『深碧のアンダードッグは神のいる世界で何を思うか?』 作:rairaibou(風)
シンオウチャンピオンであるシロナは、因縁浅からぬクワノを捉えようとキッサキしんでんの前で待ち構える。
それから少し経って、新しくトキワジムトレーナーとなったコウタと朝練をこなしたグリーンは、シオンタウンの『たましいのいえ』に向かおうとしていた……
1
キッサキシティでは、季節外れの雪が吹雪いていた。
春の訪れを告げる強烈な風がはるか遠方からそれらを運び、雲の隙間から薄く照る日が、キラキラとそれらを弄んでいる。
その光景は、キッサキの最深部に存在するキッサキしんでんの前でも同じだった。そして、それは特に珍しいことではなく、人々もそれには慣れ親しんでいる。
だが、何人もの警察官、ポケモンレンジャー、そして、キッサキジムのジムリーダーであるスズナが神殿を囲むその光景は、人々の知るところではない。稀に神殿から迷いでたポケモンをスズナが少し懲らしめて神殿に追いやることはあったが、それにしてもここまでの規模ではない。
キッサキの住人は、それを分厚いガラス越しに眺めるしか無かった。警察とレンジャーは住民に避難勧告を発令し、住居が神殿に近いものはキッサキジムへ、そうでないものは家屋への避難を義務付けていた。
なにかとんでもないことが起きている。
住民たちはそう確信していたが、それが何なのかは掴めない。
人が多く避難しているキッサキジムでは、ああでもないこうでもないと真実や偽りが囁かれていたが、そのどれもが、住民の確信を得るものではなかった。
キッサキジムリーダーのスズナは、警察とジムトレーナーに目を配りながら、不安げな表情で神殿を眺めている。普段の明るく快活な彼女のイメージとはかけ離れているが、吹雪であるのにスカートから生足を覗かせるスタイルはそのままだった。
キッサキしんでんを前に、スズナがそのような表情を見せることは、実は少ない。彼女は、若くしてキッサキしんでんに入ることを許されている数少ないトレーナーの一人であるし、野生のポケモンに遅れを取ることはほとんどない。
だが、彼女は悪意を持った人間に対する対処に対してはまだまだ経験が足りてはいなかった。悪意もなく、ただ気まぐれに神殿を出てきてしまったポケモンへの対処と、悪意を持つ人間の対処は当然違う。
そして、今彼女が目の当たりにしている状況は、まさにそのようなものだった。
しかし、警察やレンジャーに任せておけばいいという問題でもない、悪人に対する対処に優れた彼らも、ポケモンに対する対処がスズナと同等かそれ以上に優れているとはとても言えないからだ。今想定される『悪意を持ち、なおかつ世界でもトップクラスに優秀なトレーナー』に対して優位に立てることはないだろう。
それぞれが自分の専門分野に自信を持ちながら、対処すべき相手に完全なる自信を持つことが出来ない状況だった。
だが、そこに救世主が現れる。
「変わりは無い?」
そう言ってスズナに声をかけたのは、シンオウリーグチャンピオン、シロナだった。その口ぶりこそ余裕を携えたものだったが、その節々にはやはり多少の緊張が見えた。
「シロナさん!」
だが、スズナはそれを気に留めなかった。悪人に対する対処法を持ち、更にチャンピオンとしての風格を持つシロナの到着に、彼女以上に喜んだ人間はいないだろう。
神殿入り口の前に陣取る警察やレンジャーも、シロナの登場を快く迎え、緊張ばかりだった現場に、多少の余裕が戻っているようだった。
「状況は?」
説明を求めるシロナに、スズナは彼女のためにまとめていた情報を提示する。
「今朝、何らかの集団が、キッサキシティを訪れたんです。そして、彼らはキッサキしんでんに無理やり押し入りました」
「集団であることに間違いはないの?」
「間違いありません、神殿を警備していたポケモンレンジャーが確かに確認しています」
「となるとやっぱり」
集団、押し入り、そしてキッサキしんでん、それらスズナの情報から、シロナは自らの脳内にある情報を思い浮かべる。
同じことを思っていたのだろう、スズナもそれに頷いて答える。
「『教皇』クワノ一世とその信者達で間違いありません」
その言葉で、シロナは目を伏せた。
『教皇』クワノ一世を自称する男と信者達。それらの存在について、シロナとスズナはよく知っている。
否、シロナやスズナに限らず、シンオウに生活拠点を置く人々は、意識せずとも、その名を聞く日々が続いている。
彼らは『教皇』クワノ一世を中心に世界の真実をあらわにする事を目的とする宗教色の強い武装集団で、ギンガ団残党やアウトローを吸収し巨大化、いぶんかのたてものやロストタワーなど、信仰に関わる施設を襲撃し、破壊し続けていた。
「やはり、狙いはレジギガスでしょうか?」
「ええ、おそらくはそうでしょうね。彼らはシンオウ神話に敵意を持っているから」
シロナの脳裏に、変わり果てた故郷の姿が甦った。
クワノはシンオウ神話と、それに基づく遺跡を明確に敵視しており、シロナの故郷であるカンナギタウンも、その毒牙にかかったのである。幸い住民に被害はなかったが、それでも、歴史的に価値のある遺跡の一部が失われた。
「ここで終わらせるわ」
シロナは、顔を上げてキッサキしんでんを睨みつけてそう言った。彼女は、ここでその集団を捕縛し、それまでの騒動に決着を付けるつもりだった。
その宣言を聞いて、スズナも、その周りにいた警察やレンジャーも、彼女を頼もしく思った。彼女がそう願うのならば、それは確実に叶うのだろうと、彼女らは思っていた。
だが、シロナは再び目線を下げた。雪をきらめかせる陽の光が眩しかったからだけではない、彼女はまだ揺れ動く気持ちを制御しきれていなかったのだ。
もう一度顔を上げ、まだ誰もいないキッサキしんでん入り口を見つめて彼女はつぶやいた。
「クワノ先生、どうして……」
今回の章は、場面毎に切り取って少しづつ更新しようと思っています。
次回更新は2日後です。
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