたいな甘い声に、間延びした話し方。ふわふわとした黄緑色のミディアムボブの髪の毛。童顔だが、目元の泣き黒子が色っぽい。ほっぺたを膨らませて、俺を可愛く睨み付けるその女の子に見覚えはなかった。
「……ごめん」
「まあ、別に謝らなくてもいいけどさぁ。……それよりさぁ」
女の子は綺麗なターンで、くるりと辺りを見回した。顔にかかった髪の毛をさっと手で払うと、はにかむように笑う。
「ここ、どこか知ってるぅ?」
「……え?」
言われて、辺りを見る。少し黄ばんだ白い壁と、等間隔で配置された、理科室に置いてあるような長机が六つ。どことなく理科室っぽいが、見覚えのあるいつもの学校の理科室ではない。
部屋の天井近くの四隅に何も映されていないテレビが設置されている。本来窓があるだろう場所は、がっちりとボルトで固定された鉄板で塞がれている。
……ここはどこだ?
「いや、知らない。どこだここ」
って言うか、俺はなんでこんなところに居るんだ? 記憶に靄がかかったみたいに何も思い出せない。辛うじて思い出せるのは……自分の名前、だけだ。
「んー、君もわかんないかぁ。あたしもわかんないんだよねぇ。人がいないかなぁって一つ一つ部屋を見て回ってるときに君を見つけたからぁ、なにか知ってるかなぁと思って起こしたんだけどぉ……あたしと同じように眠ってただけっぽいねぇ」
どうやらこの女の子も俺と同じ状況のようで、何もわからないみたいだ……って、これかなり不味い状況なんじゃないか? 二人して見覚えのない場所にいるなんて普通じゃないぞ。一体何が起こってるんだ?
「あ、そーだぁ、自己紹介! いやぁ、すっかりうっかり忘れてたぁ。これから一緒に行動するんだからぁ、自己紹介は大切だよねぇ」
「え、一緒に行動って?」
「あれぇ? 探索しないのぉ? だってさぁ、全く知らない場所にいるのにぃ、あたしたちは特に拘束されてないんだよぉ? これが誘拐とかだったとしてもぉ、この場所の探索はしていいってことだと思うんだぁ」
口元に指を当ててそう言う女の子は、こんなおかしい状況だってのにやけに冷静だ。こいつが言う通り、俺たちは今、誘拐されてるみたいな状況に居るんだぞ? それに、こいつは今さっき目覚めたみたいな口ぶりだったんだ。普通混乱して、まともに物を考えるなんてできないだろ。なのになんでこんなに普通にしてられるんだ? まるで……
「こういうのに、慣れてるみたいじゃないか」
「んぅ? こういうのってぇ?」
「え、あっ……」
しまった、口に出てたみたいだ。
「あぁ! こういう状況に、ってことかなぁ? んー、別に慣れてるとかじゃないんだけどぉ。何て言ったらいいのかなぁ?
……はぁ?
「今、何て言った? 幸せ?」
「うん。幸せぇ。あたしは今も昔もこれからも、ずっとずーっと幸せだよぉ?」
こいつが何を言ってるのか理解できない。だってさぬき言ってたじゃないか、誘拐されたみたいって。誘拐されたみたいなのに幸せ? ここがどこかもわからないのに、幸せ?
「……いや、なんだよそれ。おかしいだろ、こんな状況で」
「なんにもおかしくないよぉ。あたしはぁ、『超高校級の幸運』だからねぇ!」
「『超高校級の幸運』……?」
「うん。あたしは『超高校級の幸運』の、
『超高校級』。その言葉を聞いたとき、頭の奥がピキリと疼いた。それと同時に思い出す。希望ヶ峰学園からスカウトされたこと。期待と希望を胸に、希望が峰学園の門をくぐったこと……でも、その先が思い出せない。俺の記憶は、そこまででぷっつりと途絶えている。
「……大丈夫? 顔色悪いよぉ?」
「……いや、大丈夫、だよ。大丈夫、俺は」
急に記憶が戻った影響なのか、まだ頭がくらくらするけど……大丈夫だ。こいつの……四葉の話を聞くくらいなら、できる。
「本当? それならいいけどぉ……。希望ヶ峰学園からスカウトされてぇ、校舎に入ったら急にくらくらってしてぇ、それで、気づいたらこの場所で眠ってたみたいなんだぁ。不思議だよねぇ、何が起きたんだろぉ」
「……俺もそうだよ。希望ヶ峰学園からスカウトされて、門をくぐったと思ったらここにいた」
「えぇ、本当!? ってことは、君も『超高校級』なのぉ?」
「ああ、そうだよ。俺は
……あれ?
「『超高校級の』ぉ……?」
「『超高校級の』……」
おかしいな、そんなはずないだろ。だって俺は確かに希望ヶ峰学園からスカウトされたんだ。転校手続きをして、荷物を整えて、希望ヶ峰学園の、門を、くぐって……なのに……。
自分の才能が、思い出せない。
「もしかして、自分の才能がわからないのぉ?」
四葉に言われて、はっきりと自分の才能がわからないことを自覚させられた。そして、怖くなった。自分のいる場所がわからないことが、自分のことがわからないことが、なにもかもわからないことだらけなのが、怖い。
そして、目の前にいる四葉にどう思われているかがわからないのが、とても怖い。
「いや、はは、違うんだよ。確かに俺は『超高校級』のはずなんだよ。だって、俺は覚えてるんだ! 希望ヶ峰学園からスカウトされたこと! 本当に希望ヶ峰学園に来たんだよ! 嘘じゃない!」
「侑李クン、ちょっとぉ……」
「俺は嘘なんかついてないんだって! なあ、信じてくれよ!」
「落ち着いてよぉ、侑李クン!」
「俺は、超高校級の!」
「落ち着いてってばぁ!」
はっと我に帰ると、心配そうな四葉の顔が目に映った。……急速に頭が冷えていく。情けない自分の姿を自覚して、無意識に謝罪がこぼれた。
「……ごめん」
「……落ち着いたぁ? もぉ、急におっきぃ声出すんだもん、ビックリしたよぉ。あたし、一度も侑李クンのこと嘘つきなんて言ってないよぉ?」
「あ……そっか、そうだよな。ごめん」
「もぉ、侑李クン、さっきから謝ってばっかりぃ。……仕方ないと思うよぉ。怖いよねぇ、いきなりこんなわけのわからない所に居て、自分のこともわからなくなってるなんてぇ。あたしは幸運だから幸せだけどぉ、そうじゃない侑李クンは、不安だよねぇ」
四葉は優しく微笑みながらそう言った。その様子を見て、ますます自分が情けなくなってくる。取り乱して、喚き散らして、それを女の子に止めてもらって。……最低だ、俺。
「こーら、暗い顔しないのぉ! 不安でたまらないだろうけどぉ、侑李クンは一人じゃないんだよぉ。あたしがここにいるし、それにこの建物って結構広そうなんだぁ。もしかしたら、あたしたち以外にも人がいるかもしれないよぉ? だからぁ、探しに行こぉ。あたしたち二人で」
「……あぁ、わかった。行こう」
俺は四葉の言葉にうなずいた。いつまでもここでうじうじしていたって仕方がないし、四葉に余計な負担をかけてしまう。それに、四葉の言うことももっともだ。こんなよくわからない状況で、動けるのに動かないなんてもったいない。
そうして、俺が立ち上がったとき。今まで何も映していない、真っ暗だったテレビが、砂嵐に変わった。
ザリザリと不快な音が部屋のなかに響く。やがて、声が聞こえてきた。
『あー、あー、マイクテス、マイクテス……ごほん。館内放送です。オマエラ、もう目は覚めた? 覚めたよね? まだまだ寝てるような寝坊助さんは、さすがにいないよね? これより最初の集会を行いますので、直ちに多目的ホールにお集まりください。遅れたら怒っちゃうからね! プンプンだからね!
それでは、館内放送でした』
……不愉快な声だった。ねっとりとまとわりつくような声。その声は、言いたいことだけを言って聞こえなくなった。どうやら俺たちは、多目的ホールとやらに行かなければならないらしい。
「あちゃぁ、結局探索出来なかったねぇ」
「……何が目的なんだろうな」
「さぁねぇ。とりあえず、多目的ホールってところに行けばわかるんじゃないかなぁ?」
「じゃあ、行くか。多目的ホール」
「うん。れっつごぉ!」
部屋を出ると、長い長い廊下が現れた。廊下は全面真っ白で、さっきの部屋と同じように、窓らしきところは例外なく鉄板で塞がれている。さっきの理科室っぽい部屋といい、真っ白い廊下といい、なんだか研究所っぽい建物だ。
「うーん、マップとかないのかなぁ? 多目的ホールってだけ言われてもぉ、全然場所がわからないよぉ」
「確かにわっかんねぇな……どこまでも廊下って感じだし」
「んぅー……あぁ! これに入ってるかも!」
「ん? なんだそれ、スマホ?」
四葉がポケットから取り出したのは、見たことのない型のスマホのような携帯端末だ。起動に四苦八苦しているが……四葉って、機械に弱いのか?
「んぅ? わかんない」
「わかんない……って、お前のだろ?」
「んー、多分あたしのなんだけどねぇ。これ、ここに来てからあたしのポケットに入ってたものなんだぁ。あたしが普段ポケットに入れてる物は全部無くってぇ、代わりにこれが入ってたのぉ。そう言えば、侑李クンはどお? 持ち物、ちゃんとあるぅ?」
四葉に言われて、自分のポケットを探る。いつも入れてたミントスとか、俺のスマホとかはなくて、代わりに出てきたのは四葉が持ってるのと同じ携帯端末だった。
「俺も一緒だ。俺が持ってるものがなくて、こいつが入ってた」
「やっぱりぃ。じゃあ、多分他の人もそうなんだねぇ……あ、起動したぁ」
「他の人……って、あぁ、なるほど」
さっきの謎の声の放送。あれは明らかに多人数を意識した物だった。建物も広そうだし、俺たちとあの声の他にも人がいる可能性があるってことか。
「あ! これ!」
「どうした?」
「この端末、起動時に自分の名前と超高校級の才能が画面に表示されるみたい! 侑李クンもぉ、これを起動すれば自分の才能がわかるかもぉ!」
「マジか!? どうやって起動するんだ?」
四葉に教えてもらいながら、自分の端末を起動する。真っ黒だった画面に光が点り、四葉の言った通りに自分の名前が表示され……。
「……! おいおい、なんだよそれ……」
一緒に表示された自分の才能は、『超高校級の???』となっていた。なんだよそれ、どうなってんだ? これを俺に持たせた奴にも、俺の才能はわからないってことなのか? そんなのありかよ……。
「そんなぁ……。ごめんねぇ、侑李クン。変に期待持たせちゃってぇ……」
「……いや、いいよ。端末起動してもわかんないんじゃ、仕方ないって」
四葉のせいでもないんだし、四葉に文句を言うのも筋違いだ。俺が文句を言うべきなのは……あの声の奴。恐らく俺たちを誘拐した黒幕だ。
「そういや、マップは? ……あった」
端末には様々なタブが表示されており、そこには『MAP
』も存在した。開くと電子マップが表示され、自分達の現在位置と思われる場所には赤い光点が点滅していた。この端末、割と便利っぽいかもしれない。
「多目的ホールは、この先だねぇ。場所もわかったことだしぃ、行こっかぁ」
「おう、そうだな。声の奴にあったら文句のひとつでも言ってやる」
「その意気だよ、侑李クン。れっつごぉ!」
俺たちはマップを頼りに、多目的ホールに向かって歩き始めた。
「あー! またまた人が来たよ! あ! 今度はお二人さん! どーぞどーぞ、中に入って!」
多目的ホールは、俺たちのいる位置からそこまで遠くなかった。そこまでの廊下や連絡通路の窓も見てみたが、やっぱり鉄板で塞がれていた。どうやらこの場所は、絶対に外が見えない構造になっているらしい。閉塞感で息苦しくなってきた。
多目的ホールの扉を開けると、元気のいい女の子の声が聞こえてきた。言われるままに中に入ると、そこには制服がバラバラの、13人の高校生がいた。……こいつら全員超高校級なのか。そう思うと、なんか緊張するな。なんでだろ。
「んー……結構いっぱいだし、これで全員かな? かな?」
「恐らくは。あの不協和音のような館内放送があってから結構時間が経っている。これで全員でなければ、そいつはまだ寝ていることになるだろうな」
「しっかし15人っすかぁ……どういう集まりなんすかねぇ、これ」
「ちょっと待て! 16人だよ、ちゃんと数えろ!」
派手な茶髪の男の発言に被せるようにどこからかでかい声が聞こえた。しかし、周りを見ても声の発生源は確認できない。同時に数も数えたが、この場にいるのは俺と四葉を合わせて15人だ。じゃあ、今の声はいったい誰なんだ?
「探し回るんじゃねぇよ! 居るだろ、さっきから入り口の前に! よく見ろ! 目を凝らして! よく見ろよ!」
「はぁ? 入り口の前に人なんて……ってうわぁ!? 居る!」
謎の声の言う通りに入り口の前を見ると……居た。背丈はちっさくて、髪は金髪。それで、その……着ているのは普通の制服なんだが、中に虹色のパーカーを着ているのと、背中に金色の翼がついてる。……なんで今まで気づかなかったんだってくらいド派手だ。なんなんだコイツ。
「ようやく……ようやく俺を認知してくれたか……とりあえずいいか? この部屋に居るのは、全員で、16人だ。わかったな?」
「は、はいっす……すんません」
「なになにぃ!? 羽だぁ! なんで羽なんかつけてるの!? え、もしかして生えてるの!? だって普通制服に羽なんてつけないもんね! すっごーい、痕跡欲しいなぁ……あれ、いつの間にかいない!? どこ行ったのー!?」
「居るよ! さっきの位置から一歩も動いてねぇよ! ちっくしょう、やっぱこうなるのかよー!」
なんかさっきの女の子と派手な奴がコントを始めた。なんというか、その……随分と気楽な奴等だな。『超高校級』って皆こんなに危機感がないんだろうか。
「ねぇねぇ侑李クン! すごいねぇ、あの人。あんなに派手なのに、注意して見てないとすぐ見失っちゃうよぉ。あの人の才能ってきっとあれだよねぇ。やっぱり『超高校級』ってすごいしぃ、面白いねぇ」
「……待ってください。そこの人、そこの、黄緑色の髪の人です。あなた今、『超高校級』って言わはりました?」
四葉の何気ない一言に、和服の女の子が反応した。鋭い目線をこちらに向ける女の子は、ぶっちゃけめちゃくちゃ怖い。
「言ったよぉ。だってぇ、皆そうでしょぉ? あたしも、ここにいる侑李クンも『超高校級』なんだよぉ。だったらさぁ、ここにいる全員が『超高校級』って考えた方が自然でしょぉ?」
「ここにいる全員が、『超高校級』……?」
改めて部屋に居る全員を見渡す。あの派手な奴と小さい女の子のコントで若干場が和んでいたが、今はホールに入ってきたときよりも緊張感がある。やっぱり四葉の予想通り、ここにいる人間は全員『超高校級』だ。一人一人の目線や顔付きからなんとなくわかる。そして、全員が『超高校級』だと確定した、ということは。
「俺たちをここに連れてきた奴……放送のあいつって、相当ヤバイ奴なんじゃないか? 『超高校級』を15……いや、16人も同時に誘拐できるなんて、普通じゃないだろ」
俺の『誘拐』という一言で、皆の顔がさらに固まった。緊張が、不安が、皆から嫌ってほど伝わってくる。
「『普通じゃない』のは当然の事だ。そもそも『普通』というのはそれだけで完結する言葉ではない。正しく言えば、『自らにとっての普通』という言葉に言い換えられるだろう」
発言したのは、学ランの少年だ。俺を真っ直ぐに見据えるその表情からは感情が読み取れず、発言も合わせて、彼が何を考えているのかがさっぱりとわからない。
「……何が言いたいんだよ。言ってることはなんとなくわかるけど、言いたいことがわからないぞ」
「言った通りの事だ。俺は、『普通』の定義について話していた。普通という言葉を使うことに否定はしないが、それが普通ではないことを覚えておけ、ということだ」
「……はぁ?」
いや、本当にこいつは何が言いたいんだ? このよくわかんない状況で普通がどうのこうのとか……そんなこと言ってなんの意味があるんだ?
「……考えているな。考えることはいいことだ。特に今はこの不可解な状況だ。いつにもまして考えを止めてはならない」
「……はぁ」
「ふむ、生返事をするほどに考えを巡らせているのか。それは本当にいいことだ。考えることをやめてしまえば人は人ではなくなる。人は考える獣だ。故に獣が人であるためには考えなければならん。まあ、あまり思いに耽っても、重要な何かを逃してしまうこともあるがな。……諸君、忘れてはいまいな。恐らく、そろそろだ」
はぁ? そろそろ? そろそろってなんの事だよ? そう言おうとして……気づく。多目的ホールの最奥。設置された演台から覗く、赤い視線に。
「はぁ~あ。嫌んなっちゃうなぁもう。折角ド派手な登場でオマエラの視線をクギヅケにしようと思ってたのに、オマエラはそぉんな無表情な男子高校生なんかにクギヅケなんだもの。知ってる? 男子高校生っていうのはこの世で一番価値の無い生き物なんだって。そんな価値の無い生き物にクギヅケなんて、オマエラ自分の人生をムダにしてるよぉ。ムダムダ。あぁ嫌だ嫌だ」
そこに居たのは可愛いぬいぐるみだ。体の真ん中から右側を黒、左側を白に塗り分けられた、熊のぬいぐるみ。そいつから聞こえる声は、さっきの放送で喋っていた謎の声と一致している。
「その点、ボクのこの体を見てよ。とってもプリチーで、それでいて……」
「うわぁ! すごい! あれ、自立式のアンドロイドじゃない!? 本物なんて始めてみたよ! しかもぬいぐるみ型! ネジの一本でもいいから貰えないかなぁ……?」
「マジかよ、すっげえ珍しいじゃん!? あーもう、なんでオレはこういう肝心なときに録画機器持ってねぇかなぁ!」
「『男子高校生はこの世で一番価値の無い生き物』? ……そんな話は聞いたこともないな。面白い。考える価値がありそうだ。……そもそも、男子高校生というのは……」
「おいおい、この学ランまたなんかぶつぶつ言い始めたぞ! いい加減誰か止めろよ! なんかの話が始まるんじゃねえの!?」
「うおぉ!? い、居たんすか!?」
「居るよ! なんでこの状況でここから移動するんだよ、おかしいだろ! ずっと居るわ! っつーかさっきから一歩も動いてねえって言ってんだろうがぁ!」
「うるさーい! ボクにクギヅケになってくれたのはいいけど、騒いで良いとは一言も言って無いぞぅ! まったく、ボクはオマエラのこと、そんな風に育てた覚えはありません!」
「あんたに育てられた覚えなんかあらへんわ。冗談ばっかり言わんでくれます?」
うわうわ、なんかごちゃごちゃしてきたぞ、大丈夫か? あの熊のぬいぐるみの声が放送の声と同じってことは、少なくとも俺たちをここに連れてきた奴の一人……一匹? ではあるわけで。怒らせたらヤバイんじゃ……?
「ちょっと皆ぁ!」
四葉が声を上げた。あの白黒の熊も含め、全員の目が四葉に向く。
「色々不安なのもわかるけどぉ、一旦、この熊ちゃんの話を聞こうよぉ。あたしたちここについても、どうしてここにつれてこられたのかについても、なんにもわからないんだよぉ! 熊ちゃんが皆をここに呼んでぇ、わざわざこうやって出てきてくれたってことはぁ、あたしたちに何かヒントをくれるってことでしょぉ? だったらちゃんと聞かないと駄目だよぉ」
四葉の言葉に、ホールはシンと静まり返る。それを見た熊が、ニヤリと笑った気がした。
「偉いなぁ四葉さんは。皆も、四葉さんを見習った方がいいんじゃない? 目上の人の話はちゃんと聞かなきゃって言うでしょう? どんなクソみたいな話でも、嘘っぱちの武勇伝でも、聞かなきゃ生きていけないよ?」
「いや、あんた人じゃなくて熊じゃないっすか!」
熊が四葉の名前を呼ぶ。あんな端末作るだけあって、全員の名前は把握してるらしい。
「さてさて、なんかシラけてきちゃったからそろそろ本題に入りますね。オマエラ、ここがどこかわからないでしょ? わからないよね? だって今、オマエラはここに初めてきたんだからね! ここは『特別才能研究所』。略して、『特才研究所』! 数ある『超高校級』の才能の中でもより理解を深め、研究する価値があると判断された選りすぐりの才能を集めて研究する場所なのです! そしてボクはモノクマ。『特才研究所』の研究所長なのだー!」
高笑いと共にこの場所と、自分の名前を告げるモノクマ。モノクロの熊だから、モノクマ? ……疑問はいっぱいある。特別な才能って言ったって、なんの告知も無しにいきなりこんなところに放り込むか? 希望ヶ峰学園に入ったあとの記憶がないのもおかしいし、俺の……才能に関しての記憶がないのもおかしい。このモノクマとやらの言葉は、何もかもがうさんくさい。……嘘を言ってるようには見えないのが恐ろしいけど。
「選りすぐりの才能……っすか?」
「そう! オマエラは『超高校級』の中でもエリートってことだね。エリートのエリートって言うと、なんかとんでもない高みにいる気がしてくるけど、実際はそんなこと無いから安心してね! それで、オマエラには才能の研究のためにここで共同生活を送ってもらいます!」
「はいはーい! 質問しつもーん! 共同生活って、いつまで? 一年間とか、二年間とか? とりあえず、一回も希望ヶ峰学園に通わないとか無いよね?」
「良い質問だね! 良い質問には、答えないとね! 共同生活の期限は……無期限です!」
「……ん? 無期限って……無期限!?」
「待って、無期限て……帰れへん言うことですか!?」
「はい! オマエラは、一生ここから出られません! 従って、帰ることもできないのです!」
「いやいやいや、流石の希望ヶ峰学園でもそこまではしないでしょ! それが本当だったら私、友達1000人作れなくなっちゃうじゃん!」
「そもそも食料とかどうするんすか! だってここ、窓とか鉄板で塞がれてたっすよね!? こんな、完璧に閉じ込められるなんて、皆飢え死にしちまうっすよ!」
「食料に関しては心配しなくて良いよ。ちゃんと、ボクが定期的に補給しておくからね!」
無期限の一言で、周囲がざわつく。俺の背にも冷たいものが走る。皆が取り乱しているのに、四葉だけが自然体だった。思わず四葉に目をやると、四葉は柔らかく微笑んだ。
「うるさいなぁもう! さっき、四葉さんが注意してくれたばっかりでしょ? ボクは、この研究所の所長なんだよ? 目上の人の話はちゃんと聞かないとだめじゃない」
「いや、だからあんた人じゃなくて熊じゃないっすか!」
「いや、人とは考える獣だ。身体能力と引き換えに考える脳を得た獣なのだ。つまり、言い換えると獣でも人になれるということなのかもしれない。モノクマは獣であるが、考えている。つまり奴は人なのだ」
「いや、今そういう話はいいっすから!」
「いや、しかし……もしかしたら俺は、人というそのものの定義から考え直さねばならないのかもしれない……」
「いいって言ってるじゃないっすかぁ! もう!」
「まったく、オマエラは無駄話が好きだなぁ。ここからが大事なところなのに、聞き逃しても知らないよ? さて、オマエラの中にも、やっぱり帰りたいって言う人が居るでしょう? オマエラを預かる所長として、そういった要望に答えられないのはどうかと思ってね。なんと! ここから帰るためのルールをご用意しましたぁ♪」
「なんなんだよ、その、帰るためのルールって」
「それはね……」
モノクマの目が怪しく光る。奴の動くはずの無い口が、一層ニヤリと歪んだ気がして、俺は思わず一歩後ずさった。
「人が人を殺すことだよ」
……はぁ?
「人……殺……ふぇえ?」
「モノクマ……あんた今何言ったんすか? 人殺すことがここから出る条件って、それ
「うぷぷ! 当然だよ! このボクが嘘をついたり、冗談を言ったりすることなんてありえないからね!」
「少なくとも冗談は言ってたけどぉ……?」
「どんな場所で、どんな方法でもオッケー! 誰にもバレないように人を殺せば、その人はこの研究所から追放! 出ていってもらいます! 人殺しなんて、この研究所に置いておけないからね!」
四葉のツッコミなど意にも介さず。モノクマは含み笑いでそう言い放った。空気が張り詰め、誰も動かない中で一人。手を強く握りしめ、ホールの床を強く踏みしめてモノクマを睨み付ける男が居た。
「あんたは! ここから出るために俺たちに人を殺せって! 悪になれって言ってるんすか!」
さっきから度々ツッコミを入れたりしていた、派手な茶髪だ。怒り心頭といった感じでモノクマに怒鳴っている。その度胸に関心はするが……恐ろしいのはモノクマだ。なぜって、先ほどまでは含み笑いと共にニヤついて見えたモノクマの表情が、今は無表情になっているからだ。
「まったくもう、うるさいんだよオマエラは。さっきから何度も言わせないでよね。それで、何? 『悪になれって言ってるんすかぁ!』だっけ? うん。そうだよ。その通り! ……って言ったら、君はどうするのかな、
その声は俺の身を竦ませた。何か、何か悪いことが起きそうな気がする。なんだかとても取り返しのつかない、何かが。
「モノクマ。俺は、あんたを許さねぇっす」
「ふーん、そっか。それは、ボクに対する『反逆』ってことで良いのかなぁ? ……なら」
―――キミには、相応の『オシオキ』をしなきゃいけないね!
モノクマの左目が赤く、紅く光った。それと同時に、茶髪の男……
「……ひっ……ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
誰かの悲鳴が響いた。口を抑えている人も居る。その場にへたり込んでしまった人も居る。俺は目の前で起きたことが信じられなくて、目をごしごしと擦った。
「うぷぷ……これでわかったよね? ボクが本気だってこと。もしもボクに逆らったら……オマエラも
モノクマの醜悪な笑いを遮るように、芝居がかった声が響く。皆がその声の聞こえる方へ視線を向けると……居た。床に突き刺さる槍から少し横にずれた位置。声の主と思われるその男は、
「な、なんだってぇ!? まさか、グングニルの槍から、
「左様。貴様の目線、声の調子、何やら不穏な空気を感じた故。無礼ではあるが、こちらに引き寄せた」
「な……ぐぬぬぬぬ……そ、そんなの、許さないぞぉ……」
「ふむ……許さぬと。拙者がしたのは、これからどの様な行為が行われるかも知らず、ただこやつの位置を変えただけ。これも謀反だとでも言うつもりか? 拙者には決して謀反の意思はないのだが……拙者にもオシオキとやらを行うのか?」
妙に古くさい言葉遣いをする男は、鋭い目線でモノクマを睨む。その様子を忌々しげに見ていたモノクマは……突如。やる気なさげに
「テンション下がるなぁ……なんだよ、折角グングニルの槍を召喚したのに助けちゃうんだもんなぁ……もういいよ。ボクが本気だってことは、わかったでしょ? ボクに逆らったらああなるから、ボクには逆らわないよーに! 細かいルールはオマエラのポケットにねじ込んでおいたIDパッドにも追加しておいたから後で確認しておいてね。確認せずにルール違反をしても、許してあげないからね! じゃあ、ボクもう帰るから。やる気無くしちゃったから、帰るから。じゃあね!」
モノクマは振り返ると、気怠げに演台の裏へと降りようとする。俺はモノクマから目を離すことが出来なかった。目を離したら、また誰かのいる場所に……もしかしたら、今自分のいるこの場所に。無数の槍が突き刺さるのではないか。そんな気がして、それが怖くて。
「ねぇ、待って、モノクマぁ!」
四葉がモノクマを呼び止めた。モノクマはゆっくりと、黒い左半身からこちらを向いた。
「何、四葉サン? ボクは帰るって言ってるんだけど。もしかして、キミも反逆するの? 皆でスパルタクスなの?」
不機嫌そうな声。赤い目は相変わらず怪しく光っていて、もう少しでも機嫌を損ねれば誰かが死ぬような、そんな気配を感じさせる。
「別に、反逆とかじゃないよぉ。ただ、ちょっと気になったの。モノクマはぁ、『誰にもバレないように人を殺せば』ここから出られるって言ったよねぇ? じゃあさぁ……もし、人を殺したことが誰かにバレたら、どうなるのぉ?」
「お? なになに? もしかして、人を殺す気になった?」
モノクマの声が少しだけ上機嫌になり、こちらに完全に振り返った。赤い目の発光も止み、別の意味で目を輝かせている。
「んーん、全然。あたし、人を殺す必要なんてないもぉん。言ったでしょぉ? 気になっただけ、だよぉ」
「なぁんだぁ……つまんないのぉ。はぁ……で、なんだっけ? 人を殺したことがバレたらどうなるのか? 別に説明しても良いんだけど……ボクはもうやる気無くしちゃってるからなぁ。なんにも起こってないのに説明するのも面倒だし、今は説明しません! ……人を殺したことが誰かにバレた時どうなるのかは、オマエラが人を殺したときに説明するから、それで良いでしょ? ほんじゃボクはもうホントに帰るから。じゃあねオマエラ。オマエラのエキサイティングなコロシアイ、楽しみにしてるよ!」
そう言い残して、結局四葉の質問に答えることもなく、モノクマは去っていった。あいつの口ぶり、なんなんだよ。まるで、絶対に誰かが人を殺すって。コロシアイは絶対に起きるって……言ってるみたいじゃないか。