俺は天龍さんに背負われて海上を移動してる。移動先はさっきまで俺達がいた鎮守府の埠頭だ。
「天龍さん! あそこ!」
「わぁってるよ!」
俺が指差す先で黒煙が三つ連続して立ち登った。遅れて砲撃音と爆破音が耳に届いた。倉庫に遮られているけど間違いなく埠頭だ。
「深海棲艦の襲撃!? 鎮守府を? 艦娘の哨戒ラインすり抜けて?」
この世にあり得ない事なんてあり得ない。でもあり得ないだろう!
日本の鎮守府はこの十五年、深海棲艦の侵攻を一切許していない。昔ならいざしらず、今は艦娘の数も揃ってきている。艦娘と国防軍が連携して二十四時間体制で警戒体制も構築している。人間の兵器は深海棲艦に通用しないけど、制海権を確保している青い海なら深海棲艦用に開発された国防軍の探査レーダーは十分に効果を発揮している。
「落ち着けって。お前が慌ててどうするんだっつーの」
「天龍さん! そっち違う!」
天龍さんは進路を変更した。そっちは埠頭じゃない!
「バーカ、ドンパチしているトコに連れて行けるわけねぇだろ。
直後に俺の後ろで風切り音と水しぶきが盛大に上がった。
「まっかせるネー!」
振り返ると金剛さんと足柄さんが埠頭に向かって水面を跳ねるように滑っていた。その向こう、二人が向かう埠頭でまた黒煙が連続して見えた。
「……変だな」
「え? 何が?」
「攻撃が一方的だ。少なくとも片方は応戦してねぇ」
相対的に天龍さんの戦闘力は艦娘としては弱い方に分類される。でもそれは天龍さん自身が弱いって意味じゃない。艦娘に弱い人なんて一人もいない。天龍さんもずっと深海棲艦と戦い続けているベテランだ。ぶっちゃけ天龍さん一人でアメリカ海軍の空母打撃艦隊を簡単に無力化するくらいの力を持っている。戦闘狂だと勘違いされがちだけど、この人は艦娘の縁の下の力持ちだ。遠征、哨戒、露払い。地味で目立たないけど大事な任務を率先してこなしている。この人がいないと鎮守府は少々困ったことになるレベルで。
俺は見ただけじゃ分からない。経験値バリバリの天龍さんの目には俺とは全然違う世界が映っている。たぶん口にしないだけで他にも沢山分かっていることがあるはずだ。
一方的な攻撃が意味するところは、深海棲艦相手にワンサイドゲームで押しているって楽観的に考えてしまっていいんだろうか。
浅瀬まで移動し、天龍さんは俺を背中から降ろした。
「おい、頭止血するから服脱げ。包帯とか持ってねぇからシャツを破いて巻いてやるよ」
「止血?」
「人間は興奮してっと痛くねぇってのはあるらしいな」
天龍さんが右のこめかみを指差したので触ってみると掌にべったりと血がついた。
「海に落ちた時か」
天龍さんが護ってくれたのでそれほど衝撃はなかったのに。
「いや、空で拾った時には血が出てたぜ」
全く覚えがない。記憶が飛んでいる。何があったんだ?
俺は制服とシャツを脱いだ。天龍さんはシャツを軽く絞って器用に包帯みたいに裂いた。
「跡残るかもしんねぇけど、顔の傷は男の勲章って言うからな。格好良くなるんじゃねぇのか」
別に傷の一つや二つは気にしないけど格好良いかは、人それぞれの感性じゃないかなぁ。天龍さんが格好いいと思ってくれるならありだとは思う。
「そんなに深くはねぇけど早めに包帯替えとけよ。よし」
きゅっと包帯を縛って応急処理は終わった。ありがとうございます。なんとなく恥ずかしいのでささっと制服に腕を通した。濡れた生地が直接肌に触れて気持ち悪い。
「さて、オレは金剛達と合流する。おめぇは鎮守府の連中と合流して避難しろ」
「避難って……だってあそこには雨雲姫ちゃんもいるし俺は提督だから……」
「他の提督がとっくに動いているはずだ。おめぇの出番はねぇよ」
「でも……でも……」
「でもじゃねぇ。提督になって二ヶ月足らずのおめぇに何が出来るんだよ」
分かってる。そんなことは分かっている。何も出来ないのは誰より俺が一番知ってる。艦娘がベテランって事は、その艦娘にずっと寄り添ってきた提督もベテランって事だ。二十年以上艦娘と一緒に戦ってきた提督もいる。つまり過去に深海棲艦の襲撃を受けて撃退した経験があるって事だ。
俺がしてきた事はなんだ? 書類に追い回されて、大本営をクソ妖精共に襲撃させて、他の提督がすることを見ていただけだ。まだ一度も艦娘を送り出してすらいない。
「あーすまん。言い過ぎた。悪かった。泣くなって」
泣いてない! 心の汗だ!
天龍さんは困った風に頭に手を置いた。
「あー、そのな、えーと、つまりだな……なんか分かんねぇけど、おめぇに死なれたらまずい気がするんだわ」
そんなの関係ない。俺だけじゃなく天龍さんも金剛さんも足柄さんも、俺以外の提督も死んじゃいけない。むしろ死ぬなら役立たずの俺からだ。
「考えてる事ぁなんとなく分かるけどよ、提督が死んだらオレらは立ち直れねぇんだわ。おめぇは雨雲姫とペンギン残して死ぬつもりか? それ最悪だかんな。だからよ、ここはオレ達に任せて生き残る事を考えてくれねぇか?」
心の汗がぽたぽた落ちた。
最悪だ。俺はまた足を引っ張っていた。天龍さんは早く金剛さん達と合流したいはずだ。それなのに、俺はちんけなプライドを満足させるためだけに天龍さんを足止めしている。天龍さんに悪意なんて一つもない。俺を気遣って悪役を演じてくれた。情けなくて心の汗が止まらない。
俺は海水で濡れた制服の袖で心の汗を拭った。後は俺が出来ることをするだけだ。
「ただいまより、避難行動を開始します!」
俺は全然さまにならない海軍式敬礼をして、踵を返した。向かう先は埠頭の反対。途中で鎮守府から出ているであろう車両に拾ってもらう。
「おう!」
背中に天龍さんの快活な声が届いた。あとは振り向かずに一目散にすたこらさっさだ。雨雲姫ちゃん達が心配だけど俺が無事なら雨雲姫ちゃんも全力で戦えるはずだ。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は言葉にならないもやもやを叫び声にして吐き出す。何度が大声を出して少し冷静になれた。
そして大事な事を思い出した。合流したらクソ妖精共が暴れちゃう。俺は合流をあきらめて鎮守府から距離をとることを最優先することにした。
表現に限界感じたので次回反則技使用予定。