モノクマが去った後、動く奴は誰一人としていなかった。きっと、誰も動けないんだ。言われたことが理解できなくて、起きたことが理解できなくて。当然だ。こんなもん、理解しろっていう方が酷だろう。なんだよ、無期限の共同生活って。なんだよ、出たければ人を殺せって。
「なぁ、オレたちこれからどうするんだよ?」
濃い緑色の髪に黄色のメッシュをかけ、耳にじゃらじゃらとピアスを下げたチャラそうな男が、不安そうな顔で言った。答える者はいなかった。
空気は重く張り詰めている。ヤバイ。何がヤバイとか具体的なことは言えないけど、ヤバイ。このままじゃ、あのモノクマの言う通り……誰かが、人を殺してしまいそうな気が、する。
「……本当なのかな? 共同生活とか、ここから出られないとか。あ、あぁそうだ! ねえ、ドッキリとかない? これが、希望ヶ峰学園流の新入生歓迎会! みたいな?」
紫色の短髪の女の子が、やけに明るい口調でそう言った。それはとても無理をしているような声音で、少し胸が痛くなる。
「そりゃないっすよ。じゃあ俺は、新入生歓迎会で殺されかけたってことっすか? あそこに突き刺さってる槍、あれ本物でも偽物でも、直撃してたら俺死んでるっすよ」
さっき殺されかけていた竜胆の言葉に、ドッキリの女の子が言葉を失った。彼女はこの状況がドッキリなんかじゃないことは十分にわかってるんだと思う。でも、言わざるを得なかったんじゃないだろうか。不安でしかたがないから。
「……そう言えば俺、助けてもらったのにお礼言ってなかったっすね。ありがとうっす。本当、助かったっすよ」
「気にすることはない。あそこで死なれては拙者の寝覚めが悪かった故な」
「気にしないなんて無理っすよ! 『超高校級のボランティア』の名に懸けて、次にあんたが困ったとき、絶対に助けになってみせるっす! ……って、今まさにその困ってる状況なんすよね。……これはちょっとどうにもできないっす」
「ほう、お主の才能は『超高校級のボランティア』なのか。……正義感が強いのも道理だな」
「そうっすよ! ……俺、許せねぇっす。皆をこんなところにつれてきて、閉じ込めて、人を殺せなんて……! 俺、悪いやつはどんなやつだって許せないっすけど、人殺しが一番許せねぇんすよ! それを皆に強制しようとしてるあいつも、絶対許せねぇんすけど……俺、なんもできねぇっす。すげー悔しいっすよ、俺」
「……左様か」
強く手を握り、心の底から悔しそうに言葉を吐き出す竜胆に、竜胆を助けた白髪の男は若干顔を背け、どこか言いづらそうに答えた。まるで何か後ろめたいことがあるかのようだ。
「提案がある」
低く艶のある、いい声がホールに響いた。皆の視線が声の主、青髪の、背の高い男に集中する。真剣な表情で周りを見渡した彼は、表情を変えずに次の言葉を告げた。
「皆、とりあえず自己紹介をしないか?」
それは、初対面の人間が集まるこの場では当たり前のことで、でもここまで誰もやろうとしていなかったことだった。
「そう言えばぁ、皆お互いの才能と名前知らなかったねぇ」
四葉がそう言って笑う。青髪の男はうなずいた。
「この状況、皆で協力するべきだと俺は思うんだ。一人一人だとか細くて、挫けてしまいそうな音しか出せなくても、皆の音を束ねれば必ず素晴らしいハーモニーが奏でられるはずだ。そのためにはまず互いの名前を知らなくてはならないからな」
「……ええと、一人だと心細くても皆で協力すれば心を強く保てるってことでいいか?」
「そう言うことだ」
言ってることが所々よくわからなかったから聞いてみたが、合っているらしい。しっかりしたやつかと思ったんだが……こいつ、変なやつなんだろうか。よくわからん。
「はいはーい! ていも賛成! 一人で手がかり追ってても、限界あるもんね! これからどうするか、皆で一緒に考えられるならそれに越したことはないよ! 三人寄れば文殊の知恵ってやつだよ!」
「そういや、すっかり忘れてたな、自己紹介とか。オレ知名度高いからさぁ、あんまり自分から自己紹介とかしないんだわ。マズったマズった」
「お名前を知るのは友達になる第一歩だもんね! 馬鹿だなぁ、私。なんでこんな大切なこと忘れてたんだろ」
「しゃあないわ、こんな状況やさかい。当たり前のことなんていちいち考えてられへんわ。そやけど、大事なことやね。言うてもろて助かったわ」
「ならば迅速に行動に移しましょう。次にとる行動が決まった以上、一分一秒を無駄にしてはいけません」
「……はっ! これ、黙ってたら俺が自己紹介してないの忘れられるパターンだよな! 忘れんなよ! 絶対だからな! 俺もいるぞ! うおおおおおおおおおお!」
「うーるーさーいー! ていの真横で大声出さないでよ、もう!」
次々と賛成の声が上がり、張り詰めた空気が少し弛緩した。モノクマがやって来る前の空気に戻ったようで、少し安心した。……でも、自己紹介、か。才能と名前を皆の前で言うんだよな。自分の才能が思い出せないことを皆に言って、大丈夫なのか? ……ちょっと、不安だ。
「さて、俺が最初に言い出したことだし、最初に自己紹介をしようと思う。俺の名は、
「『超高校級の哲学者』
それまでの空気をぶち壊すような、敵意さえ感じさせるほどの冷たい声でそう言い放ったのは、さっき普通の定義がどうとか言っていた学ランだ。感情たっぷりの声とは裏腹に、馬酔木は不気味なくらい無表情だった。
「待ってくれ、どこに行くんだ? 俺たちはこれから協力するために自己紹介をしているんだ。互いの事を知るためだ。自分の名前を言って終わりでは意味がない」
「俺からすれば。こんな愚か者の集まりに時間を取られることこそ意味がない。興味がある者の名は後で俺から聞きに行く。それでいいだろう? ……では、俺は、行かせてもらう」
最後の一言には、それ以上の口答えを許さないという迫力があった。俺たちは誰一人として、多目的ホールから出ていく馬酔木を呼び止めることが出来なかった。
「……なんなんだよアイツ。感じわりぃな」
「だな。せっかく良い空気になってきてたのに」
緑髪黄色メッシュがついた悪態に俺も同意した。何も今空気をぶち壊すことはなかっただろ。出ていくんならもっと早く出ていけばよかったじゃないか。
「で、でも、本当によかったんですか? あの人ほっといて。あんなの、何するかわかりませんよ。怖いです……」
「んー、今は気にしない方がいいよ。気にしても仕方ないし。注意する必要はあるかもしれないけど、それよりも! まずはちゃーんと自己紹介しなきゃね! ってことで、はいはーい! 次、ていが自己紹介してもいい?」
落ちかけていた空気でも変わらないテンションで声を上げたのは、俺と四葉が多目的ホールに入ったときに迎え入れてくれた、背の低い女の子だ。荒瀬が首肯すると、嬉しそうににっこりと笑い、ぴょんぴょんとウサギのように跳び跳ねながら皆の前に出てきて、ピシッと警察官のような敬礼をした。ウサギの耳みたいに結われた髪の毛がふよふよと揺れた。
「ていはねー、
『超高校級の鑑識官』……そんな才能もあるのか。すごいな、高校生で鑑識官って。いったいどんな風に過ごしてきたんだろうか。気になる。
「じゃあ次、俺行きまっす! ……って言っても、皆俺の話聞いてたと思うっすから、なんとなくわかると思うっすけど……俺の名前は
「あ、じゃあ、次私! 私、
続いたのは竜胆と、薄紫の短髪の女の子、葵。葵はさっきのドッキリ発言の時の不安そうな顔とは違って、良い笑顔で自己紹介をしている。
「あ、あの! 次、ワタシ良いですか? 良いですよね? 『超高校級の図書委員』
アロエは、右目を隠すほど長い前髪と、一本の三つ編みが特徴的な水色の髪の女の子だ。見た目からなんとなくミステリアスな印象を受けていたのだが、意外にハキハキ喋るんだな。あまり本好きっぽくないなぁ……と思うのは、俺の偏見だろうか?
「んじゃ、次オレ行くか。つっても、お前らはオレのこと、一度は見たことあるはずだぜ? オレは『超高校級のmetuber 』! SOJIチャンネルの
「……あー! ほんとだぁ! すごいすごぉい! ねえねえ侑李クン! SOJIだよぉ! 本物のSOJIだよぉ! なんで今まで気づかなかったんだろぉ……! 後でサイン貰いに行っても良いかなぁ?」
「あー……そう言えば見たことあるような。って言うか四葉、痛い。肩をバシバシ叩かないでくれ。わかったから」
「だってSOJIなんだよぉ! これは叩かざるを得ないよぉ!」
「いや、なんだよそれ……痛いって」
四葉のやつ、すごい食いつくな。どんだけファンなんだよ。……俺はmetuber とかはあんまり好きじゃなくて見ないから詳しくはないんだが。SOJIチャンネルのことは知っている。確か、投稿したすべての動画が1000万再生を越えているとかいうヤバイ実績を持ってた気がする。そりゃ『超高校級のmetuber 』何て呼ばれるわけだ。というか、四葉にはそろそろ肩を叩くのをやめてほしい。痛い。
「それじゃあ、次はウチが行かせてもらいます。『超高校級の和菓子職人』
和服を着た、京言葉の綺麗な女の子は紫苑と言うらしい。ずっと思っていたんだが、さっきからずっと発言に棘がある気がするのは気のせいだろうか? 方言のニュアンスってどうもよくわからない。
「そろそろ、わたくしも自己紹介させていただきますわ。……皆様、愛です!」
……ん?
「……ええと、君の名前は、愛というのか?」
「……あら、失礼。わたくしの悪い癖が、いえ、愛が! 出てしまいましたわ」
な、なんだこいつ。ちょっとよくわからないぞ。……よくわからないぞ?
「わたくし、『超高校級の愛の伝道師』
これは、触れない方がいいんだろうか。なんでいちいち愛って言うんだ? なんで愛だけやけに強調して言うんだ? そもそも、愛の伝道師ってなんだ……?
「……四葉、あれ、なんだかわかるか?」
「あたしは触れない方が良いと思うなぁ」
「やっぱそうか」
うん。放っておこう。なんか一度喋りだしてからずっと愛って連呼してるけど。
「……これは、次に行っても良いのかな?」
「ああ、放っておいた方がいいだろうな。あれは……」
「なるほど。無視ですわね? それもまた愛ですわ!」
「……そうだね。放っておいて次に行こう。僕は
「次は私ですね? 『超高校級の秘書』
紗奈と名乗った黒髪眼鏡の女の子の自己紹介は、無駄を極限まで削ぎ落としたような、早口で簡素なものだった。『超高校級の秘書』っていう才能からそうなっているのかはわからないが、もうちょっと落ち着いてもいいんじゃないかと思う。
「じゃあ次はぁ、あたしが自己紹介させてもらうねぇ? あたしの名前は立藤四葉。『超高校級の幸運』だよ。皆ぁ、よろしくねぇ」
次に名乗ったのは四葉だ。相変わらずの間延びしたしゃべり方で、なんだか和む。……出会ってすぐはヤバいやつかなって思ってたけど、考えすぎだったのかもしれない。取り乱した俺をなだめてくれたり、一緒に行動してくれたり……。思えば四葉に迷惑掛け通しだな、俺。あとでなんかお返ししないといけないな。
「ねぇ、次は侑李クンが自己紹介したらぁ? 才能のことについてはぁ、あたしがフォローするから安心してぇ」
……本当、四葉には迷惑掛け通しだ。俺が自分から自己紹介しづらいと思っていたこと、気づかれていたらしい。四葉の言葉を聞いたのか、皆の視線が俺に集まる。俺はそれを確認して、一度目を閉じた。小さく深呼吸を一つ。……うん。覚悟は決まった。言おう。
「皆が良いなら、次は俺が自己紹介をさせてもらう。俺は、
「……超高校級の才能が思い出せない? 本当か?」
荒瀬が訝しげに問う。俺は頷くことしかできない。
「モノクマがあたしたちのポケットにねじ込んだって言ってたぁ、IDパッドはねぇ、起動するとぉ、自分の名前と才能が最初に表示されるんだけどぉ……」
「俺も、思い出せない自分の才能がわかるかもしれないと思って起動したんだ。でも……」
四葉のフォローでIDパッドの事を思い出した俺は、ポケットからそれを取り出して起動し、皆に見せる。
「『超高校級の???』……モノクマに意図的に隠されてるってことか?」
「たぶん、そうだと思う。あたしのはほら、ちゃんと『超高校級の幸運』って表示されてるからぁ」
俺に続いて四葉がIDパッドの画面を見せた。それで皆も完全に信じてくれたようだ。
「なるほど。理解した。……早く思い出せるといいな、苧環」
「ああ。ありがとう」
驚くほどにあっさりと、荒瀬は俺のことを受け入れてくれた。……いや、本当に受け入れてくれたのかはわからないけど、少なくとも早く思い出せるといいなって言葉に嘘はなさそうだ。……とりあえずは、よかった。
「四葉も、ありがとな」
「ふふ。どういたしましてぇ」
四葉にも小声でお礼を言うと、四葉はいつもと変わらない笑顔でそう言った。
「さて、あと残っているのは……」
「そろそろ、拙者も名乗らねばならぬな」
すっと手を上げたのは、竜胆を助けた、非常に短い白髪の男。彼は自己紹介をするだけだと言うのに、何やら神妙な顔をしている。……まあ、俺も人の事は言えないんだが。どうしたんだろうか。なにか、言いづらい才能だったりするのか?
「拙者、
「……義賊?」
菊三の言葉に反応したのは竜胆だ。信じられないといったような顔で、呟くように言葉を吐くと、菊三に詰め寄ってその胸ぐらを掴んだ。
「ひ、ひぃやぁぁぁぁぁ!?」
「おい、柳井! いきなり何をやってるんだ!」
「なになになに!? どうしたの!? 菊三君はなんにもやってないよ! 落ち着いて!」
「あんたは! ……あんたは、泥棒だったんすか?」
……そうか、そういうことか。思い出した。竜胆はさっき言っていた。悪はなんでも許せないって。義賊ってのは、要するに泥棒だ。それは確かに悪と呼べるものだろう。でも。
「待てよ竜胆。義賊ってのは泥棒でも、悪いやつから金を盗んで貧乏人に分け与えるみたいな、どっちかというと正義の味方よりの泥棒だろ? お前の嫌いな悪って訳じゃないんじゃないか?」
「そんなん関係ねぇっすよ。泥棒は泥棒っす。悪事は悪事っすから」
「……左様。拙者は腐っても盗人だ。荒瀬殿。申し訳ないが、拙者もほーるから出ようと思う。ここに拙者がいても、空気を悪くするだけ故な。故に……離して貰おうか。竜胆」
菊三は自分の胸ぐらを掴む竜胆の手をひっぺがすと、ホールの出入り口から去っていった。竜胆はそれを、複雑そうな顔で眺めていた。
「……またひと悶着あったが、気を取り直して次に行こう。あと自己紹介をしていないのは……そうだな、そこの白い髪の毛の女性か?」
「う! ……は、はい……すみません……」
「ああいや、謝る必要はないんだが ……自己紹介をお願いする」
「はい……わ、わかりました。ぅう……えっと、
そのか細い声には聞き覚えがある。たびたび叫び声をあげていた子はこの子か。女性のなかでも飛び抜けて背の高い彼女は、今もなにかに怯えるように震えていて、とても臆病なのがわかる。
「さて……これで全員の自己紹介が終わったかな。さて、次はこれから皆で何をするかだが……」
「おい! 待てよこらぁ!」
全員の自己紹介が終わったのを確認して、話を進めようとした荒瀬に対し、大声で待ったがかかった。……いや、でも確かに全員の自己紹介が終わったはずなんだ。俺が見渡す限りもう名前がわからないやつはいな……あ。
「忘れんなって! 言っただろうがぁぁぁぁぁぁぁ!」
居たわ。まだ自己紹介してないやつ。あの金髪だ。羽のやつ。……なんであんな派手なやつ忘れてたのか全くわからないんだが。あれか? 才能か? ……なんの才能だよいったい。
「っていうかさ。自己紹介なんだし、忘れてほしくなきゃ自分から早めにすればよかったじゃないか。なんでわざわざ一番最後まで残ってたんだよ」
「はぁ!? そりゃお前、誰かに気づいてもらいたいっていう仄かな乙女心だろうが!」
「乙女心って……いや、お前男だろ?」
「男が! 乙女心を持っていないとでも言うのかお前は! 偏見だぞ!」
「いや、俺そういうこと言ってんじゃないんだけどな……」
まあこいつが乙女心だって言うならそうなんだろう。なんかもうどうでもいいや、めんどくさいし。
「もー、めんどくさいなぁ。金髪君はさっさと自己紹介しちゃってよー!」
「き、金髪だとぉ!? 俺の! ことを! 金髪って呼ぶなウサギ擬き! そんな生徒Aみたいな呼ばれ方じゃ、俺の印象が薄れるだろうが!」
「うさっ……!? だ、誰がウサギ擬きよ! ていには鈴懸ていって名前がちゃあんとあるんですー! あと、ていがあんたを金髪って呼んだのは金髪がさっさと自己紹介しないからでしょ、この金髪! あと、印象は元々薄いでしょー!」
「何回も金髪って言うんじゃねえウサギ擬き! あと印象薄いって言うな! 気にしてんだからなクソー!」
「あー、わかった! もういいか? もういいな? 君が自己紹介をしていないことに気づかなかったのは俺が悪かった。だからアフレッタンド。急いで自己紹介を終わらせてしまおう。話が前に進まない」
本当に騒がしいなあの金髪。ていもだんだんヒートアップしてたし、この喧嘩、荒瀬が止めなかったらいつまで続いてたんだかわからない。会ったばかりでよく喧嘩できるなコイツら。よっぽど相性悪いんだな。
「チッ。わかったよ。自己紹介してやるよ。お前ら! 耳の穴かっぽじってよーく聞けよ! 俺様の名前は!
……さんば?
「え……?」
「さん、さんば……?」
「いやぁ……すごい名前だねぇ……」
「ぷ、ふふ……さんば、さん、さんば……さぁんぅばぁっはははははははははは!」
「うるっせぇ! 笑うんじゃねえウサギ擬き!」
「いや、だぁって、さんばって! さんば……っふふ、あぁ! もしかしてあんた名前がサンバだからうるさいのー!? あっはははははは!」
「笑うなっつってんだろうが! 俺だって好きでこんな名前に生まれてきた訳じゃねえんだよクソー!」
「あっはははははははひゃあ! いひゃいいひゃいいひゃい! ほっへはひっはらはいへー!」
金髪……サンバの名前を聞いて、皆から困惑の声が上がる。ていは大爆笑だ。笑うのは流石に失礼だと思うけど、仕方がないっちゃ仕方がないかもしれない。いや、だって、なぁ? まさかそんな名前だとは思わないじゃないか。キラキラネームってやつか? なんて言えばいいのかわからないけど、なんか、凄まじいな。あいつは絶対に忘れないようにって言ってたけど、忘れられる気がしないわ、俺。ちなみに大爆笑してたていは怒り心頭のサンバにほっぺたを引っ張られている。自業自得かな?
っていうか、あれ? 凄まじい名前に気をとられてうっかり忘れそうになったけど、こいつ才能言ってなくね?
「なあ、えっと……サンバ?」
「あんだよ! 俺は今このウサギ擬きのほっぺたを引っ張るので忙しいんだが?」
「いや、それはもうそろそろ離してやれよ。ていのほっぺた真っ赤だぞ? ……ってそうじゃなくて! お前、才能言ってないよな?」
「……ぎくっ!?」
いや、ぎくって。口で言ってるやつ初めて見たぞ。
「皆ちゃんと名前と才能を言ってるんだから、お前も才能を言ってくれよ。正直俺、お前の才能気になって仕方がないんだが」
俺の話を冷や汗だらだらで聞いていたサンバは、ていのほっぺたを引っ張りながらゆっくりと周りを見渡した。皆じぃっとサンバのことを見ている。やがてサンバは、諦めたように深い溜め息をついた。その間、ていはずっといひゃいいひゃいと言っていた。そろそろていのほっぺたを離してやれよ。
「………………きだよ」
ぼそり、とサンバが呟く。まるで聞こえない。
「おいサンバ、聞こえないぞ。もっと大きな声で言ってくれよ」
「………………うきだよ」
再びぼそりと呟く。まだ聞こえない。ていのいひゃいしか聞こえない。
「サンバ、もうちょっと大きく言ってくれ」
「『超高校級の空気』だよ! ちくしょー!」
「
……なんにも言えねぇ。なんだよ『超高校級の空気』って。いじめかよ。
皆も俺と同じ気持ちなのか、微妙な顔で黙っている。しんとした多目的ホールに、サンバとていの喧嘩の声だけが響いている。……こいつら元気だな。
「あー、自己紹介ありがとう! ……もういいだろうか?」
荒瀬が一際大きい声で二人を制す。サンバとていは喧嘩のしていた勢いのまま、息ぴったりに睨み付けるように荒瀬を見る。が、流石に荒瀬を無視してまでそのまま喧嘩を続ける気も、喧嘩を止めようとした荒瀬に当たり散らす気も無いらしい。二人は無言になり、そのまま互いに視線を戻すと、バチバチと火花が散るくらいに強く、強くにらみあってからぷいっと顔をそらした。二人の身長も相まって小学生みたいだ。
「では、話を前に進めよう。……これからどうするか、なのだが。考えていたことがある。皆、自分がどういう経緯でここに来たか、覚えているか?」
「んー? えっとねぇ、ていは確か……希望ヶ峰学園まで来て、門を潜ったところで意識が途切れて、それで起きたらここにいたって感じかな」
「俺も一緒だ。それ以外の人は居るか?」
誰も声をあげない。どうやら皆状況は変わらないらしいな。俺だけ、自分の才能を覚えてないって違いはあるけど。それは大した違いじゃない。
「……なるほど。この様子じゃ、今ここにいない二人も変わらないだろうな。まあ、藪蘭と矢車には一応後で聞いておこう。それで、次にすることだが……」
「あぁ、それならぁ、あたしから提案があるよぉ」
四葉がそう言った。四葉はIDパッドを取り出すと、ひらひらとみんなに掲げて見せる。
「みんなぁ、覚えてるかなぁ? モノクマが言ってた、『ルールはIDパッドに追加した』って言葉。まず最初にぃ、それを確認した方がいいと思うんだぁ」
「……ふむ、そうだな。それがいい。ルール違反を犯したらあのモノクマに何をされるかわからんからな」
「また竜胆クンみたいに、誰かが……殺されかけるかもしれないしねぇ」
俺は未だ床に刺さったままの槍を見た。四葉は言葉をぼかしたけど、ルールを破ったことでモノクマに何かをされるのなら、それは『殺されかける』じゃない。『殺される』だ。竜胆が助かったのは菊三のお陰で、運が良かっただけだから。
「それじゃあ皆、自分のIDパッドを取り出してルールの確認をしてくれ」
「ここにいない二人にはぁ、後であたしが伝えておくねぇ。まあ、あの二人ならちゃんと自分で確認してそうだけどねぇ」
「違いないな」
皆がパッドを取り出してルール確認をする中、俺も自分のIDパッドを起動させる。……相変わらずの『超高校級の???』という表示が忌々しいけど、腹をたてても仕方ない。そのうちちゃんと思い出す……はずだ。
IDパッドには、『コロシアイ研究会ルール』という名前のアイコンが追加されていた。それをタップすると、モノクマがデザインされたポップで悪趣味なページが現れた。思わず顔をしかめるが、そんなことは気にしていられない。ルールを確認しなきゃ。
《ルール1》生徒たちはこの研究所内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。
《ルール2》夜10時から朝7時までを"夜時間"とします。夜時間は立ち入り禁止区域があるので注意しましょう。
《ルール3》就寝は寄宿舎エリアに設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。
《ルール4》特才研究所について調べるのは自由です。特に行動に制限は課されません。
《ルール5》研究所長ことモノクマへの暴力を禁じます。監視カメラの破壊を禁じます。
《ルール6》仲間の誰かを殺したクロは"追放"となりますが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。
―――尚、ルールは順次追加となる場合があります。
……なるほど。今のところ、モノクマに暴力を振るうか、寄宿舎の個室ってところ以外で眠らなければモノクマは特になにもしてこないってことか。
「皆、確認は終わったか?」
荒瀬の言葉に皆がうなずく。それを確認してから、荒瀬は続けて言った。
「今ここに居る皆の中に、ずっとここで暮らしたいって人は、いないな?」
これにもうなずく。
「……なら、俺たちがとるべき手は、脱出の手がかりを探すことだ。皆もここに来るまでに見ているだろうが……この研究所は、窓も玄関も鉄板で封じられている。だが、モノクマが俺たちをここにつれてきたのなら、必ずどこかに外と繋がる場所があるはずだ」
「モノクマは『食料を定期的に補給する』って言ってたからぁ、外に出る手段が全く無いってことは無さそうだねぇ」
「ああ。だから俺たちは、それを探す。幸いモノクマは俺たちに探索の自由を与えてくれている。いいか! 誰かが誰かを殺す必要なんてない! 皆で協力して、ここを出よう!」
荒瀬の力強い宣言に、どこか勇気づけられた。荒瀬の言う通りだ。四葉の補足した通りだ。俺たちは人を殺す必要なんてない。皆で協力して出口を見つければいい!
「おー! っす! 盛り上がってきたっすねぇ!」
「荒瀬! オマエ最高だな! ほんっと、今録画機器がないのが残念だぜ!」
竜胆と総司を筆頭に、次々と響く荒瀬を称賛する声。皆の心がまとまり始めた気がする。……流石は『超高校級の指揮者』ってところか。
「では、行動開始といこう。ひとまずは各自自由に研究所を調べよう。マップもあるが、しっかりと建物の構造やどこに何があるのかを確認しておいた方がいい。時間は……そうだな。二時間後にまたここに集合し、各自探索結果の報告といこう。では皆、よろしく頼む!」
皆がそれぞれに動きだし、いよいよ研究所の探索が始まる。俺も頑張らなきゃいけないな。皆で一緒にここを出るために。