『深碧のアンダードッグは神のいる世界で何を思うか?』 作:rairaibou(風)
質量を持っているかのような黒煙は、『たましいのいえ』から天に登っていた。
消防隊や水ポケモン達が、『たましいのいえ』を喰らい尽くそうとする炎を消そうとする度に、それはより力を増して、ごうごうと鳴き声を上げているかのようだった。
「フジさん!」
メディアセンター以外娯楽無き街で、久々に起きた事件に沸き立ち群れる野次馬をかき分け、グリーンは『たましいのいえ』の前でその消火活動を見つめるフジ老人を見つけた。
野次馬の足元をかき分け、鳴き声とともにピカチュウもそれに続いた。野次馬の向こう側から「グリーンさん! グリーンさあん!」と名を呼ぶコウタの声も聞こえていたが、それに手を差し伸べるには、野次馬の数が多すぎた。
フジ老人は、グリーンの声に気づいていなかった。ただただ呆然と、黒煙を吹き上げる『たましいのいえ』を眺めている。グリーンの声も、野次馬の興味津々な話し声と同じ元に聞こえていたのだろう。
「フジさん!」と、今度はフジ老人の肩をたたいた。老人は、ようやくグリーンの存在に気づいたようだった。
「グリーンくん」
フジ老人は、そういって言葉を詰まらせた。グリーンが現れたことを、まだ受け入れられてはいないようだった。
そして、しばらくグリーンの瞳を見つめた後に、フジ老人が口を開く。
「すまない」
それは、謝罪の言葉だった。見ればフジ老人は、表情も、体も、今にも崩れ落ちそうであった。
グリーンは、初めそれが何について謝っていることなのか分からなかった。だが、フジ老人の次の言葉でその理由がわかる。
「君とラッタの繋がりを、失ってしまった」
フジ老人は、『たましいのいえ』に祀ってあったポケモンたちの墓石や捧げ物の数多くが、この火災の中で失われてしまうだろうことを謝罪していた。
「そんな」と、グリーンは首を振る。
「あなたが無事で良かった。墓はまた作ればいい」
心が痛んだ、それは心の底からの本心ではない。
そして、それをフジ老人も見抜いている。
「元には戻らない。もう、元には戻らない」
たとえ新しい墓を、前よりも豪勢な墓石を作り直したとしても、今までにあった思い出まで作り直せるわけではない。それを、フジ老人も知っている。
グリーンは話題を変える。
「一体、何があったんです」
「わからない。巨大な男と数人が現れて、私を引きずり出した後に家に火を放った。ただそれだけだった」
要領を得ない説明だった。ほとんどの人間は、その説明で事件の全貌を掴むことは出来ないだろう。
だが、グリーンはそれを理解することが出来た。むしろ、それ以上無いほどにわかりやすい。
「俺も、そいつらに会いました」
「大丈夫だったのかい」
「ええ、こいつのおかげで」
グリーンは足元にピカチュウを指さした。
「彼らは何者なんだ」
「わかりません。ただ、神がどうとかと喚いていました」
「神」
フジ老人は一つそう呟いてから、勢いを失いつつある『たましいのいえ』の黒煙を眺めた。
グリーンは、それに沈黙を合わせる。
やがて、フジ老人は思いつめたように口を開く。
「かつて、私は神に背いた」
グリーンは、突然飛び出したその言葉に驚いた。ポケモンタワーの墓守、『たましいのいえ』の慈愛ある管理人にはふさわしくない告白だった。
「最強のポケモンを、作ろうとした。そのために、多くの犠牲も費やした。だが、当時の私は、それは必要なものだと思っていた。最強のポケモンを作り出すための尊い犠牲だと本気で思っていた。魂の重みには、大きな差異が存在すると、私は思っていた」
かつてのフジ老人は、世界の求める理想に手を届かせることが出来る可能性を持つ優れた研究者だった。グリーンは、それを知らない。
だが、当時の彼を知るものならば、彼の言葉を、否定しないだろう。
「最強のポケモンに、一つの霊が宿った時、私は、その考えが間違いであることにようやく気づいた。だが、それは、あまりにも遅すぎた。最強のポケモンの宿る魂を奪えたとしても、それまでに私が奪ってきた魂は戻りはしない」
フジ老人を下から見上げるピカチュウが、その言葉に少し反応を見せた。だが、それに聞き入っていたグリーンは、それに気づかない。
「だから私は、シオンタウンに移った。たとえ過去の過ちは消えなくとも、ポケモンの魂を看取ることが、私の残された人生の使命だと思っていた、なのに」
フジ老人の頬を、涙が伝う。
「神は、私をお許しにならないのか」
「それは違う!」と、グリーンはそれを強く否定する。
「あんな奴が、神を知っているはずがない! 自分の行為を正当化するために神を語る奴なんてゴマンといる。貴方の過去に何があったのか俺は知らないが、あんな奴らのことなんて真に受ける必要はありません!」
過去は知らない。だが、フジ老人のやったことは、崇高なことであったと彼は思っている。
ただ、その崇高さが、圧倒的な狂信と暴力の前に、無力だっただけなのだ。
暫くの間、二人は沈黙した。
段々と、グリーンは怒りがこみ上げてきた。それはようやくと言っていいかもしれない。これまで起こってきたことに、グリーンの体が、ようやくついてきた。
その理不尽な暴力に、ようやく怒りが湧いてきた。もし、後ほんの少しでもいいから、『たましいのいえ』に居座っていれば、こんなことにはならなかった。
俺がいれば、そんなことにはならなかった。
鎮火されつつある『たましいのいえ』を眺めながら、グリーンはようやく、ラッタと、それに手向けた花のことに考えが向かった。
俺のせいだ。
一瞬、彼の脳裏にそう浮かんだ。
草むらに生き、同種と子供を残し、草むらに死ぬ、そのような一生を歩めば、あり得なかったのだ。死してなお、このような卑劣な破壊衝動に巻き込まれるなんて、あり得なかったはずなのだ。
俺のせいだ、と、彼はもう一度思った。それが悲観的な考えであることは知っている、怒りを向かわせるべき対象は、クワノであることもわかっている。
だが、この悲しみを向かわせる対象は、自分であるような気がしてならない。
フジ老人が呟く。
「魂は、どこに向かえばいいのか」
グリーンも、それを知りたかった。
第三章はこれで終了です。ありがとうございました。
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