『深碧のアンダードッグは神のいる世界で何を思うか?』   作:rairaibou(風)

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 その巨大な体が石張りの床に擦れ、そのポケモンはそのまま地下室の壁に激突する。

 

 あまりの衝撃にその遺跡全体が大きく響き、天井から塵や埃が音を立てて降り注いだ。

 

 だが、松明を片手に地下室に集まったその集団は、それに何一つ動揺してはいなかった。彼らはフードや帽子に降り注いだ塵をうっとおしく思うこともなく、そのポケモンと、そのポケモンを吹き飛ばしたトレーナーをただ一心に見つめている。

 

 トレーナーは、ポケモンをボールに戻す。

 

 松明に照らされて伸びる影と同じように、その男は人並み外れて巨大な男だった。それでいてボロボロの服と外套をまとい、顔を覆う縮れた髪とヒゲには、泥と土埃が付着し、とてもではないが清潔とは言えない。

 

 だが、松明を持った集団はその不潔な男に尊敬の念を込めた感嘆を上げた。その集団が、その男を尊重していることは、誰の目にも明らかだった。

 

 

「その目に焼き付けるといい!」

 

 

 男は、その巨体に見合う大声を張り上げ、その集団にポケモンをみることを促す。

 

 そのポケモン、レジギガスは体をゆっくりと起き上がらせると、石畳を踏みしめながら男のもとに歩む。

 

 集団は今度は恐怖の声を上げた。彼らの知るレジギガスは、大陸を引いてシンオウ地方北に移動させた伝説のポケモンであり、シンオウ神話に登場する神のひとりでもある。それが、ポケモンをボールに戻し無防備になっている男に向かって距離を詰めているのだ。

 

 だが、レジギガスはその男を横切った。彼はそのまま元々自分のいた場所に戻ると、動きを止め、おとなしくなる。

 

 それまで激しく点滅していた六つの目のようなものからは、完全に光が消えた。

 

 男は、それを鼻で笑ってから、集団に体を向ける。

 

 

「これが、神と呼ばれるものの真実なのだ!」

 

 

 その声は、地下遺跡の壁を反響し、独特の雰囲気を持って集団に届けられる。

 

 それまではその光景に数々の声を上げていた集団は、一斉に口をつぐんで、その男の次の言葉を待つ。

 

 その男、『教皇』クワノ一世は、それを確認してから両手を大きく広げて続ける。

 

 

「古のときより語られ続けていた教えを、私は今、それが人の手によって無より生み出された恥ずべき偽り……真実を知らぬ憐れな子供たちを手中に収めるための道具としての物語であったことを証明した!」

 

 

 集団、『教皇』の信者たちは、松明を振り回しながら歓声を上げてそれを歓迎した。

 

 クワノは、それに調子づくように更に続ける。

 

 

「かつてこのポケモンが大陸を引いたなど、どうして信じることができようか! 私達がその目で確認したのは、我々から逃げ惑うただただ無様なだけのポケモンだ!」

 

 

 信者たちは、それぞれの同意の言葉を紡ぎながらそれに答える。地下遺跡を反響するそれらは、やはり大きな力のうねりとなって彼ら自信を鼓舞する。

 

 

「我らの立つこの地、シンオウの神話など、恥を知らぬ異端の穢れによって作られた、真実からの逃避でしか無い! アグノムもユクシーもエムリットも、ディアルガもパルキアも、そして、アルセウスやギラティナすらもただのポケモンであり、その根本はムックルやビッパとかわりはしないのだ! 恥を知らぬ異端の穢れは、かつて教えられたその虚構にすがり、今日この日まで、明らかな真実から、いびつに目を背けてきた!」

 

 

 それは、シンオウに住む人々からすれば、かなり大胆な、それこそ神をも恐れぬ発言だった。

 

 事実、現代を生きるシンオウ人全てが、シンオウ神話全てを鵜呑みにしているわけではないだろう。だが、たとえ神話をばかにするようなシンオウ人でも、ディアルガやパルキア、そしてレジギガスのように、人智を超えたはるかな力を持っていると考えられる存在を、ムックルやビッパのようなポケモンとさして変わりはしないと言われ、それを純粋に肯定することが、果たしてできるだろうか。

 

 だが、信者達は松明を振ってそれを肯定する。そこには、否定や困惑などかけらも存在しなかった。

 

 彼らは、自分がシンオウやその近辺の地域の中でも数少ない、神話の真実を、本当の感覚を知っている人間の一人だということに、心の底から酔いしれていた。彼らは目の前の『教皇』がこれから自分達にそれを提示し続けてくれることをかけらも疑っていない。事実、クワノ一世は神の一人であるはずのレジギガスを子供扱いし、完全なる敗北を与えたのだ。

 

 満足気に響き渡る歓声を感じていたクワノは、一つ表情を悲しげなものに変えてから、両手で信者たちのそれを制した。

 

 

「かつて、私もそうだった」

 

 

 それを聞いた信者たちは、再びボルテージを上げる。クワノ自身が過ちを認めるそれは、それから先に紡がれるさらなる興奮への序曲であることを、信者である彼らは知っているからだ。

 

 

「かつての私も、シンオウに伝わる神の物語が偽りであるかもしれない恐怖から目をそらすことで、シンオウの教えの導師として生きていた。神の物語を偽りだとただ純粋に信じるには、私達にとって神の存在というものが、あまりにも遠い存在だった」

 

 更に続ける。

 

「だが、私は神を知ったのだ! 神が生み出した神の子の力を私は目の当たりにし、神の子の手足になることを誓った!」

 

 なんの証明もなければ、根拠もない言葉だった、だが、シンオウの神がただのポケモンであることを知り、それが偽りだと知った信者たちにとって、その言葉は限りのない真実だった。

 

 

「皆にも、神の加護を与えよう。神の子が持つ力の恩恵を、私と同じように迷えるだけの存在だった君たちに与えることが、私に与えられた神の使命なのだから!」

 

 

 信者達はそれ以上無いほどの歓声を上げながらそれに同調する。それを当然のように受け入れながら、クワノはその演説を締める。

 

「神の子のため、我々はカントーに向かう!」

 

 おお、おお、と、信者たちは腕を上げ、それを肯定し、その共同体を奮い立たせることを目的とした声を上げる。

 

 クワノは膝を突き、両手を広げたまま遺跡の天井を眺める。不揃いな両の瞳は、その先に神がいることを疑っていない。

 

 

 

 

「追うのだ、我らを導く、ことわりの会話を」




第三章は全七回になると思います。
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