That ID was Not Found【完結】 作:畑渚
本当にありがとうございます。これからもがんばります!
硝煙の臭いで鼻が曲がりそうになりながらも、サイト越しに的を見据える。
人形の真似をする際に最も難関な課題だったのは、戦闘だった。彼女たちはASSTとダミーリンクにより、生身の人間とは比較にならない程の戦闘能力を得ることが可能となっている。
しかし、私には銃と自分を繋ぐシステムやダミーをリアルタイム処理するシステムはない。
ダミー人形はなんとかなったのだ。他のものとくらべ高性能なAIを積み、事前に何パターンもの戦術を組み込んでおけば戦闘においては変わらぬパフォーマンスを維持できるからだ。その分、私のダミー人形が損失すると出費が馬鹿にならないのだが。
しかし、銃だけはどうしようもなかった。こればかりは、修練して命中率を上げておくしかない。
「あら、9。奇遇ね」
「416も射撃訓練?」
「ええ、すこし調子が悪くて」
416はそう言うと、弾を装填して撃ち始めた。慣れた動きで的を変えながら引き金を引く。それは素早く、正確で、私には真似できない動きだ。
「心臓と頭部に全部命中……相変わらずすごいね」
「この距離なら当たり前よ。でも少し上にズレてるのよねえ」
この完璧主義者様は、おそらく1cmのズレすらも許せないのだろう。側の端末でシステムを調整し、撃ってはまた調整しなおしと何度も繰り返す。
「9も訓練に来たのでしょう?撃たなくてもいいの?」
「うん、私の訓練は特殊だから他に誰かいると出来なくてね」
「……そういえば見たことがなかったわね。良ければ見せてくれないかしら」
「えっでも恥ずかしいよ。416みたいは当たらないし」
できれば遠慮したかった。この訓練は私が人間であるから必要な訓練で、人形から見ればそこまで必要には見えないだろう。それに見せるほどまだ上手くできていないのだ。
「いいから見せなさいよ」
「……しょうがないなぁ」
どうやら、416は私の訓練を見るまでここにいるようだ。仕方がない。断る口実も思い浮かばず、私は初めて他人に訓練を見せることになったのだった。
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始めはただの好奇心だった。9がいつも一人で訓練をしていることは知っていたけれど、その内容は45ですら知らなかったから、興味があったのだ。
「……しょうがないなぁ」
9は珍しく嫌そうな表情を浮かべていた。彼女が笑顔を崩すとは珍しい。ますます興味がわいてきた。
9はサングラスのようなものを手に取ると、射撃場内へと入っていく。SMGとはいえ近い的であればその場から撃ってもいいはずである。
しかし9はどんどんと奥へと進み、場内の真ん中まで進んでやっと立ち止まった。
動き始めは気づかない程に静かだった。すっと的に近寄ると、心臓の場所に一発撃ち込む。
9は一度動き始めると止まらなかった。引き金を引くよりも早く、その顔は次のターゲットへと向いている。独特な脚さばきでくるくると体制を変えながら、近づいては撃ちを繰り返す。
数分たって、ようやく9の動きは止まった。サングラスを外し、土埃を払う。
「これやると汚れるんだよね。私は身体を拭いてくるからごゆっくり~」
射撃場から離れていく9の背中を見て、私は唇を噛む。
あんな曲芸じみた芸当、出来ても意味がないじゃない。
サングラスを手に取り、射撃場内に入る。サングラスをかけ目を見開く。
視界は何も見えなかった。これはサングラスではなく、視界を閉ざすためのメガネだった。
銃を握る手に力が入る。
「わ、私にだって」
的の位置を把握しなおし、再びサングラスをかける。歯を食いしばって、私は一歩を踏み出した。
「416、何をしてるの?」
「……なんでもないわ」
薬莢や弾の残骸に足を取られ、私はすぐに転んでしまった。地面と仲良くキスをしていたところで、射撃場に来たG11に見つかってしまう。
「G11がここにくるなんて珍しいじゃない」
服に着いた土を払いながら、銃を持っているG11に声をかける。
「たまには私も撃とうかなって」
「はぁ、明日は雨かしら。酷くならないといいのだけど」
「ひどい!私だってたまには訓練するよ」
射撃場からでてきた私と入れ違いに、G11は射撃場に入っていく。入ってすぐに銃を構え、3発程撃ってから戻ってくる。
「よし、訓練終わり。それじゃあ416、おやすみ」
そういってG11は足早に去っていった。私はその後姿を見た後、スコープでG11の撃った的を見た。
その一番遠い的には、脳と心臓の中心に寸分の違いもなく撃ち込まれていた。
私は再び、唇を噛んだ。
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射撃場を抜けたあと、私はストレッチをしていた。これも人形に不必要な行動の一つ。もちろん人気のないことを確認してから行っている。
そう、人気のないことは確認していたはずだった。
「ストレッチ?珍しいことをするのね」
「よ、45姉!?びっくりしたぁ」
いつの間にか45が側に居た。気配を消すのは得意分野と聞いたが、物音一つたてないとはさすがである。
「これをしてたほうが身体の動きが良い気がするんだよ」
もちろん嘘である。人形にストレッチが有効という話は聞いたことがない。
「そんなことはないとは思うけど」
45は私の身体を舐め回すように見て言葉を続ける。
「本当に効果があったりするのかしら」
なにかを見つけたようで、じーっと見られる。何か違和感があったかと自分の身体を見るが、見当たらなかった。
「45姉もやってみる?」
「ええ、教えて頂戴」
意欲的に取り組む45は珍しい。新しいことを試すような性格には見えなかった。これが私という異分子がいるせいでないことを願うばかりだ。
「それじゃあ45姉、いくよ」
「ええ、お願い。や、やさしくしてね」
私は45の背中を押す。
「45姉、無駄な力は抜いて。ほら息吸って……吐いて……」
「う……んん……」
45の声から息が漏れ出る。やはり人形でも苦しいと感じるのだろうか。彼女らにも呼吸というシステムがある以上、肺があってもおかしくはない。圧迫されれば苦しくなるはずだ。
そして45の身体は、私が思っているよりも硬かった。当たり前である。彼女らは皮膚に柔らかい素材が使われているだけで、中身は硬い骨格のある人形なのだ。
「9、ちょっとくるしいわ。緩めて……」
「駄目だよ45姉」
「んんっ……」
45が苦しそうにしているが、私は背中を押す力を強めた。ストレッチによって人形の身体が柔らかくなるのか興味もでてきた。
「ほら45姉、あと少しだよ」
「も、もう限界……無理ぃ」
「ちょっとあんたたち何してんのよ!」
バンと大きな音で扉を開けて、416が乱入してくる。真っ赤だった顔は、自分が勘違いしていたことに気がついたのかさらに真っ赤に染まっていく。
「ふふふ、416ったら何をしてると勘違いしたのかしらねぇ」
「そうだよ!私と45姉が何してると思ったの」
「えっあの……じゃ、邪魔したわね!」
乱暴に扉を閉めていく416を見て、45と顔を見合わせる。
「まったく、416ったら。……9?その手は何、えっ?」
「45姉こそどうしたの?次は開脚前屈だよ?」
ストレッチの効果をみるには徹底的にやらねばならない。このあとにするメニューを説明していく度、45の顔が青くなっていく気がした。
「さあ45姉!脚を開いて?」
「い、いや……」
このとき私は笑顔を浮かべていたらしい。
その笑顔がトラウマになりそうだったと、後日45姉から聞かされた。