『深碧のアンダードッグは神のいる世界で何を思うか?』 作:rairaibou(風)
トキワシティ、トキワジム。
休日らしく朝はのんびりしていようと考えている住民たちがまだ浅い眠りを繰り返している頃、その対戦場では二人のトレーナーと、二匹のポケモンが向き合っている。
「『ひっかく』!」
トキワジムトレーナーのコウタは、相棒であるサンドにそう指示を出した。
サンドはカイリキーに向かって飛び上がり、爪を振りかざす。よく手入れされたその爪で攻撃されればタダではすまないだろう。
「『ビルドアップ』」
グリーンの指示によって、カイリキーは上体に力を込めた。血流を送り込まれて膨らんだ筋肉が攻撃に備える。
鍛え上げられた胸板にサンドの爪が突き立てられたが、浅い傷跡しかつけられない。
体制を崩さなかったカイリキーは、すぐさまに攻撃の準備を整える。右上腕が振りかぶられていることに、コウタもサンドも気づいた。
「『まるくなる』!」
「『からてチョップ』」
危機を感じたコウタの指示が一瞬早く、サンドは体を丸めて柔らかい腹を守った。
硬い外殻にカイリキーの手刀が叩きつけられる。その硬さにカイリキーは一瞬顔を歪め、グリーンはコウタの判断の速さに感心したように頷く。
コウタがトキワシティのジムトレーナーになってから初めての朝練、初めての手合わせだった。コウタも気分が高揚し、より集中できているのだろう。本当にトキワジムに挑戦してくるようなトレーナーと遜色のない判断だった。
「『ころがる』!」
カイリキーの攻撃を防いだことに気を良くしたのだろう、コウタは更に指示を続ける。
サンドは丸まったまま床を転がって勢いをつけると、カイリキーに向かって突っ込んでいく。
カイリキーはそれをかわさない、むしろ両足で地面を踏み込み、それを迎撃する体勢を取る。
飛び込んできたサンドを、カイリキーが胸と四本の腕で受け止めた。
コウタとサンドはそれが会心の攻撃だと思っていた。だが、カイリキーはそれに表情を歪めることなく、ぽーんと、ボールになったサンドを宙に放り投げた。『ころがる』攻撃は失敗に終わる。
真上に放り投げられたサンドは、軌道を変えることが出来ない。彼はそのまま重力に従い、素直にカイリキーの思うままに落下する。
グリーン側に戦況をコントロールされていることをコウタはすぐに察した。
「『ずつき』!」
急な指示だったが、サンドはすぐにそれを受け入れた。遊び場の一つであるウバメの森で、木の上にいるポケモンを落とす遊びのために散々繰り返した慣れ親しんだ攻撃だった。
だが、カイリキーはその上方からの攻撃をニ本の腕でガードした、コウタはそれに驚くが、そのような強行はグリーンからすれば見慣れたもので、真っ先に警戒すべきものだった。
「『じごくぐるま』」
カイリキーは残った二本の腕でサンドを掴み、そのまま体を大きく反ってサンドを地面に叩きつける。
サンドはすぐさま起き上がって戦闘態勢を取ったが、コウタはその一連の動きに動揺してしまい次の指示を出せない。
そこで、鳴き声とともにピカチュウがそれに割って入った、両手を広げ両者を制する。
「このあたりで終わっておこう」と、グリーンが同じように両手を広げて言った。
サンドはまだ戦えると言った風にステップしてそれに抵抗してみたが、コウタは「わかりました」と、悔しげにいいながらそれを受け入れる。
カイリキーの『じごくぐるま』がその威力をセーブされたものだったことは誰の目にも明らかだった。
「前に比べればだいぶマシになってる」
ジム内の回復施設室でサンドとカイリキーを回復させながら、グリーンはコウタに言った。
「はい」と、コウタは少し複雑そうな表情で答える。マシになっていると言う部分では喜ぶべきだが、前回と比べると、と、つけられると素直に喜べない。
「よく勉強したんだな」
コウタの表情に気づいたグリーンは、自身の口調に反省しながらそう言ってコウタの細い髪の毛をくしゃくしゃっとかき回した。
ようやくそれで、コウタの表情に笑顔が浮かぶ。
誰でもあんたのような天才肌やと思うなや、と、アカネに耳にタコが出来るほどに聞かされた助言を、彼はまだ徹底しきれてはいなかった。
若くしてポケモンリーグを制したグリーンの才能と、標準か、もしかすればそれにやや劣るかもしれないコウタの実力と成長のバランスを上手く取るのは、彼が思っていたよりも難しかった。
成長はしているし、間違いなくそれは彼の小さな努力の積み重ねの賜物なのだろう。だが、グリーンの思う理想とは、まだそれはあまりにもかけ離れている。
「だが、知識をひけらかすような戦いをするな」
グリーンの言葉に、コウタは首を捻った。何かを咎められていることは理解が出来るが、それが何を指しているのかがわからない。
音楽が鳴り終わった回復装置の安全ロックが外される。
グリーンがそれに反応するよりも先に、足元のピカチュウがぴょんとそれに飛び乗り、二つのボールをそれぞれにトレーナーに手渡した。
二人がそれぞれピカチュウに礼を言ってから、グリーンが続ける。
「『まるくなる』からの『ころがる』は意識してやったろ?」
「はい」
コウタはそれに頷く。
「その方が威力が上がるので」
『ころがる』という技は、その名の通り地面を転がる勢いで攻撃するもので、当然ポケモンが球体に近ければ近いほどよりスムーズな攻撃に移行することが出来る。つまり『ころがる』攻撃の前に『まるくなる』事ができれば、その威力を増すことが出来る。コウタの故郷であるコガネシティのジムリーダー、アカネが得意としている戦術に一工夫を加えた有力な戦術だった。
だが、グリーンはそれに首を振る。
「駄目だ、カイリキーと『ころがる』は相性が悪い。確かに『まるくなる』からの『ころがる』は強力な連携だが、しっかりと相手を見て使わないと行動を縛られるだけになる」
グリーンの指摘は、ある程度のレベルがあるトレーナー達の中では正しいものだった。
『ころがる』は岩のような突進力を持つ攻撃だが、岩を砕く肉体を持つ格闘タイプのカイリキーには相性が悪い。『まるくなる』によって威力が底上げされているとはいえ、いい選択肢ではなかった。
さらに、『ころがる』という技の弱点は、勢いに任せる攻撃であるために、相手の行動を見てからの柔軟な対応が難しくなることだ。事実、先程の手合わせに置いてサンドとコウタはカイリキーの動きに対応することが出来なかった。
「戦略の豊富さを含め、知識は大事だ。だが、知識に状況を合わせるようでは駄目、状況に知識を反映させるんだ」
コウタは不安げに首をひねった。グリーンの説明の意味がいまいちつかめないのだ。
「まずはトレーナーと戦うことに慣れろ」と、グリーンはコウタの方に手をやりながら続ける。
「全てを経験してまずは慣れるんだ、戦うことに慣れてくれば、知識を使う余裕もできる」
今は慣れろ、との言葉に、コウタは「はい」と答えた。その先のことはわからない、グリーンを信じる他ないのだ。
だが、彼は不思議そうにもう一つ続ける。
「グリーンさん、どうしてサンドしか使っちゃ駄目なんですか? 俺は格闘タイプ相手にはオニスズメを考えていました」
それはコウタにとって当然の疑問だろう。手合わせの前、グリーンはコウタにサンドを繰り出すように言い、コラッタやオニスズメを繰り出すことを禁止していた。格闘タイプにはオニスズメのような飛行タイプのポケモンが相性が良いことを彼は知っていた。
グリーンはそれに答える。
「サンドは今のお前と一番相性がいいんだ。コラッタやオニスズメじゃトレーナーのスピードについていけないだろうが、サンドはある程度スムーズにお前の指示を守る。まずはサンドとの連携でポケモンと共に戦う感覚を覚えるんだ」
「なるほど」と、返事ではそれを肯定したが、コウタは小さくないショックを感じていた。
ポケモンと共に戦う感覚を覚える。コウタはそんな事を考えたことがなかった。彼はこれまでオニスズメやコラッタと共に戦っていたと思っていたし、それを疑ってはいなかった。だが、そのグリーンの言葉は、コウタはそれら二匹の相棒とはこれまで共には戦っていなかったのだとハッキリと宣告するものだったのだ。当然、腑に落ちるものではない。
本人がそれを意識しているわけではないが、グリーンはまだ優れた教育者ではなかった。
うつむいてしまったコウタのそのような気持ちを知る由もなく、グリーンは彼の肩を叩いて言った。
「今日はこの後ヤマブキの方に行こう。ちょっと用事を一つ済ませて、その後にいい肉食わせてやる」
現金なものだが、コウタは少しだけ表情を明るくさせた。
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