That ID was Not Found【完結】 作:畑渚
私たちは廃墟街に身を潜めていた。初めのうちは順調な行軍だった。敵の施設に潜入し、破壊工作をする。私たちなら難なくこなせる任務だ。
しかし工作後、順調に見えた任務は難易度が増した。工作には気づいていないようだが、突然警備の人形が増えたのだ。終いには四方八方を敵に囲まれ、接敵を免れないところまで追い詰められている。
「ねえ45、あなたこのルートなら接敵がないと言ったわよね?」
「それは違うわ。正確には"少ない"と言ったのよ」
目の前の人形たちはその表情を豊かに動かしながら、口論を繰り広げている。まったく羨ましい。彼女たちのように口論する元気すら、今の私にはない。
「45姉も416もそのくらいにしてよ。またG11が寝ちゃった」
「ムニャムニャ……ングッ!ほっぺ掴まないでよ9!」
手のひらに伝わる弾力は本当に人間を触っているかのようだった。そして、それを嫌がるように身を捩らせる目の前の人形も、人間のようだった。
「ねえ9、私の提案したルートと416のルート、どちらが良かったと思う?」
「45姉のルートに決まってるよ!実際にここまでは接敵も無かったし、いま目の前にいるのも小規模部隊のようだし」
「でも接敵してるじゃないの。私のルートなら完璧に敵と会わずに済んだかもしれないじゃない」
完璧主義者である416らしい憶測だ。けれども、その選択を今更悔やんだところで、目の前の敵は去ってくれない。
「そうだね。416の言う通りかもしれない。でもとりあえずは目の前の敵を倒してからにしようよ。G11が起きてるうちにさ!」
掴んだほっぺをグニグニと動かし、ねぼすけ娘が眠らないようにする。人形のほっぺによる疲労回復効果について、という仮想の論文タイトルが頭をよぎった。
「起きてるから!引っ張らないでよぉ!た、助けて416!」
416に私を止めようとする様子は無かった。むしろ肩をすくめている。
「自業自得ね」
「そんなぁ!」
「ほら、敵が来るよ!45姉!」
「わかっているわ。ところで一つ聞いて良いかしら?」
動揺が顔に出そうになる。しかし、表情を隠す訓練は十分に受けている。そんなミスはしない。
「どうしたの、45姉?」
「戦闘中でも笑っているけど、戦うのが好きなの?」
「ははは、なんだそんなことか」
どうやらボロが出たわけでは無いようだ。この笑顔は、私が人形に混ざるための仮面だ。この仮面さえ被っていれば、彼女たちは私が自分たちと同じ人形だと錯覚してくれる。
「戦いは好きだよ!45姉の命令なら特にね!」
初めはUMP45という人形に執着しすぎかと思っていたが、もはや何も疑われないくらいには溶け込めている。私は姉が大好きな人形、UMP9だ。今はそれ以外の何者でも無い。
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「いつもの陣形で行くわよ」
「「「了解!」」」
戦闘になればさっきの空気とは打って変わって、全員が真面目な表情を浮かべる。あのG11でさえ、しっかりと目を開いて敵を撃ち抜いている。
「9!そっちに行ったわ!」
「わかったよ45姉!」
人形と戦闘するのは怖くない、と言えば嘘になる。当たり前である。人形が一般的に兵士に劣ると言われているのは、装備に差があるからだ。大昔の武器を使う人形もいるなか、兵士には最新鋭の装備が配給される。その結果が兵士の優勢という状況である。
だが私には、弾を通さないボディアーマーも、一発で鉄をも撃ち抜く銃も、動きをアシストしてくれる外骨格もない。
あるのは防弾生地のシャツに、UMP9という昔の銃に、生身の身体だけである。
「9!援護するわ」
「416!?了解!」
後ろからも銃弾が飛んでくる。勘弁してもらいたい。ただでさえ前からの弾丸を避けるので精一杯なのだ。
でもまあおそらく、完璧と豪語する彼女のことだ。私の動きなど予測して、当たらないラインで撃っているにちがいない。そうであってくれないと困る。
「9!榴弾を撃ったわ!」
「事後報告はやめてよ!」
全力で後ろの物陰に退避する。爆風が頭の上を通り過ぎ、なにかの破片が降り注いでくる。
「もう!危ないじゃないの!」
「たかが榴弾の一発くらいダミー使って避けなさいよ!」
「9、416、そのくらいにしなさい。北の方向に穴が開いたわ、突破するわよ」
「了解だよ、45姉」
腰から閃光手榴弾を投げて、無理やり突破する。
「9、合流地点にまた着いていないようだけど大丈夫?」
「遅れてごめんね、45姉。もうすぐで着くから」
ポーチから応急処置セットを取り出す。傷口の血を拭き、肌と同色の包帯で傷口を隠す。その上から服を着れば、傷口がないように見える。
「おまたせ45姉!」
「損傷は……ないようね。それじゃあ行くわよ」
UMP45ですら私の傷に気づかない。当たり前のように、他の人形もだ。
私が人形では無いことは、誰にもバレていない。これまでも、そしてこれからも……。