That ID was Not Found【完結】 作:畑渚
「どういうこと?」
相手が上司であるヘリアンだというのに、そんなことを忘れて私は聞き返した。
「だから言ったとおりだ。新しいセーフハウスを用意した」
「その前よ。セーフハウスが襲撃された?」
「ああ。空撮画像では完全に破壊され尽くしている」
「……セーフハウスに9が残っていたはずなのだけど」
「画像からは交戦の跡は見えない。おそらくは対処しきれずに……」
「そんなわけ!……いえ、そうね。そう考えるのが普通よね」
熱くなりすぎた電脳を冷ます。彼女のことだ。きっと無事に脱出しているはずだ。
「9との連絡は途絶えている。捜索隊を派遣してはいるが、望みは薄いだろう」
「了解、それじゃあ新しいセーフハウスに帰投するわ」
通信を切ると、シートに体重を預ける。
「45、あなたひどい顔してるわよ」
バックミラー越しに416が話しかけてくる。
「うるさいわね。事故を起こさないでよ?」
「……おっと」
急にブレーキを踏んで前のめりになる。
「ちょっと416!」
「違うわ!猫が飛び出してきただけよ!」
「またそんな嘘を……」
窓から外を見てみれば、確かに猫が道路上に居た。真っ黒な猫はこちらの様子を伺うかのように立ち止まっている。
「45、どかしてきてくれる?」
「はあ、しょうがないわね」
車から降りて猫に近づく。手を伸ばせば届きそうな距離になると、黒猫は私から逃げるように路地へと走っていった。
「猫にも嫌われるのね」
「うるさいわね」
「……泣いてる、そんなにショックだったの?」
「違うわ、目にゴミが入っただけよ。はやく出発して」
これは目のゴミを排出するための機能が正常に動作しているだけだ。それだけだ。
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葉巻を楽しんでいると、部屋の扉をノックする音が聞こえる。入室を許可すると、ヘリアンが資料の束を抱えて入ってきた。どうやら頼んでいた書類を見つけたようだ。
「KIA?この男が?」
「はい。社長、知り合いなんですか?」
ヘリアンから渡された資料を手に取ると、見知った顔が入っていた。
「こいつは……昔の戦友さ。しかし簡単に死ぬとは思わなかったが」
「このご時世、何が起こるかわかりませんから」
資料に目を通す。明らかに不自然なそれには見覚えがあった。これは人が消えたのではなく消されたあとだ。やつは死んだのではない。任務のために死んだのだ。
「いい飲みっぷりをするやつだったんだがな……」
「仕事に戻りましょう。死人は死人です」
「そうだな……。そういえば、こいつの家族はどうなったかわかるか?」
「家族ですか?データでは居ないとなっていますが」
そんなはずはない。やつには義理だが娘がいたはずだ。よく懐いており、基地ではやつの側を離れなかったのを覚えている。
「いえ、娘がいるというデータもありませんが?」
「そうか、ならいい」
昔を思い出すと手が止まる。こんなことをしている場合ではない。ただでさえ忙しいのに、さらに404小隊のセーフハウスへの襲撃だ。人手がいくらあっても足りない。社長の私が仕事をしないわけにはいかないのだ。
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新しいセーフハウスで落ち着かない日々を過ごして数日が経った。まだヘリアンから連絡はこない。日課としている訓練を終えてシャワーを浴びる。冷たいシャワーは私の思考を冷ましてくれた。
「45、ヘリアンから連絡よ」
「っ!」
「こらっ、体を拭いてから」
シャワールームから飛び出そうとした私を416が押さえつける。
少々冷静さを欠いてしまった。しっかりと服を着てから通信機を手に取る。
「45か?」
「ええ、それで9は」
「見つかった」
つい足から力が抜けて座り込んでしまう。床はひんやりと冷たかったが、そんなことは気にもとめなかった。
「良かった……それで9はどこに」
「……UMP9は見つかった」
「UMP9は?どういうこと?」
「彼女の銃と右腕の義手、それから多量の血痕が見つかった」
「血痕?」
「鑑識の結果待ちだが、間違いなく彼女のものだろう」
「じゃあ9は戦闘を?」
「だろうな。付近に争った形跡はあった。ところでだが……」
ヘリアンは言葉を言いよどむ。
「彼女が人間であることを、どうして隠していた?」
「なんのことだかわからないわ」
「虚偽の報告は契約違反だぞ」
「知らなかったのよ」
「……まあいい。それで9だが、KIAとして処理した」
「KIA?死亡は確認されていないはずじゃ」
「死体は見つかっていない。だが、あの出血量だとそれなりの機関で治療を受けない限り死亡しているはずだ」
壁に背中を預ける。どうやら、私は妹まで失ってしまったようだ。もうUMP9は存在しない。いくら願おうとも、9と再開する日は来ない。
「っと今鑑識から連絡が入った。血は明らかに人間のものだが、……なに?これは本当か?」
「……どうしたの?」
「その人間のデータが存在しない。馬鹿な、登録されていない人間がまだ残っていたというのか」
「でしょうね……見つからないと思うわ。ただ登録されていないのではなく、消されたのよ」
「なにを――」
「彼女は何かの任務で404小隊に紛れこんでいたと言ったわ。小隊設立に関わった人物なら知っていてもおかしくないのだけど」
「私は知らない。だが……調べておこう」
「お願いするわ。それじゃあ切るわね」
通信機を切ると、G11が近づいてきた。
「ねえ45?ど、どういうことなの?」
「なんでもないわ。なんでもね」
不安そうな表情を浮かべるG11の頭を撫でる。
「9はどうなっちゃったの」
「大丈夫よ。きっと帰ってくるわ。きっとね」
それが叶わない望みであることは十分にわかっている。
そうだ。9は二度と帰ってこない。二度と……9には……会えない。
次回、エピローグ