護衛艦の全幅は二十一メートル。これは大よそビル七階分に相当する大きさだ。水平線の向こうから俺たちが姿を現す場合、最初に艦橋上部にあるアンテナ群が。次いで艦橋。そしてビル七階分の船体が見えるって事になる。艦娘の大きさはそのまま人間サイズ。だから護衛艦が船体を殆ど姿を晒してからじゃないと見えない。
護衛艦は紙装甲だ。深海棲艦の攻撃が当たれば木っ端微塵だ。雨雲姫ちゃんは俺を撃たない。でも他の深海棲艦は分からない。深海棲艦が空気を読んでくれるか、雨雲姫ちゃんが撃たない様に命令しない限り格好の的だ。
俺は多分大丈夫なんじゃないかぁって言った。五人の艦娘はそんな保障はどこにも無いって引かなかった。悪いのは謎過ぎる深海棲艦だ。
最初に天龍さんを先頭に五人の艦隊が先行した。もう俺の目には艦娘が見えないくらい距離をとっている。人間は艦娘と肩を並べて戦えないって事を否が応でも叩きつけられる。
護衛艦は微速前進中だ。クソ妖精共が取り憑いた護衛艦を俺は自由に操作出来ない。こいつら俺の命令をほんとに聞かないんだから。もしかして俺がクソ妖精共に命令して護衛艦を動かしたと思ってた? 残念! こいつら雨雲姫ちゃんに会いたいだけでした! 最初から雨雲姫ちゃんに向かって真っ直ぐしか進んでいない。速度の変更は天龍さん達艦娘が言い含めてくれたからなんとかなってるってだけだ。
護衛艦の上空で足柄さんの零式水上観測機が旋回している。次に護衛艦に動きがある時は観測機がアクションを起こした時だ。艦娘達が雨雲姫ちゃんと深海棲艦を十分に引き離した時、足柄さんが観測機で合図を送ってくれるって寸法だ。
もし俺が「動いた! クソ妖精共! 全速前進!」って言ったとしてもそれはただのロールプレイになるだけだ。試しに言ってみよう。
「今だ! クソ妖精共! 全速前進!」
……ほらね。
交戦が始まった。音だけだ。砲撃の火は見えない。双眼鏡を使えば見えるかもしれない。今の俺は艦長席に座ってじっと待つことしか出来ない。
砲撃音が絶え間無く聞こえる。相互に撃ち合っているんだ。今聞こえた一つの砲撃音で誰かが血を流しているかもしれない。足柄さんは笑いながら戦っているかも。金剛さんはあの不敵な笑顔を浮かべているんだろうな。時雨さんは牽制しながら接近して、雪風さんがみんなのフォローしながら。
砲撃音が少し減った。誰かが接近戦で取り付いたんだ。多分時雨さんだ。もしかしたら金剛さんの砲撃が深海棲艦を沈めたのかもしれない。悪いほうには考えない。
空と海と雲だけでしか判断出来ないから正しいか分からないけど進路が変わっているようには見えない。換わってないのなら雨雲姫ちゃんは動いてないってことだ。五対六じゃなく五対五、それもマンツーマンで戦えているって事になる。金剛さん以外が接近戦に持ち込んで強引に引き離す。接近戦が苦手な金剛さんは砲撃で深海棲艦を沈める。だからこの砲撃音はが少なくなればなるほど接近戦に持ち込めているって事になる。
めちゃくちゃだ。作戦なんてもんじゃない。でも人間の俺が雨雲姫ちゃんと一対一になるのはこれしか思い浮かばなかった。雨雲姫ちゃんが戦闘に参加しないことを前提にした艦娘任せのパワープレイ。俺は雨雲姫ちゃんが戦闘に参加しないと確信している。だってお膳立てしたのは雨雲姫ちゃんで、深海棲艦が雨雲姫ちゃんから離れないと俺に会えないって分かってるはずだ。遠く離れているけど阿吽の呼吸だ。
砲撃音が少しづつ小さくなっていく。音がまた少し減った。天龍さんかもしれない。天龍さんは雨雲姫ちゃんとの演習で何度も空を飛んでるけど、接近戦をしないからだ。一度剣を使っての接近戦を見た事あるけど、相手に何もさせないまま勝ってしまった。火力が高くないから近づくまでが大変らしい。俺がオールスターに選出した理由がこれだ。演習で雨雲姫ちゃん相手に接近戦をしない理由は大人気ないからだって。かっけぇよ。
俺は瞳を閉じた。俺の中のどこかにある雨雲姫ちゃんとの絆を形にした淡い白光に意識を向ける。この先にいるってのがわかる。殻に篭って泣いてる気がする。ごめんなさいって謝りたくても謝れなくて無理やり押さえつけられて出て来れない。なんとなくそう感じる。正しいかは分からない。感じるだけだ。
俺は絆に語りかけた。
ごめん。俺、まだ雨雲姫ちゃんを艦娘に戻す方法思いつかないんだ。でも鎮守府にいるだけじゃ何も出来ない。考えなしにここまで来ちゃったんだ。いつもみたいに沢山の人に迷惑かけて、でも助けてもらって。聞いてよ。俺、たぶん一生給料もらえないかもしれない。雨雲姫ちゃんが壊しちゃったから、俺が弁償するのが当たり前なんだけど、あんなでっかい埠頭の建築費ってどれくらいなんだろね? 他にも倉庫とかクレーンとか全損だよ全損。でも雨雲姫ちゃんが料理作ってくれるから食べるには困らないね。二人で謝罪行脚する時に持っていく折り詰めをどうするか一緒に考えようよ。ぎゃーぎゃー頭抱えながらどうしようどうしようって騒ぐかもしれないけど、それも二人ならきっと楽しいよ。ねぇ、雨雲姫ちゃん。
ゆっくりと瞼を開いた。砲撃音はもう聞こえなくなっていた。
艦橋の窓に護衛艦をフライパスする零式水上観測機が見えた。クソ妖精共を挑発しているのか惚れ惚れするバレルロールマニューバを決めていた。俺の目が艦娘並みによかったらコックピットでサムズアップを決めているどや顔の可愛い妖精さんが見れたかもしれない。
俺は艦長席から立ち上がった。
「動いた! クソ妖精どあぁぁぁぁ!!!」
全速前進する護衛艦。クソ妖精印の護衛艦の速度は三十ノットなんかに収まらない。俺は慣性の法則にしたがって床をゴロゴロと転がって壁に頭をゴチンとぶつけた。
ね? 言うこと聞かないでしょ?
俺は今船首の先端に立っている。耳元で風がびゅうびゅう聞こえる。おうクソ妖精共、そんなに早く雨雲姫ちゃんに会いたいのかよ。奇遇だな、俺もだよ。結構な速度が出ているはずなのに周りが空と海しかないからそれほど体感速度はそれ程でもない。ただただ風の音がうるさい。
この先にいるはずなのにまだ見えない。艦娘も深海棲艦もいない。砲撃音なんてとっくの昔に聞こえない。波で船体が上下に揺れて体が浮くのを必死に耐える。これは設計速度以上でてますねぇ。クソ妖精共! 少しは自重しろ!!
「見えた!!」
眇めた視線の先に小さな点。だんだん大きくなってぼんやりと白い事だけしかわからない。
何かが光ったと思った瞬間、護衛艦の艦橋の上にあるアンテナ構造群がまるごと吹っ飛んだ。
「わお! 手荒い歓迎!」
まだ顔は全然判別できない。ぼんやりと白い人型をしてるのは確実だ。
人型が小さく光るたびに、護衛艦の左右斜め前に水柱が立ち上る。水しぶきが体中にバチバチ当たって結構痛い。
「ちょっと見ない内に射撃下手になったんじゃないのぉぉ!?」
顔ははっきり見えない。でも雨雲姫ちゃんによく似合う白い装甲偽装と
水柱がいくつも生まれて、水しぶきで雨雲姫ちゃんの姿が時々隠れてしまう。そんなに恥ずかしがるなよな! 今すぐそっちに行ってやるから!
俺は船首の手すりに足をかけた。
「アイ」
ぐっと右足に力を込めた。
「キャン」
タイミングを合わせて両足を手すりに乗せた。
「フラーーーーーーイ!!!!」
ごめーん! 準備で遅れちゃったー!! 待ったぁぁぁ!!?
あの日、えちえちな本の為には飛べなかったけど、俺、雨雲姫ちゃんのためなら空だって飛べるんだぜーーーーー!! ひゃっはぁーー!!!
俺は護衛艦から全力全開でダイブした。護衛艦の速度が乗ってるからものすごい速さで近づいてくる雨雲姫ちゃん。実際には俺の方が近づいている。雨雲姫ちゃんは足を完全に止めているから相対的にそう見えるって事だ。背後から自重しないクソ妖精共が操る護衛艦が速度を落とさず迫ってくる。
死ぬ! 死ぬ! クソ妖精共に轢き殺される!! マジで死んじゃう!!
走馬灯が見えない! だって俺は死なないから!!
ふわっと柔らかく受け止められた。と思ったら直後にものすごい音がした。左手で護衛艦から遠ざかる位置で俺を抱えた雨雲姫ちゃんの右手は護衛艦の舳先にめり込んでいた。両の足に装備している室内スリッパみたいな艤装がしっかりと海面を掴んで、削った水しぶきを滝みたいに左右に飛ばしていた。自重しないクソ妖精共はスクリューの回転数を落とさない。お前らは飼い主に会って興奮しすぎて我を忘れた犬か! 本来の飼い主()は俺なんですけどぉぉ!!
クソ妖精印の護衛艦と雨雲姫ちゃんとの力比べだ。
やべぇと思った瞬間、雨雲姫ちゃんが護衛艦の進行方向に対して四十五度、体の向きを変えた。そして護衛艦の舳先をサッカーのボレーシュートみたいに豪快に横殴りに蹴ってしまった。
作用と反作用にしたがって俺は雨雲姫ちゃんに抱きかかえられたまま後方に飛んでいた。バランスを崩した護衛艦が船体を斜めに傾けながら俺たちの目の前を通り過ぎていく。すげぇ。この展開は予想してなかった。
俺は首をひねって雨雲姫ちゃんを見上げた。雨雲姫ちゃんは護衛艦を見たまま俺と視線を合わせてくれない。そして雨雲姫ちゃんは俺を抱える左腕から力を抜いた。俺は雨雲姫ちゃんの体の柔らかさを堪能することなく海に落下した。
慌てて体を丸めた俺の体は、三回水切りみたいに海の上を小さく跳ねて止まって沈んだ。
「ぶはっ!」
水の上に立てない俺は首だけを海上にだしながら靴と上着を急いで脱いだ。首を巡らせて雨雲姫ちゃんを探すと五メートルくらいの距離をとって艤装を俺に向けていた。
「四日ぶりだね。会いたかったよ」
「……ノコノコト…………バカナ…コ……」
「その話し方も悪くないけど、どっちかって言うと前の方が俺は好きかな」
「……ホント……ウルサイ…コ……」
「ちゃんと食べてた? ちょっと痩せたんじゃない? なんつってー。艦娘は太らないし痩せもしないもんね」
「…………」
「天龍さんどうだった? あの人気がついたら空飛んでるからちょっと心配だったんだけど」
「……ヤメロ……」
「間宮さん来月で異動するみたいなんだ。その前に一緒に食べに行こうよ。俺はお冷だけだけど」
「……ヤメて……」
「雨雲姫ちゃんに黙っていた事があって……えちえちな本、実は一冊隠し持ってました! ごめんなさい!」
「……シニタイノカ……ダマレ……」
「俺また借金増えちゃった。あの船一〇〇〇億くらいするんだって。一人じゃ返しきれないから手伝ってよ」
「……ダマレ……」
「もう直ぐ三人目の建造なんだよなぁ。でも心配しなくていいよ。クソ大本営にぬいぐるみ見せて三人目だぁ! ってしてやるから」
「…………ダマレ……」
「ほら俺外食無理じゃん? 食堂か雨雲姫ちゃんの手料理が生命線なんだけど、どっちかって言ったら迷う余地なしに雨雲姫ちゃんの手料理が食べたいな」
「…………ダマっテヨ……」
「あっごめん。もちろん廃棄物Bの事も忘れてないよ。大事な俺たちの子だもんね。なんだよ反抗期かよ。そんなに真っ白になっちゃってさぁ」
「……オネガイ……モう……ダマっテヨゥ……」
「…………ねぇ雨雲姫ちゃん」
「……ウン……」
「俺、雨雲姫ちゃんになら殺されてもいいと思ってるんだ。もし雨雲姫ちゃんがそれで楽になるなら今すぐでもいいかなって」
「…………ソンナの……ムリィ……」
「じゃあ、一緒に帰ろ? みんな心配してるよ」
「……ムリだヨゥ……」
「あぁ、ごめんね。泣かすつもりなんかこれっぽっちもなかったのに」
「……ッ……っ……」
「ごめんね、ごめんね」
俺に艤装を向けたまま、子供の様に泣きじゃくる雨雲姫ちゃん。二つの琥珀色の瞳から大粒の涙がぼろぼろとこぼれて艤装を持ってない腕で何度も何度も拭っている。でもどんどん溢れる涙は拭いきれなくて海にぽたぽた落ちていた。
俺たちは本当に泣き虫だよね。俺は鎮守府に来るまではほとんど泣いた事がないのに、この二ヶ月足らずで何回も本気で泣いているんだ。
雨雲姫ちゃんの本当の名前に戻す事が出来なかった時、本気の攻防でえちえちな本を取り上げられた時、あとこれは雨雲姫ちゃんは知らないけど、空を飛んだ日に天龍さんに戦力外通告受けて泣いちゃったんだ。
雨雲姫ちゃんも結構泣いたよね。初めての演習の時とか、クソ大本営に騙されてて俺が三日間食事に抜きになってた時とか、あとそうそう、俺が告白した時もお互いわんわん泣いたよね。あのテンションは二人ともかなりおかしかったし。
俺たちの涙は全部お互いが関係してたよね。喧嘩したり思いあったり悔しがったり。でも泣く度に俺たち少しづつ成長したんじゃないかな? 俺は今でも子供だけど前はもっと子供だった。俺が少しでも成長してるって感じてくれるならそれは全部雨雲姫ちゃんのお陰なんだ。雨雲姫ちゃんがいなかったら俺は今でも周り中敵だらけにしてハリネズミみたいに自分の針で周りを傷つけて自分も傷ついてる。だから雨雲姫ちゃん、ありがとう、俺のところに来てくれて。大好きだ。
「……ワタシモォ……」
「俺ね、勢いだけでここまで来ちゃってさ、今の今まで雨雲姫ちゃんが艦娘に戻る方法分からなかったんだ。でも一つ思いついちゃった」
「……ナァニ?……」
昔からお姫様の呪いを解く方法はたった一つだ。呪いを解いた王子様とお姫様はそれからずっと一緒に幸せに暮らすんだ。
だから。
「キスをしようよ」
雨雲姫ちゃんの顔が真っ赤になった。俺も間違いなく赤いはずだ。顔が熱いもん。
「し、下心なんてないよ! ごめんなさい、めちゃくちゃあります……」
素直に反省出来るおれはこの瞬間に成長したはずだ。俺たちは手を繋いだ事はあるけどキスはしたことがない。俺の誓いのせいだ。雨雲姫ちゃんが艦娘に戻れるのなら、俺の誓いを破るなんてなんて軽いもんだ。そんなものより雨雲姫ちゃんの方が大事だ。
「……ウン……」
えっと、どうしよう。俺は海面から首だけ出てる状態だし、雨雲姫ちゃんは艤装を俺に向けたまま海の上に立ってるし。このままだと雨雲姫ちゃんが四つんばいになってのキスになるのか? ファーストキスがものすごい間抜けな絵面になるんだけど。
俺がどうしようと悩んでいると艤装を向けたままの雨雲姫ちゃんが近づいてきて片手で俺を海から持ち上げてくれた。そのまま腕の位置をずらしてお互いの顔が正面に来るように俺のお尻を支えてくれた。艤装は俺に向いたままだ。
あ、これやべぇ。片手で支えてくれてるから下半身がめちゃくちゃ圧迫されてる。具体的に言うと下半身を押し付けあってる形と申しましょう。このままだと元気になる、元気になる、元気に……なっちゃった……。
完全形態までの途中経過をリアルタイムで知られてしまった。終わった。
俺はうな垂れたまま雨雲姫ちゃんが怒ってないか恐る恐る覗き見た。雨雲姫ちゃんは何かどうしたんですか、キスをしないのですか? って感じで首を傾げている。
おっとこれは気付かない振りですね。お互い成長したしましたね。にっこり。ええい。
俺は左腕を雨雲姫ちゃんの腰に回して、雨雲姫ちゃんの顎に右の指を添えた。俺の頭の位置が少しだけ雨雲姫ちゃんより高いという心憎い演出をされている。
きっかけを与える程度の指先。雨雲姫ちゃん顔が傾いて今までにない至近距離で心臓がばくばく動いているのに気付いた。下半身はどくどくしている。ごめんね、やんちゃ坊やで。
俺は顔を近づけて……あれ? 目を瞑るんだっけ? 鼻が当たりそう。呼吸はどうするんだ? お互い見つめあったまま固まってしまった。
雨雲姫ちゃんが瞳を閉じた。
あ。
俺達は自然に唇を重ねた。本当に触れるだけのキス。目的を忘れるところだった。馬鹿すぎる。すごく優しい気持ちになれるキス。初めてのキスというより、これが俺達にとって当たり前の事なんだって思えたキスだった。
唇は直ぐに離れてお互いそのまま見つめあって。雨雲姫ちゃんの瞳から凄く綺麗な涙が一筋流れた。
ん?
あれ?
なんだこれ?
何かおかしい。幸せなはずなのになんでこんなに胸騒ぎがするんだ。これからお姫様はずっと幸せになるのに。なんで? どうしてだ? なんだよこの悪い予感は。
胸に衝撃を受けた。海面すれすれを凄い速度で飛んでいた。着水はまた水切りみたいにバウンドした。一回海に沈んでから急いで浮上した。
「雨雲姫ちゃん!!」
ドン! ドン! と爆破音が聞こえた。遠くにいる雨雲姫ちゃんの艤装と廃棄物Bから炎と黒煙が上がっていた。
深海棲艦が残っていた!? 俺を庇ったのか!?
俺は周囲をぐるりと確認した。何もいない。深海棲艦の影も形もない。違う。俺が見えないだけだ。深海棲艦からは見えているんだ。
また爆破音が鳴った。雨雲姫ちゃんのお腹と背中から黒煙が上がっていた。
砲撃なんかなかった。何より着弾音とずれるはずの砲撃の音が聞こえない。聞こえるのは爆発と同時の爆破音だけだ。
「雨雲姫ちゃん!! 止めるんだ!!」
俺は雨雲姫ちゃんに向かって急いで泳ぎだした。これは深海棲艦の攻撃じゃない。
「……ゴメ…ネ……ゴ…ンネ……」
雨雲姫ちゃんの謝罪と爆破音が何度も何度も重なる。だめだ! 止めてくれ!
俺は必死で泳ぐ。その間も爆破音が聞こえる。これは自沈だ。雨雲姫ちゃんは自分から沈もうとしている。
「……モウ……モドレナイノ……」
絶対に何とかするから! そうだ、廃棄物Bと三人で無人島で暮らそう。誰かに迷惑かけるなら誰もいないところで三人でずっといよう。俺もいるだけで人に迷惑かけちゃうんだ。なんだ、俺たちこんなところも似たもの同士じゃないか。ほんと相性抜群だよな。
だからさ、戻る方法を必ず見つけるから。お願い! 沈まないで! 俺を置いていかないで! 俺を殺して雨雲姫ちゃんが助かるなら殺してくれ。俺は雨雲姫ちゃんと一緒なら、殺されるその時まで絶対に幸せなんだ。お願いだから、お願いだ! いかないでくれ! 一人にしないでくれ!!
二人の間の距離はもうわずかなのに絶望的なまでに遠い。水をかいてもかいても全然前に進まない。やっとたどり着いた時には雨雲姫ちゃん体は肩まで沈んでいた。
「クソ妖精! バケツ全部持って来い! 頼む! 言うこと聞いてくれ! 頼むから聞いてくれよ!!」
綺麗な顔だった。その代わり水面下の体は説明するのが嫌になるくらいぼろぼろだ。体を抱いて引き上げるのは無理だ。俺は残った左腕を掴んで雨雲姫ちゃんが沈まないよう必死で引っ張るけど沈下速度は全然変わらない。
「クソ共! 早く持って来いつってんだろうが!!」
こいつらこんな時も俺の言うこと聞きやがらねぇ! 雨雲姫ちゃん! 俺、護衛艦にバケツありったけ持ってきたんだ! それ使えばまだ間に合うんだ! 助かるんだ!
「……持ッテコナイデ……」
クソ妖精共は俺より雨雲姫ちゃんの言うことを聞く。そんな事言わないで。お願いだから!
「……キズツケテ……ゴメンネ……ゴメンネ……」
肘から先がない右の腕で俺の頭の包帯を撫でてくれる雨雲姫。
謝るなよ! これは雨雲姫が俺に刻んだ印なんだ。俺はずっとお前のものだってマーキングされた俺の宝物なんだから!
「……ダイ…スキ……」
知ってるよ!! 頼む! 俺の命やるから持ってきてくれ!! これが最初で最後だから! 早くしろよ!!
その言葉を最後に雨雲姫の頭が水面下に沈んだ。踏ん張れない俺は必死で引き上げようとするけど全然上がらない。
俺が腕を離さないから俺の体もどんどん沈んでいく。いいぜこのまま最期まで付き合ってやる。もう雨雲姫に俺の腕を振り払う力はない。一緒に海の底に沈もうぜ。最期の最期まであがいてやるけどな。
ごぼりと俺の頭が海に沈んだ。絶対に離してなんかやんない。やんないからな!
全力のバタ足で水を蹴った。あがいてもあがいても全然浮かばない。
雨雲姫の口が動いて何か言ってる。クソ妖精共がやっと来た。早くバケツよこせ! なんでバケツ持ってねぇんだ! ふざけんな!!
クソ妖精共は雨雲姫の体に一人残らず吸い込まれていった。雨雲姫とは死んでも一緒にいたいけど、死んだ後もこいつらと一緒とか絶対に嫌だ!
もう酸素がない。目の前が暗くなってきた。これが最後だ。あがれぇぇぇ!! 上がれっつってんだろうがぁぁ!!!
あ! 上がった! 腕が滑ったのかと思ったけどちゃんと掴んでる。待ってろよ! 今すぐ助けてやるからな!
俺は水上に向かって残りの力と酸素を全部使って上昇した。
「がぁ!!」
ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ。
体が勝手に酸素を肺に送り込む。酸欠で目の前が幕を下ろしたみたいに暗くなってる。でもちゃんと人影が見える。雨雲姫だ。あとはバケツだ。
「……バ…ケツを……」
「はい。わかりました」
は?
体が持ち上げられた。背中とひざ裏を抱えられている。誰だ? 天龍さん達が戻ってきたのか?
視界が徐々に戻って来た。薄いシルエットが色をつけていく。二本の三つ編が見えた。よかった雨雲姫だ。違う。白くない。雨雲姫の髪は真っ白だ。
「……誰……だ?」
「峯雲です。今日から配置につきます」
小さな少女は肩と頭に五人の妖精を乗せていた。
え? 誰?
次回最終回。