『深碧のアンダードッグは神のいる世界で何を思うか?』   作:rairaibou(風)

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 待ち合わせは、リニア駅から歩いて数分程度のファミリーレストランだった。グリーンはもう少し気取った喫茶店に入りたかったが、相談をしてきたトレーナーは自分達より年下なのだから、このくらいの店のほうが良いと言うのがアカネの主張で、それが彼女の主張なら、グリーンがそれに逆らえるはずもなかった。

 

「ウチがこの店に来るとな、絶対に窓際のボックス席に通されんねん」

 

 何かを含ませたような笑顔を見せながら、対面に座るグリーンにアカネが言った。膝に乗せたピカチュウは、レストランからサービスされたポケモンフーズをカリカリと食べている。

 

「そりゃまあ、ジムリーダーだからな」

 

 彼女がどんな言葉や反応を求めているのかグリーンには手に取るようにわかったが、絶対にそれを言ってなるものかという固い決意でアイスコーヒーにミルクとシロップを溶かす。

 だが、グリーンの素直でない反応にすら満足げなアカネは、何も入れていないアイスコーヒーをくるくるとストローで弄んだ。きっとこの会計も、自分が払わされるのだろうなと、グリーンは遠くを眺めながら思う。

 

 ちょうどその時、「あの」と言う声が彼らに投げかけられた。

 

 見れば、ウエイトレスに連れられた少年と少女が、アカネ達に小さく頭を下げていた。その腰にはそれぞれモンスターボールがあるから。彼らはトレーナーだろう。

 自分達よりも少し年下だろうなと、グリーンはその二人を見て思った。

 

「おー、早かったなあ、ささ、こっち座りーな。ほらグリーン、よってよって」

 

 その二人を確認して飛び跳ねるように席を立ったアカネは、二人に自分が座っていた席を勧めると、自分はグリーンが座っている席に無理やり潜り込んだ。アイスコーヒーをぐいと奥側に持っていかれてしまえば、グリーンもそれに抗うことはできず、渋々と席を詰める。

 

 二人は、その様子を目を丸くして眺めていた。自分達の相談相手として、あの難関トキワジムリーダーのグリーンを呼んだことは彼女との通話で知っていたが、こうして実際に目の前に本人が現れると、まるでそれまで空想の世界の領域であったはずの幻のポケモンが目の前に現れたときのような興奮が多少は起こる。

 

 アカネにしろグリーンにしろ、年齢で言えば自分達より少し上程度のものだろう。だが、それでもジムリーダーという責任の重い立場を任される根拠となる実力が彼女らにあることを、彼ら二人のトレーナーは尊敬していた。

 

 だが、そのグリーンが、さも親しげにアカネとコミュニケーションを取っていることに、彼らはそれ以上の驚きを覚えていた。あの伝説のトレーナーであるグリーンですらも、アカネさんには敵わないんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相談というのは、私達の友達についてなんです」

 

 少女の方のトレーナー、ミズホは、アカネが注文したホットケーキには見向きもせずに、グリーンの目を見てそう言った。

 

「コウタというトレーナーなんですが、突然カントーに武者修行に行くって言い始めて。私達は止めさせようとしたんですけど、どうしても行くと言って聞かないんです」

 

「行くとなにか問題でもあるのか?」

 

 グリーンの問いには、もうひとりのトレーナー、ヨウイチが答える。

 

「コウタはまだそういう事をするような段階ではないと思います。基礎もあまり出来てはいないし、ポケモン達のレベルもあまり高くありません。まだまだコガネシティやコガネジムで十分です」

 

 ふうん、と、グリーンはハッキリとはしない風に鼻を鳴らす。

 

「でもなあ、人それぞれってこともあるで」

 

 二人が来てからはまったくアイスコーヒーに触れもしないアカネが答える。グリーンはその返答を意外に思った、コガネジムリーダのアカネは、それを否定する側だと思っていたからだ。

 

「お前はそのコウタってトレーナーと会ったのか?」

 

 グリーンは、そのトレーナーについての情報を求めた、旅だの武者修行だのと言われても、その少年がどんな人物で、どの程度の実力があるのかを理解しなければ、進められる話ではない。

 

「いいや、この相談受けたん昨日やからな、ほんとは今日会ってみようかと思ってたんやけど。その前にあんたがコガネにおるって話聞いたからそっちを先にしたんや。ウチよりよりあんたのほうがこういう話には強いかなあ思うて」

 

 なるほど、とグリーンはそれに頷いた。

 

「まあ確かに、アカネよりかは俺のほうが良いかもしれないな」

「せやろ? グリーンはどうやったん? 旅」

 

 その席三人の視線が、グリーンに注目する。彼はそれを感じながらその質問に答えた。

 

「どうだったと言われてもな、ハッキリ言ってそのコウタってトレーナーと俺とじゃ立場が違う」

「どゆこと?」

 

 アカネは首をひねった。グリーンが立場と言う単語を持ち出す理由がいまいちわからなかった。そりゃあ今でこそ立場は違うだろうが、グリーンにだって、何も知らぬ少年時代があったはずだ。

 グリーンは少し鼻を鳴らすようなため息を吐いてからそれを説明する。都会出身のアカネに、言葉なくそれを理解しろという方が無理な話だった。

 

「俺は生まれがマサラタウンだからな、自分で言うのもなんだがあそこは爺さんの研究所以外は本当になーんにもない所だから、外に出るしか選択肢が無かったんだ。コガネのように、求めればだいたいのものが手に入るような都会とは、そもそもの前提が違う」

 

 ミズホとヨウイチはグリーンの答えに頷いた。共にコガネ生まれのコガネ育ちではあるが、グリーンの故郷マサラタウンが、もしかすればジョウトでも田舎であるワカバタウンよりも未発展の土地であるかもしれないことを彼らはなんとなく知っていた。

 

「そんなら」と、アカネがグリーンの顔を覗き込むようにして問う。

「もしあんたがコガネの生まれやったら、旅には出なかったんか?」

「出ただろうな」

 

 グリーンがあまりにもあっさりとそう答えたものだから、アカネを含む三人のトレーナーは一度言葉を失い、そして、その沈黙を維持することによって、その先を求める。

 

「俺がどこで生まれていようと、俺がオーキド=ユキナリの孫である限り、どこかで必ずトレーナーとしての道に進むことになっていただろうと思う。そうなれば、いずれはアサギやタンバのジムに行かなくちゃならなくなるだろうから、その時は旅に出てただろうな」

 

 それは、彼の血筋を考えれば納得のいく説明だった。携帯獣学の権威であるオーキドの孫という血は、ポケモンとかかわらない人生を送るには、あまりにも濃い。

 

「あまり強くないんだろう?」と、グリーンは二人に問う。

「もし強けりゃ、必然的にこの街を出なければならなくなる。強いトレーナーが、バッジ一つじゃ満足しない」

 

 ヨウイチは、それに頷いた。

 

「よくあることだ」と、グリーンは続ける。

「なかなか強くなれなくて、ああでもないこうでもないといろいろなことを考えていった先に、あまりにも現実的ではない選択肢を、まるで正解のように思い込んでしまう」

 

 決めつけるようなグリーンの口調に、「でも」と、うつむきながらミズホが呟く。

 

「そんな子じゃ、無かったんです」

 

 その言葉に、ヨウイチも頷く。

 

「たしかに今は強くないけど、それをちゃんと受け入れて、コツコツと努力してるような、そんなトレーナーなんです。だから俺達、コウタが急にそんな事を言いだした理由がわからなくて」

 

 ふうん、と、グリーンはそれに鼻を鳴らした。そして、ここで話すべきことは全て話し終え、これ以上は誰の得にもならない口論にしかならないだろうと判断した。

 

「じゃあ、行こう」

 

 そう言って、グリーンは席から立ち上がった。アカネやピカチュウに目配せしながら、同じく席を立つように求める。

 

「会いに行こう。それで全てはっきりするさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大人しそうなやつだな。

 件のトレーナー、コウタの第一印象を、グリーンはそう感じていた。

 

 子供と呼ぶには背が高く、かと言って少年と呼ぶにはまだ年齢が足りていないように見えるその少年は、グリーン達を見て目を丸くしていた。まるで信じられないと言った風に、ジロジロとグリーンを眺める。

 

 三十四番道路。コガネシティとウバメの森をつなぐその道路は、地元のトレーナー達の遊び場でもあった。コウタも、ミズホやヨウイチも、きっとこの道路で遊び、トレーナーとしての自我を確立させていったのだろう。

 

「コガネジムリーダーのアカネや、こっちはトキワジムのグリーン、よろしく」

 

 アカネから差し出された手を、コウタは少し動揺しながら握った。同じく差し出されたグリーンの右手も同じく。

 

「ウチらな、この二人から相談受けてん」

 

 コウタの縄張りに四人がかりで押し掛けたことを気遣っているのか、アカネはグリーンにするのとは打って変わった声色で彼に言った。最も、それこそが、グリーンの知らない教育者としてのアカネのあり方なのだろう。

 

「相談?」

 

 甲高いが、少し掠れた声でコウタが返した。グリーンは、彼がミズホやヨウイチと比べて少し下の年齢であることを確信する。

 

「旅に出たいんやろ?」

 

 その言葉に、コウタは目を輝かせて「はい!」と答えた。

 

「そうかあ、強くなりたいんやなあ、ええことやと思うで」

 

 同じく笑顔でアカネがそう言う。やはり「はい!」と目を輝かせてコウタが答える。

 真っ直ぐな目をしているんだな、と、グリーンは何となくそう思った。

 

「まだ早い」

 

 それを遮るように、アカネの背後からヨウイチが言った。それは、コウタとコミュニケーションを取ろうとしたアカネの邪魔をする行為だった。しかし、まるでアカネがそれを肯定するような素振りだったから、ヨウイチがそれに焦ってしまったのだ。

 

「まあまあ」と、アカネはヨウイチとコウタを交互に見やりながらお互いをなだめた。その対応にグリーンは思わず感心する、例えば自分なら、それに対して不服な表情をヨウイチに見せてしまうだろう。

 

「コウタくんは、コガネジムに挑戦はしてくれたん?」

 

 アカネの質問に、コウタは気まずそうに首を横に振った。武者修行を求めるのに、コガネジムのバッジを持っていないことの矛盾を、彼も理解しているようだった。

 

「そうかあ」と、アカネはそれを強く指摘することはなく続ける。

「旅に出たいと思うのはええねんで? でもな、せっかくコガネに住んでるんやから、はじめてのバッジがウチじゃなかったら寂しいわ。せやから、まずはウチに挑戦してほしいねん」

 

 うまいな、とグリーンは再び感心した。コウタの意志を尊重しながら、それでいてトレーナーとしての最低ラインである一つ目のバッジを与えるかどうかの判断を自身が行うとしている。

 しかし、コウタはそれにも首を横に振った。

 

「それは出来ません、俺はカントーのバッジを集めます」

 

「コウタ」と、今度はミズホが一歩前に出て彼に何かを言おうとした。だが、彼女がそれを続けるよりも先に、グリーンがそれを遮って言う。

 

「ちょっと、よくわからないんだが」

 

 コウタがアカネからグリーンに目線を変える。やはり大人しそうな少年にしか見えないのに、その目は、妙にギラついているような気がした。

 

「この街は、いい環境だ。ここみたいに特訓におあつらえ向きの道路や森もあれば、トレーナー達が集まる自然公園だってある。公認ジムであるコガネジムだってあるし、片田舎じゃ手に入らないような道具を扱ってる百貨店もあれば、質の高いトレーナーズスクールだってある。そりゃあいずれは遠方のジムに腕試しに行く必要もあるかもしれないが、どうして一つ目のバッジすらカントーで取る必要があるんだ?」

 

 コウタは、その質問に困ったような表情を見せた。それは、ここでは言い出しづらいことなのだろう。

 しかし、時折彼がミズホとヨウイチに目線を変えるのを、グリーンは見逃さなかった。

 そういえば、と、グリーンはその二人の方を向く。

 

「お前らはバッジ持ってんのか?」

 

 二人はそれに頷き、ヨウイチがそれを言葉にする。

 

「はい、どっちも二つ持っています」

 

 更にそれを補足するように、アカネも声を上げる。

 

「この二人は、ウチのバッジ持ってるで」

 

 それら一連の会話をコウタが不服そうな表情で眺めているのを確認してから「なるほど」と、グリーンは頭をかいた。

 彼は、コウタという少年が置かれている立場を大体理解した。

 そして、最も手っ取り早い方法も考えつく。

 

「それじゃあ、ここでジム戦やっちまうか」

 

 その提案に、グリーン以外の四人が一斉に驚いて彼を見た。ジムリーダーが自分の管理外の街でジム戦を行う。それが全くありえないわけではないが、やはりかなり異例なことに違いはない。

 

「別にいいだろ」と、グリーンは困惑の目で自身を見るアカネに言った。

「理由はわからんが、とにかくコウタはコガネジムバッジはいらねえようだし、俺はこいつが望んでるカントーのジムバッジを管理してる」

「そりゃそうやけど」

 

 それを強くは否定しなかったが、やはりその急な提案に戸惑いはあるようで、その後もなにか言葉をつなごうとしたが、グリーンがそれより先に言う。

 

「それに、俺なら旅に必要な能力もある程度知っている」

 

 その言葉に、アカネはひとまず口をつぐんだ。旅に必要な能力を知っている、それはアカネがグリーンに求めた助言そのものだった。

 

「それでいいか?」と、グリーンがコウタに問う。

 

 コウタはまだ困惑した表情を見せながらも「はい」と答える。自分の実力を示し、それを周りに認めさせるには絶好の機会だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出てこい」

 

 グリーンが投げたボールからは、彼の最も古い相棒、サンダースが繰り出された。

 

 コウタとグリーンはそれぞれ距離を取り、ジム戦で使われる対戦場と似たような間合いを取る。これから始まるであろう対戦を邪魔しないように場所をとったアカネと二人のトレーナーは、それがどう動くのがまったく想像ができなかった。

 

 単純な実力だけで考えれば、コウタはグリーンの足元にも及ばないだろう。それは考えるまでもない、あまりにも明確だ。

 だが、グリーンがコウタを一人前のトレーナーとして認めるかどうかというのはまた別の問題。そして、ジム戦というものは、ジムリーダーというものの仕事は大体そんなもの、挑戦者がジムリーダーの本当の実力を上回っている必要はない。

 

 アカネは、グリーンがどのようにしてこの戦いを、ジムバッジ認定戦を成立させるのか、まだ想像できていなかった。

 

 ふつうジム戦というものは、ジムリーダーが挑戦者のレベルに合わせた強さのパーティを選択する。だが、グリーンが繰り出したのは彼の本来の手持ちであるサンダース。

 

 サンダースとグリーンがトレーナーとして立ち回ってしまえば、それはただの強豪トレーナーそのものだ、未成熟のトレーナーだけでなく、バッジを八つ以上所持しているトレーナーですらも容易にはペースを握れないだろう。

 

 地面をならしながら背筋を伸ばすサンダースを指さしながらグリーンが言う。

 

「今からサンダースは『たいあたり』しか技を出さないし、俺も指示を出さない。多少知恵のついた野生のポケモンと同じだ」

 

 体を揺するサンダースを視線に捉えながら、コウタがそれに頷く。

 

「三体までポケモンを使っていい。そして、そのうち一匹でもいいから、こいつにダメージを与えることが出来たらバッジをやるよ」

 

 ミズホとヨウイチはその条件に驚き、アカネの方を見た。それは、あまりにも簡単な条件なように思えたのだ。

 だが、アカネは「なるほどな」と一つため息を吐くように呟いて腕を組んだ。そして視線を投げかける二人に向かって呟くように「これは厳しいで」と言う。

 

 二人は、その意味がわからなかった。アカネの反応を見ても、やはりその条件はあまりにも簡単なように思えたのだ。

 だが、二人はその考えがあまりにも甘かったことを知ることになる。

 

 コウタがボールを放り投げた。サンダースの前にねずみポケモンのコラッタが現れる。

 サンダースはまだ動かない、最も無防備である繰り出された瞬間を、彼は狙わない。相当挑戦者に対して譲歩された行動だったが、それに気づいたのはアカネだけだった。

 

「『でんこうせっか』!」

 

 先に動いたのはコウタとコラッタの方だった。

 バッジを持っていないとはいえ『でんこうせっか』が相手の先手を取れるほどに瞬発力のある技であり、それを打つことのできるポケモンが限られていることくらいはコウタでも知っている。命中率にも優れるその技が、自身が認められるための特急券であり一撃必殺であることが分かれば、それをしない理由がない。

 

 コラッタの小さく軽い体は、その技を繰り出すのにうってつけだった。同じく小さな足が地面を蹴り、サンダースに向かって突っ込む。

 

 だが、その攻撃がサンダースに当たることはなかった。すんでのところ、とか、ギリギリに、とはとても言えない。かなりの余裕を持ってサンダースはそれをかわした。

 

 コウタとコラッタがそれに驚くよりも先に、サンダースの前足がコラッタの顎を捉える。サンダースは決して逃げたわけではない、コラッタの『でんこうせっか』をかわしながらも、自身の『たいあたり』を万全の体制で打つことのできる間合いは維持していたのだ。

 

 コラッタは吹き飛び、地面を跳ねる。だが、彼は揺れる視界をなんとか堪えながら、小動物らしい瞬発性で身を捻って再び立つ。

 

 手加減をしているな、と、アカネは気づいていた。いくら威力の低い『たいあたり』であろうと、グリーンのサンダースほどの強力な存在が放てば、生半可なレベルのポケモンであれば一撃で沈めることができるだろう。

 

 コウタとコラッタはそれには気づかない。彼らはサンダースが一撃で自分達を倒さなかったことを半ば当然と思いながら、追撃に備える。

 

 だが、コラッタが自分の視界にサンダースがいないことに気づくのと、サンダースが彼の背後から追撃の『たいあたり』を打ち付けるのはほとんど同時だった。コラッタは意識の外からの打撃に驚くよりも先に意識を手放す。

 

 当然、コウタはサンダースがコラッタの背後を取るのを視界に捉えてはいた、だが、コウタはそれに対して適切な指示をコラッタに告げることが出来なかった、否、適切な指示が浮かびもしなかった。彼はサンダースがコラッタの背後を取るあまりのスピードに圧倒され、さらにサンダースの行動の意図が読めなかった。

 

 軽快にステップを踏みながら、サンダースはコウタから距離をとって、彼を正面に見据える。それは大きな動きを取った後のスキを嫌い、次のポケモンへの迎撃を少しでもいいものにしようとする位置取りだったが、コウタがコラッタをボールに戻したのは、その動きをしっかりと見据えた後だった。

 

「すごい」

 

 口元に手をやりながら、ミズホが小さくそう言った。サンダースの一切無駄のない動きに、彼女は先程までの考えが甘かった事を痛感し、多少の恐怖すら覚えながらそれを見ていた。

 

 ヨウイチは言葉にこそしないが、口を真一文字に結んでにらみつけるように戦況を眺めている。

 彼は、コウタの戦い方がまだまだぬるいことが理解できていた、自分ならば、もっと違う動きをしていただろう。だが、それでも、グリーンのサンダースに一撃を入れるところをイメージすることが今では出来ない。

 

 この戦いは、あまりにも厳しい現実をコウタに見せつけるものだと、ヨウイチは思っていた。

 

 コラッタをボールに戻したコウタは、今目の前で起こったことを多少ショックに思いつつも、それに対する悲観的な考えはそれを観戦している人間ほどに持ってはいなかった。コラッタは自分の手持ちの中で一番レベルの低いポケモンであったし、一撃を入れればいいという勝利条件に対する楽観的な感覚がまだある。

 

 コウタが次に繰り出したのは、ことりポケモンのオニスズメだった。タイプの相性的にはあまり有利ではなかったが、この試合形式ならあまり気にならないだろう。

 

 オニスズメは小さく飛び上がってサンダースとの距離を離そうとした。それはコウタの指示ではなかったが、オニスズメはサンダースの瞬発力を嫌い、本能的にサンダースの間合いを嫌った。そして、コウタもオニスズメの行動をまずいものだとは考えていなかった。至極当然の動き。

 

 だが、サンダースはその行動を見逃さなかった。彼はオニスズメの迂闊な飛び上がりを目にした瞬間、優れたスプリントで地面を蹴ると、一気にオニスズメとの距離を詰める。

 

 コウタは、それに反応することが出来なかった。サンダースの脚力が自分達の想定を超えていることへの驚きもあったが、それ以上に、サンダースの反応とスピードについていけていなかった。

 そして、着地も出来ず、羽ばたきによって軌道を変更できるほどの高度もないオニスズメに『たいあたり』を叩き込む。

 

 オニスズメは俺に痛みを覚えるより先に、地面に叩きつけられたことで意識を手放した。手加減一切なしの強烈な一撃、低レベルのオニスズメに耐えられるはずなかった。

 

 サンダースは再び距離をとってコウタを正面に見据える。そして、コウタはやはりそのスキにはつけ込まない。より良く考えを巡らせることでそれに対抗しようと彼なりに考える。

 

 オニスズメを犠牲にして得た情報は、サンダースが自分達の想定以上の射程距離を持っているということだけだった。そして、その範囲を考えれば、どこに次のポケモンを繰り出しても、安全な場所はないだろう。

 

「『まるくなる』!」

 

 次のポケモンを繰り出すとほとんど同時にコウタはそう叫んだ。かわすことが不可能ならば、その分守りを固めればいいという考えだった。

 繰り出されたポケモン、サンドはコウタの指示を素早く理解し、体を丸めさせる。

 

「へえ」

 

 それまで黙って戦況を眺めるだけだったグリーンはサンドのその行動に声を漏らした。繰り出されたスキをつこうと猛然とサンドに迫っていたサンダースも、それを見て一旦攻撃をやめ、ステップでサンドとの距離を取る。

 

 サンドの防御力を警戒したわけではない、だが、コウタとサンドの動きのラグの無さが、それまでもポケモンとは一段階上のレベルだったのだ。

 サンドの耳が良いとかそういう単純な話ではない、『まるくなる』という選択が優れていたわけでもない。

 

 彼がコウタの指示から淀みなく『まるくなる』を選択できたということはつまり、サンドもまた、考えの中に『まるくなる』があったという事、戦術の是非はともかくとして、サンドとコウタの考え方がリンクしていたという事を、グリーンとサンダースは高く評価したのである。逆に言えば、これまでの二匹には、それすらもなかったということ。

 

「『あなをほる』!」

 

 理由はわからないが、サンダースが攻撃を仕掛けなかった事を、コウタは最大のチャンスと捉えたようだ。地面タイプの『あなをほる』攻撃が電気タイプのサンダースにとって最大の弱点攻撃である事はコウタも理解している。だからこその攻撃、それも一時的に相手の視界から消えることのできる『あなをほる』は、優れた選択肢であるように思える。

 

 ミズホとヨウイチも、その選択を良いものとして疑ってはいなかった、本来彼らはグリーンが勝利することを望んでいるのにもかかわらず、その一手がなんとか届かないものかと願う心すらあった、

 

「あかん」

 

 アカネは小さくそう言って下を向いた。だがそれはグリーンの敗北を悲観的に捉えているわけではない。むしろその逆だった。

 

 サンドは『まるくなる』の体勢を解くと、急いでその場に穴を掘ろうと手を動かす。彼は、その行動があまり良くないことを感覚的に理解していた。だが、それでもトレーナーの指示だからと手を動かす。

 しかし、サンドの体が穴を掘り終えるより先に、サンダースの『たいあたり』がサンドを襲った。サンドはせっかく掘った穴から離れるように吹き飛ばされる。

 なんとか体勢を立て直したサンドは、サンダースの次に備えて防御態勢を取ろうとする。

 

 だが、それを指示するはずのトレーナーの声が聞こえてこない。

 

 コウタは、サンドに攻撃された衝撃をまだ受け入れられてはいなかった。いや、たしかに今目の前で起きていることを受け入れられてはいる。だが、彼は今どうすべきかという事を、サンドの『あなをほる』が失敗に終わったときにどうすべきかという想定をこれっぽっちもしていなかったのだ。

 

「『まるくなる』!」

 

 だから、彼の指示が大きく遅れた。彼がその指示をようやく口にできたその時には、すでに追撃の『たいあたり』がサンドを戦闘不能に追いやったその後だった。

 

「終わったな」

 

 サンダースをボールに戻したグリーンは、足早にコウタのもとに歩み寄る。

 アカネもそれに続いてコウタのもとに歩を進めた。それに遅れてミズホヨウイチも我を取り戻す。

 

 圧倒的な差だった。

 

 最後の繰り出されたポケモン、サンドは判断力と瞬発力に優れ、戦いへの理解もあり、ある程度はグリーン達とのポケモンと対等に渡り合えるだけのスペックがあった。

 

 だが、それと共に戦うはずであるトレーナーの能力が、サンドの足を引っ張った。コウタはサンドに『あなをほる』の指示をしたことに満足しきり、その次を考えなかった、想定しなかった。防御の体制を取りたいサンドが『あなをほる』の指示を受け取るのが遅れ、その結果それを『たいあたり』で咎められることを想定していなかった。

 

「考え直したほうが良い」

 

 サンドをボールに戻して俯くコウタに、グリーンは遠慮なくそう言った。

 

「ポケモンもお前も、とてもじゃないがその水準に無い。まだまだこの街で十分だな」

 

 言い方ってもんがあるやろうが。と、アカネはその言葉を飲み込みながらも歯を食いしばった。

 

 コウタの実力が明らかに足りていないのは間違いない、彼は野生のポケモンのレベルが高い草むらから生きて帰ることは出来ない可能性が高い。そして、住み慣れた街を出て旅をするということには、そのようなリスクが当然付きまとう。

 旅を経験したトレーナーらしい、実戦感覚により近い条件だった。だが、教育者として、グリーンのその言いようは、あまりにも事実をむき出しにしすぎている。

 

 なんとかフォローをせねばとアカネは考えを巡らせた。グリーンを適役な相談相手としてここに連れてきたのは自分だ、それならば、最後までその責任を取る義務というものがある。

 

 だが、適切な言葉は思い浮かんでこなかった。

 

 コウタはしばらくグリーンのその言葉を噛み締めていたが、やがて意を決したように顔を上げて言った。

 

「だけど、あんなに強いポケモンを相手に」

「諦めろ」

 

 しかし、コウタがそれを言い終わるより先に、グリーンがそれを遮った。それは、彼の中では言ってはならない言葉だったのだ。

 

「自分に襲いかかろうとしている野生のポケモン相手にもそう言うつもりか?」

 

 その言い訳が通用するのはトレーナーとの戦いだけ、トレーナー同士の戦いにこそ慈悲があり、成長もある。野生相手にはそうはならない。

 

「だからな」と、アカネは半ば強引にグリーンとコウタとの間に割って入った。その間に割って入れる事は、彼女が素晴らしい教育者であることを証明している。

「コガネジムで練習して欲しいねん。確かに今日はあかんかったけど、いい動きもあったで。この二人と一緒に練習して、もっと強くなれば、いつかはこの街を出ることもできるはずやから」

 

 ヨウイチはそれに頷いてコウタの肩を撫でようと右手を差し伸ばした。

 

 だが、コウタはそれを跳ね除けて言う。

 

「嫌だ! 俺はこの街を出るんだ! 俺には、神様がついているんだ!」

 

 大声でそう叫んだコウタは、グリーンとアカネの間を抜けるように駆け抜けた。アカネは突然のことに呆気にとられ、グリーンは自分から離れていく背中を視線で追う。

 

 そして、ヨウイチとミズホは、コウタの名を呼びながらその後を追おうとした。

 

「おい」と、グリーンはその二人を引き止める。

「家族じゃないんだろ?」

 

 グリーンのその問いに、二人は頷きつつも、否定的なニュアンスを込めながら答える。

 

「でも、私達にとっては弟のようなものです」

 

 手短にそう答えた彼女らは、グリーンの反応を待たずにコウタを追いかけた。

 

 

 

「もうちょっと言いようってもんがあるやろ」

 

 ヨウイチとミズホが完全に見えなくなり、グリーンとアカネが三十四番道路にいる必要がなくなった頃。アカネはグリーンに厳しい視線を投げかけながら言った。

 

 グリーンの耳にそれは届いていただろうが、彼はすぐには返事をせず、まだじっと彼らが消えた方向を眺めている。

 

「何も変わらないだろうな」

 

 自分とはまったく違う方向に放たれたその言葉に、「なんやて?」と、アカネが問う。

 グリーンはようやくアカネの方に顔を向けて答えた。

 

「あの二人がついてる限り、何も変わらない」

「どーゆことや?」

 

 アカネは首をひねってそれの説明を求めた。あの二人は、コウタのことを心配していたはずだから、グリーンのその説明に、納得ができない。

 

 だが、グリーンはその明確な答えを持っていた。

 

「歳上のトレーナーはどんどん強くなるのに、自分は強くなれない。年齢的なことを考えれば歳上のヤツのほうが上にいるのは常識的なことのはずなのに、より親しい友人関係ってのが、それを分からなくさせてしまうんだ」

 

 アカネがそれに何も返さないのを確認してから続ける。

 

「コウタの年齢なら、あの程度の実力でもなんの不思議でもない。いや、本来ならトレーナーとしての技量ってのは才能の面も大きいから、もっと歳上でもあの程度の実力のトレーナーはいるだろう。だけど、身近に結果を出しているトレーナーがいるから、それを受け入れられないんだ。だからより現実感のないものに救いを求める。知りもしない地方とか、神様とかにな」

 

 グリーンは、アカネの腕の中にいるピカチュウに声をかけると、彼を肩の上に乗せた。

 

「よくあることだ。その気持ちが、まったくわからないわけじゃない」

 

 心が痛まないわけではない、だが、それが最も真実に近いものだろう。トレーナーとして高いレベルにいながらも、まったく同じ経験を持つ彼は、本質的にはコウタの苦しみをより理解できる人間の一人だった。

 

「あとは、お前の仕事だろ」

 

 ポケギアで時計を確認すれば、一時間もしない内に次のリニアの発車時刻だった。手短に別れを告げ、グリーンは三十四番道路を後にしようとする。

 

 だが、襟元を掴む手に、その歩みが妨げられる。

 少し息苦しそうに振り返ったグリーンの目に入ったのは、満面の笑みのアカネだった。

 

「ぎょーさんいーたいことがあるけど、まーええわ」

 

 彼女はグリーンから再びピカチュウを剥ぎ取ると、やはりそれを片腕で胸に抱えて、もう片腕で器用にグリーンと腕を組む。

 不思議と、ピカチュウはそれを受け入れていた。

 

「せっかくコガネに来たんやから、今日はパーッと遊ぼうや。ゲームコーナーもあるし、ボウリングもあるで、最近できたでっかい遊び場があってな、そこに行けば何でもあんねん。カーリングって知ってるか? 氷の上に石投げるんや」

 

 アカネは軽いステップでグリーンの前に出ると、そのまま彼を引きずるように先導する。

 グリーンからは、その表情は見えなかった。

 

「晩御飯はウチがおごったるからお好み焼きたべてってーな。その後はカラオケやな、久々にグリーンの『ラプラスに乗った少年』聞きたいわあ。今日は帰さへんでえ」

 

 グリーンは、その気になればそれに抵抗することが出来ただろう。リニアの時間があるとか、明日は外せない用事があるとか、そのようなことを言ったり、もしくは強引にその腕を振り払うことだって出来たかもしれない。

 

 だが、彼はそれをしなかった。そのかわりに、表情を見せぬアカネに向かって言う。

 

「つまり、明日もあいつらと会えってことだな」

 

 アカネは少しの間それを無視して歩みを進めた。スニーカーが土を踏む音だけが二人の間に流れ、お互いが、お互いの言葉を待っている。

 

 しばらくしてから、アカネが歩みを止めて振り返る。微笑みを蓄えながら、真剣な眼差しで自身を見つめる強い視線に、グリーンは一瞬息を呑んだ。

 

「ウチらはな、責任とらなあかんねん」

 

 グリーンがそれにどんな表情を返すか確認するより先に、アカネは再び振り返ってグリーンを引きずる作業に戻る。

 

「そうだな」と、半ば強引に、グリーンが呟いた。

 

 

 

 

 

 

 ミズホとヨウイチは、ポケモンが全て戦闘不能となったコウタが、ポケモンセンターに駆け込むであろうことを信じて疑っていなかった。

 

 だから、コウタがポケモンセンターを通り過ぎ、大通りをフイと逸れ、裏道へと入っていった時、彼女らは少し動揺した。もしそれぞれが一人だけだったなら、彼を追うことをやめたかもしれない。

 

 だが、彼女らもその裏道を通ってコウタを追った。

 

 彼女らがコウタに持っていた疑惑が、その強気な追跡を続けさせた。

 

 あんな子じゃなかった。それが、彼女ら二人が持っていた最近のコウタへの共通認識だった。確かに強いとは言えないトレーナーだった、だが、それを自覚して小さくとも努力を積み重ねている弟のような自慢の友人だった。それが、急にあんなことを言い始めた。

 

 それに何か理由があるのなら、その方が納得ができる。

 

 コウタの後を追って、二人もどんどんと裏道を行く。

 

 やがて彼らの前に現れたのは、地下へと続く階段。

 

 眠らない街コガネが開発されていく中で取り残された、地下通路へと続く階段だった。

 

 彼女らは、どうして今更コウタがそこに足を運ぶのかまったく分からなかった。なぜならば、そこには、地下通路にはなにもないはずだったからだ。そこで出店している店はその殆どが新しく出来たショッピングモールに移転し、ロケット団との癒着が判明した倉庫も、今では使われていない。

 

 だから彼女らは、なんの疑いもなくその階段に足を踏み入れた。そこにはなにもないはずだったから、何も警戒はしていなかった。

 

 埃っぽく、息苦しく感じる地下の空気を吸うことになっても、彼らはその先を進んだ。




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