『深碧のアンダードッグは神のいる世界で何を思うか?』 作:rairaibou(風)
かつてのシオンタウンを知る者は、ここ数年でのシオンタウンの変わりように驚いているだろう。
町の象徴であった慰霊施設ポケモンタワーがラジオ局を含むメディア施設に改装され、流行の発信地となりつつある。心なしか空が明るくなったような雰囲気となり、数年前までは幽霊騒ぎが起こって当然の真実として語られていた町からは脱却しつつある。
「少し自由にしててくれ」
ある施設の前で、グリーンはコウタにそう言った。
「あまり、気分のいいもんじゃないだろう」
コウタは『たましいのいえ』と刻まれたその施設と、グリーンの片手にある大人しめの花束を見比べて小さく戸惑った。ジョウト地方、コガネシティ出身の彼は、シオンタウンがかつて大規模な慰霊施設があった場所であることを知らず、その施設を目の当たりにする瞬間まで、グリーンの用事がそのようなことだとは微塵も思っていなかった。
「あの」と一つ呟いてから、コウタは言葉を詰まらせる。その施設とグリーンを前に、次に何を言えば良いのか分からなかった。
その様子から察し、グリーンが答える。
「ポケモンだよ」
「ポケモン、ですか」
「ああ、ポケモンだ」
「ポケモンの、お墓ですか?」
「ああ、そうだよ。ちょっと前までは、あの塔全部がそうだった」
そこからでも見えるシオンのメディア施設を眺めて、グリーンが感慨深そうに言う。
「随分と変わったんだよ、ここは」
ピカチュウを肩に乗せ、たましいのいえに入ろうと背を向けたグリーンにコウタが「あの」と、声をかけた。
「俺も、ついて行ってもいいですか?」
それがグリーンの気分を損ねるかもしれない、その後のいい肉がフイになるかもしれない言葉だということは、コウタも理解している。
だがそれ以上に、殿堂入りトレーナーグリーンと、ポケモンの墓というものが、コウタの感覚からはあまりにもミスマッチだった。
興味がある、と言ってしまえば聞こえが悪い。だが、その時のコウタの心境を最もよく表そうとすれば、そうなるだろう。
グリーンは、一瞬返答に悩んだ。コウタの提案に悪意を感じたからではない。こんなのについていっても面白くないだろうにと、彼はそれを不思議に思っていた。
だが、別にそれを断る理由もない、用事の後にコウタを探す手間を考えれば、むしろその方が良かった。
「別にいいけど、あまり面白いもんじゃないぞ」
「大丈夫です」
「じゃあ、まあ、良いけど」
不思議そうな表情をしながら、グリーンは『たましいのいえ』に足を踏み入れた。
それは、周りと比べて小さな墓石だった。欠けていたり、薄汚れていたりするわけではない、ポケモンの本格的な墓標というものを初めて目の当たりにするコウタでも、綺麗にしているんだなと思えるほどに。だが、その墓石は、周りと比べて小さかった。
その小さな墓の前に、グリーンとその手持ちのポケモンたちが並んでいた。サンダースはともかく、最終進化系であるピジョットとフーディンが並ぶと、その墓石の小ささがより引き立つ。
グリーンは花束を解いて、それぞれ一輪ずつ、ポケモンに手渡していた、ピジョットとサンダースはそれを加え、フーディンは二本のスプーンを一旦右手にまとめて左手にそれを持ち、それぞれその墓石の前にそれを備え、少しだけ静かに目をつむった後に、ボールの中に戻っていく。
「お前も」と、グリーンはまだ余裕のある花束の中から一輪、ピカチュウに向けて差し出した。
「あいつも、喜ぶだろうから」
ピカチュウは、一つ小さな鳴き声を上げてからそれを受け取った。そして、サンダース達がそうしたようにそれを備え、少しだけ目をつむり、何かを思った。
「三番目の、相棒だったんだ」
残った花束を再びまとめながら、グリーンはどこかに投げかけるようにそう呟いた。
それは当然、彼らの一歩後ろにいるコウタに向けられたものだろう。休日だと言うのに『たましいのいえ』には人がまばらで、グリーン達の周りには他の利用者はほとんどいなかった。
「グリーンさんの、手持ちだったんですか?」と、コウタは少し声を抑え、それでも驚きを含めながら答えた。
「そうだよ」
ぐるりと周りを見渡してから、更に続ける。
「元気のいい、ラッタだった」
ラッタ、という単語に、コウタはピクリと体を反応させた。自身の手持ちであるコラッタの、進化系であるポケモンだった。
「どうして」と、コウタが問う。
「ポケモンは、瀕死になっても回復できるじゃないですか」
「生きていればな」
グリーンは少しうつむいて続ける。
「いくらポケモンセンターでも、死んだポケモンを甦らせることは出来ないんだよ」
そんな事くらい、コウタだって分かっているだろう。彼が知りたいのがその先であることは、グリーンも理解している。
そして、彼は遠くを眺めるような視線を飛ばしたのちに、その先を続ける。
「イーブイやピジョン、ケーシィと違って、コラッタとラッタは、生物としての成熟が他の種に比べて早い上に、前歯での攻撃が強力だ。虫ポケモンはそれと同じかそれ以上に成熟するが、ラッタに比べると有効な攻撃手段を持たない」
コウタは、その説明がそれとどう繋がるのかがわからない。だから、沈黙で次を促す。
「だから、アイツに頼ることが多かった。少しでも戦況を悲観的に感じれば、すぐにアイツを繰り出して、その前歯に頼った」
無理をさせすぎたんだ、と、グリーンは続ける。
「アイツの元気に、アイツのハートの強さに、頼りすぎていた。気がつけば、アイツは冷たく、固くなっていて、ポケモンセンターに連れ込んでも、首を振られた」
コウタは、それでも信じられないと行った風に、グリーンを見ていた。彼の中でポケモンというものは、どれだけ傷ついても、どれだけ弱ろうとも、ポケモンセンターの回復装置に入ればすぐに元気になる。そう考えること自体は道徳や倫理に反することを理解していても、実質的には、そのような存在だった。
そんなポケモンを、本当に冷たくなってしまうまで疲弊させてしまうだなんて、コウタには想像することが出来なかった。どれほどのレベルの戦いを、そして、どれほどの数の戦いをこなせば、そうなってしまうのだろう。
「全部、俺が悪いんだ」
そう言ってから、グリーンははっとしたように顔を上げた。その言葉が滑り出してしまったことに驚いていた。
それは、彼が何度も頭の中で考えながら、しかし、誰にも打ち明けたことのない感情だった。グリーンの周りにいる常識的な、不躾とは最も離れたところにいる友人や知り合い達は、そのことについて誰も触れなかったし、もしそれに触れてくるような不躾な人間を、グリーンは軽蔑し、本心では語らなかっただろうから。
参ったな、と、グリーンはため息を鼻から抜いた。付き添いがいることで、思った以上にナーバスになっているようだった。
だが、グリーンはそれより先を続けた、それを言うことで感じる痛みなんて、比べればなんてことがないと思った。
「俺達は、トレーナーだ」
それをコウタがしっかりと耳に入れていることを信じながら続ける。
「もし、自分の限界を越えようとしているポケモンがいれば、たとえそいつに恨まれようとも、もしそれで戦いに負けてしまおうと、引くべき時がかならずあるんだ。なりふり構わず向かっていくことじゃない、それを受け入れることが、強いトレーナーなんだ」
コウタにそれが届いていることを感じながら、しかし、グリーンは歯を食いしばる。
それは、あのときの自分にこそ言うべき言葉なのだ。あるいは、今の自分にも。
「俺は、あいつを失って初めてそれに気づいた。遅すぎたんだ」
「そんなことは、ありませんよ」
それは、グリーンの背後から聞こえてきた声だったが、彼はそれがコウタのものではないことをすぐに理解した。否、迷いもしなかった。
その年齢を重ねた声は、グリーンにとって世話になった声であったからだ。
「お世話になってます」
振り返ったグリーンが頭を下げた先には、一人の老人がいた。頭は禿げ、真っ白な口ひげが顎を覆う。
コウタは、突然として現れ、そして、不意にグリーンに語りかけたその老人に戸惑っていた。彼は老人というものが時折そのようになんの関係もない話に割り込んでくることがあることを知っていたし、無いより、彼の生まれであるコガネシティは、そのような老人が特に多い土地柄であった。だから、その老人が全く関係がないのにグリーンに語りかけてる可能性を感じたのだ。
だが、グリーンはその老人を自分のスペースに招き入れ、コウタに彼を紹介する。
「この施設の管理人の、フジさんだ」
それに合わせて頭を下げた老人に、コウタも慌てて頭を下げる。もう一度顔を合わせれば、禿に口ひげとではあったが、細くなっている目は、優しげだった。
「こいつはコウタ、トキワジムトレーナーです。今日は付き添いで」
「そうですか。グリーン君がここに人を連れてくるのは珍しいことだから少し驚きましたよ」
ピカチュウが、鳴き声を上げながらフジ老人の足元にすり寄った。彼はそれに気づくと、曲がった腰をさらに曲げてピカチュウを撫でる。
フジ老人は、そのピカチュウの正体に気づいているだろう。自分にも、レッドにも、関わりの深い人物だった。
「まあ、いろいろありまして」
コウタとピカチュウのこと、まとめてそう説明した。
「あなたが、全てを背負う必要はないのですよ」
腰を上げながら言われたその言葉は、グリーンの言葉を否定した続きだった。
「ラッタと貴方の絆は、あなたを立派なトレーナーに成長させた。ラッタの魂も、それを喜んでいるでしょう」
それは、グリーンに肯定的な意見だったし、間違っている意見にも聞こえなかった。同じくそれを聞いていたコウタも、それに頷いて肯定した。それがあまりにも美しい意見だったからだ。
だが、グリーンはそれに笑う。
「そうだと、良いんですがね」
それが愛想混じりの苦笑いであることは、コウタにだってわかった。だが、その理由まではわからない。
残った花束を供え、静かに目をつむったグリーンの脳裏に浮かぶのは、よく見知った幼馴染の顔。
フジ老人の言っていることは、間違ってはいないのかもしれない。
三番目の相棒の死をキッカケに、一回り成長した。その経験があったからこそ、殿堂入りトレーナーとしての自分があり、今の自分もある。そう考えることも出来なくはないし、それが自然で美しい。
だが、その経験なく頂点へと駆け上がった幼馴染の存在は、その美しい意見を受け入れるには、あまりにも大きかった。
無駄死にではないか。
それを考える度に、グリーンはそう思ってしまう。そして、それを考える度に、ラッタの死が重くのしかかる。
きっと知らないだろう。
レッドは、この感情を知ってはいない。
だが、それでも、あいつは駆け抜けた。
☆
「墓、小さかったろ?」
シオンタウンから西に少し歩いた八番道路。ピカチュウを肩に乗せ、今はまだ人気のないそこをコウタと並んで歩いていたグリーンは、照れを隠すように笑いながらそう言った。
「えっ」と、コウタはそれに驚いて目をパチクリさせる。
正直なことを言ってしまえば、その墓石は小さかった。周りと比べて、あまりにも。
その後に並べる言葉に悩んでいるコウタに少し笑って、グリーンはそれを肯定と捉えて続ける。
「有り金全部突っ込んだとはいえ、所詮は子供の小遣いの範疇だからな。あまり豪勢なものには出来なかった。今ならもっと良いものに出来るかもしれないが、どうもその気にはならなくてな」
その説明にコウタは納得した。最も、後半のグリーンの気持ちまで理解できていたわけではない。グリーンも、あえてそうボカしている。
推測ではなく、今のグリーンの経済状況ならば、ラッタの墓をもっと厳かで豪勢なものにすることは可能だろう。それを許されるだけの社会的な格も、グリーンは持ち得ている。それに、それこそが、ラッタの霊に対する最大の敬意だと感じる人間だっているだろう。グリーンだって、それを思わないわけではない。
だが、それをして、ラッタの死が『過去のもの』になってしまうことを、彼は恐れていた。みそぎを済ませたと一瞬ですら思ってしまえばもう、そこにラッタへの敬意はない。
ある意味、罪悪感に心痛めるこの状況こそが、一番いいのではないかとすら思う。
そこまで考えて、どうしてそのようなことを言ってしまったのだろうかと、遅く後悔する。そもそもあの時、コウタがついてくることを拒否していれば、こんな事を考えずに済んだかもしれないのに。
はあ、と、気持ちを切り替えるためのため息を吐いてから、グリーンは一度だけ天を見上げて、今度はふう、と息を吐く。
そして、話題を切り替えた。
「ここをずっと進むと、ヤマブキシティに行けるんだ」
コウタはカントー地方の土地勘はないが、それでも、それは理解していた。この後ヤマブキシティに行くと言っていたのはグリーンだし、その彼がこの道を行くのだから、それはそうなのだろうと思っている。
「今から行く鉄板焼き屋のステーキは絶品だぞ、でかい肉をな、目の前で切ってくれるんだよ」
それに元気よく返事をし、嬉しげな笑顔を見せるコウタに、グリーンも同じように笑顔を見せながら続ける。
「この道をもう少しいけば、段々とふっかけてくるトレーナーが増えてくる。この道路はトレーナー達のいい練習場なんだ」
「なるほど」と、コウタは脳天気に言った。確かにこの道路ならば、人通りも多くなく、自然も程よく残っている、自分が縄張りにしていた三十四番道路と同じような条件だ。それならば、トレーナーも多いだろう。
そして、グリーンがその次を続ける。
「お前には、そのトレーナー達と戦ってもらう」
ええっ、と、思わずコウタは叫んでしまった。突然の宣告だった。
「まあ、心配するな。もう無理だなと思ったら俺が止めるし、相手がたちの悪い奴でも俺がなんとかしてやる。せっかく高い肉食うんだ、腹をすかせていこうじゃねえか」
「そんなあ」と、コウタは珍しくその外見らしく可愛らしい悲鳴を上げた。その突然の宣告は、トキワに来て以来緊張しっぱなしであった少年の素を引き出すほどの衝撃だった。
「いろんなレベルの相手と戦うことが重要なんだ。まずは平凡な相手に有利に立てるような基本のセオリーを体に染み付かせ、その後にセオリー破りを考えるんだ」
コウタは自信なさげに、そして少しふてくされたように「はい」と返事をした。グリーンは彼のそのような様子に安心する。ジムトレーナーになって以来彼にあった硬さが少し取れてきているような気がする。
「それじゃあ、行ってみようか」と、グリーンがコウタの肩を叩いたその時だった。
シオンタウンの方向から、大きな爆発音がした。
それに一番早く反応したのは、グリーンの肩に乗るピカチュウだった。彼はすぐさまにグリーンの肩から飛び降りると、小さく何度も鳴いて、それが普通のことではないことをグリーンに伝える。
グリーンとコウタも、その音と遅れてきた地鳴りに驚き、一様にシオンタウンの方向を見た。それがシオンタウンの日常ではないことを、彼らはピカチュウがいなくても理解しただろう。
「行くぞ」
それだけ言って、グリーンはシオンタウンに向かって駆け出した。
「待ってください」と、コウタもそれに続く。
ピカチュウは、その瞬発力でグリーンを追い抜くと、彼らを先導するようにかけていった。
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