【完結】変これ、始まります   作:はのじ

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09 二人目の艦娘

「ただいまー」

 

 なんで執務室の扉を開いてただいまの挨拶をするのか?

 

「……ん……おかえりぃ……」

 

 雨雲姫ちゃんがいるからだ。まだ機嫌は良くないみたいだ。二人目の艦娘の建造が関係しているんだろうけど。

 

 雨雲姫ちゃんは給湯室の奥から顔を出して挨拶を返してくれた。

 

 戦力の増強にもなるし、艦娘が増えれば雨雲姫ちゃんも喜んでくれると思っていたのに難しい年頃だなぁ。

 

 いい匂いがする。給湯室の奥からだ。給湯室といっても最初からそれなりのキッチンが備え付けられていた。それを雨雲姫ちゃんが立派なシステムキッチンに改装した。

 

 俺は料理が出来ないから使わないけど、一度喧嘩して仲直りしてから雨雲姫ちゃんが料理を作ってくれるようになった。

 

 艦娘だからそんな事しなくてもいいって言ったんだけど、趣味でしてるとか気分転換だからとか言われると、断れない。艦娘の心を平静に保つのも提督の大事な仕事だからね。そんなの聞いたことないけど俺はそうするつもりだ。

 

 執務室をぐるりと見渡す。

 

 いつの間にか少しづつ増えている雨雲姫ちゃんの私物。三〇畳の内、二七畳はスカスカだったんだけどいつの間にかこうなった。

 

 上着を脱いでクローゼットを開けた。雨雲姫ちゃんの私服が沢山あった。

 

 艦娘だっておしゃれしたい。いつも装甲艤装でいるわけじゃない。戦う時だけだ。普段は普通の服を着ている。

 

 俺の給料は当分出ないけど、艦娘には維持費という名目で給料に相当する資金が政府から支給されている。大本営じゃない。政府からだ。

 

 執務室には、衣類だったり、キッチン用具だったり、使い易い食器棚だったり、可愛い二人掛けのソファーだったり、シャンプーとかのバス用品だったり、衣類収納箪笥だったり、可愛いカーペットだったり、歯ブラシだったり、インテリア雑貨だったり、パジャマだったり、ほんと気がついたらあった。他にも一杯ある。

 

 とても整理されて見苦しさは全然ない。むしろ生活スペースとして最初からこうだったのでは? と思わせる落ち着いた配置だ。

 

 でもパジャマだけやけに目立つ位置に置かれている。駄目だよ。ちゃんと片付けなきゃ。整理整頓上手な雨雲姫ちゃんらしくないなぁ。俺はパジャマをクローゼットに放り込んだ。

 

 ちゃんと艦娘寮があるんだからパジャマが使われる事はない。雨雲姫ちゃんのうっかりだね。

 

 それにしても艦娘って結構な額が支給されてるよなぁ。

 

 このやけに大きなテレビなんて数十万はするんじゃなーい? システムキッチンってお高い気がするんだけどぉ。

 

 俺は提督だ。だから、武士は黙って爪楊枝。

 

 部下にお金の無心なんてあり得ない。悪いのは全て悪の巣窟、クソ大本営だ。

 

 なんか少し狭くなったなこの部屋。まぁ三畳分だけ確保出来れば俺的には問題ない。

 

 以前、雨雲姫ちゃんは俺の寝室に私物を置こうとしたけど、それだけは断固拒否した。あそこには女性に知られてはいけない宝物がある。例え雨雲姫ちゃんと言えども駄目なものは駄目だ。

 

 トントントンとリズミカルな音が聞こえる。

 

 雨雲姫ちゃんはまだ料理が上手くない。正直言うと下手だ。でも俺は全部が美味しく感じる。例え、口の中で何かがじゃりじゃりと音を立てても、血圧が上がりそうな程しょっぱくてもだ。

 

 艦娘の手料理最高! それだけで最高の調味料になる。

 

 それにだんだん上手になってるし、文句なんてあるはずがない。エプロンをした雨雲姫ちゃんが恥ずかしそうに出してくれる手料理。一〇〇万点満点!

 

 いつか御礼をしたいけど俺は悲しい程甲斐性がない。花束一つ用意できないのだ。俺が自由に出来るのは身一つしか無い。だから体を雨雲姫ちゃんに差し出すことだけしか出来ない。そんな事をしても雨雲姫ちゃんは嬉しくないに違いない。ごめんね、貧乏提督で。

 

 悪いのは全部クソ大本営のせいだ。何が期待してるだ馬鹿野郎。またクソ妖精共をけしかけてやるからな。眉毛洗って待ってろ!

 

 料理が出来上がって給湯室から出てきた雨雲姫ちゃんが料理を並べてくれる。今日は和食だ。

 

 料理は一人分だけだ。俺の、俺だけの、俺の為の、雨雲姫ちゃんの手料理!

 

 少しでも早く食べてもらいたいからって雨雲姫ちゃんは自分の分を作らない。本当は一緒に食べたいけど、今は雨雲姫ちゃんの気持ちが嬉しい。

 

「美味しそうだ! 頂きます!」

 

「……召し上がれぇ」

 

 雨雲姫ちゃんがやっぱり落ち込んでいる。このあと二人目の艦娘に会ってもらうんだけど大丈夫かな。

 

 ごりごりと白米を噛み砕いた。うん、今日は砕ける硬さだ。おいしいね!

 

 アサリの味噌汁は砂抜きしてないね。隠し味だね!

 

 おっと魚の内臓は生でも大丈夫かな? 勿論全部食べけるどね!

 

 おれは美味しい美味しいと全部平らげる。

 

 いつもは俺が美味しい美味しいと言う度にニコニコしてくれるのに、今日は表情が暗い。理由は分かってるんだ。

 

「ごちそうさま!」

 

「お粗末様……」

 

 食器を片付けようとする雨雲姫ちゃん。俺はその手を掴んだ。ちゃんとお話しないといけないと思ったからだ。

 

「雨雲姫ちゃん、聞いてくれる?」

 

「……うん」

 

 俺が何を話そうとしているのは分かっているはずだ。下を向いて顔を見せてくれない雨雲姫ちゃん。

 

「今日、二人目の艦娘の建造を明石さんにしてもらったんだ」

 

「……うん」

 

「で、今、執務室の扉の前に置いてあるんだ」

 

「……うん……うん?」

 

「ちょっと待ってて! 今取ってくるから!」

 

「……え?」

 

 俺は執務室を出た。そして置いてあったそれを手にした。

 

「見て雨雲姫ちゃん! これが俺の二人目の艦娘なんだ!」

 

 

 

 

 

 

「あれ? 成功? 失敗? 失敗なんてしたことないのに?」

 

 眩い光が収まってそこにあったのは、女性の形をしてなかった。それどころか人の形でもない。明石さんが何か言ってるけど俺の二人目の艦娘だ。大事にしないと。

 

 全体的に黒い。黄色い嘴みたいなのがついている。ぱっと見はペンギンだ。瞳から涙が出ていた。生まれて、産声代わりの涙だろうか?

 

「明石さん! この子!」

 

「なんでしょうね? 失敗なんてあり得ないのに?」

 

「つまり成功ってことですよね?」

 

「そうなるのかな? いやいやいや。でも失敗じゃないから成功? どうなんだろう?」

 

「失敗があり得ないなら成功ですよ。この艦娘なんて名前だろう?」

 

「艦娘? 艦娘なのかな? 触れてみれば分かるのでは?」

 

 首を捻りつつも明石さんは興味深々だ。

 

「触りますね。えい」

 

 電気ショックを警戒してぺちんと指先でふれたけどショックはなかった。

 

 ――廃 棄 物 B

 

 しかし別の意味でショックを受けた。廃棄物だと……

 

 元艦娘の廃棄物だとでもいうのか……だとすればこの子は艦娘だ。例え廃棄物だとしても元は艦娘なのだから。艦娘である以上俺は廃棄物の提督なのだ。

 

 建造前に吹雪さん達にどんな子でも大事にすると誓っている。これは俺にとって神聖な約束だ。違える事はあり得ない。

 

「……ペンギンです」

 

「え? ペンギン!?」

 

「この子は艦娘のペンギンです」

 

「いやぁ、提督の言葉でも艦娘に見えないんですけど?」

 

 俺はここでカードを切る。艦娘に対して卑劣な行為だ。しかし俺は廃棄物の提督なんだ。護らなきゃ! この廃棄物を!

 

「明石さん!」

 

「はい!?」

 

 大きな声に驚いた明石さん。申し訳ないと思うがこれも廃棄物の提督としてしなければいけない事なんだ。ごめんなさい明石さん!

 

「明石さんは一度雨雲姫ちゃんに対して名前を間違えるというミスをしていまいました」

 

「いやぁ、申し訳なく思ってますよ?」

 

「でも! またここで間違ってしまってもいいんでしょうか!!」

 

「どう言うことぉ!?」

 

「失敗はしてない! つまり成功です! イコールペンギンは艦娘であると断言出来ます」

 

「で、出来るのかな?」

 

「出来るのです!」

 

「はい!」

 

 強く押せば艦娘は提督に譲歩してくれる。ごめんなさい明石さん!

 

「明石さんが次にすることは名前を間違えることなく登録することです!」

 

「ペンギンを!?」

 

「そう! ペンギンを!」

 

「分かりました。納得しかねますが、提督がそこまでおっしゃるなら。それでペンギンの艦種は何ですか?」

 

「……ペンギン艦……新種の艦種です……」

 

「ペンギン艦ペンギン……」

 

「国籍はホニョペニョコでお願いします」

 

 俺は頭をぺこりと下げた。

 

「迷惑をかけたので協力しますけど、後で大本営に怒られますよ?」

 

 大本営何するものぞ。やれるものならやってみろ。全力でやり返してやる。

 

「明石さんには迷惑を掛けませんから」

 

「いやぁ、登録自体が……まぁいいでしょ。何か事情があるみたいですし」

 

「ありがとうございます」

 

 やっぱり艦娘は女神様だ。よかったな廃棄物B! これで廃棄されなくて済んだぞ!

 

「それじゃ、さくっと登録して、ささっと別の鎮守府に高飛びするので、騒動おこっても提督が処理してくださいね」

 

 明石さんはそういうと艦娘工廠から消えた。

 

 おれは廃棄物Bをゆっくりと胸に抱いた。

 

 暖かい。時々ピクリと動く。廃棄物B大事にするからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「という事があったんだ」

 

 俺は胸に抱いた廃棄物Bを雨雲姫ちゃんに見てもらう。雨雲姫ちゃんは廃棄物Bを受け入れてくれるだろうか? 優しい雨雲姫ちゃんだから大丈夫だとは思うんだけど、もし駄目だったとしても俺だけは廃棄物Bを大事にすると決めていた。

 

「暖かい……」

 

 雨雲姫ちゃんは廃棄物Bを胸に抱いて一言呟いた。

 

 そうだ廃棄物Bは生きているんだ。時々ピクリとしか動かなくても確かに生きているんだ。

 

「二人目の艦娘だけど、受け入れてくれるかな?」

 

「……うん」

 

 良かった! 書類上は艦娘だし雨雲姫ちゃんも艦娘として認めてくれた。

 

「妹になるのかなぁ」

 

 雨雲姫ちゃんが廃棄物Bの立ち位置に悩んでいる。俺も悩む。

 

「艦娘だけど見た目は艦娘じゃないから、新しい家族?」

 

 俺と雨雲姫ちゃんも家族みたいなもんだし。

 

「家族……」

 

「小さくて世話しないといけないから子供かな?」

 

「子供……」

 

「二人で世話するから二人の子供だね」

 

「!!」

 

 雨雲姫ちゃんは廃棄物Bをぎゅっと抱きしめた。やっぱり女の子だなぁ。母性本能が刺激されたんだろうか。艦娘に親っているのかな? 設計者が親になる? 家族に飢えているのかもしれないな。

 

 俺は雨雲姫ちゃんと廃棄物Bを微笑ましい気持ちで見ていた。

 

 問題はある。

 

 登録上はペンギン艦ペンギン。しかし正式な名(アイデンティティ)は廃棄物Bだ。名を取るか実をとるか。それが問題だった。

 

 そしてもう一つ重大な問題。これは喫緊だ。

 

 廃棄物Bは一体何を食べるのか?

 

 今日は雨雲姫ちゃんに泊まってもらって色々と相談しないとな。決めることは一杯ある。

 

 こうして俺の元に二人目の艦娘が来てくれた。

 

 これからもよろしくな! 廃棄物B!

 

 

 


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