【完結】変これ、始まります   作:はのじ

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三人称使用。

前話、記載漏れあったので追加修正済み。内容にそれほど影響はありません。





16 ラッキーダイアモンドウルフ

 時間は少々巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だめです! 離れてください!」

 

 雪風の警告は間に合わなかった。間に合うはずがなかった。彼は人間だ。提督という特殊な存在であっても肉体の強度は人間の範疇を超えることはない。故に深海棲艦の攻撃を認識して避けることなど絶対に不可能だ。不可能である以上未来予測は簡単だ。焼けた肉片がわずかでも残れば運がよかったと言えるレベルで。

 

 それでもあきらめる訳にはいかない。彼は死んではいけない。雪風自身が盾となり、あとは奇跡に任せるしかない。大丈夫、雪風は皆に幸運艦と呼ばれている。奇跡を信じていない雪風が奇跡に任せるとはなんという皮肉だろうか。

 

 雪風が足を踏み出すのと同時に時雨が動くのが見えた。時雨も盾になるつもりだ。何が起こったのか雪風も時雨も理解していない。理解していないが、吹雪達を除けば誰よりも豊富な戦闘経験が体を前に動かした。

 

 時間がゆっくりと流れているのではと思うほど体が動かないのがもどかしい。二秒、いやあと一秒早く動けていれば彼を安全圏まで運べたかもしれない。

 

 俗称ペンギンと呼ばれている謎の艦娘が、彼の胸から飛び出した。ペンギンは形と色を変えながら雨雲姫に向かっていた。色は雨雲姫と同じ白。体全体をもくもくと空に浮かぶ雲の形に変えていく。上部に二本の角のような突起。体の中心に浮かび上がった三日月を水平にしたような口にはギザギザの歯列が見えた。独立型の浮遊艤装だ。

 

 ――完全体

 

 雪風の脳裏に唐突に浮かんだ言葉だ。

 

 一部の深海棲艦は特定の条件を満たすと変身のように体を変態させる者がいる。色を変えるだけの者、体を変形させる者、一枚また一枚と装甲艤装を脱いでいく者、そして艤装を変形させる者だ。変態は能力を向上させ、戦艦の砲撃の直撃を受けてもなんら痛痒を見せなくなる事が多い。雪風は深海棲艦がてぐすね引いて待ち構える海域の最奥でそれを何度も見ている。

 

 雨雲姫は深海棲艦だ。ここにきて疑う余地などない。なによりあの禍々しいオーラは雪風が何度も何度も見たものだ。見間違いなどあり得ない。

 

 琥珀色の瞳をらんらんと輝かせて雨雲姫が口角を吊り上げて笑った。同性の雪風が見ても背筋が凍るほど美しい。それは闇に潜む深海棲艦だけが持つ背徳のエロスだ。

 

 雨雲姫が鎧型の装甲艤装で覆われた右腕を振り下ろした。埠頭のコンクリートは文字通り蜘蛛の巣の如く亀裂を走らせ、鉄筋など入っていないと思わせるほど広範囲に渡ってぐずぐずに崩れた。

 

 雪風の踏み出した足がぐずぐずのコンクリートに沈んだ。お願いと奇跡を頼んだ時雨の足も沈んでいた。雪風と時雨以外の艦娘はここにきておぼろげに状況を理解した様子だった。しかし時既に遅しだ。

 

 雨雲姫が艤装を彼に向けた。

 

 ――お願いします。奇跡を。どうか彼に奇跡を。

 

 元ペンギンの浮遊艤装がぐずぐずのコンクリートに激突し、二本の角でコンクリートを削りながら体を沈ませた。

 

「…………バイバイ」

 

 雨雲姫の放った砲弾がぐずぐずのコンクリートに沈み、そして炸裂した。

 

 彼の真下で炸裂した衝撃は、彼を上空に持ち上げた。足元が崩れて踏ん張れない雪風達も衝撃で吹き飛ばされた。ごろごろと転がりながら彼を追った瞳に、上空で薄く広がる白い皮膜のような物が映った。浮遊偽装が体を変形させた白い皮膜は自らの力と爆風を利用し、彼を上空に打ち上げていた。

 

 何故深海棲艦と化したのか、どうしてこんな手間を掛けたのかと、雪風は考えない。考えるのは後でも出来る。優先順位の最上位は彼の救出。そして深海棲艦の殲滅だ。もう一人の自分が冷静に戦場を俯瞰した。

 

 車田飛びで空を飛ぶ彼の落下予想位置は海上。時雨は雪風と同じで艤装を展開して戦闘態勢に入っている。睦月、卯月、清霜は混乱しつつも体勢を整えつつある。埠頭は広範囲に渡って崩壊し、一部は海の中に沈んでいる。鎮守府の拡声器が第一種警戒態勢のサイレンを鳴らしていた。そして雨雲姫は首を横に向けて空の彼を見ていた。

 

 好機。戦場で隙をさらせば死ぬ。しかし雪風の艤装は沈黙したままで火を吹かなかった。それは時雨も同様だった。言い訳はいくらでも出来た。彼の救出が最優先、直前まで仲のよかった艦娘だった、あーんをするためだけに妖精さんにお願いして連絡をとりあったいたずら仲間、何より彼女が沈めば彼が悲しむ。撃ちたくないと本心に気付かないようにして。

 

 雪風はこの好機を救出に使う事にした。時雨と連携して牽制し残りの三人に救出に向かってもらう。

 

 艦娘の視力は水平線の深海棲艦の姿をはっきりと捉えることが出来る。

 

 遠くにいる金剛と足柄、天龍がじゃんけんをしていた。負けた天龍が両手を上げて叫んでいる。金剛と足柄が天龍の片手、片足をそれぞれ持ち、振り子のように何度か前後に揺らして射出。雪風の想像外の力技だった。

 

 雪風と雨雲姫が首を戻したのは同時。雨雲姫が先ほどまで浮かべていた笑みはどこにもない。

 

「サァ、ハジメマショウ……コロシアイヲ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 金剛が戦場に到着して最初に確認したのは被害状況だ。半ば崩壊した港湾施設を盾に身を隠した五人の艦娘。原型を留めていない埠頭。鎮守府に総員退避命令が発令された事を繰り返す拡声器。五人の艦娘の被害は極めて軽微。

 

 敵は深海棲艦ただ一人。巨大な禍々しいオーラを発していた。作戦海域の最奥にしかいないボスレベルで。金剛の心にある炉心に瞬時に火が灯った。戦闘本能だ。知り合いに似ていようが関係ない。奴等はこの世から全て駆逐しなければならない。

 

 本来であれば艤装には準備運動(アイドリング)が必要だ。強引な艤装の稼動に妖精さんが悲鳴をあげた。妖精さんの抗議は紅茶と大量のお菓子で許してもらおう。

 

「ファイアー!!」

 

 砲撃の直前、横合いから衝撃を受けた。改修を最大限まで終えている試製三十五.六cm三連装砲。砲弾の弾道が逸れて全て大空に吸い込まれた。

 

 金剛は腰に重りをぶら下げたまま、回避行動に移った。水面に水柱が立ち上がり盛大に水しぶきを撒き散らしている。高速で切り返しを行うたびに腰にぶら下がった睦月が慣性の法則でぶんぶんと振り回されている。戦艦の金剛とて、思わぬ方向から艦娘の突撃を受ければ体勢を崩してしまう。

 

「撃っちゃだめー! あの子は雨雲姫ちゃんにゃしー!」

 

「そんなの見れば分かりマース!」

 

 それは戦闘を放棄する理由にならない。ならば雨雲姫(深海棲艦)を見逃すのか? あり得ない。放置するだけで被害は拡大するだけだ。ならば殲滅一択だ。

 

 雪風と時雨がいるのに反撃もせず何をしているんだと思ったが、そうか、旗艦である睦月の言葉を建前にして攻撃を躊躇っていたのか。だが雪風と時雨がそんな事を理由に攻撃を躊躇うとは到底思えない。何か他に事情ががあるはずだ。

 

「雨雲姫ちゃんが彼をここから退避させたにゃしいー!!」

 

 彼。空を飛んでいた提督だ。鎮守府に急行したかったが、提督の救出は最優先だ。艦娘は空を飛べない。だから天龍を投げた。言いだしっぺの法則で天龍が空を飛んだ。彼も雨雲姫に投げられたのか。

 

 仲のよいことだ。金剛は戦場で浮かべる不敵な笑みとは違う柔らかなそれに口元の形を変えた。

 

 これまで艦娘は閉じた世界にいた。提督と艦娘と鎮守府と深海棲艦だけの世界。艦娘の情報は遮断され、世間に知られる艦娘はたった一握りだけだ。いつのまにかそれが当たり前だと思い込んでいた。

 

 彼らは最高の観察対象だった。金剛は自分の提督以外に興味を持っていない。だから他の提督が旗下の艦娘とどんな過程を経て信頼関係を培おうが興味の対象外だ。どうせ最終的に落ち着くところへ落ち着くのだから。

 

 彼は違った。好意ではない。親愛に近いだろうか。非常に珍しい事に彼の周りには多くの艦娘が集まった。金剛と同じで彼は多くの艦娘達の観察対象と化していた。戦闘を本分とする艦娘だが肉体の雛形は女性だ。精神も女性だ。恋バナは大好物だ。いや大好物にさせられた。

 

 普通、艦娘の恋バナはただの提督自慢に終わる。興味のない提督の話など聞いても面白いはずがない。

 

 金剛は時間をかけて自らの提督の信頼を勝ち取った。艦娘は全員同じだ。自らを客観的に見ることは難しい。俯瞰など戦闘以外で出来るはずがない。記憶は全て自分の主観でしかないのだから。二人を見ている内にいつしか自分もそうだったんだと思い出すようになった。

 

 自分も顔を赤くしていたんだろうか。こんなばればれな態度で、提督と接していたのだろうか。平気で抱きついていたのにいつの間にか抱きつく事に躊躇して……

 

 二人を見ているだけで、戦闘に明け暮れる日々の中、いつのまにか重要度を下げていた思い出が次々と蘇った。金剛だけではない。鎮守府に在籍する艦娘全員が同じだろう。艦娘と交わす日常の会話はいつの間にか彼らが中心になっていた。

 

 彼らがどこそこで何をしていたと、話題に上がった時は怒りさえ覚えた。なぜ自分はそこにいなかったのだとタイミングの悪さに。

 

 彼の旗下に入る艦娘の総数は最低でも五人。謎の艦娘、ペンギンを無理矢理勘定に入れても後三人も残っている。いつも騒がしく話題に事欠かない彼のことだ。これからも金剛を楽しませてくれるに違いない。

 

 粘膜的な意味で彼らはまだ繋がっていない。見れば分かる。恐らくキスすらしていないだろう。何故手を出さないのだ。いや出さない方がもっと楽しめる。どこまで楽しませてくれるのか。自分の女性としての魅力に自負を持つ金剛は、艦娘に手を出さない彼の鋼の精神力と繰り広げられる喜劇に拍手喝采だった。

 

 深海棲艦に取引も交渉も一切通用しない。お互いの存在が不倶戴天だ。文字通り見敵必殺。宣戦布告なしの戦争が二十三年も続いている理由だ。深海棲艦は人間の立場なんてものを考慮しない。むしろ率先して殲滅対象だ。その深海棲艦が彼を戦場から退避させたとしか思えない行動をとった。

 

 なるほどなるほど。雪風と時雨は迷っていたのか。艦娘工廠で建造された世界初の深海棲艦。艦娘と提督との決して切れることのない強固な絆。まだこちら側(艦娘)に戻ってくる可能性を考えているのか。

 

「全砲門! ファイアー!!」

 

 高速で切り返した後に水面を滑りながらのみなし(先読み)射撃。都合六発の砲弾は五発が外れて盛大な水しぶきを撒き散らし、一発が深海棲艦(雨雲姫)に直撃して顎を跳ね上げた。

 

「金剛ちゃん、やめてー!!」

 

 腰にぶら下がった睦月が悲鳴を上げた。何故やめる必要がある。ここは鎮守府から近すぎる。もっと離れなければならない。演習でも散々手を焼かされた。これくらいで沈むはずがない。

 

「偉い人も言ってるネー。三発までは誤射だってネ」

 

 考えるのは提督()に任せよう。金剛は第三の選択肢を選んだ。先送りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誤射は三発まで。金剛の提案だ。誤射は味方にするものだ。つまり金剛は先送りだと言いながら深海棲艦(雨雲姫)を味方として扱っている。

 

「あははははは!」

 

 戦闘の高揚感。ミッションが難しければ難しいほど体の奥が昂ぶる。

 

 難しいことを言ってくれる。長年培った技術は外す事を前提にしたことがない。全て直撃させるつもりで戦場を駆け抜けて来たのだだから。

 

 足柄は既に二発の砲弾を雨雲姫に叩きつけている。金剛は一発。足柄は二発。誤射は一人三発までだ。

 

 どこにぶち込んでやろうかしら。可愛い顔は提督に免じて許してあげる。金剛は容赦なく顔面に砲撃をぶつけていたわね。これでも心苦しく思っているのよ? 可愛い後輩に実弾をぶち込むなんて誤射じゃなきゃ到底出来ないものなのよ?

 

 これまで演習では足柄がトータルで勝ち越している。魚雷を扱えない雨雲姫の戦術の幅は絞られ、結果胸を貸す形で真正面の殴り合いになることが多かった。最初から油断などしたことはない。神風と天龍が簡単に空に飛んだのを目の前で見ている。

 

 今の雨雲姫はどうだ。完全体となって、火力も耐久力も明らかに跳ね上がっている。油断なんてとんでもない。足柄は最初の最初から本気でぶつかっている。誤射など意識しなくとも、彼女は華麗に回避するではないか。

 

 少しでも気をぬけばほら。

 

「足柄さん!」

 

 戦場を俯瞰する雪風が警告を発した。長い付き合いだ。名前を呼ぶイントネーションで何に警戒すればいいのか瞬時に理解した。

 

 急停止から砲撃の反動を利用してのVターン。金剛が得意とする先読み射撃をされた。雪風の警告がなければもらっていたかもしれない。

 

「ほらほら、鬼さんこっちよ!」

 

 挑発を繰り返し敵愾心を煽る。あと一発しか当てられないのだからここぞと言う時に大事にとっておかないと。

 

 時雨が身を低くして雨雲姫に突撃を仕掛けた。時雨の特技は超接近戦だ。至近の距離からつかず離れずで火力の低さを補う超近接攻撃。振り回した雨雲姫の腕を潜り抜けてからの両の掌を重ねた掌底打ち。

 

 雨雲姫の体がくの字に曲がった。

 

 雨雲姫の琥珀の瞳が時雨を睨んだ。ガァ! と叫んだ雨雲姫の爪を時雨は回避して後退。足柄と肩を並べた。

 

「今のは実弾じゃないから誤射じゃないよね」

 

 一撃離脱。本来の時雨のスタイルではない。誰かが体勢を立て直す必要が出来たときに時雨は時間稼ぎで突貫を繰り返している。

 

「それがあるんだからあなたの三発分よこしなさいよ」

 

「だめだよ。偉い人が言ったらしいからちゃんと守らないと」

 

「けち」

 

 横滑りしながら二人並んで牽制の砲撃を撃ちながらの会話だ。

 

「どう?」

 

「強いし硬い。随伴がいない幸運に感謝だね」

 

「さすが幸運艦んっ!」

 

 足柄と時雨が左右に分かれた。二人がいた場所に雨雲姫の砲撃で生まれた水柱が上がった。

 

 時雨の言う通りだ。随伴の深海棲艦がいたならば、会話をする余裕は生まれず、アイコンタクトと呼吸で連携をとっていたかもしれない。

 

 足柄から見て右側に金剛がいる。その後方で睦月が自らの提督に無線で連絡を取っている。退避しているはずの彼の指示を仰ぐためだ。

 

 彼ならば雨雲姫との会話が無線越しに成立するかもしれない。何か決定的な手段を思いつくかもしれない。そして思いつかなければ、雨雲姫を沈める命令を彼から貰わなくてはならない。残酷だとは思わない。それが雨雲姫の提督たる彼の、彼だけに許される命令だからだ。

 

 当たり前だが、轟沈処分を受けた艦娘など過去に一人もいない。あり得ない過程だが、もし足柄が轟沈処分を受けるなら、その命令は自らの提督に下して欲しい。下らない感傷だった。

 

「合流してない? どこにいるにゃしい!?」

 

「あの馬鹿! どこに行ってんだよ!」

 

 睦月と睦月を護衛している天龍が叫んでいるのが聞こえた。まだ彼は見つかっていない。大本営には艦娘が驚くほど噛み付く彼だが、艦娘には非常に素直だった。それどこか対峙すれば尊崇の念を感じる程だ。天龍と約束した言葉を反故にするとは到底思えない。

 

 鎮守府からの引き離しは完全には成功していなかった。数は艦娘が上回っている。誤射三発といっても手加減なんて無いも同然だ。足柄達に余裕などないが、雨雲姫にも余裕はないだろう。

 

 互いの本領は海の上だ。陸から離れたまではよかったが、雨雲姫は鎮守府を背に移動をするため、陸地から離れることが出来ないのだ。

 

「イェース!!」

 

 卯月と清霜の牽制を利用した金剛の二発目の誤射が雨雲姫に命中した。ガハッ、と雨雲姫の顎が跳ね上がった。模擬弾を使う演習では足柄も顔面を狙うことはあるが、さすがに実弾だと躊躇する。戦闘狂だと言われる足柄だが、本当の戦闘狂は金剛なのではないか。

 

 嫌がった雨雲姫が陸側に移動した。最悪だ。なんでここにいる。これでは牽制の射撃も制限される。

 

 足柄は林の中で身を隠す彼を見つけた。

 

 

 

 


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