【完結】変これ、始まります   作:はのじ

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17 ロミー&ジュリー

 俺は林の中を移動していた。

 

 鎮守府は基本田舎にある。人口密度の高い都市に軍事施設なんて作れないし、艦娘は国家機密だから人口の少ない場所が選ばれる。

 

 スパイ対策も兼ねている。観光客を演じたところで無意味だ。一番の目玉が鎮守府であとは海と山しかないから近づいただけで不審者決定となる。もし街中にあったとしても俺に恩恵はほとんどない。鎮守府から出られないからだ。厳密にいうと出ることは可能だけどかなりめんどくさい。公務で移動するだけでも書類を二桁用意しないといけない程だ。

 

 提督と艦娘がプライベートで外出するとかはまず許可されない。その代わり鎮守府には各種施設が充実している。人間用と艦娘用に別れているけど、生活に不自由をすることはない。ちなみに提督は艦娘用の施設を利用することが推奨されている。というか俺はクソ妖精共に憑かれている時点で艦娘施設しか利用出来ない。

 

 つまり何が言いたいかと言うと、鎮守府に連絡を取るための公衆電話が一つもなくて困っています。

 

 鎮守府から出ているはずの避難車両は合流を諦めた。混乱している中でパニック要員を追加してどうするんだって話だ。途中途中公衆電話を探しながら歩いているけど全く見つからない。よく考えたら、偶然通りかかった一般人≒スパイな立地で公衆電話なんてあるはずがなかった。俺は携帯電話を持ったことがないし、鎮守府でも防諜対策で携帯は禁止されていた。

 

 仕方がないので鎮守府から距離をとる事だけを考えて移動している。深海棲艦の偵察機を警戒して念のために林の中を移動中だけど今のところ上空にそれらしい気配はない。砲撃音と爆発音はまだ続いているから油断は出来ない。

 

 正直なところ状況が全くわからない。情報収集しようにも合流は出来ないし連絡も出来ない。天龍さん達は心配だけど熟練揃いで経験豊富だから余程の事がない限り大丈夫だと思う。

 

 一番気がかりなのがやっぱり雨雲姫ちゃんだ。二ヶ月近く演習でびっちり鍛えてきたけど、今日が初めての任務で実戦なんて一度もしたことがないんだ。雪風さんがフォローしてくれると信じてるけど、それでもやっぱり心配してしまう。

 

 俺以外の提督も艦娘を送り出す時はこんな気持ちになってるんだなぁ。頭ツルピカ提督がいたけど今度会ったらわかめの折り詰めセットを持って行ってあげよう。

 

 俺は少し休憩しようと木の根元に腰を下ろした。瞳を閉じて雨雲姫ちゃんを思った。

 

 瞼を閉じると真っ暗になって普通は何も見えない。でも俺には見える。ぼんやりだけど淡く輝く白光だ。雨雲姫ちゃんを思うとじわっと見えるんだ。最初は瞼の裏に見えてるのかと思っていたけど違ってて、俺の体の中のどこかで光っていた。抽象的だけどこれ以上の説明が出来ない。この光を見るだけで凄く安心できる。

 

 でもこれなんだろなーなんだろなーってずっと考えてたんだけど、もしかしたら俺と雨雲姫ちゃんの絆の形なんじゃないかなって思うようになった。それしか思い当たらないし。恥ずかしいから誰もに言ってないけど落ち着いたら大淀提督に相談してみよう。

 

「よし」

 

 そろそろ移動するかと腰を上げてまずい事に気がついた。砲撃音がさっきより大きくなっている。どういう事だと移動して海が見える位置で身を伏せた。はっきり見えないけど人型の影が九つ、海の上を高速移動していた。小さく光ったと思ったら水柱が上がって遅れて砲撃音と着弾音。

 

 艦娘と鎮守府に進入した深海棲艦が戦っていた。深海棲艦の数はわからないけど天龍さん達が応援にいった事や、もともと雨雲姫ちゃん達がいたはずだから数は少ないはずだ。多くても二、三体だと思う。

 

 ここにいては駄目だ。運悪く流れ弾が飛んでくるかもしれないし、俺がいるだけで艦娘の足を引っ張るからだ。艦娘は目がいい。当然深海棲艦もいいはずだ。俺は後退しようとゆっくりと腰を上げた。

 

 艦娘と深海棲艦は凄い速度で海上を高速移動している。大きすぎると遠近感がおかしくなるけど小さくても同じだ。一つの影が近づいてきてそれが雨雲姫ちゃんだと視認出来た時、俺は無事だったんだと安心すると同時に、初めての実戦で金剛さん達と型を並べて戦えるんだと誇らしく思った。やっぱり雨雲姫ちゃんは凄いって。

 

 雨雲姫ちゃんは俺に背中を向ける形で移動している。たぶん深海棲艦を警戒してるんだ。だから雨雲姫ちゃんは俺に気がついていない。あれ? 右肩の上で浮いてる白いの何? 艤装? そんなの今までなかったのに。

 

 雨雲姫ちゃんを追いかけるみたいに残りの八つの影がこっちに向かってきた。その動きはまるで連携しているみたいでお互いを攻撃する様子はない。もしかして一人で深海棲艦八体を相手にしていたの!?

 

 俺は動くに動けずその場にもう一度伏せた。声をかける事自体が雨雲姫ちゃんの足を引っ張る事になる。

 

 影は次第に大きくなって姿を判別出来るまでになった。金剛さん、足柄さん、天龍さん、雪風さん、睦月さん、卯月さん、清霜さん、と、あと一人は誰だ。見たことがない。装甲艤装の形で白露型の駆逐艦だってのはわかる。っていうか全員艦娘だった。演習でもしていたのか?

 

 雨雲姫ちゃんは八人の艦娘と向かい合っている。状況がわからない。

 

「雨雲姫、逃げたくなるくれぇの強さだな」

 

「睦月は逃げたくなってきたにゃし~」

 

「そうね、ここで逃げても恥じゃないわ。むしろ逃げてもいいのよ」

 

「清霜は戦艦になったら逃げちゃおうかなー」

 

「ここは私に任せて、全員逃げてもいいヨー」

 

「うーちゃん、逃げたくなってきたぴょん!」

 

「そうだね、逃げるのがいいかもね」

 

「逃げるなら雪風がお供します!」

 

 何言ってるのこの人達? 逃げるって言葉は艦娘から一番遠い言葉だ。艦娘が深海棲艦から逃げていたら日本はとっくの昔に滅んでいる。傷だらけになっても逃げずに戦う姿に俺は感動していたんだから。

 

 あ、清霜さんと目があった。とりあえず無事ですよって手を振っておこう。俺が小さく手を振っているのに気がついたはずなのに、清霜さんは横を向いて音が出ないのに口笛を吹いた。なんだこれ?

 

「オレの名は天龍! フフフ、逃げてもいいぜ。いや、ここは逃げるべきだな」

 

 天龍さんが右の拳を突き出して名乗った。突き出した拳の指先が小さくぴっぴって前後に動いている。あっちいけーなゼスチャーに似ている。ここから逃げるのがいいのか? 雨雲姫ちゃんが言ってくれるなら以心伝心で分かるかもしれないのに雨雲姫ちゃんは背中を向けたままで何も言ってくれない。

 

 よし、とりあえずここから後退しよう。

 

「……イヤナ コタチ……」

 

 俺はその声を聞いてぞっとした。雨雲姫ちゃんはこんな冷たい声を出す子じゃない。こんな憎しみの篭った声を出す子じゃない。

 

 人生で体験したことの衝撃だった。伏せているのに体を持っていかれると勘違いしそうだった。演習では距離をとって見ていたのに凄い迫力だった。今はそれよりずっと近い。たった一発、雨雲姫ちゃんが天龍さん達に放った砲撃の衝撃で俺の体はびりびりと震えて腰が砕けそうになった。

 

 ばしゃぁと海水の粒が大雨みたいに全身に降り注いだ。

 

「みんな撃っちゃだめー!!」

 

「清霜! そいつ抱えて逃げろ! 睦月と卯月もついていって死んでも護れ!!」

 

「僕が時間を稼ぐ。僕ごと撃ち抜いても構わない」

 

 空気が帯電しているみたいにピリピリ緊張している。意味が分からない。でも分かった。これは演習じゃない。戦闘だ。雨雲姫ちゃんと艦娘達は殺しあう関係になっているってことだ。

 

「雨雲姫ちゃん! 駄目だ! 艦娘同士で殺しあっちゃ駄目だ!!」

 

 俺はふらふらと立ち上がって雨雲姫ちゃんの背中に大声を投げた。絶対に駄目だ!!

 

 雨雲姫ちゃんはびくっと肩を震わせて振り返った。

 

 俺は雨雲姫ちゃんを見た。雨雲姫ちゃんも俺を見た。なんだよその顔は。俺は雨雲姫ちゃんにそんな顔をさせる奴を絶対に許さないぞ。

 

 白露型の駆逐艦が高速で雨雲姫ちゃんに接近する。

 

 雨雲姫ちゃんの艤装の砲身が動いたのが見えた。艤装は火を吹かずに雨雲姫ちゃんが前に動いて白露型と激突した。

 

 雨雲姫ちゃんの膂力は駆逐艦の範疇に収まらない。白露型が漫画のトラックに轢かれた転生者みたいに錐揉み回転しながらで弾き飛ばされた。

 

 金剛さんが白露型を後方に滑りながら受け止めた。

 

 直後、刀みたいな艤装を振り上げた天龍さんが信じられない速度で海上を滑って行く。

 

 雨雲姫ちゃんは左手で剣みたいな艤装を受け止めて、右の掌底で天龍さんの顎を下から打ち抜いた。

 

 俺は清霜さんに抱えられたまま大空を車田飛びで飛ぶ天龍さんを見た。睦月さんと卯月さんが盾となる位置で俺を護ってくれていた。

 

 足柄さんが雨雲姫ちゃんに突撃を仕掛ける。駄目だ足柄さん。近接戦闘は苦手だって言ってたじゃないか。俺だ。俺がいるからみんな本気が出せないんだ。

 

「雨雲姫ちゃん!!」

 

 俺は雨雲姫ちゃんに何を言いたかったのか。雨雲姫ちゃんの名前にどんな想いを込めて叫んだのか。

 

 雨雲姫ちゃんが振り返った。背後に足柄さんが迫っていた。

 

「…………バイバイ」

 

 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! 

 

 雨雲姫ちゃんが自分を中心にして海面を撃った。大きな水柱がいくつもあがって雨雲姫ちゃんと足柄さんを飲み込んで姿を隠してしまった。

 

「雨雲姫ちゃん!! 雨雲姫ちゃん!!」

 

 砲撃の衝撃は睦月さんと卯月さんが体を盾にして遮ってくれた。清霜さんに抱えられたままどんどん遠ざかっていく戦場。

 

 包帯で巻かれた頭の傷ががずきずきとうずいていた。俺は思い出した。白露型の艦娘が幸運艦の時雨さんだったことを。雨雲姫ちゃんの肩で浮いている艤装が廃棄物Bだったってことを。なぜ俺は空を飛んでいたのかを。

 

 艦娘と殺し合える存在はこの世でたった一つだけ。

 

 雨雲姫ちゃんは深海棲艦だったんだ。

 

 

 

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