【完結】変これ、始まります   作:はのじ

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12 今そこにある危機

「お願いします! 彼女たちを保護して下さい!」

 

 状況は切迫していた。非常事態だ。雨雲姫ちゃんと違って俺はまだまだ人脈を形成出来ていない。恥ずかしい事に頼れる人間が非常に少なかった。俺の評判が最悪過ぎて入り口から躓く事が多過ぎたからだ。

 

 艦娘は提督である俺には無条件で好意的に接してくれるが今回ばかりは頼る訳にはいかなかった。頼れるはずがないだろうが! 馬鹿野郎!

 

 正直言って俺がまともに話が出来るのが、大本営のなんたらかんたらっていう艦娘の情報を管理する部署の偉いさんと、なんちゃらっていう大本営でも相当に偉い部署にいる偉いさんだけだ。

 

 二人ともクソ大本営の人間だって言うのが情けない。だがこの二人には頼れない。これ以上弱みを見せる訳にはいかないからだ。

 

 雨雲姫ちゃんは天龍さんのお陰もあって艦娘達と馴染んでいる。俺も混じって話をしたかったが、艦娘同士の大事な話だって、きゃっきゃうふふと楽しそうに話している姿を見ればとても参加出来ない。色々と相談に乗ってもらってもいるらしい。良かったな雨雲姫ちゃん。

 

 脱線した。

 

 状況は切迫していた。時間の猶予はなかった。偉いさんは頼れない。艦娘にも頼れない。だがこの危機は必ず切り抜けなければならない。必ずだ!

 

 俺には力がない。誰よりも俺が一番分かっている。力がない以上誰かの力を借りるしか無い。でも……誰を頼ればいいんだ……クソ!

 

 きゅぴーん!

 

 俺は閃いた。いるじゃないか! 会ったことは無い。無いけど頼れると確信出来る人が!

 

「お願いします! 彼女たちを保護して下さい!」

 

 俺は執務室の扉を開いて開口一番、助けてくれと叫んだ。

 

 その人は提督だ。軽巡洋艦の大淀さんという素晴らしい女神様を指揮する、偉人クラスの人格者に違いないベテラン提督だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりはぽかぽかと温かい穏やかなある日の事だった。

 

 俺は大本営に呼ばれてネチネチとお小言を受けた。カエルのケツに爆竹、馬の耳に涅槃仏だ。俺は右に左に受け流してさっさと執務室に戻った。

 

「ただいまー」

 

 と挨拶をしたが、雨雲姫ちゃんは初任務の予備ブリーフィング中だ。挨拶はもう癖になりつつあった。

 

 しかし執務室の中に誰かいた。二人だ。

 

 すわ鎮守府で泥棒か! 不届き千万! 叩きのめしてやる! と息巻いたが、一人は雨雲姫ちゃんだった。もう一人は初めて見る子だ。

 

 見た目は幼い。雨雲姫ちゃんより幼く見えた。頭の両側に耳みたいな艤装がついていた。艦娘だ。多分駆逐艦だ。スカートのないワンピースのセーラー服タイプの白い装甲艤装は薄いのか光の加減で白い下着が透けて見える。装甲艤装の裾、ちょっと短い? 短くない?

 

 目立つのは紐で肩からぶら下がっている双眼鏡だ。艤装なのか?

 

「あっ」

 

 雨雲姫ちゃんが俺に気がついた。いつもは直に気づいてくれるのに。

 

 初めて見る白い艦娘が俺の寝室の前でカチャカチャボタンを押していた。

 

 寝室に取り付けた一二桁のボタン式の暗証番号ロックだ。白い艤装の少女は適当な感じでカチャカチャ押しているように見える。

 

 これは俺が大本営に掛け合って給料を前借りしてつけたものだ。なんちゃらっていう大本営でも相当に偉い部署の偉いさんに土下座した結果だ。

 

「このままだと俺と雨雲姫ちゃんの関係が破綻してしまう! いいのか!? 貴重な提督と艦娘を失う事になるんだぞ!」

 

 俺の熱意は通った。決して恐喝ではない。俺の溢れんばかりのパッションに感動してくれたに違いない。

 

 前借りした給料を全てぶっ込んで寝室に暗証番号で開錠する鍵を取り付けたのだ。お蔭で向こう六ヶ月俺はただ働きだ。今回もクソ妖精共はよく暴れた。

 

 俺は、『何してるんだ!?』と慌てた。慌てたが冷静に考えれば開くはずがない。一二桁の組み合わせは広大に広がる宇宙に等しく無限大と言ってもいい。開くはずがない。

 

 ピー カチャ

 

 簡単に開錠された。

 

 雨雲姫ちゃんは扉と白い艦娘の間に体を割り込ませて扉をささっと開くと躊躇なく寝室に突入した。

 

 俺はこの時、人類の限界を超えたと確信できる。スポーツの世界大会に出場すれば全ての世界記録を塗り替えただろう。人間の可能性は無限大だからだ。

 

 風となった俺は雨雲姫ちゃんの後を追いかけた。

 

 雨雲姫ちゃんの意図は分からない。多分興味本意だろう。

 

 友人の部屋に遊びに行って部屋を物色する。俺には経験が無いことだが、風の噂で聞いたことはある。なんてことだ。寝室(ここ)はこの瞬間から戦場となった。男の尊厳を護らなくてはならない戦場と化した。言葉は既に意味を持たなかった。

 

 何度も言うが寝室には女の人には見せられないお宝が埋蔵されている。埋蔵本がざっくざくだ。俺にとっては二十兆円を超えるとさえ言われている徳川埋蔵金にも匹敵するお宝だ。

 

 はっ!

 

 聞いた事がある。俺には妹はいない。だが都市伝説では世間の妹は兄とこんな会話をするらしい。

 

『こんなえちえちな本を隠し持っているなんて! もう! お兄ちゃんフケツ! プンプン』

 

『男は誰だって持っているんだ。しょうがないことなんだ。お前の彼氏だって持ってるんだからな』

 

『馬鹿ぁ! 彼氏なんていないよ! だって私は……って違うよ! こんなえちえちな本なんて全部捨てちゃうんだからね!』

 

『うわぁぁぁなんてことだぁぁ! でも可愛い妹には逆らえないよ。トホホ』

 

 何という鬼の如き所業! 妹がいなくて本当によかった。

 

 雨雲姫ちゃんは妹ではない。だが俺の中では家族に等しい存在だ。そして容姿は別にして見た目の年齢だけは兄妹でも通じる。

 

 つまり『トホホ』にされてもおかしくない。

 

 駄目だ雨雲姫ちゃん! 俺はお宝のお陰で俺でいることが出来るんだ。 お宝がないと俺は俺じゃなくなるんだ! 俺の中の無駄に元気過ぎる野獣が、『やぁ、元気? 俺? 超元気!!』って暴れだしちゃうんだ!

 

 だってここは鎮守府だ。肌露出の多い艦娘が沢山いるんだ。お宝がないと俺は演習で雨雲姫ちゃんを応援することも出来なくなっちゃう! 執務室で雨雲姫ちゃんと二人っきりになる事も出来なうなっちゃうんだ!

 

 やらせはせんぞ! やらせはせんぞ! やらせはせんぞ!

 

 俺たちの静かで熱い戦い始まった。

 

 雨雲姫ちゃんが目星をつけたお宝ポイントに向かう。俺は体を割り込ませた。お互いににこやかな笑顔だ。

 

 残念だったな。そこは外れだ。しかしこれは心理戦でもある。本命を悟らせてはいけないのだ。

 

 力では敵わない。雨雲姫ちゃんも俺を傷つけるなんて絶対にしない。ギリギリの均衡は張りつめた細い糸の様な緊張感を孕んでいた。

 

 糸はぷつんと切れた。

 

 体を翻した雨雲姫ちゃんが別の探索ポイントに向かう。

 

 とう!

 

 俺は飛んだ。くるくると中空で回転し雨雲姫ちゃんの前で仁王立ち。

 

 残念だったな! そこも外れだ!

 

 じりじりと足の裏を床に滑らせる俺たち。汗が額を伝っても拭う事もできない。拭った瞬間に出来る隙は致命傷となるだろう。

 

 仕掛けるか……

 

 俺は賭けに出た。人生一番の大博打だ。失敗すれば敗北は確定だ。だがこの体力勝負は人間の俺には圧倒的に不利なのだ。

 

 人間の視線は、目で物を言うという言葉がある通り、おしゃべりだ。

 

 過去を振り返る時、人は左を、未来に思いを馳せる時には右を。嘘を付くときは右上を見るそうだ。

 

 そして、隠したい物の在り処を見てしまう事もあるかもなぁ! なぁ雨雲姫ちゃん!!

 

 俺は寝室にある据え置きの事務机の引き出しの裏の隠し板の裏に視線を投げた。

 

 雨雲姫ちゃんが高速サイドステップを繰り返し俺を撹乱しようとした。

 

 早すぎて見えねぇ……失敗したか?

 

 雨雲姫ちゃんは残像を残して俺を振り切ると据え置きの事務机に向かった。

 

 かかった!!

 

 そこにあるのはビー玉だ! カチカチいい音が鳴るんだぜ!

 

 俺は素早くベッドの下に安易に置かれたお宝を抱えると寝室を飛び出した。

 

 甘いぜ雨雲姫ちゃん! 日常品は手の届く場所に置くもんだ。毎日お世話になってるんだからな!

 

 すれ違い様、白い艦娘に

 

「なんかすいません……」

 

 と謝られたが白い艦娘は何も悪くない。悪いのは野獣を御しきれない俺の心の弱さだ。どうか謝らないで欲しい。

 

 心理戦を制した俺は寝室を執務室を第二提督庁舎を風になって駆け抜けた。

 

 油断は出来ない。背後から何者かの気配をひしひしと感じるからだ。

 

 お宝は絶対に死守しなければいけない。現在俺は向こう六ヶ月タダ働きだ。失ってしまえば半年間補給は出来ないのだから! 兵站管理は提督の基本だ。物資の枯渇は提督としてあってはならいのだよ!

 

 お宝を……彼女達を、彼女たちの眩しい姿を失う訳にはいかない。安全な場所に保護しなければならない。

 

 俺はすがる気持ちで大淀さんの提督の執務室に走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は執務室に飛び込むと大急ぎで内側から鍵をかけた。これで少しは時間を稼げる。

 

 大淀さんの提督はお釈迦様だった。

 

 涅槃仏みたいにソファーで肘を立てて、頭を載せて寝ていた。

 

 さすが偉人クラスだ。悟りを開いてやがる。

 

「お? 何だ何だ?」

 

 俺の救いを求める声に驚いた大淀提督が起き上がった。

 

 痩せぎすの痩身。無精髭。目の下には隈が出来ていた。でも眼光は剃刀みたいに鋭くて、でも不思議に安心感を与える柔和なアラサーハンサム顔だ。

 

 大淀提督はふぁーとあくびをして俺を見た。

 

 大淀提督はベテランだ。寝る時間も惜しんで執務をしているのかもしれない。きっと仮眠をしていたんだ。

 

 三〇畳の執務室は俺の執務室より物が多い。多いけど隅々まで清掃が行き渡って整理整頓がされている。初めて来た俺でも居心地が良いと感じた。

 

 男っぽさはなく全体的に女性の手が入っていると感じられるインテリアだ。大淀さんの趣味だろうか。

 

「お。お前知ってるぜ。あちこちで暴れまわってるそうじゃないか」

 

 悪事千里中央をつっ走るだ。俺の悪評はどこに行っても付きまとう。

 

「大本営相手に凄ぇなって話してたんだよ。期待の大物新人だってな。普通はビビって出来ぇぜ」

 

 いや、俺じゃなく俺に憑いているクソ妖精共が全部したんです。

 

「お前の妖精さんだろ? ならお前がしたんじゃねぇか」

 

 やっぱりそんな認識になるよな。言い訳はしても無駄だ。

 

「そんな事より! 彼女たちを助けて欲しいんです!」

 

 俺は懐からお宝を取り出した。

 

「彼女たち? 誰もいねぇぞ? どこだ?」

 

 いるじゃないか目の前に! こんなにいっぱいなおっぱいの彼女達が見えないのか!

 

 大淀提督は俺が手にするお宝にようやく気がついた。そしてぶはははと笑った。

 

「それかぁ。懐かしいな。昔は俺も世話になったな」

 

 大淀提督は過ぎ去った遠い昔を懐かしむ目をしていた。

 

 え? 今はもう見てないって事? 悟りを開くと必要なくなるって事!?

 

「今の俺には必要なくなったものだな」

 

 なんでだよ! これ(お宝)は俺たち男の性書(バイブル)じゃないか! もっと熱くなれよ! これなんて凄いんだぞ! 初めてのお宝なのに今でも実用性があるんだぞ!

 

「すまんすまん。でもな一度最高を知ってしまうとな、もうこんなんじゃ反応しなくなっちまったんだ」

 

 何だよ! もっと凄いお宝持ってるって自慢したいのかよ! 今度貸してくださいお願いします!

 

「大淀がお前の事楽しそうに言ってたのが分かるわ。俺も凄ぇ懐かしくなってきた」

 

 何自分語りしてるのさ! そんな事より保護頼みますってば! もう本当に時間が無いんだってば!

 

「結論から言うと無理だ。ここに隠しても大淀にすぐバレる。そうなると『あら、まだまだ余裕がおありだったんですね』って俺が酷いことになっちまう。な? お前も、提督なら分かるだろ?」

 

 分かんねぇよ! その濁したような会話は止めてくれ。俺は腹芸が苦手なんだ!

 

 カチャカチャ

 

「ひぃ!!」

 

 ドアノブが動いた。

 

 大丈夫だ。鍵は掛かっている。雨雲姫ちゃんと言えど破壊してまで入って来ないはずだ。俺は窓から逃げようとした。駄目だ、ここは四階だ。足を掛ける場所もない。アイキャンフライで病院直行だ。

 

 考えろ。今まで窮地は何度もしのいで来た。俺はやれる。まだまだやれるんだ。

 

 カチッ

 

 鍵が開いた。なんでだよ! 雨雲姫ちゃんが鍵を持っているはずがない!

 

 つまり真実は一つだ。

 

 滑らかに開いた扉。

 

 大淀さんと雨雲姫ちゃんが二人並んでいた。

 

 唯一の逃げ道の扉は艦娘二人という完全無欠の鉄壁ガードだ。本気の金剛さんと足柄さんのタッグじゃなきゃ突破出来ない。

 

 終わった。

 

 気がついた時には俺は膝から崩れ落ちていた。ぺたんと腰が落ちてアヒル座りになった事から俺の心情がどれほどのものだったか察してもらえると思う。

 

 とても素敵で誰もが見惚れるだろう笑顔の雨雲姫ちゃんが一歩二歩三歩と近づいて右の掌を伸ばした。

 

 俺はニコッと笑って伸ばされた掌を握って握手した。

 

 その手をパチンと優しく叩かれた。

 

 俺の最後のあがきは終了した。

 

 お宝を全て雨雲姫ちゃんに差し出した。

 

 さらば我が性春の日々よ。君たちの事は忘れないよ。

 

 大淀さん、そんな瞳で俺を見ないで。そんな聖母みたいな優しい瞳で汚れた俺を見ないでぇぇ。大淀さんに全部知られてしまった。もう二度と顔を合わせられない。

 

「重要な資料ですから、傾向と対策はしっかりとね」

 

 大淀さんが何か言ってるが、ショックでおいおいと泣いていた俺は何も聞こえなかった。マジ泣きだ。本気で泣くのはいつ振りだろう。親と離れた時も泣かなかったのに。

 

「えちえちな本はもう必要ないからぁ」

 

 雨雲姫ちゃんが慰めてくれる。でも原因は君なんだからね。

 

 こうして俺と雨雲姫ちゃんとの静かで熱い攻防は俺の完全敗北Eで終わった。

 

 トホホ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と思ったか?

 

 残念でした! 奥の手は残してあったんだよ。

 

 今日も雨雲姫ちゃんは俺とお話しようと寝室に侵入しようとしたけど俺は完全ガードに成功している。

 

 話をしている内にうとうとする事があるかもしれない。そうなったら艦娘寮まで距離があるから運ぶの大変だしね。

 

 雨雲姫ちゃんは艦娘寮があるでしょ! 俺の寝室に入るなんてとんでもない事だよ。

 

 だって。だって。

 

 まだお宝は一冊残っているんだから。

 

 これが俺の最後の奥の手だ。しかもまだ未使用。こんな事もあろうかとお宝の数々とは別に隠し持っていたんだ。

 

 俺はぺらりぺらりとページを捲る。

 

 駄目だ。これ以上捲ってはいけない。この一冊で半年間は戦わないといけないんだ。無駄に捲ってはいけない。兵站管理は提督の基本だ。新鮮さはとても大事なんだから。

 

 艦娘って女神様だけど、綺麗過ぎるのは問題だと思わない?

 

 あ。

 

 あの白い艦娘についてはその内語る事もあると思う。

 

 とても素敵な艦娘なんだ。それじゃ忙しいから今日はこの辺で。

 

 


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