『深碧のアンダードッグは神のいる世界で何を思うか?』   作:rairaibou(風)

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「やぁ、やぁ、やぁ」

 

 スズのとうの最上階まで駆け上がったグリーンが見たものは、グリーンを見て不気味に笑う『教皇』クワノ一世と。

 

 

 美しい羽をボロボロにし、舞台の上に突っ伏して荒い呼吸を繰り返す伝説のポケモン、ホウオウの姿だった。

 

 

 痛ましい姿だった。だが、グリーンはそれを不思議には思わない。クワノの実力ならば、それを成すことが可能だろう。

 

「望まぬ意思がここに現れたことは、私のささやかな願いを、叶えることができなかった子供たちがいたということ。だが、神の意志による再会を、私は歓迎しようと思うのだ」

 

 ホウオウに背を向けグリーンに語るクワノは再び「やぁ、やぁ、やぁ」と言い。何も返さないグリーンを確認してからさらに続ける。

 

「この偽りの神への然るべき制裁、その光景を、私しか脳裏に焼き付けることができないことを、いささか味気なく感じていたところだったのだ」

 

 クワノは、その言葉の先を続けようとした。

 

 だが、それはその先は紡がれない。

 

 クワノがそれを言うよりも先に、グリーンがポケモンを繰り出したのだ。

 

 クワノが悦に入っているそのスキに、グリーンは彼を『かなしばり』や『サイコキネシス』で拘束しようとした。話し合いは通じぬ相手であることを、彼は知っていたから。

 

 だが、優れたトレーナーでもある『教皇』クワノ一世も、それに反応しボールを投げる。もはや彼の意識はホウオウに向かっておらず、それは、ホウオウが実質的な戦闘不能状態であることを示していた。

 

「『だいばくはつ』」

 

 鋼鉄の体を持つレジの一体、レジスチルは、クワノの指示に従って中央に存在するいくつかの目のような光をきらめかせる。

 

 

 だが、優れたトレーナーであることは、グリーンも同じ。

 

 

「『リフレクター』!」

 

 それを読んでいたグリーンは、繰り出していたフーディンに指示した。あくまで拘束を狙いながらも、クワノがそれに反応する優れたトレーナーであること、そして、おそらく『だいばくはつ』のような場を巻き込む攻撃をしてくるだろうと、彼は読み切っていた。

 

 レジスチルを取り囲むように、半透明のエネルギー体の板が出現したのと、レジスチルが『だいばくはつ』の命令を全うしたのはほとんど同時だった。

 

 爆発音とその衝撃、そしてそれによって生まれた爆風が『リフレクター』を揺らし、割り、損傷させる。殿堂入りトレーナーとその主力が全力で繰り出した『リフレクター』をそのような状態にする光景が、その『だいばくはつ』のエネルギーの凄まじさを物語る。

 

 だが、『リフレクター』によって、フーディンとスズのとうへの損傷は考えられる限りの最小限で抑えられていた。殿堂入りトレーナーとその主力の全力は、『教皇』クワノ一世の思惑を見事に阻止している。

 

「やぁ、やぁ、やぁ」

 

 その衝撃の向こう側、クワノはそれに嬉しげに笑っている。

 

「聡明な少年は不思議なことをする」

 

 彼の中で、グリーンの存在はスズのとうから見渡せる光景と同じ、この穢れた世界の中にある僅かな希望、小さな花。並の相手であれば飲み込まれたであろう自身の実力についてくることすらも嬉しくてたまらない。

 

 だが、同時に彼の行動を不思議にも思っていた。

 

「てっきり、聡明な君はこの偽りの神に対する愚かな信仰の外にいる人間だと思っていた。カントー人である君にとって、この塔にはかけらほどの信仰的価値もないだろう。それに、この塔を守らなければ、もっと自分たちへのダメージを抑えられたのではないのかね? 否、そもそも、この信仰を破壊しようとする我々に対して、君が危険を犯す必要もないだろう。正義が義務であることに縛られているのかね?」

 

 その指摘は、おおよそ正しいものだった。

 

 カントー出身であるグリーンは、ジョウトのホウオウ信仰の外にいる人間だった、そして、レジスチルを覆うような『リフレクター』の張り方をしなければ、もっとフーディンへのダメージを抑えられたことも事実。

 

「仕方ないだろ」と、グリーンはクワノの動きに注意しながらそれに答える。

 

「ここを守りたい奴らがいるんだから」

 

 マツバ、コモモ、そして、つながりなど無いエンジュシティの住人達を思い浮かべながら、グリーンは言う。

 

 彼らが信じたマツバが自分を信じた。塔を守りたいと思うことにこれ以上の理由はない。それが彼の正義なのだから。

 

「愚かな」

 

 『教皇』クワノ一世は、グリーンの答えに不満なようだった。

 

「それは、偽物の信仰に踊らされている人間に踊らされているに過ぎない。聡明な君らしくない、愚かで、救いようのない行動だ。否、聡明である君にそのような愚かな選択を選ばせてしまう偽りの神に支配されたこの世界が、やはり穢れているということなのだろう」

 

 外套を揺らしながら、クワノは二匹目のポケモンを繰り出す。動きの少ないその行動に、グリーンはそれを事前に抑えることができなかった。

 

「『れいとうビーム』」

 

 現れたポケモン、レジアイスが、フーディンに向かって光線を放つ。

 

 だが、すでにそこにフーディンはいない。

 

「『ニトロチャージ』」

 

 グリーンが新たに繰り出したウィンディが、炎を体にまといながらレジアイスに体当たりする。

 

 クワノは、グリーンのポケモン交代の素早さに、一瞬驚きの表情を見せた。

 

 だが、グリーンからすればそれは造作も無いこと。

 

 『教皇』クワノ一世は、その言動こそ狂気に苛まれ意味不明だが、ことバトルという面においては普通の、否、並のトレーナーでは生涯手に入れることのできない技術と理を持ち合わせている。勿論、彼のそのような二面性こそが彼をここまで制御不能の存在にしているものであり、もし彼がたいして戦力も技術も持ち合わせないトレーナーであったら、その狂気をここまで発揮することはできなかっただろう。狂気を推し進めるには、必ず武力を必要とする。

 

 つまり、従えているポケモンこそ異質だが、クワノはことバトルにおいては『限りなく優れている正常』なのだ。

 

 『限りなく優れている正常』というもの、それはグリーンの領域であり、グリーンは一度その頂点にも立ったトレーナーである。従えているポケモンを理解してしまえば、後はそこに『限りなく優れている正常』を当てはめるのみ。

 

 レジロック、レジスチル、レジアイス。この三体がクワノの手持ちだと断定した時、特殊攻撃力で戦うエスパータイプであるフーディンに対して、有利な対面を作れるのは鋼タイプのレジスチルかレジアイス。『だいばくはつ』によってレジスチルを失っている今、レジアイスしか残っていない。

 

 ならば物理的な攻撃を得意とするウィンディを繰り出し『ニトロチャージ』で自身の速さを強化しながら攻撃する。クワノの中に僅かに残っている理を、グリーンは的確に予想した。

 

 そして、それさえわかれば。

 

「『だいばくはつ』!」

「『ほのおのうず』!」

 

 クワノの指示、対戦において相手にプレッシャーを与え、『限りなく優れている正常』なクワノの領域に引きずり込むための『だいばくはつ』が完遂されるより先に、ウィンディは口から炎を吐きだし、レジアイスの周りに『ほのおのうず』を作り出した。相手の周りを炎で覆い、動きを制限する技だが、グリーンの目的はそれではない。

 

 瞬間、レジアイスの体がふわりと浮き上がり、『ほのおのうず』によって空へと巻き上げられる。ホウオウが舞台に降り立つために開かれているそこを、異質のポケモン、レジアイスが舞う。

 

 そして、ようやくレジアイスが『だいばくはつ』の指示を敢行したのは、彼が空へと巻き上げられたからだった。当然誰にもダメージが通らず、スズのとうとグリーン達を少し強い爆風が襲うのみ。

 

 それこそがグリーンの狙いだった。『ほのおのうず』によってレジアイスを空へと巻き上げ、再び『だいばくはつ』によるダメージを抑える。クワノのトレーナーとしての動きを完全に予測し、その思惑を再び阻止した。

 

「もう一つ、理由がある」

 

 空から落下しようとしていた戦闘不能のレジアイスを少し余裕のない表情でボールに戻したクワノを指さしながら、グリーンは続ける。

 

 

「気に食わないんだよ、お前らが」

 

 

 それは、グリーンの中に渦巻く様々な感情を一纏めにした言葉だった。

 

 悲しみもある、憎しみも、怒りも、戸惑いもある。

 

 どうしてそんな感情が心の中で暴れなければならないのか、どうしてそれらを失わなければならないのか。彼ら、彼女らは信じていただけなのに、シンオウ神話を、ホウオウ信仰を、『アンノーン手稿』を、神学者クワノを、そして、魂の救済を。

 

 気に食わないのだ、クワノの存在が、行動が、グリーンたちには気に食わない。

 

 それは、クワノというトレーナーを暴力と言う観点から同じ目線で、否、見下ろすことのできるグリーンだからこそ持つことができる感情だった。いや、例えばクワノの暴力がまだ届いておらず、その恐怖を知ることもない海の向こうの地方にいる自意識過剰なトレーナー等はそう思うかもしれないが、それも実際にクワノの恐怖を目の当たりにすれば引っ込む虚勢だろう。

 

 グリーンの言葉に、クワノは一瞬あっけにとられたようだった。

 

 だが、すぐさまに彼は「やぁ、やぁ、やぁ」と息巻いて、更に大きく笑う。

 

 彼は、グリーンの考えとは真逆のことを語った。

 

 

「それこそが、恐怖なのだ」

 

 

 両手を広げ、続ける。

 

 

「それこそが、大いなる知性を目の当たりにした愚人の発想。本物の神を、本物の神話を目の当たりにした愚人は、今まで自分が信じていたことを否定されることを恐れる。偽りを、偽りだと指さされることに恐怖し、それを否定する。君は聡明な少年であるが、それは仕方のないことなのだ、それこそが人が人であることの証明、その防衛本能こそが、人間が人間たる所以。君が気に病むことはない、君がそう思うのは、この世界が穢れていることの証明でもあるのだ」

 

 

 一拍おいて、更に続ける。

 

「ついに、この世界が我々の否定を始めた。それがこの世界が作り出した防衛本能、正しき神話の一部である我々への攻撃なのならば、つまりこれは『聖戦』なのだ。我々がこの世界に打ち勝てるかどうか、神と、神の子は眺めているだろう。ああ、この場に『聖騎士』がいないのが残念でならない。だが、私の力でこの戦いを制する事を、神と神の子は望んでいるのだろう」

 

 クワノは次のポケモンを繰り出した。当然グリーンはそのポケモンがレジロックであると予想し、その出現を待つ。『ニトロチャージ』によって脚力を底上げしたウィンディを居座らせ、先手を取るつもりだ。

 

 だが、繰り出されたポケモンは、レジロックではなかった。レジのように直立型のポケモンではない、四足で舞台を踏むそのポケモンへの理解に、グリーンは一瞬を要した。

 

 天に向かって裂けるような鳴き声が、その舞台に響いた。

 

 三メートルを優に超えているであろうその体格は、人間の中でもかなり大きな体格を持つクワノと比べても子供一人分ほど抜けている。その重さに再びスズのとうが少し揺れ、床はミシミシと音をたてる。レジロックやレジスチルに比べてもその重圧は重いかもしれない。白い体とヒゲを持ち、後光を思わせるような装飾が、胴体に存在していた。

 

 

「アルセウス」

 

 

 その語尾に疑問を持たせながら、グリーンが呟いた。

 

 アルセウス、それはシンオウ神話の中で語られる幻のポケモン、曰く宇宙を作ったとか、曰くもう二つの伝説のポケモンを作り出したとか、あまりにもスケールの大きな神話から創造ポケモンとも、その神話の荒唐無稽さから想像ポケモンとも呼ばれる『そうぞうポケモン』だった。まさに伝説のポケモン、それが本当に存在しているのだとこうして目の当たりにしているだけで世紀の大発見、そんなポケモン。

 

「やぁ、やぁ、やぁ」と、クワノは嬉しげに笑う。

 

「本物の神話を知らぬもの相手にこのポケモンを見せたのは初めての事だが、さすがは聡明なる少年だ、その知識の深さには敬意を覚える。そして、君ならばわかるだろう。シンオウ神話の中で最上位の神であるこのポケモンが、こうして一匹のポケモンとして私に従っていることこそが、シンオウ神話が偽りの物語であることの証明。シンオウ神話が、ただ力が強いだけのポケモンを恐れた愚者が、それを祭り上げることで自分たちの存在を正当化しただけの存在。それは目を覆いたくなるような偽証、ただ暴力と恐怖だけで神域に行けるというのならば、恐れ多くもこの私でさえも神を名乗ることができるだろう。だがそうではない、私は私が神ではないことを知っている。この力を私に与えた神と神の子こそが、本物の神であり、彼らの歩む道こそが新しい神話であり、新しい世界であることの証明なのだ」

 

 アルセウスが動く。

 

「『じしん』」

 

 その巨大な体格が、ウィンディを上から踏み潰す。

 

 四足の中では体の大きい方であるウィンディを上から踏み潰すことのできるその体格は、ウィンディに『じしん』のような衝撃を与える。

 

 タイプの相性は最悪、クワノはその一撃で倒したものと確信する。

 

 だが、ウィンディは体を大きく降ってアルセウスを振り払った。バランスを崩しながらも器用に着地したアルセウスは、自らの足を蝕む張り付くような痛みに気づき、クワノもその動きからそれを察する。

 

 『ニトロチャージ』で素早さを底上げしていたウィンディは、アルセウスが自身を踏みつけようとする寸前に、グリーンの『おにび』の指示を全うした。

 

 それによって『やけど』状態になったアルセウスの攻撃は万全の状態ではなかった。故に、ウィンディはギリギリながらも持ちこたえた。

 

「『バークアウト』」

 

 アルセウスと距離をとったウィンディは特殊な遠吠えをあげる体勢を取る。アルセウスにダメージを与えながら、相手の特殊攻撃力を落とそうとするグリーンの戦略だった。

 

 状態異常『やけど』によって攻撃力を、『バークアウト』で特殊攻撃力を下げ、脅威を少しでも少なくすることがグリーンの目的だった、先程の『じしん』一つとっても、アルセウスの脅威は十分に感じている。

 

 だが、その目論見は失敗に終わる。

 

「『しんそく』」

 

 ウィンディが『バークアウト』を放つより先に、アルセウスの攻撃がウィンディに届いた。その巨体に見合わぬ『しんそく』のスピードでの攻撃に、ウィンディは倒れる。

 

 『やけど』を負っていながらもその攻撃力、やはり一筋縄に行く相手ではない。

 

「よくやった」

 

 そう言いながら、グリーンはウィンディをボールに戻した。

 

 ウィンディができる仕事は十分にこなしたと、グリーンは判断していた。贅沢を言うのならば『いかく』でもう一段階相手を萎縮させたかったが、それは言っても仕方のないこと。

 

 グリーンはすでにアルセウスの能力の高さを見抜いている。流石は神と呼ばれたポケモンだけあってスキがない。

 

 だが、倒せないわけではない。

 

 一対一の対戦でアルセウスを破るのは難しいだろう、現にウィンディはやられてしまった。だが、役割を分担し、それぞれの持ち味を活かせば、倒せない相手ではない。

 

 クワノは笑いながらグリーンを称賛する。

 

「素晴らしい勇気だ、かつて神と呼ばれたポケモンをも前にしても、己の知識を信じ、それに命をあずけるだけの度量を持つとは」

 

「あわよくば」と、続ける。

 

 

「君がこのポケモンを倒すことを、私は期待している。それこそが、アルセウスが神などではなく、優れたトレーナーが相手であれば地に膝をつくようなただの生物、ポケモンであることの証明になるのだから」

 

 

 次のボールを宙に放り投げながら、グリーンは多少の気味の悪さを感じていた。

 

 グリーン自身も、アルセウスを一匹のポケモンとして考えようとしていた。かつて神と呼ばれていようが、今自分の目の前に立っているのはただ一匹のポケモンだと考えることで、それを打ち破る戦略を作ろうとしている。

 

 今この時点で、クワノとグリーンは、アルセウスに対して同じイメージを持っている。

 

 

 その神は、ポケモンなのだと。

 

 

 グリーンは、新たにフーディンを繰り出した。両手のスプーンをアルセウスに向かって突き出し、戦闘態勢を取る。

 

「『シャドーボール』」

 

 その命令に、アルセウスは忠実に身を構え、額の前に球体のエネルギーを作り出す。

 

 クワノの指示は的確だった。『やけど』状態では皮膚が引きつり万全な状態での攻撃ができなくなるが、『シャドーボール』のような特殊攻撃ならば話は別。しかもそれは、フーディンの弱点を的確に突く。グリーンはアルセウスの器用な技選択に驚いた。

 

 だが、アルセウスはその攻撃を打つことができなかった。アルセウスが作っていた球体はふわりとどこかに消え、彼は戸惑うように首を振る。

 

「なるほど」とクワノが呟く。

 

「『アンコール』かね」

 

 クワノは、フーディンの催眠術を見きり、それでいて落ち着いている。彼は、ここに来てアルセウスが神としての威厳を取り戻し、自らに反抗したのだという発想を全くもっていないようだった。

 

 フーディンが敢行した『アンコール』は、相手の行動を制限する催眠術の一つ。技の自由を奪い、直前に出した技しか打つことのできなくなる、使いようによっては強力になる補助的な技。

 

「『サイコキネシス』」

 

 畳み掛けようとしていたフーディンを、アルセウスが再び『しんそく』のスピードで蹴り上げた。フーディンは床に叩きつけられるように吹き飛び、グリーンはそれをボールに戻す。その威力、どう考えてもフーディンが立ち上がることは出来ないだろう。

 

 何という威力なのだ、と、グリーンはアルセウスのポテンシャルに驚く、いくらフーディンがフィジカルに強みがないポケモンとはいえ『やけど』の状態異常がモロに影響する『しんそく』攻撃が、まだそれ程の威力を保っている。

 

「なんのことはない、この巨大なポケモンの突撃を、止められるものかね」

 

 クワノの余裕を意に介さず、グリーンは次のボールを手に取る。

 

 すでに、彼の中で必勝の手順は完成していた。

 

 グリーンがボールを投げ、ポケモンが繰り出される。

 

 アルセウスはまだ姿もはっきりと理解していないそのポケモンに向かって『しんそく』で突っ込む。グリーンが作り出した状況とはいえ、神のイメージとは程遠い、知性の欠片もない攻撃。

 

 その突進に、現れたポケモンは巻き込まれる、鈍い肉の音が響き、スズのとうの床をこする音がする。

 

 だが、その突進は、止まった。

 

 グリーンが繰り出したポケモン、カイリキーは、自分の二倍はありそうなアルセウスの突進を、四本の腕と二本の足を踏ん張り止めた。

 

 勿論それは『やけど』の状態であるアルセウスの力不足も関係しているだろう。だが、神の突進を、カイリキーは止めていた。

 

 グリーンはそれに驚かない。

 

「『あてみなげ』」

 

 カイリキーの筋肉が盛り上がり、雄叫びとともに背筋が発揮される。

 

 ふわり、と、僅かばかりではあるがアルセウスの体が浮く。その突進を止める踏ん張りの体勢が、そのままカイリキーにとって最も力を入れやすい体勢であった。

 

 クワノはその次を待った。後ろに放り投げるか、はたまた床に叩きつけるか。どちらにしても、その衝撃で『アンコール』の催眠状態は解けるだろう。相手の攻撃をあえて受けてから投げの体勢を作る『あてみなげ』そのものは甘んじて受け、その次にカイリキーを潰す算段を用意する。

 

 だが、カイリキーの行動は予想外のものだった。

 

 彼は、四本の腕を器用に使い、アルセウスの体勢をひねりながら静かに床に下ろす。

 

 アルセウスも、クワノも、一瞬、その行動への驚きに思考が支配される。

 

 膝が折れ、低い体勢になっているアルセウスの頭部を、三本の腕が掴んでいることに気づいたときには、もう、遅かった。

 

「『ばくれつパンチ』」

 

 カイリキーが持つ全ての筋力、技術、体重が乗ったパンチが、アルセウスの頭部に叩き込まれた。それは、恐ろしい音だった。肉が弾け、声が漏れるような、恐ろしい音。

 

 一見、安定したダメージを与える選択だと思えた『あてみなげ』は、アルセウスの体勢を崩すことによって『ノーガード』の状態を作り出すための布石。更にグリーンは『しんそく』の威力から、アルセウスがノーマルタイプであることをある程度予測していた。

 

 決定的な一撃だった。並のポケモンならば、たとえタフネスが二倍、三倍あっても耐えることが出来ないような、完璧な一撃。

 

 だが、アルセウスはそれでは倒れない。むしろその衝撃によって『アンコール』状態から目を覚ましたアルセウスは、カイリキーを振り払いながら再び四本の足で立つ。

 

「『サイコキネシス』!」

 

 自身の失態を理解したクワノが、それを取り戻そうとカイリキーの弱点をつける攻撃を指示する。

 

 だが、それはアルセウスには届かない。アルセウスに他の生物の常識が通用するかどうかはわからないが、アルセウスは『こんらん』し、足取りはおぼつかなく、ふらつきながら立っているのがやっとという風だった。

 

「『クロスチョップ』!」

 

 ダメ押しの指示。

 

 カイリキーは今度は鍛え上げられた脚力を発揮し、床を蹴ってアルセウスに向かって跳躍する。

 

 そして、鍛え上げられた両腕による『クロスチョップ』が、アルセウスの喉元に炸裂した。

 

 その攻撃で、さすがのアルセウスも膝を折った。床に突っ伏し、時折痛みに呻くような声を上げながら、荒い呼吸を不規則に続ける。

 

 グリーンの勝利は明確だった。カイリキーはすぐさま元の位置に戻り、クワノの次を待つ。

 

 異様な光景だった。

 

 神と呼ばれた二つのポケモン、ホウオウとアルセウスが、二人の人間の前に敗北し、命を取られる立場にある。

 

 本当に、彼らを神と呼んでいいのだろうか。

 

 それを考えてはならない、とわかってはいながらも、グリーンの思想をそれが支配する。

 

 あの時『ばくれつパンチ』で『こんらん』したアルセウスの動き、あれはまさにポケモンそのものの動きというより無い。グリーンが持っているポケモンへの知識が通用し、同じように作用した。グリーンの中でのポケモンと言うカテゴリーの中に、アルセウスは収まる存在だった。

 

 その考えを見透かしているかのように、クワノが語る。

 

「聡明なる少年よ、これでもまだ、このポケモンが神であると言えると思うかね? 我々の前にひれ伏し、後はその死を待つのみの彼らを、どうして神と崇める必要がある?」

 

 グリーンは、どうにかしてそれを否定したかった。

 

 優れたトレーナーとして、彼らを上回った事実を変えることは出来ない。その中で『教皇』クワノ一世と同じ視点を持つことが心の底から嫌だった。

 

「お前が」と、そこまで言いかけて、グリーンは再び口をつぐんだ。自分が返そうとしていた言葉が、より彼を喜ばせることになるだろうと、すんでのところで気がついた。

 

 グリーンは、アルセウスに対するクワノの戦略を咎めようとしていた。「お前がもっとトレーナーとしての実力を発揮すれば、わからない勝負だった」と、彼は言いかけた。

 

 だが、それこそが、神に対する思想の矛盾そのものであった。

 

 その瞬間グリーンは『神が人間に従うこと』ことこそが最適であり、それを望もうとさえしていた。

 

「やぁ、やぁ、やぁ」

 

 クワノは、アルセウスをボールに戻しながら満足げに笑う。彼は、グリーンの思想の矛盾を察している。そして、それが否定しようのない真実であることも理解している。

 

 ホウオウやアルセウスが神域の存在であることと、その神話を信仰することの是非は、実は矛盾しない観点だ。たとえそれらのポケモンに神としての格がなかったとしても、それを信仰すること自体に罪はない。少なくとも、グリーンにとっては。

 

 だが、その神を信仰しているものは、果たしてそれを受け入れるだろうか。彼らの信仰の根本には、ホウオウやアルセウスが神域であったという事実こそが必要であるはずなのだ。

 

 当然、そこを割り切る人間もいるだろう。表面上は信仰心を見せているように見えても、その実、市場原理主義にまみれた現実主義者。そのような邪悪な人間は、その矛盾に心痛めない。

 

 その矛盾を受け入れられないのは、神を、神話をより強く信仰している純粋な人間、そう、かつてのクワノ自身のように。

 

 グリーンは、それを割り切れない。ホウオウ信仰の当事者ではないのに、否、ホウオウ信仰の当事者ではないからこそ、その信仰者にそれを託された部外者であるからこそ、それを割り切ることが出来ない。神とはなにかなどという、数千年の歴史の中で誰も答えをだすことの出来なかった考えることもバカバカしい問題に、今更頭を悩ませなければならない。

 

「どうするつもりだ」

 

 グリーンは、クワノを睨みつけながらそう凄んだ。都合の悪いことから目をそらすように、クワノを威嚇する。

 

 クワノからすれば、状況は最悪のはずだった。グリーンという優れたトレーナーを相手に、アルセウスと言う最高戦力を失っている。後は拘束されるのを待つのみと言っても良い状況。

 

 その時だった、クワノの表情から笑みが消えた。

 

 そして、不意に泥まみれの外套を翻したかと思うと、その場に膝をついて手を組み、目を瞑る。

 

 そして、言った。

 

 

 

 

 

「神の子よ」




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