【完結】変これ、始まります   作:はのじ

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18 Ninety nine Possession

 室内で荒れ狂う暴風がニュースで流れる台風レポートみたいに色んなものを飛ばしている。事務機器が浮き上がってガタンと音を立てて落下する。机は豪華客船のパニック映画みたいに横滑りする。人間はゴロゴロと転倒して、まるでその姿を笑っているみたいにケタケタと声を上げるクソ妖精共。照明は明暗を不規則に繰り返して実に目に悪い。

 

 大本営のなんちゃらっていう部署で相当に偉い人がいる場所だ。

 

「また来たのか! 今日はお前の相手をしてやれん!」

 

 びゅうびゅうと風の音がうるさい。暴風で渦を巻く書類がいい感じに邪魔だ。クソ妖精共張り切りすぎだろ。

 

 雨雲姫ちゃんの乱で大本営と鎮守府とはてんやわんやだ。鎮守府が最後に深海棲艦の攻撃を受けたのは十五年前で、それはつまり日本に深海棲艦が上陸したのが十五年振りって事になる。政府への報告とかメディア対応とか原因究明とかで大忙しのところに俺が現れた。正直悪いとは思うけど俺もそれどころではない。頼れる人がこの人しかいないからだ。

 

 雨雲姫ちゃんは姿を消した。水煙が晴れた時にはあの場から移動していて、金剛さん達が気付いた時には追いつけないくらいに距離を取られていて追跡を諦めたそうだ。俺は清霜さんに担がれて避難していた先でそれを教えてもらった。

 

 退避命令が解除されて俺は鎮守府に戻った。鎮守府の被害はそれほどでもなかった。埠頭を中心にして港湾施設は一部使用不能になったけど、艦娘の出撃には全く支障がない。大型船舶の乗り入れが困難になった程度だ。

 

 雨雲姫ちゃんは深海棲艦だった。廃棄物Bは独立型の浮遊艤装だ。そんなはずはないと思いたいけど事実だ。雨雲姫ちゃんを建造するときに明石さんは『建造される艦娘は提督に付いている妖精さんの性質が反映される』って言ってた。つまり全ての元凶はクソ妖精共だ。

 

 少し前の俺ならクソ妖精共に切れていたと思う。全部てめぇらのせいかぁ! とか、やっぱり邪悪じゃねぇかぁ! とか叫びながら。今は違う。俺はクソ妖精共に感謝している。こいつらがいなければ俺は雨雲姫ちゃんと出会えなかった。雨雲姫ちゃんは深海棲艦になっちゃったけど邪悪な存在だってこれっぽっちも思えない。

 

 大淀さんはクソ妖精共をいい子だって言ってた。明石さん達は可愛いって。俺は自分より艦娘を信じてる。だから今は邪悪とまでは思っていない。性悪妖精だ。ここから導かれる答えは一つ。雨雲姫ちゃんは小悪魔ちゃんだって事だ。雨雲姫ちゃんは邪悪な存在じゃない。少し業腹だけどそれはつまりクソ妖精共も邪悪じゃないって事だ。超簡単な証明だ。

 

 俺はちょっとすねちゃってプチ家出した雨雲姫ちゃんを迎えにいく。雨雲姫ちゃんは俺の艦娘だ。何もおかしな話じゃない。その為に大本営のなんちゃらっていう部署に来た。

 

「おっさん! 頼みがある!」

 

「今は帰れ!」

 

「なんでもいい! 足の速い船を貸してくれ!」

 

「話を聞け!」

 

「頼みを聞いてくれたら聞いてやる!」

 

 名前を尋ねるならまず自分から名乗れ理論だ。社会人として常識だろ?

 

 にらみ合う俺とおっさん。おっさんが時計を見て時間を確認した。

 

「少しだけ話を聞いてやる。来い」

 

 そうして俺はいつもの部屋に通された。第一関門突破だ。

 

「悪いが貸せる船はない」

 

 応接ソファーで向かい合って開口一番断られた。おれはその嘘を看破する。

 

「嘘だ! ドックにあるの知ってるぞ!」

 

「あれは改装中のイージス艦だ。武装は全部外してある」

 

「問題ない」

 

 俺は雨雲姫ちゃんを迎えに行くんだ。プチ家出した娘をバット片手に迎えに行く馬鹿がどこにいるってんだ。

 

「問題大有りだ」

 

 おっさんは頭を抱えた。俺は自分が無茶を言ってるのは十分理解している。理解した上で頼んでいる。他に手がないからだ。

 

「いいか、よく聞け。お前は今回の件で危うい立場に立っている。深海棲艦の建造なんて前代未聞だ。政府からお前の提督資格を剥奪しろと通達が来ている。今は自重して大人しくしていろ」

 

「じゃあクビにしろよ」

 

 提督はなりたいからってなれるもんじゃない。資質がないとなれない。今日から提督だって名乗っても艦娘は誰も付いてこない。そのそも提督資格試験なんて受けたことがない。例え大本営と政府がおれの資格とやらを剥奪しても俺が雨雲姫ちゃんの提督だって事は変わらないんだから。

 

「それは出来ん」

 

 きっぱりと断られた。例のあれか。期待しているって奴だ。つまり俺に期待しているのは政府じゃなくて大本営って事か。

 

「おっさん頼む! 一生ただ働きでいい! 貸してくれ!」

 

「……お前がこの先どれほど出世しようがイージス艦一隻の頭金にすらならんわ」

 

 世知辛ぇ。っていうか壊す事前提にしてるよね? でもな、おっさん。そうじゃないんだ。おっさんは勘違いをしている。俺はおっさんの勘違いをぶっ壊す!

 

「なぁおっさん。俺は今まで無茶をいっぱい言って来た。今回のはその最たるもんだと思ってる。普通ならこんなペーペー提督の話なんか聞く必要もないし門前払いで済む話だ」

 

 クソ妖精共を暴れさせて強制的に話をしているってのはこの際あっちに置いとこうね。

 

「でもおっさんは無茶な頼みを聞いてくれた。なんでだ? 俺に期待してるから? 何に期待してるか知らないけどいくらなんでも度が過ぎてるだろ?」

 

 何度聞いても教えてくれない。大淀さんは知ってる節があるけどやっぱり教えてくれない。右も左も分からない新人社員が「期待してるよ」って言われるのと全然違う重みがある。期待ってのは未来に対して思うことだ。つまり期待されているのは今の俺じゃない。未来の俺だ。俺はこの先、提督としてしか生きていけない。提督として何かどでかい事が出来るポテンシャルを俺が秘めてるって事だ。

 

「今は無理だ。俺はまだ何も出来ない。でもな、遠くない未来、三年か五年か、大規模作戦で先陣切って戦ってるのは俺の艦娘だ。大淀さん曰く俺は大幅に記録を塗り替えた男だ。ありえねぇ速さで深海棲艦から海を取り返してやる。一〇年先には日本の周辺から完全に深海棲艦を駆逐してやんよ。経済効果はどれくらいだ? 一〇兆か? 一〇〇兆か? もっとあるかもな。その為には雨雲姫ちゃんが必要なんだ。今連れ戻さないと絶対に駄目になんだ。イージス艦一隻ぽっちけちって一〇年先の未来を捨てるのか? 船貸してくれないと俺すねちゃうよ? 引きこもっちゃうよ? 一〇年間食っちゃ寝しちゃうよ?」

 

 突っ込みどころ満載の大風呂敷&脅し。俺の何に期待しているかって予想が外れてたら、ただの赤っ恥で、このままドックに突っ込んで無理やり奪うだけだ。その場合、もう日本にはいられない。雨雲姫ちゃんと廃棄物Bを連れて無人島に逃げるか、どこかの国に亡命くらいしか思いつかない。

 

 おっさんは瞼を綴じで腕を組んで考えている。どっちだ。当たりか外れか。当たらずとも遠からじか? どっちなんだい!

 

「二つ条件がある」

 

 ヒット! 何でも言ってくれ。今ならスマイル無料だ。

 

「今の発言に責任を取れ。言い訳も言い逃れも許さん」

 

 大丈夫だ。引きこもりなんてしない。雨雲姫ちゃんがいるだけで俺は一〇〇年頑張れる自信がある。弱い俺も情けない俺も散々見られた。これからは格好いいところだけを見せ続けてやる。

 

 でもう一つは?

 

「死ぬな。必ず生きて戻って来い」

 

 最初から死ぬつもりなんてない。雨雲姫ちゃんと廃棄物Bの三人で帰るつもり満々だからだ。実質条件は一つ。おっさんデレるの早すぎる。なら俺もデレてやるよ。おっさんは俺の価値を軽くするから言うなって言ってたから口にして言わねぇけど、これから何でも言うことを聞いてやるよ……例外はあるけどな! それと迷惑をかけるのはこれが最後だ。おっさんありがとう。

 

 善は急ぐが吉だ。俺は頭を下げてからドックに向かおうと立ち上がって部屋を出ようとした。

 

「で、乗組員(クルー)はどうする? こればかりは聞いてやれんぞ」

 

 俺は振り返った。

 

「言ったろ? 問題ないって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全長一六五メートル。全幅二十一メートル。基準排水量七七五〇トン。機関はCOGAG方式のガスタービンエンジンが四発。馬力にして二五〇〇〇。最大速力は三十ノット以上。武装は一切ない。そして驚きの価格は、一〇年以内に日本周辺から深海棲艦を完全に駆逐すること。これが俺が借りたイージス艦の基本スペックだ。相手が人間の作った兵器なら絶大な威力を誇るけど、深海棲艦相手なら紙装甲のだたの大き目の船でしかない。

 

 俺はこの船を大淀さんにお願いして注水済みのドックから破壊を逃れた埠頭部分まで運んでもらった。後は乗り込むだけだ。

 

「本当はついて行きたいんですけど……」

 

 大淀さんは申し訳なさそうに言うけど、大淀さんが謝る必要なんて全然ないんだ。手伝ってくれただけで感謝だ。今鎮守府はてんやわんやだ。メディア対応もその一つで、数少ないメディア露出が可能な大淀さんは多忙を極めている。正直他の誰かに頼もうと思ったくらいだ。

 

「でもどうやって動かすんですか? クルーは誰もいませんよ?」

 

「大丈夫です。あてがあるんで」

 

 俺は動かし方なんて全然知らない。普通なら動かない。一人で動くように作られていない。でも今は出来ると確信がある。

 

「それじゃ行って来ます。ぷち家出の小悪魔を連れ戻しに」

 

「はい。行ってらっしゃい」

 

 大淀さんに見送られて俺はタラップに脚をかけた。

 

「おっと俺たちを置いてくつもりか?」

 

 俺はその声の主に振り向いた。太陽を背にしているから逆光で姿が判別出来ない。大小合計で五人。まるで影みたいに真っ黒だった。

 

「げぇぇぇ!! お、お前達ぃ!!」

 

「何がげぇぇぇだ。馬鹿か? 馬鹿だったな」

 

 天龍さんがからから笑った。陰の正体は艦娘だ。金剛さん、足柄さん、天龍さん、雪風さん、時雨さんの五人だ。実は最初から護衛をお願いしていた。武装のない船で海に出るとか自殺行為でしかない。雪風さんと時雨さんは、母港に帰りたいはずなのに、連れて行ってくれと逆にお願いされた。特に時雨さんは何か責任を感じているみたいだった。時雨さんに責任なんてないのに。

 

「で、どうやって動かすのかしら? 私達が曳航するの?」

 

 艦娘の皆さんに引っ張ってもらうなんてとんでもない! 五人にお願いしたのは護衛だけど、俺が雨雲姫ちゃんに会うまでの露払いだ。引いてもらったら俺はただのお荷物だ。

 

「大丈夫です。あてがあるんで」

 

「雨雲姫がどこにいるかもわかんねぇぞ?」

 

「それも大丈夫。なんとかなるはず」

 

「なるはずって、本当に大丈夫かよ」

 

 出来ると思わなければこんな無茶はしない。さて今度こそ本当に出発だ。俺はイージス艦に乗り込んで少々迷いながらも艦橋にたどり着いた。艦長席に座って周りを見渡す。操舵や火気管制、無線といったシステムを制御する席があるけど今の俺には一切関係ない。

 

 俺はパンッ、と拍手を一つ叩いた。特に意味はない。なんとなくだ。

 

「さぁ、頼んだぞ、クソ妖精共」

 

 ぶーぶー文句を言いながら、床に、天井に、壁に消えて行くクソ妖精共。

 

 妖精さんは付喪神に近い存在なんじゃないか? クソ妖精共以外の妖精さんを見ていてそう思った事がある。付喪神とは長い間、大事に扱われた器物に宿る八百万の神だ。日々艦娘に大事に可愛がられ、時には人間にもお供えをされて感謝されている。艤装に憑き、提督にも憑いている。

 

 艦娘の艤装に妖精さんは必須だ。妖精さんのやる気次第で火力も命中精度も変わるほどだ。だからベテランの艦娘ほど妖精さんを大事に可愛がる。新しい艦娘が妖精さんを可愛がっていないという事じゃない。それだけ長く付き合ってきたって事だ。

 

 人に大切に扱われた想いが具現化したのが付喪神だ。なら大事にすればするほど力を増すのは当たり前だ。可愛らしい姿の妖精さんを邪険に扱う道理はないから、自然とそうなる。

 

 もともとクソ妖精共は器物に憑かなくてもポルターガイスト現象を起こせる程強力だった。普通の妖精さんはそんな事出来ない。憑かないと力を発揮できないのだ。

 

 妖精さんもイージス艦に憑けば動かす事は出来るだろう。でも数が問題だ。何体の妖精さんが必要になるかわからない。でもクソ妖精共なら? 一体じゃ無理だろう。二体でも難しいかもしれない。では三体、四体、五体では? 俺は出来ると確信している。

 

 問題はこいつらは俺の言うことを一切聞かない事だ。でもそれも解決済みだ。ぶーぶー言いながらもこいつらも雨雲姫ちゃんに会いたいのだ。だって傅いて雨雲姫ちゃんのお世話を焼こうとするくらいなんだぜ。

 

 最後に雨雲姫ちゃんがどこにいるかだ。雨雲姫ちゃん大好きなクソ妖精共の謎技術があるじゃないか。こいつらは雨雲姫ちゃんの居場所をふわっと見つけてくれるはずだ。

 

 それがもし駄目でも。

 

 俺は瞳を閉じて雨雲姫ちゃんとの絆を確かめる。深海棲艦になる前と全然変わってない。暖かくて優しい淡い百光。俺と雨雲姫ちゃんの絆はここにある。決して切れることはない。この絆を辿る先に必ず雨雲姫ちゃんはいる。

 

 俺は瞳を開いた。

 

「さぁ行こうか」

 

 二八〇〇キロワットのガスタービン発電機が唸りを上げる。電光パネルが一斉に光を灯した。二軸の可変ピッチ・プロペラが力強く回り始める。

 

 俺は何も出来ない提督だ。航海術なんて知らない。全部艦娘とクソ妖精共に丸投げだ。提督の存在意義? そんなの知らない。俺は俺の艦娘を連れ戻すだけだ。助けてって大声で泣いている大好きな女の子を迎えに行くだけだ。それは俺にしか出来ない、俺だけにしか出来ないことなんだ。

 

 バイバイって二回も別れを告げられたけど、本心じゃないのがばればれだ。俺のあきらめの悪さをずっと隣で見てただろ。

 

 待ってろよ! 雨雲姫ちゃん!

 

 




あたごのスペックをお借りしました。

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