『深碧のアンダードッグは神のいる世界で何を思うか?』   作:rairaibou(風)

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ウツギ研究所を訪れていたシルバーは、ロケット団の襲撃を迎え撃つ。
撤退したロケット団を追った彼に接触する女は、その少年の弱さを的確に突いた……


6-クリムゾンレッドの負け犬
1


 その日、ワカバタウンのウツギポケモン研究所には来客があった。

 

「うん、いつもどおり健康だね、肌ツヤもいいし牙も綺麗だ。よく手入れしているね」

 

 彼を含めてたった二人しかいないその研究所の所長、ウツギ博士は、目の前のおおあごポケモン、オーダイルの体の隅々をチェックしながら、満足げに笑って言った。オーダイルもまた、並のポケモンならば睨まれただけでひるんでしまうであろう強面を緩ませて、それに身を任せている。

 その様子を、来客である赤い髪の少年、シルバーは無言で眺めていた。彼は未だに、時折自分に向かって微笑んでくるウツギ博士の神経というものが理解できていない。

 

 かつて、シルバーはウツギ研究所に盗みに入った。それは紛れもない事実で、否定など到底することが出来ない過去である。

 紛れもなくシルバー自身の意志で行われたそれは、驚くほど鮮やかな、自身の血筋をなにか含むようなものさえ感じさせるほどの成功だった。窓から侵入した彼はすばやく一つのモンスターボールを手に取り、ウツギ博士を突き飛ばすように振り払って研究所を後にした。その時に盗んだモンスターボールの中に入っていたポケモン、ワニノコが、今こうやってオーダイルへと進化している。

 

 その後、シルバーは精神的な成長の後に、その行動を悔い、その罪を償うために再びウツギポケモン研究所を訪れた。

 すべてを精算したかった。ある少年との出会いと交流を得て、自らの過去を精算したくなった。

 

 当然、覚悟はしていた。法的な贖罪は勿論のこと、ウツギ博士からの罵倒も、非難の目線も、当然あるだろうと、そして、今や最も信頼のできる相棒となったオーダイルを手放すことも、どれだけそれが耐えられないことであろうと、それもまた当然と思っていた。

 

 だが、ウツギ博士はシルバーが想像すらしていなかった決断を下す。彼はシルバーのボールから現れたオーダイルをひと目見た瞬間に、シルバーからオーダイルを引き離すと言う考えをすべて捨てたのだ。

 

 ウツギは、ある条件付きでシルバーの罪を見逃すことにした。そして、シルバーは今日この日までその条件を守り続けている。

 

 その条件とは、月に一度、オーダイルの検診のためにウツギポケモン研究所に訪れる、というものだった。

 

 なんてことのない条件だった。

 

 未だに戸惑いの残るシルバーの目線を感じながら、ウツギは微笑んでいる。

 

 一目そのオーダイルを見たその時から、彼はシルバーという人間を信頼することを心に決めた。そのオーダイルがシルバーを見る目に、悪人に対する怯えはなかったからだ。当然、それはオーダイルもいわゆる悪に染まっていたからだと考えることも出来た。だが、ウツギはそうは思わず、そして、そう思わなかった自身の感性を信頼した。おとなしそうな見た目だが時にして信じられないほどに大胆、そんな男でなければ『ピカチュウはすでに進化したポケモンである』という仮説は立てられないだろう。

 

「最近、仕事の方はどうなんだい?」

 

 突然投げかけられた質問に、シルバーは慣れない敬語で答える。

 

「別に、特になにかがあるわけじゃありませんよ、こいつがいれば負けることはありえませんし」

 

 シルバーは、フリーのポケモンレンジャーとして活躍していた。腐れ縁のドラゴンつかい、ワタルの紹介してくる仕事は難しいがやりがいもあり、何より、生活に困らない報酬がある。相棒のオーダイルと一緒ならば、どんなに困難なことだって苦しくはない。

 

「そう、それは何より」

 

 ウツギは笑った。定期検診のたびに、オーダイルも、シルバーも、健康な姿を見せることが嬉しかった。

 シルバーは居心地悪げにウツギから目をそらし、うまいこと考えたもんだよな、と、ウツギの策略に感心する。

 定期検診のたびに、そのような光景がウツギポケモン研究所では見られている。

 

 だが、その日は違った。

 

 その幕開けは、無遠慮に蹴り開けられたドアの音だった。

 

 ウツギとシルバーがその音に驚き、状況を把握するよりも先に、ウツギ研究所唯一の助手である研究員の悲鳴が響く。

 

「騒ぐな!」と、助手ではない男の声が轟き、蹴破られたドアからぞろぞろと黒尽くめの男たちが侵入する。

 

 シルバーは、その集団に見覚えがあった。否、見覚えどころではない。彼らは、シルバーにとっては因縁の存在。

 

「ロケット団」

 

 静かに、それでいて強く威嚇するようにシルバーは低く唸った。それに同調するように、オーダイルも口端から牙を見せて唸る。

 

 その黒尽くめの男たち、その胸元には大きくプリントされたRの文字、一見ありえないほどに間抜けな格好にも見えるが、彼らが最も勢いを持っていた組織であった頃は、そのマークはこの世で最も恐ろしいものの一つであった。

 

 突然のことに声を失いながら、同時にウツギは戸惑いを感じていた、彼らロケット団が自分たちを襲撃する理由が何一つ見当たらないのだ。

 

 同じようなことをシルバーも考えていた、世話になっていることを贔屓目に見ても、この研究所にロケット団が狙うようなものがあるとは思えない。

 

「おっと、動くな」

 

 そのリーダー格であろうか、後ろの集団とは少し目つきの違うその男は、助手の腕を片手で極めながらシルバーたちとの距離を詰める。

 気がつけば、研究所の照明には一匹のゴルバットが繰り出されている。そのゴルバットは鋭い目つきで助手とシルバーたちを視界に捉え、臨戦態勢を取っている。

 

「携帯獣研究者のウツギだな?」

 

 男の問いに、ウツギは少し震えながら頷いた。大胆な発想と行動を取ることができるとは言え、それはあくまで研究と私生活での話、ロケット団という悪を目の前にしてそれができるわけではない。

 

 シルバーは、ウツギと助手を交互に見比べながら、なんとかロケット団のスキを見つけようと彼らをにらみつける。だが、たった一人のシルバーに対して、ロケット団は多勢、それだけの視線の中にスキは見当たらない。本来、シルバーとオーダイルの存在は彼らにとっては想定外であったはずであろうに、数でそれを制圧していた。

 

「なに、俺たちも手荒な真似をしたいわけではない。素直に要求に従ってくれれば全ては穏便に済ませる」

 

 まさか、と、シルバーはその言葉を信用しなかった。

 

「じゃあ」と、男が続ける。

 

「まずはポケギアを出してもらおうか、あんたも、ガキも、お前もだ」

 

 最後に腕をひねられながら指名された助手が痛みに呻く。

 

「そうすれば、彼を解放してくれるか?」

 

 大胆にも、丸腰のウツギはロケット団相手にそう切り出した。

 ロケット団は一瞬その提案にざわめいたが、挙げられた男の右腕とともに訪れた一瞬の沈黙の後に、男が答える。

 

「それはそちら次第」

 

 それ以上は無かった。

 

「シルバーくん」と、ウツギは白衣のポケットからポケギアを取り出しながらシルバーに目配せした。相手の目的はまだわからないが、ここはひとまず従うべきだろうと彼は考えている。

 

 ウツギとロケット団の男とを交互にみやりながら、シルバーもポケギアを取り出した。

 助手の男も、掴まれていない方の手でポケギアを取り出す。

 

「床に放り投げろ」

 

 男の指示するところを理解して、彼ら三人はポケギアを床に放り投げる、違和感のある行動だった、精密機械であるポケギアを床に放り投げるだなんて。

 

「『エアカッター』」

 

 それらが動きを止めるよりも先に、男の指示によって動いたゴルバットがそれぞれのポケギアを真っ二つに分断した。『エアカッター』が鋭い切れ味を持つことを考えても、そのゴルバットの実力の高さがわかる。

 

「話が早い」

 

 ひとまず目的を達成した男は、そう言って笑いながら助手を突き飛ばした。バランスを崩した助手は驚きの声を上げながら足元をふらつかせ、真っ二つになったポケギアを下敷きにするように突っ伏す。

 

 その間抜けな光景に一瞬目を取られたロケット団の男のスキを、シルバーは見逃さなかった。

 

「『アクアジェット』」

 

 オーダイルはその指示を待ち望んでいたかのようにすばやく反応した。すぼめた口から鋭い水流を放ってゴルバットを叩き落とす。

 

「後ろに!」

 

 ウツギと助手を守るように立ち位置を取ったシルバーとオーダイルは、ロケット団をにらみつける。数では負けているが、シルバーはロケット団を恐れない。むしろ群れることを弱さの象徴と考えている。

 

 撃ち落とされたゴルバットはまだ体力に余裕があったようで、濡れた羽を震わせながらオーダイルを睨みつけている。

 だが、ロケット団の男はそれ以上を望まなかった。彼はポケットから小さなボールのようなものを取り出して、笑いながら言う。

 

「撤収!」

 

 シルバーがその言葉に驚いているスキに、男はそのボールを床に叩きつけた。途端、研究所は煙に包まれる。

 

「はあ!?」

 

 ウツギらと壁を背にするように後ずさりながら、シルバーはロケット団の意味不明な行動を訝しんでいた。

 

 勿論、相手が煙玉を投げたからと言って脅威が去ったわけではない。その向こう側からゴルバットが不意打ちをしてくる可能性は十分にあるし、それに備えてもいる。

 

 だが、煙の向こう側から驚異の気配は感じない。

 

「『こごえるかぜ』」

 

 ウツギらの安全をしっかりと確認した後に、シルバーはまだ少し残っている白煙を処理しようとした。

 深く息を吸い込んだオーダイルが冷気を纏った風を吹くと、破壊されたドアから煙が抜ける。

 その先は、あれほどいたのが嘘であるかのように、誰も存在していなかった。

 

 一瞬、シルバーはその光景に面食らった、そして、突然思い出したかのように背後の窓に振り返り、それを開けてその向こうを確認する。かつての自分と同じような悪巧みを、ロケット団もしているかもしれなかったから。

 

 だが、そこにも誰もいない。窓から首だけだしたその状況が、あまりにも無防備で危険であることにシルバーが気がついたのはその後だった。

 

「ふざけやがって!」

 

 怒りを顕にしたシルバーはオーダイルをボールに戻してロケット団の後を追おうとした、煙玉を使ったからと言って、たったあれだけの時間でそう遠くまで行けるわけではないだろう。

 

「警察に連絡を」と、そこまで言いかけて、シルバーは自分たちのポケギアが破壊されていることに気がつき、それを不気味に思った。まるでその状況を予測していたかのような。もし彼らがそれをしようとすれば、隣の家まで足を運ばなければならないだろう。もしそれがロケット団の思惑通りだったとすれば。

 

 シルバーはモンスターボールを三つ放り投げた、繰り出されたのはレアコイル、フーディン、ゲンガーの三体。

 

「お前とお前はこの二人を守れ」と、シルバーはレアコイルとゲンガーを指さしながら言い、残ったフーディンには「お前はこの研究所を守れ」と指示を出してから、彼は駆け足で研究所を後にした。




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