『深碧のアンダードッグは神のいる世界で何を思うか?』 作:rairaibou(風)
吹雪は、止んでいた。
警察隊の責任者の声が、スピーカーで拡散され、その集団に届いていた。
曰く、君たちは完全に包囲されているだの、おとなしく投降しろだの、大体そのような言葉が、彼らの耳には入っているだろう。
だが、信者たちは、それに耳をかそうとはしなかった。彼らにとって耳を貸すべき価値のある言葉はクワノ一世のものだけであり、それ以外の言葉などなんの意味もなしてはいなかった。
「愚かな」
信者たちをかき分け、神殿入り口に姿を現したクワノは、一言そう言って、不揃いな両の瞳で、ぐるりと彼らを見回す。
やがて彼は、自分達の正面に陣取るスズナとシロナに気がついた。
「やぁ、やぁ、やぁ」
シロナと目を合わせたクワノは嬉しげに笑うと、胸ほどにまで伸びた縮れたヒゲを撫でた。
それと相反するように、シロナは険しげな表情をクワノに見せる。
「愚人よ!」
クワノは大声でそう言って、警察隊の責任者を制するようなジェスチャーを取る。
「少しの間だけでいい、その聞くに堪えない稚拙な叫びを止めてはくれないか。私は、あのお嬢さんと話がしたい」
その巨体にふさわしいハリのある大声は、スピーカーを通した警察隊責任者のものより大きく、彼は、スピーカーを持つその手を、その声を、思わず止めてしまった。
それほどの威圧、パワーが、クワノの声には宿っていたのである。
「やぁ、やぁ、やぁ」
挨拶だろうか、それとも笑っているのだろうか、スズナは、クワノ一世のその声に身震いする。
だが、シロナはその声が、彼が機嫌がいい時に発せられるものだと知っていた。
彼女は、先陣を切る。
「クワノ先生! 一体あなたに何があったのですか!?」
その場にいた人々はそれに驚いた。
クワノ一世がかつてシンオウで立場のある人間だったことはすでに有名だった。だが、考古学者として、そしてトレーナーとして有名なシロナが、先生と敬称をつけて呼ぶほどの人間だとは思っていなかったのである。
それは、クワノの信者達の前ではあまりいい効果のあるものでなかった。やはり、自分達の信じる『教皇』は、あのシロナに先生と呼ばせるほどの人物なのだと、その狂信に、さらなる根拠を与えるものだった。
だが、クワノはそのような小さなことを気にする様子はなかった。
「憐れなシロナ君、私は何も変わらないさ」
「そんな事はありえません! あれほど熱心にシンオウ神話や他地方の文化に精通していたあなたが、どうしてこんな酷いことを」
シロナの記憶の中にあるクワノは、その巨大な体格に見合わず優秀な考古学者だった。複雑でいくつもの解釈が存在するシンオウ神話を専門に、各地方の神話にも精通した最も尊敬すべき学者の一人だったのだ。
そして、その巨大な体格に見合う優秀なトレーナーの一人でもあった、歴史を守る番人として、ギンガ団がシンオウ地方を蹂躙しようとしていた時、先陣を切ってそれに抵抗しようとした勇敢なトレーナーのひとりでもある。
だが、今のクワノにそのような面影はなく、おそらく本人にも、そのような自覚はないのだろう。
「やぁ、やぁ、やぁ。酷い、とはね」
クワノは笑った。人を小馬鹿にする、呆れを強調した笑い。
シロナは歯を食いしばった、そのような笑い、以前のクワノは絶対にしなかった。
「酷いのは、偽り神話を作り出した過去の人々のことを言うのだ。彼らが作り出した神話がそのまま文化となり、かつての我々の生活に根付いていた。神の名を語った偽りの物語、忌むべきものだ」
一泊置いて、シロナが何も返してこないのを確認してから続ける。
「我々は今、本物の神話の中にいるのだ。本物の神と、その子が作り出す本物の神話の、その中に」
「何を馬鹿な」
「私は本物の神を見たのだ!」
突如目を見開いて叫んだクワノに、あたり一面は一斉に声を失う。
「私は、人生の大半をシンオウ神話に費やした! そこにある神の物語が、尊重すべき威厳に満ち、ポケモンとは一線を画す神聖なる生物たちの物語だと信じていただからだ! だが、現実はそうではなかった。神の物語とされていたものは、その全てが作られたものであり、私が神だと信じていたものは、ただのポケモンだった。私を裏切ったのは、シンオウ神話なのだ! 本物の神に出会った今、作り物のシンオウ神話は忌むべきものでしか無い! それを後世に伝える遺跡もまた同じなのだ!」
シロナは、クワノのその言葉に、なにか論理的に答えようとしたが、だが、それはできるはずのないことだった。
クワノの言葉を否定するには、シンオウ神話の存在を真のものとして証明しなければならない。だが、当然それができる訳がない。
もはや説得は不可能なように思えた、かつてのシロナの知るクワノはもうそこに存在せず、そこに存在するのは、シロナの知らぬ『教皇』クワノ一世でしかない。
「先生!」
だがシロナは、それでもクワノを説得できないものかと思考を巡らせた。ここで犯罪者として捕らえ人生を終わらせるには、クワノの知性と実力は、あまりにも惜しいものだった。強さと知性を兼ね備えるシロナと、精神的に同格に付き合うことのできる数少ない人物だった、故に、彼女はまだ、クワノの精神面を信じていた。
だが、彼女の願いは叶えられそうになかった。クワノの賞賛すべき精神性はある意味でその強さをそのまま持ったまま、『教皇』クワノ一世を作り出している。
クワノは、シロナの叫びを無視して言う。
「残念だ、もし君が我らと共に新たな世界に身を投じる勇気さえ持っていたならば、私は快くそれを受け入れようと思っていたのに」
そして、彼は腰のボールに手をやって、それを神殿入り口を囲う警察やレンジャーたちに向かって放り投げる。
彼らは、本能的にボールを投げてポケモンを繰り出した。それが、ポケモンを使う凶悪な犯人に対するマニュアルであり、トレーナーとしての本能でもあった。
クワノ一世が繰り出したのは、三体のポケモンだった。それぞれが岩、氷、鋼の肉体を持ち、六つの目のようなものは激しく点滅している。
「防御を!」
それがレジロック、レジアイス、レジスチルであることを見抜いたシロナは、全体に向かってそう叫んだ。
だが、それはもう遅く、ポケモンを繰り出したトレーナーの多くは、すでに攻撃の命令を出している。
シロナはトゲキッスを繰り出し、それに備える。
クワノ一世の声が、届く。
「『だいばくはつ』」
その瞬間、現れた三体のポケモンは、一瞬カッと光ったかと思うと、けたたましい音を立てて激しい爆音と衝撃を生み出した。
あまりの爆風に、シロナとスズナは体が浮き上がるのを感じ、次の瞬間には背中から地面に叩きつけられる。
一瞬、彼女らの肺はその機能を忘れ、膨らんで息を吸う事も、縮んで息を吐くことも出来ず、彼女らに永遠とも思える苦しみを与えた。
しかし、シロナはいち早くそれから回復して迎撃の体制を取らなければならないと焦っていた。クワノ一世によるその次があるかもしれないからだ。
素早く繰り出したポケモンによってそれに対応した彼女たちですらそうなった。他にもポケモンを繰り出して彼らを守ろうとしたとは言え、警察とポケモンレンジャー達がどうなったかはわからない、だが、全くの無事というわけではないだろう。
「やぁ、やぁ、やぁ。ごきげんよう」
衝撃によって生まれた土煙の向こう側から、クワノ一世の笑い声が聞こえた。
「追うのだ、我らを導く、ことわりの会話を」
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