That ID was Not Found【完結】 作:畑渚
私は人間の意識が無くなったことを確認して首から手を離す。
「本当に人間だったのね……」
戦術人形であれば、首を絞められても意識を失うようなことはない。もし人間と限りなく近ければ幻の痛みを感じるかもしれないが、それで行動不能になるような作りにはなっていない。つまり目の前の彼女は、紛れもなく人間であった。
9は結局、私の懸念どおり人間だった。私の妹であり、ずっと昔から私を慕ってくれていたUMP9という人形は存在せず、得体も知れぬ人間がいるだけだ。
「さて、どこで話を聞こうかしら」
416とG11が帰ってくると厄介だ。9と二人で出かけたということにして、倉庫の中を使うのもいいかもしれない。
意識のない彼女は思った以上に軽かった。当たり前だ。彼女は右腕以外生体の人間だ。銃の反動すら抑え込む私たちに、人間の女は軽すぎる。
そういえば倉庫には尋問用の道具も置いていたはずだ。手荒な真似は得意ではないが、彼女の素性について知るためにはやむを得ないかもしれない。
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目を覚ますと、目の前が真っ暗だった。どうやら目隠しをされているらしい。手は後ろ手に縛られ、足も曲げた状態で太ももごと縛られている。まったく身動きができない。
扉が開く音が聞こえ、一人分の足音が私の方へと近づいてくる。
「目が覚めたのね」
「45姉、どういうつもり?」
「少し話をしなければいけないみたいだからね」
「……話をする体勢ではないんだけど」
「人間ってすごく脆いって聞いたわ。だから丁重に扱わないとね」
ガラス製の何かを机の上に置いた音がする。もしこれが自白剤のようなものであれば……
どうやら私はここまでのようだ。歯に仕込んである毒薬を舌の上に転がす。
「おっとそんなことをしていいとは言ってないわよ」
「ングッ」
こいつ、急に指を突っ込んできやがった。惜しくも薬は口の中から取り除かれてしまう。
「なにも自殺することはないじゃない」
「ねえ45姉、なにかの間違いだよ」
「そんな声で私を姉と呼ばないで!人間の分際で!」
45の指が私の首に食い込む。
「おっと、ごめんなさいね」
「ゴホッゴホッ、まったく何が目的なの……?」
「それはこっちのセリフよ人間さん。なぜ人間が人形の部隊に紛れ込んでいるの?」
私は口を閉ざした。
小瓶の蓋を開ける音がした。
「そう……そうよね。まあ初めから素直に話してくれるとは思ってないわ」
45の匂いを鼻で感じたあと、腕に針を刺された感触がする。
「自白剤を使うの?」
「うーん、そうね」
「……何を投与したの」
「フフッ、秘密よ」
まだ意識ははっきりとしている。まだ、情報は漏らさずにすみそうだ。今はこの状況を長引かせることだ。
長引けば416やG11が探しに来るはずだ。そうでなくても、小隊長である45に連絡が入るだけで、この尋問は終わるはずだ。
「それで、人間……呼びづらいわね。なんて呼べばいいかしら」
「いままでどおり9でいいよ」
「だからそれは――」
「紛れもなく私の名前だよ。404小隊に紛れ込んでいた人間、それがUMP9だよ」
「いったいなにを」
45は私が人間であるということしか掴んでいないのか。だったら……
「だからこう言っているんだよ。初めからUMP9という”人形”なんて存在しないんだよ」
「そう……やっぱりそうだったのね」
私の周りを徘徊する足音が聞こえる。
「それで、どうしてこんな手のこんだ偽装までして私たちに紛れ込んでいたの?」
「答える気はないよ」
「でしょうね」
カチンと音がする。鞄かなにかを開いたようだ。
「面倒ねえ。人形だったら頭の中をハッキングすれば済むのに」
「人形じゃなくてごめんね、45姉」
せめてもの抵抗として、私は満面の笑みを浮かべる。
「あなたねえ……あっこれなんか面白そうね」
面白そうなんて理由で尋問方法を決められても困る……
「催眠……本当に効くのかしら」
「残念だけど私はそういうのも耐性をつける訓練をしてるよ」
「そう。ならどこまで耐えられるか実験できるわね」
クスクスと耳元で45が笑う。その頭の奥まで響く笑い声にゾクリと背筋に冷たいものが走った。
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「あなたの名前は?」
「私は……UMP9だよ……」
「はぁ、駄目ね」
椅子に座り込んだのか、軋む音がする。コーヒーでも淹れているのか何かを飲んで一息をついているようだ。
危なかった……もう少し長ければわからなかったかもしれない。
「さてと、再開しようかしら」
まずい。非常にまずい。
認めよう。私は今普段通りの意識ではない。なんとか我を保っているが、もうあと一押しされてしまえばおちていってしまいそうだ。
「あなたは9、なんでしょう?じゃあ姉である私に教えて。あなたの任務は?」
「に、任務……?」
「あら?一息ついたから忘れたのかしら。あなたさっき自分で言ってたわよ」
「う……嘘……?」
話してしまったのか?それなら一体どこまで……
「ええ、嘘よ。だけどその反応を見るに、任務であることは間違いないわね」
やってしまった。つい口を滑らせてしまった。
「任務ということはどこかの機関に所属しているはずよね。でも軍やPMCではデータは見つからなかったし……」
ここまできたらもう話してしまったほうが楽かもしれない。そして――
――解放された後に45の記憶を消して、私は死ぬ。それが私の任務だ。
「もう、話すから……解放して……」
「あら、もうリタイアするのね。うーん、分かったわ」
数時間ぶりの光に目を細める。怪しい笑顔を浮かべる45が私の顔を覗き込む。
「死ぬなんて考えないことね。じゃないと私、またあなたを拘束しないといけないわ」
「うん、わかったよ」
手と足の拘束も解かれる。
「それで話を――」
45の言葉を着信音が遮る。
「もしもし……ええ、わかりました」
「どうしたの?」
「任務よ。緊急のね」
45は服を着替えると装備を点検し始める。
「おっと、あなたはここにいなさい」
「どうして?」
「戦場にきたらあなた、死ぬわよ?」
「それが本望だよ」
「そう……それなら」
音もなく私に近づき、縄で再び縛り上げる。
「あの……45姉?」
「ダメよ9、小隊長としてあなたにはここでの待機を命じるわ」
「そ、そんな……」
「話は帰ってきてからね。それじゃあ行ってくるわ」
そういうと45は部屋を飛び出していった。